9月6日: 寒いと感じるための受容体(9月5日号 Cell 掲載論文)
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9月6日: 寒いと感じるための受容体(9月5日号 Cell 掲載論文)

2019年9月6日
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外界の変化を感じるために私たちは様々な感覚受容体を持っている。これまで紹介したように痛みだけでも複数存在するおかげで、ワサビや玉ねぎまで感知できる。温度もそうだ。暑さだってかなり正確に感じることができるし、冷たいを、さめていると区別できる。しかし知らなかったのだが、温度が低い(涼しい)と感じる受容体はわかっていたようだが、寒いと感じる受容体は分かっていなかったようだ。

今日紹介する華中科技大学とミシガン大学が共同で発表した論文は、線虫の変異体のスクリーニングにより「寒さ」を感じる受容体が線虫から脊髄動物まで、グルタミン酸受容体であることを特定した研究で9月5日号のCellに掲載された。タイトルは「A Cold-Sensing Receptor Encoded by a Glutamate Receptor Gene (寒さを感じる受容体はグルタミン酸受容体遺伝子の一つだった)」だ。

この研究で最も面白いと感じたのは、線虫の突然変異レパートリーの中から寒さを感じる受容体を探し出す方法だ。実際には、多くの線虫を適温の20度から10度に変化させて、その時に活動する神経細胞を探し出す必要がある。興奮する神経はカルシウムの流入で調べられるが、温度を何度も変えて確かめるために、この研究ではPCRに用いる96穴のサーマルサイクラーを用いることを着想し、7000以上の個体をサーマルサイクラーで温度を変えながら、寒さに反応する遺伝子が欠損した個体を突き止めている。

このユニークな方法で見つかったのが線虫の腸内に存在する感覚GLR-3と呼ばれるグルタミン酸受容体で、本来の線虫の系で、この受容体が確かに10度という寒いを感じる受容体であることを確認する。またこの特殊な神経が興奮した時に起こると知られている泳ぐ方向性のターンが低温で誘導できることを明らかにしている。

次に、GLR-3に対応するマウス遺伝子GluK2を特定し、この受容体が線虫の細胞で同じよう寒いを感じる受容体として働けること、寒いの感覚にはチャンネルは必要なく、いわゆるメタボトロピックと呼ばれる機能、すなわちGタンパクを介するシグナル分子として働いていること、そして皮膚から後根神経節へ感覚を伝える神経の一部がGluK2を発現して、寒さを伝えていることを明らかにしている。同じ受容体は魚から人間まで保存されているようなので、寒さの感覚は線虫のような早い段階で進化して、脊髄動物が進化しても変わらずそのまま人間まで維持されてきたことがわかる。

結果は以上で、サーマルサイクラーで温度変化を実現したという点に感心したと同時に、感覚といっても本当にわかっていないことが多いことを思い知った。

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9月5日 場所の記憶が維持される神経過程(8月23日号 Science 掲載論文)

2019年9月5日
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2014年、オキーフとモザー夫妻がノーベル医学・生理学賞に輝いたが、その時もっぱら脳内のGPSの発見などと報道された。しかし実際にこの研究の示した最も大きなインパクトは、脳内の多くの神経と行動を同時記録することで、脳内に形成される「表象:representation」を実際に観察できることが示されたことだ。当然ノーベル賞に値する素晴らしい業績だ。

今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文は、このオキーフ、モザー夫妻の発見を利用して、こうして形成された脳内の表象が維持される機構を、海馬CA1領域の細胞集団の神経活動の記録から読み解こうという研究で8月23日号のScienceに掲載された。タイトルはズバリ「Persistence of neuronal representations through time and damage in the hippocampus (神経的表象は時間や損傷をこえて海馬で維持される)」だ。

モザーさんたちの研究は持続的に脳の特定の場所全体の活動をクラスター電極を通して細胞レベルで記録することで可能になったが、この手法は現在神経の興奮をカルシウムセンサーで光学的に記録する方法に置き換わっている。ただ、脳内に埋め込んだこのような読み取り装置がどのぐらい長時間、正確に一個一個の神経を区別して記録し続けられるかが問題になる。

この研究ではなんと8ヶ月ぐらいは海馬のCA1領域の5000個を越す神経細胞を同時に記録できるという装置を工夫し、これを用いてモザーさんたちと同じ場所記憶の実験系で、脳内に形成される表象がどう維持されているのかを調べている。

あとは膨大な記録を行動と対応させることで、場所記憶の表象に関わる神経細胞を特定し、それぞれの神経細胞が時間が経った後も、表象維持に関わるか調べている。具体的には、学習過程でできる場所細胞と呼べる神経表象が、10日間トレーニングなしに休んでいても維持されるのか、またその後どのように表象が消えていくのかなどを調べている。

まずわかるのは、一旦トレーニングで表象が形成されると、それは同じ迷路を毎日走らせようが、ケージで休ませようが同じように維持される、すなわち同じ細胞の興奮として維持されていることだ。

しかし、時間が経つとこの表象を担う細胞の数は大体1日1%づつ減っていく。それでも同じ迷路にもう一度入ると、表象としてしっかり機能することもわかる。さらに、この表象は海馬の一部を障害しても、障害された直後は乱れるが、傷が回復すると完全ではないがかなり回復することも明らかになった。

おそらくこの研究の最大のハイライトは、同調して興奮する神経細胞のペアを特定して、その活動と行動を対応させた実験で、表象を担う細胞がコンスタントに失われ、現実的には45日目で消失してしまう場合も、同調する神経ネットワークは維持され、迷路にもう一度入ると45日目でも同じパターンを再現するという発見だ。

結論としては、少ない数の神経細胞でも、同調的に反応できるネットワークが維持されると、表象に対応する神経細胞自体は減っていっても、もう一度鮮やかに表象を再現できるという話で、実際には予想通りの結果だと思う。1年近く脳記録が可能になることで、これまで神経表象について想像されていたことが確認できたという研究だが、しかし記録して情報処理できるというだけですごい。

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9月4日 Dipeptidase-1は好中球の移動を調節する接着因子として働く(8月22日号 Cell 掲載論文)

2019年9月4日
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昨日に続き今日も生体膜酵素に関する研究を紹介する。今日の酵素はDipeptidase-1で、アミノ酸が2つ結合したdipeptideを加水分解する作用がある。ただ、今日紹介するカルガリー大学からの論文はこの酵素の酵素活性ではなく、好中球を肝臓や肺に動員するための接着因子としての作用に着目した研究で8月22日号のCellに掲載された。タイトルは「Dipeptidase-1 Is an Adhesion Receptor for Neutrophil Recruitment in Lungs and Liver (Dipeptidase-1は好中球が肺や肝臓に移行するときの接着受容体として働く)」だ。

このグループの目的は好中球が肺や肝臓に浸潤して時に命に関わる障害を起こす時に働く接着分子を発見することが目的だ。ただ、これまで知られているセレクチンやインテグリンなどの接着因子の中にはこのような分子が今も見つかっていなかった。

そこで、炎症を起こした肺や肝臓で好中球が血管に結合し、浸潤を始めている時に利用する分子を、マウスの好中球の遺伝子を発現しているファージライブラリーを炎症を起こしたマウスに注射し、肝臓や肺に結合しているファージを選び出すことで捕まえようとしている。実際にはこのプロセスを5回繰り返し、肝臓や肺に結合するための分子を濃縮し、取れてきたペプチドがDipeptidase-1に結合することを発見した。また、好中球もDipeptidase-1を導入した培養細胞に直接結合できることも明らかにした。

ただ、好中球の接着にはDipeptidase-1の酵素活性は全く必要がないことも明らかになった。従って、この研究はDipeptidase-1が生体膜酵素だけではなく、血管内皮上の接着因子として働くことを明らかにした。Dipeptidase-1はこれまで細胞接着因子として考えられたことがなかったため、見落とされてきたと考えられる。

次に、Dipeptidase-1が本当に好中球の接着因子として働くかを調べる目的で、Dipeptidase-1をノックアウトしたマウスを作成して調べると、好中球の肺や肝臓への浸潤が抑えられることを確認している。

最後に、LPS(エンドトキシン)注射によって誘導される致死的な炎症が、Dipeptidase-1をノックアウトしたマウスでは起こらないこと、あるいはDipeptidase-1に結合する好中球ライブラリーから得られたペプチドも、好中球とDipeptidase-1の結合を阻害して、エンドトキシン投与してもマウスが生存できることも示している。

以上が結果で、一般的な接着因子の他に、白血球の組織への動員を調節する分子として生体膜酵素Dipeptidase-1とそれに結合する白血球側のペプチドを特定し、エンドトキシンショックに対する治療方法を開発したことは高く評価できる。ただ、見落としているのかもしれないが、この白血球側のペプチドがどの分子に相当するのかがはっきり書かれていない。Dipeptidase-1の研究としては完璧なのだが、最後にモヤモヤが残ってしまった。

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9月3日 アデノシン受容体と骨粗しょう症(8月21日号 Science Advances 掲載論文)

2019年9月3日
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酵素というと細胞内に存在するタンパク質を思い浮かべるが、細胞膜上で機能する生体膜酵素も存在しているが、その機能の解析はまだまだ進んでいない。この2週間に面白いと思った生体膜酵素の論文を2報目にしたので、今日から紹介することにする。1日目の今日はデューク大学から8月21日号のScience Advancesに発表された骨粗しょう症に関わるectonucleotidaseの研究を紹介する。タイトルは「Dysregulation of ectonucleotidase-mediated extracellular adenosine during postmenopausal bone loss (閉経後の骨粗しょう症で見られるectonucleotidaseによりできる細胞外アデノシンの調節異常)」だ。

このectonucleotidaseとは、細胞膜上で細胞内から出てきたATPをアデノシンへと分解する酵素システムで、細胞膜タンパク質なのでCD39とCD73という命名がされている。

この研究では卵巣を摘出したマウスを用いた閉経モデルでCD39,CD73の発現を調べ、卵巣摘出で骨髄でのCD39/73の発現が、血液細胞を含む様々な細胞系列で低下していることを発見する。一方、エストロジェンを加える実験で、骨芽細胞系、破骨細胞系ではエストロジェンで最後のアデノシンへの分解を媒介するCD73が低下、その結果としてアデノシン濃度が低下することを発見するる。すなわち、エストロジェンによって合成の上昇した細胞外アデノシンが、閉経後の骨形成に関わる可能性が示唆された。

そこで、アデノシン受容体A2BRを骨芽細胞や破骨細胞前駆細胞でノックダウンすると、骨芽細胞の活性が低下、逆に破骨細胞形成が低下するので、アデノシンは骨形成を高め、骨の分解を抑えることがわかった。

この結果は、閉経後もアデノシンからのシグナルを維持できれば、エストロジェンがなくても骨形成を維持できることを示唆しており、これを確かめる目的でA2BR受容体を刺激する薬剤を卵巣摘出マウスに投与すると、全体の骨の体積や、骨梁の数の低下が抑えられることを示している。

例えば、エストロジェンでCD73は低下するが、CD39はどうして上昇するのか、その結果確かにアデノシンは低下するが、AMPの合成は上がるのではと考えられるが、その影響はなど、まだまだ調べることは多いと思うが、少なくとも私が知っている骨形成や破骨細胞活性化とは全く異なる機構のシステムなので、今後閉経後の骨粗しょう症だけでなく、ほかの骨形成異常にも利用価値が出てくるのではと期待される。

もちろん更年期障害にはホルモン療法が高い効果を示す。しかし、先週発表されたThe Lancetの論文では、ホルモン療法を受けると間違いなく乳がんの発症リスクが上がることが証明されている。その意味でも、この経路は重要だとおもう。

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9月2日 Liquid Biopsyの現状(8月28日号 Science Translational Medicine掲載総説)

2019年9月2日
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胎児の染色体異常を母親の血液に漏れ出てきたDNAで診断するliquid biopsy検査が普及しているが、ガンの診断を、血中に流れるDNAやガン細胞そのもので行うliquid biopsyも開発されており、何年か前に何回も紹介した。しかし、その後あまり多くの論文を見ることがないように思う。もちろん、技術が当たり前になってより専門性の高い雑誌に掲載されているため見つからないのかもしれないのかなと思っていたが、タイミングよく8月28日号のScience Translational MedicineにVogelsteinをはじめとする大御所が集まってこの領域の現状を短く報告してくれていたので、面白いと思った点を箇条書きにして紹介する。タイトルは「Applications of liquid biopsies for cancer (Liquid biopsy のガンへの応用)」だ。

  • 技術的には、エピジェネティックスも含め、点突然変異や欠損など様々な変異を捉えることができる。
  • 血中DNAの半減期は1時間なので、血中DNAの多くは白血球とガン細胞由来だが、ガン患者さんでは血中のDNA自体が時に10倍に高まるが、ガン細胞由来DNAだけとは考えにくいので、この原因を調べることは重要。
  • 質量分析を組み合わせて、確実な早期診断が可能になる。
  • ガンの診断時、バイオプシーせずにガンの変異をしらみつぶしに調べる目的には、技術も発達しており利用価値が高い。また、抗ガン剤を選ぶためにも重要(しかしコストは?)
  • 手術後、現在は副作用はあるにしても想定される転移巣を叩くため、アジュバント治療が行われるが、これを行うかどうかの基準として使える可能性がある。実際、血中のDNAやガン細胞数などは再発率と相関する。
  • 治療経過、特に再発を早期に診断するマーカーとして使う可能性はほぼ完全に確立している。新しい変異が起こってガンが薬剤耐性を確立する過程を診断する方法の確立は加速してほしい。
  • ガンを発見するための集団検診として使うのはまだ難しい。現在のところは患者さんを混乱させるだけ。

以上がこの総説で触れられた重要な点だと思う。だいたい思っていたのと同じだが、要するに役に立つことは間違い無いので、コストに見合う補助検査として使えるよう、体制を整えるべきだという結論だと思う。例えば我が国で実際にどの程度普及しているのか、もしよかったらお教え願いたい。

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9月1日 ガン転移研究の画期的実験手法(8月29日 Nature 掲載論文)

2019年9月1日
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ガンが恐ろしいのは、局所で増殖するだけでなく体の様々な場所に転移するからだが、この時、転移先の組織とポジティブとネガティブに組み合わさった様々な相互作用の結果、その組織に転移するかどうかが決まる。この相互作用については転移先のガンの周りにある組織の研究として最重点分野になっているが、転移が始まったばかりの小さなガンについては周りの組織を選んでとってくるのが簡単でないため、研究が進んでいなかった。

今日紹介する英国のクリック研究所とケンブリッジ大学からの論文はこの問題をなるほどと感心させる方法で解決し、転移ガンの周りの組織を解析した研究で8月29日号のNatureに掲載された。タイトルは「Metastatic-niche labelling reveals parenchymal cells with stem features (転移先のニッチ細胞を標識により実質細胞ニッチの幹細胞的性質が明らかになった)」だ。

転移ガンと隣接する周りの組織を研究するためには、まず隣接している細胞だけを選択的に集める手法の開発が必要だ。これまで、顕微鏡下でレーザーで細胞を集めたり様々な方法が用いられているが、どこの研究所でも簡単にできるという方法はなかった。

このグループは、ガン細胞自体に周りの細胞を標識させようと着想し、膜通過性の蛍光タンパク質をガン細胞に分泌させる方法を開発した。すなわち、ガン細胞が蛍光物質を分泌すると、そのタンパク質は細胞質に自分で浸透し、周りの細胞も蛍光を発するようになる。使われた各コンポーネントは特に新しいわけではなく、言われてみればなぜこの方法がこれまで使われていなかったのか不思議なぐらいだが、まさに膝を打つとはこのことだと思う。

試験管内やガン細胞を注射して転移させる実験から、確かに周りの細胞が蛍光ラベルされることを確認して、ガンの周りに存在する様々な細胞を取り出して、ガン細胞との相互作用を調べている。

この研究ではマウスの乳ガン細胞の肺転移をモデルに使っているが、例えばガンの周りにある好中球を、普通の好中球と比べると、確かに活性化されており、ガンの増殖を助ける力が強いことを明らかにしている。

おそらく最も重要な発見は、ガンの周りに肺の上皮細胞が存在しており、これが2型の肺胞細胞であること、そしてガンにより様々な肺上皮細胞へと分化できる未熟幹細胞へと理プログラムされていることを明らかにした点だ。この理プログラムがなぜ起こるのかなどは今後の課題だが、このテクノロジーにより初期過程から研究が可能で、期待できる。

もちろんテクノロジー自体は、発現系を工夫すれば転移にとどまらず、細胞間相互作用を調べるための重要なテクノロジーになるだろう。急速に普及するのではという予感がする。

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8月31日 同性とのセックス行動の遺伝背景(8月30日号 Science 掲載論文)

2019年8月31日
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同性と気軽にセックスすると聞くと、コミュニケーションの手段として性行動が使われているボノボを思い出す。相手を殺すこともあるチンパンジーと比べるとこの行動がボノボの平和的倫理性に基礎となっているように思うが、では人間ではどうなのだろう。

自らもホモセクシュアルであることを公言する脳科学者サイモン・リーバイのQueer Scienceを読むと、ホモセクシュアルの権利を求める運動は、この性質が生まれや教育の問題だとする世間に向かって、この性向が生まれついてのものであることを認めさせるところから始まる。

今日紹介するオーストラリア・クイーンズランド大学を中心とする国際チームの論文は、まさに同性とのセックス行動の遺伝的背景を扱った研究で8月30日号のScienceに掲載された。タイトルは「Large-scale GWAS reveals insights into the genetic architecture of same-sex sexual behavior (大規模ゲノム検査から同性に対する性行動の遺伝的背景を考える)」だ。

しかし、UKバイオバンクや、民間のゲノムサービスによりゲノム検査を受けた人の数が増えると、これまで考えられなかったような弱い遺伝的傾向についても調査が可能になる。この研究では50万人近いデータが集まっているUKバイオバンクと、23&meなどの民間ゲノムサービスを受けた人の、性的な好みを調査し、遺伝的な背景を特定しようとしている、いわゆるGWAS(全ゲノムレベルでの相関検査)だ。

ただ、ホモセクシュアルだけを対象とするのではなく、同性とのセックス経験のあるすべての人をリストしており、ボノボ的気楽な関係も含んでいる。UKバイオバンクの構成は圧倒的に白人中心だが、驚くのは男性で4.1%、女性で2.8%が同性とのセックス経験があると答えている点だ。さらに、この比率は若い世代ほど高まっており、例えば1940年生まれの男性なら2%なのに、1970年生まれの男性は6%を超えている。白人が中心だとしても、私にとっては驚きの結果だ。

このように、ホモセクシュアル以外の同性セックス経験者を全部含めて調べたのがこの研究の特徴で結果をまとめると、次のようになる。

  • GWASによりはっきりと相関性のある遺伝子多型として5種類が同定され、臭いの感受性、性発達に関わる遺伝子の多型が含まれていることから、遺伝的な背景は存在する。
  • 遺伝性がみられるとしても、はっきりと有意差が見られたこれらの多型で説明できる部分は1%程度で、実際には多くの遺伝子が絡み合う複雑な背景を持っている。
  • 同性とのセックスと相関する遺伝子群が関わる、他の性質を調べると、性格や病気など様々な性質がリストされるが、中でも双極性障害、マリファナの利用、セックス相手の数などが強く相関している。
  • 同性セックスといっても、完全にホモセクシュアルから興味本位の経験まで、大きく行動は変化するが、完全なホモセクシュアルに近いほど遺伝的相関は高い。

他にも様々な解析が行われているが、この4つが重要な結果だと思う。要するに、何か特定の遺伝子で決まるほど単純ではないが、私たちの性格が遺伝子の影響を受ける程度に、同性セックスも影響を受けているという結論になると思う。

今後はサイモン・リーバイが示したような、より明確な脳の解剖学的変化とGWASを組み合わせることが重要になると思うが、MRI検査が進むUKバイオバンクならこれも可能だろう。

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8月30日 ケトン体は幹細胞維持に働く( 8月22日号 Cell 掲載論文 )

2019年8月30日
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炭水化物をグッと抑えた食事からカロリー摂取するケトンダイエットは、サッカーの長友選手による宣伝効果もあって、普及が進んでいる。それだけでなく、これまで紹介してきたように、難治性のてんかんや発達障害にも効果があることが示されているが、要するに糖質なしで脂肪を燃やして持続できる身体へと、からだをプログラムし直してくれる。だとすると、単純なカロリー代謝の問題ではなく、本当は複雑な分子カスケードが誘導されている気がする。

今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文はケトン体が幹細胞のエピジェネティックスを変化させて未分化性の維持に働く仕組みを示した研究で、今後のケトン食の利用を考える上でも大きな示唆になる研究だと思う。タイトルは、「Ketone Body Signaling Mediates Intestinal Stem Cell Homeostasis and Adaptation to Diet (ケトン体のシグナルは腸管幹細胞のホメオスターシスと食事に対する適応を媒介する)」で、8月22日号のCellに掲載された。

この研究はマウスの腸管細胞の遺伝子発現を調べていた時、ミトコンドリアでケトン体合成の最初の過程に関わるHMGCS2が幹細胞特異的に強く発現しているという発見に始まっている。

そこで、ケトン合成が幹細胞でどのような働きがあるのか調べる目的で、まずこの酵素を腸管や腸管幹細胞でノックアウトしたマウスを作成すると、腸管の幹細胞システム全体が崩壊し、また試験管内でのオルガノイド形成が強く抑制されることを発見する。すなわち、幹細胞の自己再生が抑えられ、分化が早く誘導され、その結果幹細胞システムの維持や再生がうまく動かなくなる。

次はこの現象のメカニズムを探る必要があるが、著者らはHMGCS2ノックアウトによりパネット細胞が6倍近く増加することに着目する。というのも、Notchを抑制すると同じことが起こることがこれまで広く知られていた。そこで、Notchの下流遺伝子の発現をHMGCS2ノックアウトマウスと比べると、Notch阻害と同じ遺伝子が動いていることを確認、またNotch抑制をHes1レポーターでも確認している。

期待通りHMGCS2ノックアウトの効果はケトン体を外から加えることで正常化するので、ケトン体を試験管内のオルガノイド形成で加える実験系を用いて、ケトン体がヒストンアセチル化阻害剤と同じ効果があり、幹細胞でケトン体が枯渇するとヒストンのアセチル化が低下することを確認している。すなわち、ケトン体がヒストンアセチル化酵素を阻害することで、Notch転写を介して幹細胞の自己再生をコントロールしていることが明らかになった。

最後にケトン食と糖質食を食べさせる実験で、ケトン食が腸管の幹細胞システムを活性化する一方、糖質食は幹細胞維持機能を阻害することを示している。

これらの実験は、ケトン体がなぜ大きな細胞レベルの変化を誘導するのかの一つの理由を教えてくれる。すなわち、ヒストンというエピジェネティック過程を直接阻害することで、多様な変化を誘導できることを示している。

腸管の幹細胞について言えば、ケトン食で幹細胞が維持されるとすると、一つ懸念されるのは発がんを促進しないかだし、逆に期待できるのは老化を防ぐかという問題だ。腸管について言えばHMGCS2ノックアウトマウスがあるので、この問題に対する答えはすぐ出てくるだろう。注視する必要がある。

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8月29日 褐色脂肪組織の新しい役割(8月29日号 Nature 掲載論文)

2019年8月29日
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アミノ酸の中でもbranched chain amino acid(BCAA)と呼ばれるバリンやロイシンなどは、運動能力を高めるサプリメントとして利用されているが、逆に血中濃度が高い人は肥満やインシュリン抵抗性の原因となることがわかっている。ただ、個人的にはアミノ酸の代謝については最も苦手な分野でほとんどフォローしていなかった。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校のKajimuraさんの研究室からの論文は褐色脂肪細胞でのBCAAの代謝が私たちのエネルギーバランスを調整している仕組みについて明らかにした研究で8月29日号のNatureに掲載された。タイトルは「BCAA catabolism in brown fat controls energy homeostasis through SLC25A44 (褐色脂肪細胞でのBCAAの代謝はSLC25A44を介してエネルギーのホメオスターシスを調節している)」だ。

完全にプロの仕事で、代謝についてあまりなじみのない頭はついていくのが精一杯だが、人間で褐色脂肪組織の多い人と少ない人を、低温に晒して褐色脂肪細胞を活性化した時に、バリンやロイシンなどのBCAAが低下するという小さな変化を見落とさず、この原因をマウスを用いて追求し、褐色脂肪組織が活性化されるとBCAAのクリアランスが高まることを確認し、そのメカニズムの解析に進んでいる。

ノックアウトマウスや様々なテクノロジーを用いた実験を組み合わせて、段階的にBCAAの代謝とその変化の影響を探るという、まさに代謝のプロの実験だが、ここでは詳細は省いて結論を箇条書きにする。

  • 血中のBCAAは主に褐色脂肪組織に取り込まれ、ミトコンドリアで酸化される。このBCAAの酸化は褐色脂肪細胞の熱発生に必須で、酸化ができないマウスでは低温に晒されて熱を生成できず、体温が上がらない。
  • 酸化されたBCAAはTCAサイクルから合成されるコハク酸を介してUCP1依存性熱発生を誘導することで、急性のエネルギーバランスを調整している。
  • この回路が抑えられると、インシュリン抵抗性が生まれ、肥満になる。
  • 酸化されたBCAAがミトコンドリアでエネルギー代謝を調節すること自体新しい発見なので、最後にBCAAがどのトランスポーターを介してミトコンドリアに入っていくのかを調べ、低温によって最も強く誘導されるSLC25A44がそのトランスポーターであることを突き止める。そして、このトランスポーターの欠損した細胞では、BCAA がミトコンドリアに移行しないこと、そのためBCAA の酸化が起こらずUCP1を介する熱が発生しないため、マウスの体温が低下すること、そして脂肪の蓄積が起こる。

以上の結果から、活性化した褐色脂肪組織はBCAAを血中から除くフィルターとして働き、それを利用してエネルギー代謝を調節することで肥満や糖尿病を防ぐのに一役買っていることが明らかになったと結論している。素人にも明らかなのは、褐色脂肪組織がしっかり維持されていないと、BCAAは危険なサプリメントになる可能性がある点で、栄養学の難しさを教えてくれる。

個人的には栄養学は21世紀の最も重要な分野になると思うが、この分野で研究をリードする日本人がいることは心強い。

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8月28日 膵臓癌の多発家系のリスク遺伝子(Nature Genetics オンライン掲載論文)

2019年8月28日
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近親者に多くのガン患者さんが発生しているという家系があることは確かで、膵臓癌でもこれまでBRCA2やp16の変異を持つ家系が発見されている。ただ、この2種類だけでは到底全ての多発家系を説明できず、このためには家系のメンバーを集め、丹念な遺伝子検査を積み重ねることが重要になる。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、このような家系調査から膵臓癌のドライバーになる新しい遺伝子を発見し、その機能を解明したという研究でNature Geneticsオンライン版に掲載されている。タイトルは「Mutations in RABL3 alter KRAS prenylation and are associated with hereditary pancreatic cancer(RABL3遺伝子の変異はKRASのプレニル化を促進することで遺伝的膵臓癌の原因になる)」だ。

この研究で注目された家系では、4世代46人のなかに、5人の膵臓癌、4人のメラノーマ、2人の乳がんの他、脳、肝臓、胃、大腸などのがんが1人づつ発生している凄まじい家系で、この家系の全ゲノム配列の情報から、がんとの相関性が高いとしてRABL遺伝子が36番目のアミノ酸で途切れてしまう突然変異を唯一のリスク遺伝子として特定するのに成功している。

あとはこの変異RABL3(mRABL3)がどうしてガンのリスクになるのかをオーソドックスな方法で調べている。まず、ゼブラフィッシュにこのmRABL3変異を片方の染色体に導入する実験を行い、p53欠損と組み合わせると末梢神経鞘の腫瘍が起こることを確認し、確かにmRABL3がリスクガンの原因遺伝子になることを明らかにする。

次に、発がん前のゼブラフィッシュの遺伝子発現とパスウェイ解析をもとにRABL3が関わる分子経路を探索すると、膵臓ガンドライバー遺伝子の本家本元KEASがリストされてきた。そこで実際の分子経路を生化学的に調べると、KRASのプレニル化にかかわるRAP1GDS1が特定され、mRABL3がKRASのプレニル化を促進することを特定する。すなわち、mRABL3によりKRASのプレニル化が少しだけ上昇することで、KRASの細胞膜への移行が高まり、KRAS活性が上昇することがガンリスクになっていることが示唆される。実際、プレニル化を抑制すると、mRABL3の効果は抑えられる。

この家族の膵臓癌多発についての説明はこれで十分だが、この研究ではこの変異がホモになったとき、RASopathyとよばれる、発生過程でRASが活性化される変異と同じような奇形が生じること、さらにガンデータベースのエクソーム解析の中に、新しいタイプの変異がリストされており、細胞株やゼブラフィッシュを用いた系でこれがガン化に関わることを確認している。

ガンのドライバーになる新しい遺伝子が発見されたという話だが、ゲノム解析が可能になった今こそ、家系解析の重要性を示す研究だった。

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