8月18日 転写開始過程の生化学(Natureオンライン掲載論文)
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8月18日 転写開始過程の生化学(Natureオンライン掲載論文)

2019年8月18日
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転写について今どの様に教えているのだろう。基本は、DNAをRNAに読み替えるポリメラーゼ(Pol II)を正しい場所にリクルートし、それを開始点としてRNAを合成しながら、正しい場所でスプライシングする過程といえるが、これだけなら普通の代謝マップの様な簡単そうな図がかけてしまう。しかし、転写開始点ではPol IIはプロモーター、エンハンサーに結合する転写因子とメディエーター含む複合体を形成しているし、スプライシングのためにはこれもスプライソゾームと呼ばれる大きなタンパク質複合体と結合する。この機能の違うしかし巨大な複合体とPol IIの相互作用を追跡することは簡単ではない。

今日紹介するRichard Young研究室からの論文はこの過程をPol IIがタンパク質複合体の中に一種の相転換のように隔離される過程として可視化しようとした研究で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Pol II phosphorylation regulates a switch between transcriptional and splicing condensates (Pol IIのリン酸化により転写複合体と、スプライシング複合体のスイッチがおこる)」だ。

転写からRNAの合成までに何が起こっているかは明確なイメージがすでにできている。まず、転写因子とメディエーター複合体とPol IIが合体することで転写の開始の用意ができる。このPol II のC末端の2つのセリンがリン酸化されることでPol IIがDNAを移動してRNA合成が起こるが、この時スプライシング複合体がPol II上に形成される。

ただ、この様な巨大な複合体がPol II上でどう転換するのか、そんな簡単な話ではない。この研究では転写のMediator複合体とPol IIのC末が、例えばNanog遺伝子上で合体していること、このMediator との合体にはC末がリン酸化されていない必要があることを示している。

エンハンサーにより転写が進む遺伝子上では、当然のことながらPol IIはスプライシング分子とも合体していることも確認している。すなわち、この転写因子とMediator複合体からスプライシング複合体の乗り換えがおこるのだが、これがPol II のRNA合成開始を誘導するC末のリン酸化に依存しているのか、試験管内で分子の複合体形成を組織化させて調べる一種の相転換を利用した方法で調べている。

結果は予想通りで、C末がリン酸化しないときはMediatorを含む複合体を形成するが、CDD7, CDK9でリン酸化すると今度はスプライシング分子と複合体を形成する。すなわち、C末のセリンリン酸化により、転写因子・Mediator複合体からスプライシング複合体へ乗り換えが起こることが確認されたことになる。

結論はこれだけで、当然の話だと思われる人もいるだろう。しかし、彼らが開発したdroplet assayで、分子が液相からタンパク質複合体へと自然に合体することを目に見えるようにしたことは重要で、これにより現象論から化学的胴体解析へと踏み込めるのだという実感がもてる、さすがYoungのグループだと思える研究だ。

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8月17日 ビリルビンにも、ちゃんとした機能がある (Cell Chemical Biology オンライン掲載論文)

2019年8月17日
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ビリルビンは医師にとっては最も馴染みの深い肝臓の機能を調べる検査だが、ビリルビン自体は赤血球が壊れた後の処理機構の一つとして考えてきた。したがって、ビリルビン自体に機能があるとはあまり考えたことはなかった。

今日紹介するジョンズ・ホプキンス大学からの論文はそのビリルビンが神経細胞を守る重要な機能を持っていることを示した論文でCell Chemical Biologyにオンライン掲載された。タイトルは「Bilirubin Links Heme Metabolism to Neuroprotection by Scavenging Superoxide (ビリルビンはヘム代謝をスーパーオキサイドの除去による神経保護作用とリンクする)」だ。

この研究のハイライトは、ビリルビンは老廃物ではなく、機能を持っているはずだと考えたことに尽きる。あとは、細胞内でビリルビンが決して合成できない様にビリヴェルディンをビリルビンに変える酵素BVRを完全にノックアウトしたマウスを作成し、ビリルビンが合成されず、代わりにビリヴェルディンが蓄積することを確認している。

著者らはもともとビリルビンが酸化ストレスを抑える機能を持つのではと考えており、これを示すため細胞内にスーパーオキサイドを発生させる処理を行い、ビリルビンが合成できない細胞と正常細胞を比べると、ビリルビンができないことで細胞内、特にミトコンドリア内でスーパーオキサイドが蓄積し、結果細胞が死にやすくなっていることを確認する。ただ、自分でビリルビンが合成できなくとも、外来のビリルビンは細胞内からミトコンドリアに侵入して、スーパーオキサイドから細胞を守ることができることも示している。

さらに、ビリルビンは化学的にスーパーオキサイドに特異的に直接結合することで細胞をスーパーオキサイドから守っていることを確認している。

最後にビリルビン合成酵素は神経細胞で強く発現しており、またグルタミン酸受容体刺激によりスーパーオキサイドが合成され、これが長期記憶などに関わっていることに注目し、このスーパーオキサイドの機能をビリルビンが抑えるかどうか、ノックアウトマウスで調べている。結果は予想通りで、ビリルビンがないとNMDA受容体刺激による興奮性が上昇し、神経細胞が変性することを示している。

結果は以上で、これまでビリルビンは神経毒かと思ってきたが、実際には神経を過興奮から守る重要な役割を担っていることがよくわかった。おそらく、パーキンソン病など神経変性疾患にも何らかの形でビリルビンが関わっている可能性がある。この歳になってまた新しいことを知ったという気分にしてくれた研究だった。

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8月16日 現在起こっていることの歴史的重要性を予測できるか(Nature Human Behaviour オンライン掲載論文)

2019年8月16日
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トランプ誕生あたりから、世界は何か騒がしい。ともかく様々なことが起こり、ニュースとして入ってくる。例えば、今日為替が乱高下しているが、これは米国の長期金利が短期金利の利回りを下回るという、逆転現象が起こったからだ。素人から見ると、要するに長期的未来はひどい様に思えるが、ただこの逆転をどう考えるかは分かれる様で、大きな経済後退のサインと見る人と、一時的現象と考える人がいる。要するに今起こっていることの未来への影響を予測するのは難しい。そのおかげでロクでもない評論家が存在できる。

今日紹介するマイクロソフト研究所からの論文はそんな評論家に代わり未来を予測するAIを作ろうとする研究で、Nature Human Behaviour オンライン版に掲載された。タイトルはズバリ「Predicting history (歴史を予測する)」だ。

しかしマイクロソフトの研究所は型破りの人たちが集まっている様だ。論文はヘーゲルの「ミネルバの梟は夕暮れに飛び立つ」というヘーゲル法哲学の引用から始める意気込みで、数理に弱い私たちをもぐっと惹きつける。

もちろん現在の情報をいくらAIにインプットしても、答えがわからないため学習させられない。そこで、1973年から1979年という時代を選び、この時に米国国務省からの電報を集め、この電報の内容とその後の歴史評価の対応付けを、歴史家に読んで評価してもらって計算したPCI(同時代的重要性認識)、国務省内での歴史的評価が定まった文書が集められたFRUS(合衆国外交関係)を比べている。PCIの値はある電報がFRUSに加えられる確率と相関することから、PCIはその時点での電報の重要性をある程度反映できるが、電報のサンプル数が増えると、あまり重要でない電報のスコアも上がっていき、電報の付随データのみから将来の歴史的重要性を予測するのは難しいことが明らかになった。

そこでその時代を切り取り将来を予測する能力の優れた年代記編集者の条件とは何かを考え、その条件を満たせる様なアルゴリズムの機械学習を設計して、コンピュータが重要と判断した電報が実際にFRUS に収載される確率を調べると 、サンプル数が多くてもある程度予測が可能になったとはいえ、予測できるとは到底いえないことが明らかになった。

結局ネガティブデータで終わっており、数理の苦手な私には問題の原因を予測することは難しいが、結局この失敗は、正確に予測できる評論家がいないのと同じことだという感触はある。もちろん始まったばかりで、個人的には優れたAI評論家が生まれることは可能ではないかと期待している。

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8月15日 ガン増殖における主役のスイッチ(8月7日 Nature オンライン掲載論文)

2019年8月15日
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今日は終戦記念日で、我が国の政治の主役が大転換を遂げた日だ。その後一貫して(それ以前からだと考える人もいる様だが)我が国は米国を宗主国として現在に至り、今や中国の台頭による宗主国の没落に面して、なすすべなく立ちすくんでいる様に見える。

ガンの増殖は、一旦ドライバーが決まるとそれが変化することはない場合が多いが、今日紹介するボストン・ダナファーバー研究所からの論文は、同じ様な主役のスイッチがガンでも稀に起こることを示した研究で8月7日号のNatureにオンライン出版された。タイトルは「BORIS promotes chromatin regulatory interactions in treatment-resistant cancer cells (BORISは治療抵抗性のガンのクロマチン調節相互作用を促進する)」だ。

この研究は、腫瘍の増殖様態が大きく変化することがよくある神経芽腫を対象にしている。神経芽腫の増殖はMYCNとALKが主役であることがこれまでの研究で分かっているが、著者らはまずALKを抑制した時に発生してくる治療抵抗性の腫瘍について調べ、なんとALKだけでなくMYCNも腫瘍増殖の主役から退き、代わりに全く異なる多くの遺伝子が新たに誘導されていること、そしてこの遺伝子発現のリプログラムにBORISと呼ばれるCTCFの親戚分子が関わっていることを明らかにする。すなわち、増殖の主役がBORISへと完全にスイッチし、ゲノム全体にわたってBORISが結合し、結合部位の遺伝子の転写を高めていることを明らかにする。

次にBORISによって起こる増殖の仕組みについて研究し、BORISがクロマチンの構造を決めるCTCF結合部位に結合して、クロマチンのループ構造をコントロールすることで、スーパーエンハンサーを遺伝子上に形成して、それまで発現しなかった多くの遺伝子が強く誘導されることで、新しいガンの増殖システムが形成されることを示している。もともとMYCNはスーパーエンハンサー形成の主役として働いているが、BORISが取って代わるというシナリオで、こんな主役交代があるのかと驚く。

BORISは未熟幹細胞や生殖細胞で発現していることから、この様な転写の大きなリプログラムに関わることが分かっているが、今後ガン細胞や体細胞でBORISの過剰発現を行う実験をとおして発癌に関する役割も明らかになる様な気がする。

幸いMycでもBORISでもスーパーエンハンサーに強く依存していることは確かな様で、しかもBRD4もこの過程に関わっていることから、BET阻害剤は効果がありそうだ。

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8月14日 異色の腸内細菌研究(8月22日 Cell 掲載論文)

2019年8月14日
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昨日は、膵臓癌組織中の細菌叢研究という、普通ではそうお目にかかれない異色の研究を紹介したが、今日もそれに輪をかけて異色の研究、すなわち人間の腸内細菌叢が発現するsmall proteinに標的を絞って調べた研究で8月22日号のCellに掲載された。タイトルは「Large-Scale Analyses of Human Microbiomes Reveal Thousands of Small, Novel Genes (人の腸内細菌叢の大規模解析は何千もの小さな新しい遺伝子を明らかにした)」だ。

腸内細菌叢の研究などどの様な方法で行っても、なかなか新鮮な驚きを得ることができなくなってきているが、この論文は細菌叢が発現している50アミノ酸以下の分子をコードする遺伝子に絞って研究を行なった点が異色だ。

なぜこの様なsmall proteinに焦点を絞るのかは、これまでほとんどデータがない以外にこれといった理由はないが、少なくともバクテリアにとってはこの様なドメインがあっても一つだけというタンパク質が重要な働きをしていることがわかっている。

もちろんどんな細菌叢でもよかったはずだが、多くのバクテリアが互いに相関しあって増殖している人間の細菌叢なら、データも揃っており、今後も役に立つだろうと選んだのだと思う。

とはいえ2000近い様々な細菌叢の配列情報から、small proteinをコードする遺伝子を抽出して、それの機能を推察することは簡単ではない。

研究では最終的に4000近くのsmall protein遺伝子を特定し、転写されているか、タンパク質として翻訳されているか、多くのバクテリア種で存在するか、近くにどんな遺伝子があるのか、既知の分子との相同性はどうか、ドメインの構造の特徴はあるか、細菌叢の存在場所との関連はあるかなど、多角的にその分子を調べている。

その結果、特定した4000に及ぶsmall proteinのほとんどはこれまで全く知られていない分子だが、様々な特徴からある程度分類が可能であることを示している。

この論文で特に取り上げられている機能を列挙すると、

  • リボゾームに結合するハウスキーピング遺伝子。
  • 細胞膜あるいは細胞外に分泌される分子で、クオラムセンシングなどの機能や、ホストとのコミュニケーションに関わっている分子や、他のバクテリアを殺す抗生物質(この中には細菌叢制御を可能にする分子が見つかるかもしれない)
  • CRISPRや他のバクテリアの免疫機構の遺伝子クラスターに存在し、外来遺伝子の侵入の防御に関わるもの。
  • 水平遺伝子伝搬に関わる遺伝子クラスターに隣接して存在し、この機構に関わる、あるいは遺伝子伝搬される分子。

などに分けられることができる。

結果は以上で、ともかく4000見つけて整理したというのが研究の全てで、この真価は今後このデータベースを生かす研究が続くことで証明されるだろう。しかし、small proteinに絞る研究があるとは、意表を突かれた。

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8月13日 膵臓癌の予後を決める腫瘍組織内細菌叢 (8月8日号Cell 掲載論文)

2019年8月13日
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8月に入って雑誌Cellに、少なくとも私にとって面白い論文が多く掲載されていたので、昨日に引き続き連続で紹介しようと考えている。今日はガンと腸内細菌叢の話だ。慶応の本田さんたちの研究から、腸内細菌叢の中には感染免疫だけでなく、ガン免疫も高める細菌が存在することがわかっている。そのため、ガンに良い細菌層を探す研究が盛んに行われている。

これに対し、今日紹介するテキサス大学MDアンダーソンガン研究所の論文は、ガンの中でも最も厄介なすい臓ガン患者さんの術後の生存期間が腫瘍内の細菌叢と相関することを明らかにした研究で、8月8日号のCellに掲載された。タイトルは「Tumor Microbiome Diversity and Composition Influence Pancreatic Cancer Outcomes (腫瘍内の細菌叢の多様性と構成がすい臓ガンの予後に影響する)」だ。

この研究ではすい臓ガンの手術時に組織からDNAを抽出しその中に含まれるリボゾームRNAから、切除組織に存在する細菌叢を調べ、術後10年近く生存したグループと、1年半ほどでなくなったグループに分け、細菌叢の多様性や構成を調べている。ただ、生存カーブから言えることは、10年以上生存できたグループも15年目にはほぼ全員が死亡しており、すい臓ガンの厳しさを物語っている。

さて結果だが、術後長く生存できた組織内の細菌叢は、生存が短かった組織の細菌叢と明確に区別することができ、細菌の多様性が高いことがわかった。またそれぞれのグループに特徴的OUT、すなわち16Sリボゾーム解析から特定される菌でをリストすると、生存期間ではっきり種類が異なることも明らかになった。

そして、これらの細菌叢の違いと並行して、あきらかに腫瘍に対するキラーT 細胞の組織内濃度は上昇しており、ガンに対する免疫反応が細菌叢に影響されていることを示している。同じく、それぞれの細菌叢は代謝活性でも大きく違っている。

すい臓ガン組織の細菌叢の由来を調べるため、便の細菌叢と比べると、ガン組織内の細菌叢の25%は腸内細菌叢由来であることが確認でき、多くは腸内細菌叢から由来すると考えられる。

そこで、マウスにヒト腸内細菌叢を移植したあと、すい臓にガンを移植する実験を行い、腸内細菌叢がガン組織へ移行するか調べ、移植した人間の腸内細菌叢がガン組織で見つかることを確認する。

この結果を受けて、次にガンが進展した患者さん、長期間生存例、および健康人の腸内細菌叢を移植したマウスですい臓での腫瘍増殖を調べると、長期生存例の腸内細菌叢を受けたマウスで最も強く腫瘍の増殖が抑えられ、CD8キラーT細胞の浸潤が強く認められることを明らかにしている。

以上の結果はすい臓ガンの組織内には、腸内細菌叢を中心に細菌叢が侵入し、この細菌叢が多様で特定のOUTが存在する場合、ガン免疫反応を高め、長期生存を可能にするという結果だ。

もしこの話が本当なら、すい臓ガンの患者さんに腸内細菌叢の移植を行う日が来るのも早い気がする。

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8月12日 末梢感覚神経の感受性を抑えて自閉症を治療する(8月8日号 Cell 掲載論文)

2019年8月12日
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自閉症スペクトラム(ASD)の薬剤治療の開発は進められているが、発達期に、脳に対する作用のある薬剤を使うことのハードルは高い。例えばBumetanideのASD症状に対する効果は確認されるが、様々な副作用との競争になることがわかっている。

これに対し、ASDの症状は外界からのインプットに対する過敏症から発生する2次的効果による要因が大きく、脳ではなく末梢神経の感受性を変化させることで治療が可能ではないかという説が現れてきた。今日紹介するハーバード大学からの論文は、動物モデルではあるがこの可能性を徹底的に追求した研究で8月8日号のCellに掲載された。タイトルは「Targeting Peripheral Somatosensory Neurons to Improve Tactile-Related Phenotypes in ASD Models(抹消の体性感覚を標的にする治療はASDモデルの触覚に関わる症状を改善する)」だ。

膨大な仕事だが、研究の方向性は明確で、脳ではなく末梢感覚神経だけで感受性の変化が起こる様に操作すればASDを誘導したり治療したりできることを示すことが目的だ。

そのためにまず、ASDの原因となるShank3やMecp2の遺伝変異を末梢感覚神経だけに導入する実験を行い、末梢感覚神経の感受性が高まるだけで様々なASD様社会行動が誘導されることを示している。また、この逆の実験では、遺伝変異によるASDモデルマウスの遺伝子変異を、末梢神経だけで正常化してやると、体性感覚が戻るのと並行して、ASD様症状も改善することを示している。

次に、異なる発達時期に末梢感覚神経の遺伝子変異を誘導する実験を行い、28日以降で変異誘導した場合、感覚神経機能は障害されても、ASD症状は出ないこと、一方生後6日目から変異誘導するとASD症状が発生すること、そして驚くことに生後10日から変異誘導すると、不安行動が逆に減少することを示している。すなわち、体性感覚の変化が発達期に応じて、脳のネットワークを変化させることを示している。

多くのASDモデルの異常の原因の一つが、GABA抑制神経の活動が低下しておこる過敏な神経興奮によると考えられている。そこで、末梢神経でのGABA反応性を高めるため、末梢神経特異的にGABARB3を導入する実験を行い、GABA神経の活動を正常化することでASD症状を改善できることを確認する。

そして最後に、脳血液関門を通過できないGABA受容体刺激剤を様々な遺伝的ASDモデルマウスに生後すぐから6週間投与する実験を行い、様々な社会行動を正常化させられるが、記憶力や運動能などは治療できないことを示している。

以上が結果で、末梢神経だけを標的にすることで、ASD症状を改善できること、しかも原因を問わず、GABA受容体を刺激することだけでそれが可能であることを示した意義は極めて大きい。また、個人的には末梢神経異常が脳のネットワーク形成に及ぼす影響が、発達期によりこれほど異なることも興味を引いた。特にMECP2の様に欠損症と過剰症の両方が同じ様な症状を誘導するケースでの研究は重要だと思う。

しかし、期待の持てる薬剤治療が開発された印象を強く持った。

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8月11日 抗原特異的自己免疫反応には少なくとも3種類のT細胞が関わっている(Natureオンライン掲載論文)

2019年8月11日
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利根川さんが抗体V遺伝子の再構成を明らかにし、本庶さんがクラススイッチ時の遺伝子再構成を示した後、研究の方向はT細胞の抗原受容体の遺伝子クローニングが焦点になり、熾烈な競争が行われた。最初の論文は、利根川研からか、あるいは本庶研からかなど免疫学者が注視していた時、最初にクローニングに成功したのが、米国のMark DavisとカナダのTak Makだった。この結果、それまで我が国免疫学を代表していたサプレッサーT細胞の話(ロマン)は完全に消えることになり、100の現象より一つの分子を特定することの重要性を強く認識したのを覚えている。

そのMark Davisは現在ヒトの免疫反応や病気という現象をT細胞受容体(TcR)から定義し直すことを精力的に行なっており、今日紹介する論文も多発性硬化症でミエリンに対するCD4T細胞が刺激される時に並行して刺激されるCD8T細胞を調べた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Opposing T cell responses in experimental autoimmune encephalomyelitis (実験的脳脊髄炎での抑制的T細胞反応)」だ。

Davisらはすでに、グルテンで誘導する腸炎ではCD4T細胞とともに、CD8T細胞、そしてγδT細胞が末梢血中に動員されることを示していた。この研究では、グルテンの代わりに、ミエリンで免疫して誘導する実験的脳脊髄炎で同じことが起こるか調べ、ミエリンに反応するCD4T細胞、IL-17 を分泌するγδT細胞、そして機能が不明のCD8T細胞の3者が末梢血中に相次いで動員され腸管へ移動することを示していた。

このうち、CD8T細胞はミエリンが抗原でないが、特定のTcRを持つクローンが増殖していることを確認し、CD8T細胞を刺激する抗原を、酵母表面に提示されたMHC-ペプチド複合体をTcRで選択するという凝った実験系を用いて突き止めることに成功する(この活性のあるペプチドをSPと呼んでいる)。

最後に、このミエリンで脳脊髄炎を誘導する際に、同時にSPを注射する実験を行い、このCD8T細胞を誘導することで脳脊髄炎の発症を強く抑制できること、また同じ細胞を移植すると脳脊髄炎を抑制できることを明らかにしている。

ただ、このCD8T細胞は他の自己免疫病には効果がないので、ミエリンに対する反応誘導過程特異的に出現することを示している。

以上が結果で、抗原特異的な新しいサプレッサーT 細胞の登場ということになるが、その誘導メカニズムについてはまだまだ研究が必要だ。今後他の反応についても、各T細胞のTcRと結合する抗原を特定し、この3種類のT細胞から多くの自己免疫病を定義し直して、新しい治療可能性を見つけて欲しい。

昨日に続いて、TcRの抗原を特定することの重要性を認識できる。

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8月10日 チェックポイント治療で誘発された伝染性単核症による炎症(Nature Medicine オンライン掲載論文)

2019年8月10日
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PD-1に対する抗体を用いて免疫反応の抑制メカニズムを外すことで、長期にわたるガンのコントロールが可能になったが、これと並行して免疫抑制が外れることで起こってくる、これまで誰も経験したことのないような様々な免疫病が現れるようになった。これらは単純に副作用対策というより、人間の免疫システムを知る上でも貴重な症例で、一例一例、解剖も含めて大事な検討が必要だ。

今日紹介するナッシュビルにあるバンダービルド大学からの論文はPD-1治療の結果脳炎で亡くなった患者さんの、お手本ともいうべき丁寧な病因追求調査で一例報告とはいえNature Medicineに掲載された。タイトルは「A case report of clonal EBV-like memory CD4 T cell activation in fatal checkpoint inhibitor induced encephalitis (チェックポイント治療により誘導された脳炎ではEBウイルス様のメモリーCD4T 細胞のクローン増殖が活性化されていた)」だ。

チェックポイント治療により様々な臓器の自己免疫性炎症が起こってくるが、脳炎もその一つで、特に致死率が19%と高い。PD-1抗体治療により多く見られる他の重篤な炎症、例えば心筋炎などと比べると、PD-1に対する抗体でも、CTLA-4に対する抗体でも同じ頻度で見られるのた特徴だが、ほとんどの場合抗原の特定は行われていない。

この研究では、メラノーマに対して18ヶ月抗PD-1抗体を投与してガンがうまくコントロールできた患者さんが、急に精神症状を発症し、脳炎と診断され、様々な治療にも関わらず42日で亡くなってしまった症例の、いわゆる病理検査所見になる。ただ、解剖で得られた組織は単純に組織検査を行うだけでなく、遺伝子検査まで行い、炎症で反応しているT細胞の抗原特異性を見つけようとする徹底した病理調査になっている。

結論は驚くべきもので、CD4T細胞の血管周囲への浸潤を特徴とする脳炎が起こっているが、ここで増殖しているCD4T細胞は活性化されたメモリーT 細胞で、なんとその20%は同じ抗原受容体を発現していることがわかった。すなわち、炎症は抗原特異的に反応したT 細胞のクローン性増殖により起こっている。

次に、この抗原受容体がどの抗原を認識しているのか、これまで蓄積されている抗原特異的受容体のアミノ酸配列を検索すると、なんと伝染性単核症の患者さんに現れるEB ウイルス抗原に対するT細胞と同じであることがわかった。そして、脳炎発症時から死亡まで、血中にEBウイルスが検出されること、また脳組織に少ないとはいえ、EBウイルスに感染したB細胞が存在することも確認している。

調べられるのはここまでで、結論は伝染性単核症のように、EBウイルスに感染したB細胞に対してCD4T細胞の急速なクローン性の増殖がおこり、これがチェックポイント抑制により強い炎症につながってしまったという結果になる。

チェックポイント治療により伝染性単核症が誘発されたかどうかはわからないが、今後同じような病因追求をチェックポイント治療症例で重ねることの重要性を示すいい臨床病理研究だと思う。

同じように炎症で浸潤してくるT細胞の抗原特異性の追求が今後病理にとって重要な課題であることを示すもう一つの論文を明日紹介する。

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8月9日 ドラキュラのようにホストを変えながら6000年も生きてきたガン細胞(8月2日号 Science 掲載論文)

2019年8月9日
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細胞培養が可能になってから、ガン細胞がホストとは無関係に増殖を続け、自然に進化する過程を観察することができるようになった。例えばHeLa細胞などはほぼ60年近く細胞独自の進化を遂げていると言える。しかし驚くなかれ、同じように6000年近くも、ホストからホストを乗り移って勝手に進化している犬のガンCTVT(犬の感染性性器腫瘍)が存在する。生殖器官の細胞に発生したガンが、ホストの免疫システムを逃れるようになり、性交を通して個体から個体へ感染するようになったガンだ。同じようなガンにタスマニアデビルの顔面にできるガンがあるが、この歴史はたかだか50年程度のものだろう。

今日紹介するケンブリッジ大学を中心とする研究グループの論文は、世界各地から546種類のCTVTを集め、タンパク質に翻訳される遺伝子部分(エクソーム)の配列を調べ、CTVTの進化を調べた研究で8月2日号のScienceに掲載された。タイトルは「Somatic evolution and global expansion of an ancient transmissible cancer lineage (古代に発生した感染性がん細胞系列の進化と世界規模の伝搬)」だ。

現存の人間のゲノム解析と同じで、現存しているガン細胞の配列からわかるのは、そのガンがいつ発生し、どのように世界中に広がったかという歴史と、進化に関わる選択要因は何だったのかという点だ。

まず歴史だが、おそらく6000年ほど前にシベリア地方で発生し、その地域で維持されてきたCTVTが、2000年ごろインドとヨーロッパに独立に伝播する。おそらく人間の移動とともに、500年前にヨーロッパからアメリカ大陸に移った細胞は、急速に拡大し、またヨーロッパやアジアに再侵入する。その結果、おおくのCTVTは中南米で見られることになる。

現在原因が明らかになって、このガンは収束しつつあるらしいが、壮大な歴史がここに書かれている。しかも、ホストの環境に依存するとはいえ、高等動物の細胞が独立して進化を続けているとは生命の力強さを感じる。

この歴史はゲノム上の変異の蓄積として読み取ることができるが、変異の種類について調べることで、進化に影響した要因を推察することが可能だ。実際には、どのタイプの変異、例えばCからT へといった変異がどの核酸配列(例えばCCCかTCCか)で幾つ見られるかをカウントするのだが、これにより細胞の分裂時のDNA修復ミスか、APOBECによるのか、あるいは紫外線などの一本鎖変異なのかがわかる。

基本的には細胞が増殖する時におこる修復ミスによる変異が中心なのだが、例えば紫外線障害の変異を調べると、性器のガンが皮膚に飛び出て、そこでUVの影響を受けるようになったため新しいタイプの変異を蓄積するようになったガンや、あるいは代謝の変化を反映しているガンなど、様々な要因が特定できる。

しかし、では突然変異は強く選択されているかを調べてみると、変異の蓄積はほとんど中立的に起こっていることがわかる。

他にも色々話はあるが、要するに6000年の歴史を超えてガン細胞が独立に子孫を増やしてきたという驚きが、この研究のハイライトだ。

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