2月13日 抗原特異的アナフィラキシー抑制法開発(2月8日 Science Translational Medicine 掲載論文)
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2月13日 抗原特異的アナフィラキシー抑制法開発(2月8日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2023年2月13日
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ピーナツ・アナフィラキシーなど、抗原特異的 IgE による1型アレルギー反応は、抗原摂取後急速に発症し、命に関わる厄介な病気だ。発症過程については、ほぼ完全に理解できており、それに合わせた治療法も開発されてはいるが、現在のところは抗原が含まれた食物を避ける以外に、明確な予防や治療方法はない。

今日紹介するインディアナ大学からの論文は、少なくとも抗原特異的にアナフィラキシーショックを治療できるという方法の開発で、臨床的にどこまで利用可能かは別として、新しい治療法として期待できる。タイトルは「Peanut allergen inhibition prevents anaphylaxis in a humanized mouse model(ピーナツアレルゲン阻害はヒト化マウスのアナフィラキシーを防止できる)」だ。

治療法だが、抗原特異的 IgE と極めて高いアフィニティーで結合する抗原決定部位(エピトープと呼ぶ)を、エチレングリコールのスペーサー、そして抗体と直接共有結合する活性部位、さらにほとんどの抗体の Fab部分と結合できる核酸が合体した分子を合成し、これにより IgE が結合したマスト細胞上で抗原により誘発されるシグナルを抑えている。

もう少しわかりやすくいうと、抗原特異的 IgE に剥がすことのできないマスクを被せ、マスト細胞を刺激できないようにする治療になる。この方法自体は2019年に開発され、この研究ではピーナツ抗原によるアナフィラキシーショックをマウスで起こすために、ヒトのマスト細胞を持続的に産生するヒト化マウスを作成し、これを用いて実際にアナフィラキシー発作を抑えられるか調べている。

結果は期待通りで、ピーナツ抗原エピトープは一つしか使っていないが、7種類の様々なエピトープに反応する IgE で感作したマウスのアナフィラキシーをほぼ確実に止めることができる。また、この効果が、マウス体内で作られたマスト細胞が感作され、ヒスタミンなどを含む顆粒を分泌することによることを確認している。

重要な点は、一つのエピトープだけで、多様なピーナツ特異的 IgE をカバーできる点で、このことが生体内で確認できたことは大きい。この研究ではモノクローナル抗体のカクテルを用いているが、今後実際の患者さんの血清を使って同じような検討がなされると思う。

さて、このマスクは IgE と共有結合することから、長く効果があると期待できるが、1回注射後2週間程度は効果が残存する。したがって、例えば抗原の摂取をコントロールできない状況が想定される場合、前もって注射しておく可能性が開ける。

最後に、アナフィラキシーが始まってからも効果があるか調べており、ピーナツを食べて2分後であれば、アナフィラキシーの症状を強く抑えることができることを示している。

結果は以上で、新しい発想のアナフィラキシー治療法だと評価する。ただ、実際の臨床の現場でどのように治療を行うのか工夫は必要だとおもう。どのような治験が行われるのか興味がある。

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2月12日 生命誕生を可能にした地球上の条件を探る(2月10日号 Science 掲載論文)

2023年2月12日
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生命はゴミダメからいつも発生しているというアリストテレスのドグマを最終的に否定し、生命は生命からというドグマを成立させたのはパストゥールだ。しかし、このドグマは地球上に生命が存在する以上自己矛盾で、少なくとも最初の生命は、生命の全く存在しない地球上で長い時間を経て形成される必要があった。

最近の多くの研究で、条件さえ整えば、地球上で生命誕生に十分な量の有機物が合成できることがわかってきたが、このためには還元/酸化反応など様々な化学反応を起こす地球環境が必要になる。これを地球最古の状態を示すとされるオーストラリア西部、Jack Hillsのジルコンの素性をもとに推定したのが今日紹介する米国ロチェスター大学からの論文で、2月10日号 Science に掲載された。タイトルは「Relatively oxidized fluids fed Earth’s earliest hydrothermal systems(比較的酸化された液体が地球上の最も初期に現れた熱水システムに供給されていた)」だ。

有機高分子が地球外から供給されたというパンスペルミア説に夢を求める人はCrick以来今も多く存在しているが、Crickの時代には考えられなかった条件が地球にも十分備わっていることが、地殻の鉱物が吹き出す温泉やサーマルベントの解析からわかっている。

この研究では生命誕生時期に近い36億年前の熱水循環システムを推定するため、ジルコン(ジリコニウム珪酸塩)を高温高圧の様々な条件で結晶化させた時に含まれるセリウム(Ce)イオンの状態を測定している。こうして得られた結果を、オーストラリアJack Hillsのジルコンの解析結果に当てはめると、この古い地層が生まれた38億年前に存在したと考えられる熱水循環システムの温度、塩素濃度、酸化状況などを推定することができる。

この結果、Jack Hillsジルコンは、海洋の熱水噴出ではなく、大気の水分が地殻に浸透し、マグマで温められた水がジルコンと反応して、地上に噴出したというシナリオを示している。

この条件で実際に熱水循環システムに存在した金属や炭素や硫黄化合物の量を調べると、これまで推定されていた銅イオンは低く、マンガン、亜鉛、鉄、ニッケルなどを多く含む金属イオンとともに、より酸化条件を示す二酸化炭素、酸化硫黄などが存在したと推定している。

結果は以上で、個人的にはほとんど還元状態と思っていた地球上に、酸化/還元という化学反応原動力が存在したこととともに、高分子の吸着や、触媒として最も重要な金属イオンの状態が推定できたことは、これまでの有機高分子合成のシナリオをもう一度この条件で見直す意味で、重要な一歩だと思う。

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2月11日 多くの人にすぐ利用できるユニバーサルCAR-Tの開発が進んでいる(1月23日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2023年2月11日
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今日は論文紹介というより、感想を交えた総説風に書いてみた。

ガンの免疫治療のアイデアは、私がまだ医学部の学生の時から耳にしていた。また、研究を始めてさまざまな会議に出ると、必ずガン免疫についてのセッションがあったし、リンパ球やNK、樹状細胞などを患者さんに移植する免疫療法も行われていた。しかし、私も含めて多くの研究者は、ガンの免疫療法には懐疑的だったと思う。というのも、ガンに対する免疫が存在することは確信していても、それを人為的にコントロールすることの難しさがわかっていたからだ。

この雰囲気を変えたのが、本庶先生やAllisonにより開発されたチェックポイント治療とCAR-Tが臨床に利用され大きな効果をあげたことだ。もちろんチェックポイント治療は、ガン免疫成立過程を標的にしているわけではないが、この成功は、これからのガン治療は間違いなく免疫治療になることを確信させてくれた。そして、CAR-Tの成功は、ガンのエフェクターを人為的にコントロールできるという確信を生んだ。

抗原特異的免疫を操作するという意味では、CAR-Tは免疫治療の要件をほぼ完全に満たしている。したがって、今後ガンのワクチンとチェックポイント治療を組み合わせる治療との競合を考えた時、もしガン特異的抗原を見つけることができれば、CAR-Tに収束する可能性がある。だからこそ、さまざまな問題があるにもかかわらず、CAR-Tに賭けけるキャピタルが存在し、驚くべき額でCAR-Tベンチャー企業のM&Aが行われている。

さて、現在CAR-Tと他の治療との競争の主戦場は末期の骨髄腫治療にあるように感じる。もともと、骨髄腫には抗体を含む様々な治療法が開発され、生存期間延長に大きく役立ってきた。ただ、どの治療もいつか効果がなくなり、現在骨髄腫が発現するBCMA抗原に対する抗体を用いた治験が行われている。例を挙げると、抗体に薬剤を結合させた治療、CD3に対する抗体と合体させたキメラ抗体を用いて、キラーT細胞をガンに向ける治療、そしてBCMA抗原認識のCAR-Tが、それぞれDAの認可を受け、いずれも治療法がなくなった骨髄腫に対し効果を示し、横一線の競争になっている。

価格の話を別にすると、これまで何度も紹介してきたように、CAR-Tには2つの大きな難点がある。一つは固形ガンへの利用のための戦略が立っていないことと、患者さんのリンパ球を増やし、遺伝子導入を行う必要があるため、調整に時間がかかる点だ。

固形ガンに対しての戦略については、少しづつ進展が見られるが、あらかじめ大量に作ったCAR-Tを多くの人に使うというためには、アロ細胞同士の反応、GvHとHvGを克服する必要がある。

これに最初に取り組んだ細胞が、CD19に対するキメラT細胞受容体遺伝子を導入するとともに、 TALENという遺伝子編集法でホストのT細胞受容体遺伝子とCD52遺伝子をノックアウトして、リンパ球を除去する薬剤耐性を獲得させたアロのCAR-TでCAR-Tを作成する時間的余裕のない二人の小児白血病患者さんに使われ、二人とも5年間再発がないという大きな成果を示した。

その後、大人と子供のリンパ性白血病を対象に第一相の治験が行われ、安全性とともに一定の効果があることが示された(The Lancet , 396:1885, 2020)。

前置きが長くなったが、今日紹介する米国スローンケッタリングガン研究所からの論文は、ほぼ同じアロCAR-TのフレームワークをBCMA陽性の末期の骨髄腫患者さんに使った第1相の治験で、1月23日Nature Medicineにオンライン掲載された。タイトルは「Allogeneic BCMA-targeting CAR T cells in relapsed/refractory multiple myeloma: phase 1 UNIVERSAL trial interim results(BCMAを標的にするアロジェニックCAR-Tによる再発・治療抵抗性の治療:第一相UNIVERSAL治験中間報告)だ。

第一相なので、安全性を調べるのが中心だが、なんといってもリクルートを決めてから、リンパ増殖抑制処理を含めて平均5日で治療を始められることが大きい。

もちろん、リンパ増殖抑制による副作用、CAR-Tによる副作用は明確に現れる。一方、56%の患者さんが治療に反応し、3億個の細胞を投与したグループは、71%の反応、そのうち半数が経過が大きく改善、さらに25%では完全寛解という結果が示されている。

以上の結果から、リンパ性白血病の治験と同じく、同じロットのCAR-Tを多数の人に利用するという大きなフレームは完成しつつあるように思える。

とはいえ、自己CAR-Tと比べると、反応率は低く、他の治療法と比べた時に優位性は認められないと判断される可能性がある。したがって、できればリンパ球増殖を抑える処置の必要がないような、アロCAR-Tの技術開発が重要だと思う。結論的には、現時点では少し劣勢だが、5日以内に治療が開始できること、また遺伝子編集技術が活躍できる可能性が高いことから、最終的な勝ちを目指して、開発が加速するように感じる。

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2月10日 相分離特性が変化する突然変異による発達異常(2月8日 Nature オンライン掲載論文)

2023年2月10日
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相分離についてはビデオも含めて取り上げてきたが、今日紹介するドイツ・ベルリンにあるシャリテ医科大学を中心とする国際グループからの論文は、突然変異により起こったフレームシフトで生じた分子構造の変化が、核内での総分離特質を変化させた結果、変異した分子機能だけからは考えられない発達異常を発生させることを証明した研究で、2月8日号 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Aberrant phase separation and nucleolar dysfunction in rare genetic diseases(異常な相分離と核小体の機能不全が稀な遺伝病に見られる)」だ。

この研究は短指趾骨粗鬆症-多指-脛骨欠損/低形成症候群(BPTA)と呼ばれる舌を噛みそうな名前の極めて稀な遺伝疾患の遺伝子異常を探索することから始まっている。5名の BPTA は、全て両親には見られず、本人だけに見られる de novo変異による発達異常で、名前の骨格の異常が際立っている。その変異を特定すると、片方の HMGB1遺伝子のC末でフレームシフト変異が起こり、C末の構造が大きく変化し、チャージが逆転していることを発見する。

HMGB1 遺伝子はクロマチンの安定化に関わる遺伝子で、これまで知られている突然変異は、DNA結合に関わる HMGボックス内での変異で、さまざまな発達異常がおこるが、骨格系の発達異常はほとんど記載されていない。したがって、BPTAに特徴的な変異は、単純な分子機能欠損というよりさらに複雑なメカニズムが働いていることを示唆している。

これまでの研究で、核内ではさまざまな相分離により分子集団が特定の場所に濃縮することで、転写の効率が調節されていることが知られている。そこで、BPTAの変異による C 末変化が、相分離によるこの分子の局在を変化させているのではと着想し、分子自体の相分離活性を調べると、変異により相分離活性が高まることがわかる。

次に、核内に存在する他の相分離分子との相性を調べると、正常分子ではエンハンサー・プロモーター複合相分離体と相性が良いが、変異体になると核小体の粒状複合体(リボゾームRNA など)の相分離体に親和性を示すようになる。

この結果をさらに生きた細胞内で調べると、正常分子は核内全体に分布するが、突然変異分子は核小体内に存在するリボゾームRNA が集まる相分離体に強く濃縮することを発見する。

以上のことから、HMGB1変異は、HMGB1 本来の機能より、相分離特性の変化により、分子が核小体の粒状コンパートメントへ分布してしまい、リボゾーム合成に影響することで、細胞機能の異常が起こったと考えられる。

これを確かめるため、変異HMGB1 を発現した細胞でのリボゾーム合成を調べると、リボゾームの機能不全による翻訳の障害が起こることを確認している。

以上が BPTA解析から得られた結果で、核内因子での相分離による局在の調節は、その機能のために必須の条件で、これが狂うと、その分子の機能だけでなく、他の分子の機能にも影響して複雑な形質につながることがよくわかった。

この論文はここで終わらず、さらにデータベースからこのような相分離異常を示す変異体の検索を行い、少なくとも101個の変異が、同じ相分離異常につながる変異であることを突き止めている。

その一部を実際の細胞で調べると、今回 HMGB1 で見られたのと同じような相分離異常を示すことが示され、これまで記載された発達異常を相分離の観点から見直すことの重要性を示している。相分離も当たり前の話になっている研究スピードの速さに驚く。

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2月9日 新しいALS治療標的(2月16日号 Cell 掲載論文)

2023年2月9日
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ALSは現在もなお明確な治療法のない深刻な病気だが、研究は着実に進んでいる実感がある。これには、iPS細胞から運動神経を作成して、ヒトALS細胞モデルが出来たことが大きい。

今日紹介する南カリフォルニア大学からの論文は、そんな中でも期待出来そうな研究で、ALS神経細胞で沈殿する異常蛋白質 TDP43 を細胞外への排出を促進して細胞死を抑える薬剤の開発が可能であることを示した研究で、2月16日 Cell に掲載される。タイトルは「PIKFYVE inhibition mitigates disease in models of diverse forms of ALS(PIKFYVE阻害により多様なALSモデルで病気の改善が見られる)」だ。

このグループは患者さんの細胞から造ったiPS細胞由来運動神経の生存を指標としたスクリーニングから、細胞内のオートファジーに関わる PIKFYVEキナーゼが細胞の生存を高めることを発見していた。この研究はその続報で、この効果のメカニズムを PIKFYVE に対する阻害剤や、遺伝子ノックダウンを用いて詳しく解析している。

まず、PIKFYVE に対するアンチセンスRNA を用いて、PIKFYVE のみをブロックすることで ALSの神経細胞死を抑えられることを確認した後、この分子に対する阻害剤 apilimod(AP)を用いて、この細胞死の抑制が TDP43異常蛋白質の細胞内への蓄積を抑える結果であることを明らかにしている。

そして、この蓄積が低下する原因が、AP によりオートファジーで形成された小胞がリソゾームと細胞内の小胞、エンドゾームの融合を促進し、その小胞を細胞外へ排出する過程に関わることを明らかにしている。

そして、このオートファジーで形成される小胞、その後融合して出来る小胞、さらにそれが細胞外へ排出された小胞の中に、ALSの神経死の原因である TDP43異常蛋白質がロードされていることを明らかにする。

すなわち、PIKFYVE により通常はこの過程は抑えられているが、このシグナルを抑えることで、オートファジー小胞形成とその排出を促進する経路が動き、異常蛋白の蓄積を抑えられることを示している。

重要なことは、様々なタイプのALS由来神経細胞で同じ結果を観察できることで、この治療戦略は ALS全般に拡げられる可能性がある点だ。

これを確かめるために、いくつかのマウスALSモデルを用いて、 PIKFYVE阻害による治療可能性を探っている。直接 APを脳に注射すると効果は見られるのだが、APは残念ながら脳血管関門を通過できない。そのため、PIKFYVEの発現レベルを抑えるアンチセンスRNA や、PIKFYVE遺伝子ノックアウトマウスを用い、PIKFYVE阻害の効果を確かめている。

結果は期待通りで、体内でも PIKFYVE を阻害すると、オートファジー小胞形成から排出までの過程が高まり TDP43 の蓄積を抑制し、運動神経死を抑えることが出来る。勿論、異常蛋白質の合成は続いているため、根治するという治療法ではないが、多くの ALS の進行を一定程度抑制してくれる可能性がある。

結果は以上で、今後脳内に移行できる阻害剤を開発したり、あるいは既に多くの病気で使われているアンチセンスRNA を投与する治療法を開発、その有効性を調べる臨床研究が必要だが、メカニズムが明確な治療標的が発見されたことは期待できる。

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2月8日 死後組織の遺伝子解析データから概日周期を再構成する(2月3日号 Science 掲載論文)

2023年2月8日
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進化での自然選択は、見方を変えると環境への同化と考えることも出来る。以前紹介したが、カメの甲羅の起源を探った古生物学研究で、亀の先祖は穴を掘って水の少ない乾期を生き延びたトカゲがいつのまにか穴も身につけてしまった、という説は最も面白い例だろう(https://aasj.jp/news/watch/5537)。しかしなんと言っても生物界全体に見られる同化の例が、地球の自転に細胞の転写システムを同期させる概日リズムの獲得だろう。

今日紹介するスイス連邦工科大学ローザンヌ校からの論文は、死後解剖組織の遺伝子解析データから人間の概日リズムを再構成し、性別や年齢による概日リズムの再構成について調べた研究で、2月3日号 Science に掲載された。タイトルは「Sex-dimorphic and age-dependent organization of 24-hour gene expression rhythms in humans(人間の24時間遺伝子発現リズムは性及び年齢により再構成される)」だ。

概日リズムというと、細胞であれ個体であれ一つの対象を少なくとも24時間経時的に調べることが必要だと思っていた。しかし、概日リズムの存在が細胞レベルで確認され、またその調節に当たるマスター遺伝子がわかっているなら、死後でも組織が概日周期のどの時間を代表しているか推察することが出来るはずだ。こう着想して、人間の様々な組織の遺伝子発現データが集められている GTExデータベース(https://gtexportal.org/home/)のデータを、概日リズム遺伝子の発現からその組織の概日時間を推定する作業を行ったのがこの研究だ。

これも、明確なQuestionと情報処理能力があれば、素晴らしい研究が出来るという例だが、何よりも概日周期の研究を、経時的に行う実験から解放した点が大きいと思う。とはいっても、死後組織に起こる様々な変化を考えると、ほとんどが難しいだろうと考えてきたのだろう。それをやり遂げたことがこの研究の最大のハイライトだ。

結果だが、案ずるより産むが易しで、今回開発したアルゴリズムにより、同じヒトからの組織では概日周期ははっきり一致しており、概日時間を決めることが出来る。そして、この概日周期に合わせて動く遺伝子のリズムを網羅的に解析できることを示している。

重要なのは、対象の死亡時間は、遺伝子発現から見られる概日時間とは食い違いが大きいことで、これは死後変化などが加味されるためと思う。従って、死後組織で概日時間を推定したい場合は、複数の組織の遺伝子発現を正確に調べることが重要で、このデータがあれば組織の同期性を指標に、データの質を評価し、概日時間を推定できる。

そして、多くの個体についてのデータを一つにプロットすると、これまでの経時的実験で示されてきた概日周期を見事に再構成することが出来る。

この解析を元に、研究では概日周期に連動する遺伝子発現リズムの男女差、年来差を調べている。

まず男女差だが、肝臓と副腎組織ではっきりした差が見られる。すなわち、女性のほうが多くの遺伝子の発現が概日リズムに従う。また、時間による発現の差が大きい。ほかにも、これほど大きな差はないにせよ、心血管系でも女性でリズムを刻む遺伝子が多い。

次に、年齢を50歳以下、60歳以上で区切って比べると、例えば脂肪組織ではほとんど変化がないにもかかわらず、冠状動脈などでは60歳以上になるとほとんどリズムの振幅が小さくなり、また24時間周期が12時間周期に変わってしまうのがわかる。

一方、卵巣を見ると、逆に閉経後リズムがはっきりする遺伝子も存在する。特にストレス反応に関わる遺伝子はリズムがはっきりする。

以上が結果で、勿論なぜこのような変化が起こるのかはわからない。しかし、このように人間で新たな問題がわかることで、今度は動物実験で調べることも可能になる。その意味で、概日周期の研究を、経時的実験から解放した意味は大きい。

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2月7日 幼虫期の進化的起源(1月25日 Nature オンライン掲載論文)

2023年2月7日
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多くの動物が、成体からかけ離れた形の幼虫期を過ごし、変態することは誰もが知っている。また、カエルのオタマジャクシから、蝶々の幼生からサナギまで、幼虫の生活環は極めて多様だ。しかし魚を見ていても、卵から直接成体が発生しても問題ないし、なぜわざわざ幼虫から変態する必要があるのかは明確でない。すなわち、幼虫から変態するライフスタイルが、左右相称動物のデフォルトなのか、一つのスタイルなのかについてはよくわからない。

今日紹介する英国のクィーンメリー大学からの論文は、環形動物で変態する種と変態しない種を比べ、幼虫という生活環が進化する過程を探った研究で、1月25日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Annelid functional genomics reveal the origins of bilaterian life cycles(環形動物の機能ゲノミックスにより左右相称動物の生活環の起源が明らかになる)」だ。

まず環形動物というとわかりにくいが、要するにミミズ、ゴカイ、ヒルというと誰もが見たことがあると思う。この研究では Owenia fusiformis と呼ばれる胎生期、幼虫期を経て成体になる環形動物のゲノムを解析し、近縁だが、2種類の環形動物では幼虫期が短縮され、最終的にスキップされてしまった環形動物と比べている。

ゲノム全体の構造は環形動物だけでなく、近縁の軟体動物も良く似ている。すなわち、ゲノムからだけで幼虫生活環の起源はわからない。そこで、各ステージの遺伝子発現を調べると、発生に関わる様々な遺伝子の発現時期が、幼虫を経る種では後期に存在するのに、幼虫時期がスキップされるにつれて、原腸形成直後にシフトしていることが明らかになった。環形動物の発生では、まず頭デッカチの胚が形成され、そこから胴体が出来ていくので、幼虫時期に胴体を形成する場合は、多くの発生遺伝子の発現が幼虫期に始まるが、幼虫期をスキップする場合、ほとんどの遺伝子が頭でっかちの時期に始まると言える。

この発見がこの研究のハイライトで、後は Hox遺伝子などを例に、この結果をより詳しく調べている。Hox遺伝子は体幹の構成を決めているが、幼虫期のはっきりした環形動物では幼虫期に強く発現が始まる。一方、幼虫期がはっきりしない環形動物では原腸形成直後に発現が始まる。クロマチンの解析から、この差は遺伝子調節領域の開かれ方で決定されていることも示している。

以上の結果は、幼虫期が進化することで、頭の発生と胴体の発生を明確に分離することが出来るようになり、その結果より複雑な体幹の構成が容易になったが、このスタイルが動物のデフォルトではないことを示している。すなわち、幼虫期が存在しなくても、発生は可能だが、様々な種で環境に応じて幼生期が進化したのは、おそらく特定の環境でしっかりと体幹を形成するために、良く似た遺伝子発現戦略がとられたことを物語っている。考えてみれば、オタマジャクシも頭でっかちの幼虫で、その中で胴体が作り始められている。

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2月6日 シグナル刺激抗体の特徴(2月1日 Nature オンライン掲載論文)

2023年2月6日
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ガンの抗体治療というと、抗PD1抗体を用いた免疫チェックポイント治療や、ガン表面抗原に対する細胞障害性の抗体を思い浮かべることが多い。しかし、様々な受容体シグナルが、抗体により誘導されることも知られており、抑制ではなく、特定のシグナルを刺激する抗体も存在している。なかでも、樹状細胞を介してガン免疫成立に重要な働きをしているCD40シグナルを刺激する抗体は、臨床治験も行われ大きな期待が集まっている。ただできるだけ親和性の高い抗体を目標にする、抑制性、あるいは細胞障害性の抗体開発と異なり、刺激性の抗体の条件についてはわかっていない点が多い。

今日紹介する英国サザンプトン大学からの論文は、CD40、4-1BB、そしてPD1 の3分子について、現存する抗体の変異体を作成し、これら分子に対する刺激能力が、親和性を低下させることで上昇することを示した研究で、2月1日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Reducing affinity as a strategy to boost immunomodulatory antibody agonism(免疫調節抗体の刺激能力は親和性を低下させることで高めることが出来る)」だ。

現在ガン免疫治療に最も期待されているのが CD40抗体なので、既にヒト化を終えた臨床グレードの抗CD40抗体、ChiLob7/4 に、分子構造を指標に CD3部位を中心に変異を導入し、反応する決定基はおなじだが、結合親和性が異なる抗体を何種類か作成し、B細胞を用いて CD40刺激活性を調べている。

驚いたことに、最も親和性が低い抗体は別にすると、結合親和性が低い抗体ほどCD40刺激活性が高い。さらに最も関心が高い腫瘍免疫を高める効果で調べると、元の抗体と比べると親和性が低下した抗体のほうが強い抗腫瘍反応を誘導できる。

次に、抗体が刺激するメカニズムを探ってみると、元々の CD40リガンドによる刺激と同じで、CD40が細胞表面上でクラスターを形成することでシグナルが入る。ただ、抗体の作用にFcγ受容体は必要なく、CD40を集めることが出来れば十分であることを示している。一方、抗体で刺激した場合、CD40は細胞質内に取り込まれないことや、細胞と細胞の接着部位に持続的に存在することなど、違いは認められるが、シグナル伝達という点では大きな差はないように見える。

では、親和性が低い方が刺激活性が強いことは、他の受容体でも言えるのか、まず CD40と同じTNF受容体ファミリー分子4-1BB に対する抗体についても全く同じ実験を行い、CD40と同じで、親和性が低い抗体ほど刺激活性が強いことを確認している。

最後に、CD40とは全くシグナル伝達経路に共通性がない、PD1についても、同じことが言えるか調べている。この目的のために、本庶先生達の抗PD1抗体に突然変異を導入し、親和性を低下させた抗体を数種類作成、PD1刺激活性を調べると、CD40の時と同じように親和性が低くなると、当然 PD1阻害活性は失われるが、強い刺激活性が得られることを示している。

結果は以上で、

  • 現存の抗体に変異を導入することで親和性の低下した、刺激活性の強い抗体を得られること。
  • これにより、現存の抗体もさらに刺激活性の高い抗体へと進化させられること、
  • 同じ方法は、TNF受容体以外のシグナル系にも利用できる可能性があること。
  • 刺激性抗PD1抗体は、抗原特異的免疫反応を抑える自己免疫治療に転用可能であること。

が示された。今後多くの分子について、アゴニスト抗体が開発され、免疫活性化に利用されることを期待する。

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2月5日 ネアンデルタール人は協力して10トン近い象をハンティングして食料にしていた(2月1日号 Science Advances 掲載論文)

2023年2月5日
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一般的にネアンデルタール人は20人以下の小さなグループで生活していたと考えられ、これが彼らが言語を獲得できなかった一つの原因ではないかと考える人もいる。この HP で紹介した一つの洞窟から出土する骨による血縁関係の研究からも4−20人ぐらいの集団と推定されている。

これに真っ向から反論するのがドイツ Monrepos 考古学研究センターからの論文で、ドイツ中部のハレに近い Neumark で進んでいる更新世最大の動物で、現アフリカゾウの祖先と考えられる P.Antiquus の骨から、ネアンデルタール人がシステミックに巨大動物を狩りの対象にしていた事を示す研究で2月1日号 Science Advances に掲載された。タイトルは「Hunting and processing of straight-tusked elephants 125.000 years ago: Implications for Neanderthal behavior(12万5千年前の象のハンティングと処理:ネアンデルタール人行動の新しい意味)」だ。

Neumark は80万年から12万年に地球が温暖になった間氷期に動植物の生存に適した領域として多くの生物が繁栄し、その中に現アフリカゾウの先祖と考えられる P Antiquus も存在し、骨が多く見つかっている。中でも Nord1 と呼ばれる場所で、多くの象の骨が発見され、それを解析する中で、様々な理由から、当時そこに生存した唯一の人類、ネアンデルタール人が象を食糧としてハンティングの対象にしていた考えざるを得ない事を示している。

その理由だが、

  • この領域では全体で36個体の骨が発見されているが、その年齢を見ると94%が25歳以上で、若い象の骨がほとんど発見されない。これは、自然死した死体をネアンデルタール人が食料にしていたのではなく、食料として適した大きな大人の象を標的に狩をしていた事を意味している。
  • また、骨のほとんどは自然劣化の形跡がなく、迅速に処理され、埋められたことが推定される。すなわち、狩の後、食料になる部分が迅速にプロセッシングされていた可能性が高い。
  • そして何よりも、斧などの石器による骨への傷が、特に筋肉と骨の接合部に見られる、また関節がそれにより切り離された事を示す処理の様子が再現できることから、間違いなく食料としてプロセスされていた事を示している。

実際にはこのプロセスの様子が詳しく調べられているが、結果を上のようにまとめていいだろう。結論としては、この領域に埋まっている象の骨は、ネアンデルタール人がハンティングにより殺し、肉や脂肪を食料として処理していたという結論になる。

と書いてしまうと簡単だが、実際には更新世最大の哺乳動物で、埋まっている骨の中にも10トン近くの象も存在する。とすると、20人ぐらいのグループでこのような巨大象をハンティングできたのか問題になる。また食料としても、100人が1ヶ月食べるだけの量になると推定される大きさの像も含まれる。とすると、少なくともこの領域に住んでいたネアンデルタール人は、

  • 100人以上が、ほぼ同じ領域に定住して、あまり移動しなかった。
  • 多数が協力して、できるだけ大きな獲物を狙って、一度に長期間暮らせる食料を用意していた。

ことが推定される。おそらく間氷期のネアンデルタール人は、最もアクティブだったと思えることから、まだまだ我々が知らない姿がそこにはあった可能性がある。食料からネアンデルタールを考える重要性がよくわかる論文だ。

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2月4日 末梢神経再生を常在細菌特異的 Th17 が促進する(2月2日号 Cell 掲載論文)

2023年2月4日
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神経系と免疫系が相互に作用し合っていることを示す多くの事実が見つかっているが、免疫系の特質から、当然この両者の関係に、さらに細菌などの免疫刺激系が関わることが多い。特に腸内細菌叢と、免疫、神経系の相互作用は最近の大きなトピックスになっている。

今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、皮膚の常在細菌が特殊な T 細胞を誘導して、修復時に神経再生を促すことを示した研究で、2月2日号 Cell に掲載された。タイトルは「Immunity to the microbiota promotes sensory neuron regeneration(細菌叢に対する免疫が感覚神経再生を促進する)」だ。

常在細菌に対する特異的な免疫反応により神経再生が促進されるといった着想をいかにして得たかについてはイントロダクションを読んでも完全に理解できなかったが、この研究はこの着想を証明するために行われている。

まず、常在細菌の一つ、黄色ブドウ球菌(SA)を、マウス皮膚に塗りつけると、皮膚の炎症反応をほとんど起こすことなく、長期に常在するようになる。この時に免疫系に変化がないか、皮膚を調べると Th 17 細胞と知られる、IL17を介して炎症を誘導するT細胞が増加している。しかし、Th1、Th2 細胞は全く誘導されておらず、そのためか皮膚に炎症は起こっていない。

こうして誘導される Th17 が抗原特異性を持っていることも、特定の SA 由来抗原に反応する T 細胞しか存在しないトランスジェニックマウスを用いた実験や、免疫成立後、再免疫して記憶反応を調べる方法で確認している。すなわち、常在 SA は皮膚の外表に存在する場合は、抗原特異的 Th17 のみ誘導し、皮膚炎症は起こらない。

これに対し、同じ細菌を皮内に注射すると、Th17 と共に、Th1、Th2 細胞も誘導され炎症が起こる。おそらく細菌側のメカニズムだと思うが、常在するためにうまくできている。

次に、SA を塗りつけた時に誘導される Th17 細胞と、炎症を起こす Th1 を比較して、何か特徴がないか調べると、炎症を起こしていない Th17 細胞のみで神経再生に関わる遺伝子の発現が見られることを発見し、最初の着想が荒唐無稽ではないと考え、次の再生実験に移っている。

常在細菌を塗りつけて Th17 が誘導された時点で、皮膚を傷つけ、その時に起こる神経再生を、常在菌の存在しない皮膚と比べると、期待通り、SA を塗りつけた皮膚は、強い神経再生が見られ、またこの再生は、IL17 が欠損していると起こらないことを確認する。まさに着想通り、SA が Th17 を特異的に誘導し、分泌される IL17 により神経再生が刺激されることが示された。

そして、この神経の変化は、IL17 が直接感覚神経に働いて誘導できることを、培養神経細胞を用いて確認している。ただ、IL17 に反応するためには、その受容体を神経細胞が発現していることが必要になるが、通常の神経では IL17 受容体のレベルは低い。

そこで、皮膚を傷害して興奮させた時の感覚神経を調べ、皮膚損傷時に神経細胞が IL17 受容体を強く発現することを発見している。以上の結果は、常在 SA が Th17 を誘導しても、通常は何も起こらないが、皮膚が損傷をうけ、神経の再生が必要になると、損傷による刺激で神経細胞が IL17 受容体を発現して Th17 の助けを受けることができるようになり、結果神経再生をたかめていることになる。

ただ、このような場合神経が増殖しすぎて、痛みに過敏になる心配があるが、このシグナル系を用いた再生の場合は、このような問題は起こらないことも確認している。

このように、少し変わった着想を得て、それを追求したことがこの研究の面白いところだが、うまくできているとしか言いようがない。このような Win-Win の関係が、常在菌、免疫系、神経系に成立しているのをみると、まさに細菌叢も進化の一部であることを実感する。

カテゴリ:論文ウォッチ
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