4月10日 免疫細胞プログラムとすい臓ガン幹細胞(4月18日号 Cell掲載論文)
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4月10日 免疫細胞プログラムとすい臓ガン幹細胞(4月18日号 Cell掲載論文)

2019年4月10日
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すい臓ガンも直腸ガンも、ガンのドライバー遺伝子や、抑制遺伝子は共通であることが多く、しかも発生学的起源は一緒なのに、どうして膵臓ガンだけこれほど悪性なのかはよくわからない。このすい臓ガンの特殊性を探索するために今も多くの研究が行われている。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文はその典型で、すい臓ガンの薬剤耐性の幹細胞を取り出しRNA解析、スーパーエンハンサー解析からリストされる遺伝子をクリスパー/Cas9でノックアウトして機能を調べるという、大変だが極めてオーソドックスな方法でガンの幹細胞に必須の遺伝子をリストした研究だ。ただ、そこで発見された分子があまりにも意外で、しかも治療標的になる可能性があるという、結果オーライの面白い仕事になった。タイトルは「A Multiscale Map of the Stem Cell State in Pancreatic Adenocarcinoma(すい臓ガンの幹細胞状態についての差複数の指標を用いたマップ)」だ。

研究では慶応の岡野さんが最初に発見、現在では幹細胞のマーカーとして使われているRNA結合タンパクMusashiを指標に、ras,p53変異を導入したマウスすい臓ガンモデルで幹細胞を集め、RNA-seq, ヒストンH3K27アセチル化を指標にしたスーパーエンハンサー 支配遺伝子検出、single cell seqなど多くの方法を組み合わせて、幹細胞状態に関わる遺伝子をリストし、このリストと10万近いガイドRNAを用いるクリスパー/Cas9で遺伝子ノックアウトを行い、すい臓ガンの増殖に関わる遺伝子を特定したリストを比べ、ガンの標的になりそうな分子を探索している。

この結果、新しい遺伝子、既知の遺伝子など同じすい臓ガン幹細胞状態に関わる重要な遺伝子群がリストされたが、この研究ではこの中で通常免疫系の細胞に発現するサイトカイン受容体など様々な遺伝子が、同じすい臓ガン幹細胞で発現し、しかもIL10RやCSF1受容体を抑制するとガン細胞の増殖が抑えられることを明らかにした。特に驚くのが、人間のすい臓ガン細胞でも同じ結果になる点だ。重要なのは、免疫系を介してこれら分子が働いているのではなく、がん細胞に発現し、ガン細胞の増殖を助けている点だ。何れにせよ、すぐ対応できる分子なので、治療可能性を調べられるだろう。

次に通常は免疫系で発現している多くの分子がどうしてすい臓ガンで発現するのか探索し、詳細は省くが最終的に昨日紹介したILC分化にも関わるRORγ分子がすい臓ガンでも発現することがその根本にあることを明らかにする。

RORγに関しては免疫性炎症を制御するために様々な薬剤が開発されており、最後にRORγ阻害剤SR2211がすい臓ガンに効果があるかを調べ、SR2211単独でも強いすい臓がん増殖抑制効果があり、また通常用いられるgemicitabinと組み合わせるとさらに大きな効果が得られている。

最後に患者さんから採取したヒトすい臓ガン培養でも、RORγの発現はガンの悪性度と比例し、SR2211が効果があることを示している。

これまで同じような網羅的解析は行われていたが、この研究の重要性は、免疫プログラムがそのまますい臓ガンに発現して幹細胞状態を作っていることの発見、そして何よりすぐに使える様々な治療標的が特定された点で、早期に治験が進むことを期待したい。

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4月9日 腸管で制御性T細胞を誘導するメカニズム(Natureオンライン版掲載論文

2019年4月9日
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現在小児のピーナツアレルギーや卵アレルギーを抑える目的で、逆に乳児にピーナツオイルや卵オイルを食べさせてトレランスを誘導する治療がスタンダードの治療になりつつあるが、この方法でトレランスが誘導されるメカニズムのカギを握るのが、坂口志文さんが発見し、定義した制御性T細胞Tregの誘導だ。

TregがIL-2受容体CD25を発現しておりIL-2で増えることは、もちろん坂口さんの研究で今や疑う者もいないが、最初の頃は論文を通すのにも苦労していた時代があった。試験管内でTregの機能を証明した重要な研究もなかなかトップジャーナルに受理されなかったようで、嬉しいことに1998年京大の教授をしていた私にInternational Immunologyにトランスミットするよう依頼され、掲載にこぎつけたことがある。当時ほとんど免疫学から離れていたので、これが最後のエディターとしての仕事になったが、世界のTregの記念すべき論文掲載のお手伝いができて今でも懐かしく思い出される。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は腸管でTregを誘導する細胞が、現役時代私たちが研究していたリンパ組織誘導細胞を含むILC3と呼ばれる細胞集団が作るIL-2により誘導されるという論文でNatureオンライン版に掲載された。本来坂口さんとは研究上では特につながりはなかったが、それぞれが研究していた細胞がつながるとは、なんとなく因縁を感じて紹介することにした。タイトルは「Innate lymphoid cells support regulatory T cells in the intestine through interleukin-2 (内因性リンパ球が腸管での制御性T細胞の調節をIL-2を通して行なっている)」だ。

この研究は極めて古典的な実験、すなわちIL-2中和抗体の抗体をマウスで調べることから始まっている。こんな研究はずいぶん昔から行われていると思うが、とにかく腸管でのTregの減少と、その逆にCD4細胞による炎症性サイトカインの強い発現を認めている。

すなわち、腸管でTregはIL2依存的に誘導されることがはっきりしたので、次にTreg誘導に関わるIL-2分泌細胞を探索し、腸管ではパイエル板を誘導する能力を持つILC3aを特定することに成功している。

次に、ILC3でIL2が誘導されるメカニズムを探求し、腸内細菌叢により活性化されたマクロファージが分泌するIL1βがIL2誘導因子であることを特定する。すなわち、無菌動物や抗生物質で処理したマウスではILC3のIL2分泌は起こらない。

腸管内でのTreg誘導のシナリオが明らかになったので、次に抗して誘導されるTregが口から摂取した抗原に対するアレルギーを抑える機能を持つかどうか、ILC3のみでIL2が欠損したマウスに卵白アルブミンを食べさせる実験を行い、予想通りILC3からのIL2分泌がないとTregが誘導されず、卵白アルブミンに対するトレランスは誘導できないことを示している。また、ILC3のIL2分泌ができないマウスでは、腸管全体にわたる炎症が起こることも示している。

最後に、今度は人間のクローン病の患者さんのILC3細胞を取り出して培養する実験でIL2分泌が低下していることを示し、人間の腸管の炎症もIL-2分泌不全によるTregの抑制にあることを示している。

まとめると、腸内細菌がマクロファージの自然免疫系を刺激して、IL1βを分泌、これがILC3のIL2分泌を誘導してTregを誘導、腸内での炎症を抑えるというシナリオになる。ILC3は登場しなかったが、このシナリオも最初に紹介した奇しくも私がトランスミットした論文で示されたシナリオを腸管に移していることがよくわかる。次はこのシナリオをもとにアレルギーや腸炎の多くの治療戦略を開発してほしい。

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4月8日: 同じメカニズムでもオプジーボとキイトルーダの効果は違うのか?(The Lancetオンライン掲載論文)

2019年4月8日
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確認したわけではないが、現在わが国で保険収載されている抗PD1抗体はおそらく2種類で、一つは小野薬品のオプジーボと、もう一つはメルク社のキイトルーダだと思う。両者がどのように選択されているのかよく知らないが、承認を受けるための治験での対象をうまく選ぶことで、差別化を図ろうとしている。例えば、マイクロサテライト不安定性の固形癌を選んで治験効果を示せたキイトルーダは、ゲノムの不安定性さえはっきりさせれば全ての癌に使える。ただ、いずれの場合も、メラノーマを除くと、他の治療がうまくいかない患者さんのみに使用が認められている。従って、化学療法や標的治療の前に使うことができるかどうかは、さらに使用を拡大させるためには重要になる。

例えば先日紹介した(http://aasj.jp/news/watch/9787)グリオブラストーマの手術前に抗PD-1抗体を使う方法は、治療を続ける判断を組織学的に検証できるので認可されていくのではと感じる。もちろん、未治療の患者さんで従来の化学療法と比較する治験も盛んに行われている。ただ、ステージIVの非小細胞性の肺がんについて行われたCheckmate国際治験では一般化学療法に対してほとんど優位性は認められなかったことが報告された(The New England Journal of Medicine 376:25, 2017)。この場合でも突然変異が多い肺がんでは明らかにオプジーボが優位性を示しており、患者さんを選ぶことが重要であることが示された。

驚いたことにオプジーボの代わりにキイトルーダを用いる以外はほとんど同じプロトコルの国際治験がThe Lancetに発表され、今度はチェックポイント治療に優位性が示されて驚いたので紹介する。タイトルは「Pembrolizumab versus chemotherapy for previously untreated, PD-L1-expressing, locally advanced or metastatic non-small-cell lung cancer (KEYNOTE-042): a randomised, open-label, controlled, phase 3 trial (未治療進行性非小細胞性肺癌に対するキイトルーダと化学療法の比較:無作為化、オープンラベル、第3相試験)」だ。

オプジーボに対する治験とこの治験の違いは、ガンでのPD-L1の発現をはっきりと層別化している点と、もともと標的治療がよく効くALK変異、EGF受容体変異を除去している点だろう。実際、PD-L1の発現が低いガンではキイトルーダと化学療法の差はほとんどなくなる。半分以上のガンでPD-L1が発現している場合、3年目の生存率で40%に近い。一方化学療法では20%以下だ。もちろん再発があるかどうかで見ると、成績のいい群でも3年再発のないケースは10%近くに低下するので、なかなか根治とはいかないこともわかる。

話はこれだけだが、ともにPD-1を標的にしており、しかも免疫グロブリンのクラスもIgG4と同じオプジーボとキイトルーダで、結果がこんなに違うと使う方も戸惑うのではないだろうか。実際、理由はほとんど理解できない。おそらく、治験のちょっとしたプロトコルの違いでこんな結果が出るのではないだろうか。

プレシジョンメディシンの時代、やはりこれまでの治験と認可のあり方を真剣に議論する時期が来たように感じる。

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4月7日 ゼブラフィッシュを用いて統合失調症の研究は可能か?(4月4日号Cell掲載論文)

2019年4月7日
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FacebookでSydney Brennerが亡くなったことを知った。ドイツに留学している時と、日本の会議で何回かお会いして、私たちにとっては神のような存在だった。分子生物学の勃興期に大きな業績を挙げた彼が、最後に線虫をモデル動物とした発生遺伝学を確立しようとした過程は、青土社の「はじめに線虫ありき」という本に、Andrew Brownによりドキュメント風に書かれているが、現在大型予算のプロジェクト研究とはどうあるべきかが盛んに議論されている我が国で、この機会に改めて読まれる本ではないかと思う。まだ読んでいない人は、ぜひ読んで、日本の科学の将来を考えるときの参考にしてほしいと思う。

さて、この線虫を用いて、Brennerが知りたかったことの一つは、神経系の発生と構築だったようだ。この本の中に、線虫を用いて全ての神経接合を電子顕微鏡的に全て記述しようとしたことが書かれている。このように、モデル動物を用いる重要なメリットは、一つの分子のとらわれることなく、一つの過程を全て調べ尽くすという方法が取れることだ。そして、クリスパー/Cas9の技術は、この可能性をさらに大きく拡大した。

今日紹介するハーバード大学からの論文は統合失調症と相関しているとしてリストされた130もの遺伝子を一つ一つクリスパー/Cas9でノックアウトしたゼブラフィッシュ株を作成したという研究で4月4日号のCellに掲載された。タイトルは「Phenotypic Landscape of Schizophrenia-Associated Genes Defines Candidates and Their Shared Functions(統合失調症と相関した遺伝子に関わる形質の景観は病気の遺伝子候補とその共通の機能を明確にする)」だ。

今日の論文については、何が行われたのかの紹介はできるが、何か結論を出すのは難しい。さてこれまでの研究で、統合失調症と相関のある遺伝子多型は100を超えており、これほど数が多いとそれぞれがどのように病気の発症に関わるのか因果性を決めることは極めて難しい。また、各遺伝子の機能についてもはっきりとわかっているわけではない。そこで、相関の確認された多型の近くの遺伝子を、ゼブラフィッシュでクリスパー/Cas9を用いて一つ一つ完全にノックアウトして、ノックアウト個体のライブラリーを作成している。驚くことに、ノックアウトした132遺伝子のうち、2つの遺伝子だけが致死的で、あとは発生し、生存することができている。

こうして作成したノックアウト個体ライブラリーについて、1)暗明移行テスト、2)プレパルス抑制、3)tap habituation試験、4)明暗移行テスト、5)熱ストレステスト、などをテストしそれぞれの個体の反応を表にしている。

このような行動テストに加え、普通に泳いでいる時の脳の活動をカルシウム刺激後に上昇するリン酸化ERKの発現で調べるとともに、脳の大きさの変化も測定して、リストにしている。ほぼ半分の遺伝子のノックアウトで、脳の活動の何らかの変化が見つかっている一方、脳の解剖学的構造変化が起こった遺伝子変異は12%に止まっていた。

このようにして遺伝子ノックアウト個体のライブラリー、遺伝子変化による行動変化、脳活動の変化、脳構造の変化がリストされた大きなデータベースが完成したことになる。もちろん調べる項目を増やせば、このデータベースはいくらでも成長できる。

そしてこのデータベースから、例えばtcf4変異では視覚領域が変化し、その結果動く虫を捕獲して食べることができなくなり、実際生きた餌をほとんど食べなくなるといった遺伝子変異の因果的影響を記述することができるようになる。

あとは、それぞれの遺伝子について存在するこのようなシナリオを集めて、それを人間へと外挿することで、統合失調症を理解することだが、残念ながらそう簡単ではないような印象を持つ。おそらく何か機械学習のような方法を組み合わせることが必要ではないかと感じる。

それでも、何もなしに議論はできない。ともかく出来ることは着実に準備してみようと、作業を厭わず大変なデータベースを作成し、公開したことに脱帽する。ぜひ我が国の研究者からも、このデータベースを使うオリジナルなアイデアが生まれることを願う。

しかしこのような研究を読むと、Brennerにより植えつけられた研究の心が今も生きていることを感じる。

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4月6日 ロイテリ菌:マウス自閉症に効果を示すプロバイオ(1月16日Neuron 101:246 掲載論文)

2019年4月6日
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わが国では、多くの企業が乳酸菌やビフィズス菌についてその効能を謳った宣伝を毎日繰り広げている。あまりに多すぎて、乳酸菌という言葉が効能になっており、消費者も乳酸菌やビフィズス菌と枕詞がついておれば、実際の効能はほとんど気にしないのではと思う。かく言う私も、特定のヨーグルトを毎朝効能を気にせず食している。

当然企業側も効能については科学雑誌に結果が掲載されたことを強調するが、コマーシャルで馴染みの企業の菌株がトップジャーナルに掲載された論文で検討されるのを見たことはほとんどない(小児の壊死性腸炎抑制効果を調べた大規模治験で某会社の菌株が効果がなかったというThe Lancetの論文はある)。

これに対し、乳酸菌の一種ロイテリ菌は多くの論文があるだけでなく、Nature(http://aasj.jp/news/watch/7695)やCell(http://aasj.jp/news/watch/5406)といったトップジャーナルにも掲載され、このブログでも紹介した。また国際的治験登録機関であるClinical Trial Governmentに登録された治験がなんと154にも及んでおり、科学的な効果の検証が続いていることをうかがわせる。特に、この菌は子供の夜泣を抑えるなど神経系への効果が早くから指摘されている。そんな中、2016年ロイテリ菌が自閉症スペクトラムのマウスモデルの社会性を回復させるという驚くべき論文が米国から発表された(http://aasj.jp/news/watch/5406)。この系では、肥満マウスから生まれたマウスの社会行動異常を腸管内のロイテリ菌の存在だけで説明できるという話で、しかもロイテリ菌がもともと自閉症に効果があると期待されているオキシトシン分泌を誘導して社会性を回復させることを示していた。ただこの論文に対し、遺伝的変異による自閉症についても同じことが言えるのか、様々なモデルで検討してほしいと期待を述べた。

今日紹介する論文は、同じテキサス・ベイラー医科大学からの論文で、まさに様々なマウス自閉症モデルを用いて、2016年の論文結果を確認した研究で1月16日のNeuronに発表された。見落としていたため紹介がずいぶん遅れたが、私が感じた疑問に答える努力を徹底的に行なっているので紹介する。

この論文では、Shank3Bという遺伝子が欠損したマウス、自閉症の多発するBTBR系統を用いてともに腸内でのロイテリ菌が低下していること、また行動異常をロイテリ菌を飲ませることで回復させられることを示している。一方、他の腸内細菌は自閉症症状と全く相関しない。さらに、妊娠マウスにHDAC阻害剤を投与して誘導する自閉症にもロイテリ菌が効果を示すことも示している。この結果、少なくとも4種類の様々な自閉症モデルでロイテリ菌の症状をおさえる効果が確認されたことになる。

あとは、メカニズムを詳しく調べ、

  • 社会行動異常を正常化する効果は全てロイテリ菌で説明できる。
  • ロイテリ菌はオキシトシン分泌促進を介して、この効果を発揮する。
  • この作用は中脳のドーパミン神経の興奮調節を介しておこる。
  • ロイテリ菌の腸内での作用は迷走神経の興奮を誘導して、オキシトシン分泌を誘導、その結果症状を改善させる。

結果は以上で、2016年に紹介した時、結果が綺麗すぎてにわかには信じがたいと言ってしまった研究結果をさらに深めることができたように感じる。

だとすると、ぜひ実際のASDの人たちの社会症状を改善できないか確かめてほしいと思う。ClinicalTrial Gov.を見ると、まだリクルートは始まっていないが、計画については登録されているので、期待できるように思う。実際ロイテリ菌はFDAで安全性が確認され、夜泣きの乳児にも使われてきたプロバイオティックスでおそらく治験へのハードルは低いと思う。そして早く、どのタイプのASDに効果があるのか、結果を出して欲しいと思う。

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4月5日 ノックアウトされた遺伝子機能が代償されるメカニズム(4月4日号Natureオンライン掲載論文)

2019年4月5日
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遺伝子ノックアウト技術が完成して、多くの研究者が遺伝子ノックアウト競争を繰り広げた時代、それに関わった若手研究者の恐れは、ノックアウトしても動物に何の変化も出ない可能性だった。実際、かなりの割合でこのようなことが起こるのを、私たちの世代は目にしてきている。このような場合、生命は複雑な代償システムを備えており、一個の遺伝子が欠損しても、他の遺伝子でカバーできるようになっていると説明されて来た。私自身も、この説明で納得してしまって、では何故普通は発現していない遺伝子が発現して代償が起こるのか考えてみることはなかった。

今日紹介するドイツ・バードナウハイムのマックスプランク研究所は、この皆が納得してその理由を問い直すことのなかった問題に挑戦した研究で4月4日号のNatureに掲載された。タイトルは「Genetic compensation triggered by mutant mRNA degradation (遺伝的代償は変異mRNAの分解により誘導される)」だ。

繰り返すが、この研究のハイライトは、これまで真剣に考えられなかった遺伝子の代償がなぜ起こるのかという問いに取り組んだ点だ。Stainierはゼブラフィッシュの遺伝子変異を用いた血管発生の研究を長年続けており、いつも同じ問題に直面していたはずだ。考えてみると、エピジェネティックな調節といえども普通安定で、一つの遺伝子の機能が消えたからといって、おいそれとその機能を代償できる遺伝子が誘導されると考えるのは確かにおかしい。

この研究ではゼブラフィッシュで代償性が見られる遺伝子の変異が持っている共通性を調べ、例えばmRNA内の変位で誘導される代償性遺伝子の転写は、外来遺伝子によるタンパク質の発現では抑えられないこと、また変異を持つmRNA自体が転写されないと、代償性遺伝子誘導がないことを突き止め、代償性遺伝子の誘導は、変異遺伝子のmRNAが細胞内で分解される時だけ起こること、またプロモーター活性を介する転写レベルで起こることを明らかにする。そして機能のないmRNAの分解に関わるUpf1をノックアウトすると、この代償性遺伝子誘導が起こらないことを突き止める。

さらに、代償性に誘導される遺伝子はほぼ全て、mRNAの分解された断片に相同性を持っていることを明らかにしている。

ここまでくると、mRNAの断片が相同性を持つ遺伝子のエピジェネティックな制御を変化させることで、代償性の遺伝子誘導が起こることを誰でも思いつく。この研究では、メカニズムとして分解されたRNA断片が分解に関わる分子を核内にリクルートし、相同性を持つ遺伝子のヒストンを転写誘導型に変える可能性の例と、mRNA断片が遺伝子発現を抑制するアンチセンスRNAをブロックする両方の例を挙げて、いくつかのメカニズムで代償性の遺伝子誘導が起こることを示唆している。

私たちはノックアウトの代わりに、抗体を用いて遺伝子機能をブロックする実験を行なっていたが、この方法だと確かにあまり機能が代償されることはほとんどなかった。この論文を読むと、当時感じていた疑問に対して充分納得できる回答が得られた気がする。

もちろん個人的な感慨にとどまらず、この結果は人間の遺伝病の表現の多様性理解する上でも重要な結果だと思う。深く物事を考えるStainierらしさが出ているという印象を強く持った。

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4月4日 食べられる抗体(4月1日Nature Biotechnologyオンライン出版)

2019年4月4日
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抗体を用いる世界初の治療を行なったのは、ドイツ留学中の北里柴三郎と同僚のベーリングで、当時は動物の体内にできる破傷風やジフテリア毒素に対する抗体を抗毒素と呼んでいた。それ以降、現代のオプジーボまで、血清療法といえば必ず静脈注射(もちろん腹腔内等の投与もあるが)、すなわち体内へ注射することが抗体治療の原則だった。

とはいえ、人間や多くの動物で乳児期の抵抗力は母親の母乳に含まれるIgAによって行われ、一定期間は抗体が循環にも取り込まれることは、自然では飲む抗体が可能であることを示している。

ここに着目したのが今日紹介する論文で、ベルギー ゲント大学から発表された。なんと、抗体を酵母に作らせて、家畜の餌に混ぜて消化管感染症を防げないか調べた論文で、4月1日Nature Biotechnologyにオンライン掲載された。タイトルは「Yeast-secreted, dried and food-admixed monomeric IgA prevents gastrointestinal infection in a piglet model (酵母により分泌された後、乾燥させて餌に混ぜることができる1価IgAは子豚を消化管感染から防ぐ)」だ。

このグループの目的は食べられる抗体を作ることで、そのためにこれまで様々な方法を試み、植物に作らせた抗体では成果をあげていたようだ。抗体はH鎖とL鎖からできている複雑なタンパク質であるため、血中では安定だが厳しい条件では失活が早いが、これまでの研究でL鎖のない抗体を持つラクダ科のラマを抗原刺激して誘導されたB細胞から抗原と結合するH鎖遺伝子をクローニングし、これをブタのIgAの定常部分と融合させ、これを植物や、酵母で合成できるようにしている。

モデルは養豚で問題になる大腸菌感染症を用いて、大豆に発現させた抗体の感染防御効果を調べている。結果は上々で、抗体を含む大豆を食べさせた子豚では、大腸菌を感染させてもすぐに便の中から大腸菌が消失する。

大豆を食べて子供の食中毒を防げるなら素晴らしいが、人間の場合大豆を生で食べることはないので、粉にしてから食べさせる工夫が必要だろう。

この研究では、大豆にこだわらず、もっと多くの抗体を安価に製造するため、酵母が利用できないかチャレンジしている。そして、最終的に酵母の培養液に分泌された抗体をなんと乾燥させ、一般飼料と混ぜて食べさせる方法を開発し、その効果を同じ観戦実験で確かめている。驚くことに、短い時間170度で消毒しても活性が保たれるようで、こうして出来た乾燥抗体は、大豆で作らせた抗体より効果が高いことを示している。

結果は以上で、IgAの安定性を改めて思い知ると同時に、L鎖がないラマの抗体の用途が今後ますます広がることを予感する研究だ。何れにせよ、消化管感染には抗体を食べる時代が意外と早く来そうな気がする。

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4月3日 Trogocytosisがガン細胞のCAR-T抵抗性獲得のメカニズム(3月27日Natureオンライン掲載論文)

2019年4月3日
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ガン免疫の回避についての研究紹介2日目は、Trogocytosisの話だ。Trogocytosisはおそらく免疫学特有の現象だと思うが、抗原提示細胞(APC)上のMHCとT細胞受容体が結合した後、MHC+抗原の濃縮したAPCの細胞膜がT細胞に取り込まれ、その後T細胞の膜上に発現するという複雑な過程をさす。この現象はMHCだけに限らないようだが、T細胞の場合細胞内小胞に抗原とT細胞受容体コンプレックスができると刺激が維持されるように思えるし、キラーT細胞の場合T細胞表面に抗原が出てしまうと、今度はT細胞同士で殺し合いになるのでは、などと素人ながらに考えてしまうプロセスだ。

今日紹介する米国スローンケッタリングがん研究センターからの論文は、モデルマウスを用いた白血病のCAR-T抵抗性獲得にtrogocytosisが重要な働きをしていることを示した研究で3月27日にNatureにオンライン掲載された。タイトルは「CAR T cell trogocytosis and cooperative killing regulate tumour antigen escape(CAR-T細胞のthrogocytosisと協調的細胞障害がガン抗原の逃避を調節している)」だ。

CAR-Tは原理がシンプルで、抗原からキラーまで全て治療側の手の内にあるので、高い効果を発揮し、ガン免疫治療の切り札として期待されているが、それでも一定の割合で再発が起こる。この研究は、ガンがCAR-Tから逃避するメカニズムを動物実験解析することを主目的としている。使ったのは現在ヒトで使われている、CD19を発現した白血病と、CD19抗体を抗原認識に使うキメラT細胞受容体を持つCAR-Tだ。この時、異なるcostimulatoryシグナル分子を持つCAR-Tを使っている。

CAR-T治療で問題になるのは、移植する細胞数が少ないと再発することだが、このとき何が起こっているのかを調べてみると、早期から白血病側のCD19の濃度が低下し、さらにCD19がT細胞側に移っていることを発見する。すなわちTrogocytosisによりガン抗原がCAR-T側に移動していることを発見する。

この現象が発生すると、後からフレッシュなCAR-Tを追加しても、ガンを制御することはできない。すなわち、抗原自体の濃度が低下してしまっている。したがって、最初から十分な数でガンを叩くことの重要性を強く示唆している。

そして、一個のがん細胞を培養中で殺す実験から、コシグナル分子としてCD28の細胞内ドメインを使うCAR-Tの方がより迅速にガン細胞を殺すこと、また一個の癌に対してCAR-Tの数が増えるほど細胞障害の効率が高まることを示し、中途半端に細胞障害性が発揮されるとtrogocytosisが起こることから、治療の鍵はtrogocytosisが起こるより前にガンを殺すことであることを示している。

そしてこの結果に基づき、CD19とCD22の2種類のガン抗原に対して、それぞれcostimulatorシグナル分子を変えた2種類のCAR-Tを用意することで、より失敗のないガン制圧が可能であることを示している。

以上が結果で、中途半端なCAR-T治療が trogocytosisを誘導することが、ガンのCAR-T抵抗性の主因であることを示した点では重要な貢献だと思う。確かに2種類のCAR-Tという方法もあるが、十分な数のCAR-Tを用意して治療することが現在取りうる最も重要な戦略であることがはっきりしたと思う。

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4月2日 ガン組織でのカリウム上昇がT細胞の成熟を抑制する(3月29日号 Science 掲載論文)

2019年4月2日
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CAR-Tやチェックポイント治療の実現で火がついたガン免疫研究は、研究分野の多様性を生み出し、論文を読んでいるとこんなことまで研究されているのかと、驚くことが多い。今日、明日と先週発表された中から、そんな例を2編紹介したいと思う。

今日紹介する米国、国立衛生研究所からの論文は腫瘍組織で起こるネクローシスにより局所濃度が上昇すると考えられるカリウムがT細胞の細胞障害性にどのような影響があるかを調べた論文で3月29日号のScienceに掲載された。タイトルは「T cell stemness and dysfunction in tumors are triggered by a common mechanism(腫瘍組織でのT細胞の幹細胞化と機能不全は同じメカニズムで誘導される)」だ。

この研究も最近目につく、ガンやキラーT細胞の代謝の変化が及ぼす機能や分化への影響の実験と言えるが、カリウムが上昇する状況に注目した点が変わっている。言われてみると確かに、ガン治療によりガン細胞の多くが死んでいる環境では、細胞内から流出したカリウムが上昇していることは十分考えられる。とすると、腫瘍部位にT細胞が浸潤していてもガン免疫がうまく働かないことも、この環境変化から説明することができる。

この研究ではガン組織で見られるカリウム濃度40mMにT細胞を晒した時に起こる遺伝子変化を調べ、カリウムが上昇すると栄養分の吸収が低下し、その結果細胞内での熱代謝が低下することを明らかにする。すなわち、カリウム上昇だけで、栄養飢餓が起こったことと同じになる。その結果、当然のように細胞でのオートファジーが上昇して、エネルギー自給体制へのプログラム変化が起こり、ミトコンドリアでのエネルギー代謝が高まる。

影響は代謝だけにとどまらない。ミトコンドリアでのアセチルCoAの消費が上昇し、核での利用できるアセチルCoAが低下すると、今度はヒストンのアセチル化が低下し、転写のエピジェネティックプログラムが変化する。これ自体は遺伝子特異的とは思えないが、おそらくその時の分化状態が優先されるのか、T細胞の成熟が抑制され、未分化状態を保つ事になる。実際、カリウム濃度が上昇しても、T細胞は死ぬわけではなく、成熟が抑制されたまま生存し、状況が変わるとキラーT細胞として働くことを示している。T細胞移植でガンを殺す実験系で見ると、高いカリウム濃度で培養した方が、キラー活性が高いことから、細胞を未熟状態で維持することの有効性を示している。

あとは、この回路の中心がアセチルCoA代謝であることなどを示し、この回路をこの経路の操作により変化させられることを示している。

結果は以上で、面白い視点だと思うが、臨床的に最も重要な発見ではないかと思えるのは、高いカリウム濃度、あるい細胞内でのアセチルCoA合成を低下させる条件でT細胞を培養した方が強いキラー細胞を試験管内で誘導できる点だろう。腫瘍細胞内では、これがガン細胞を守っている条件だが、試験官内では分化能を保って細胞を増殖させるというメリットがあるようだ。腫瘍浸潤T細胞を試験管内で増殖させて治療する臨床試験が報告されているが、実際には失敗も多い。もしカリウム濃度を上げて培養することで、安定した浸潤T細胞が得られるなら、これは大きな進歩になるような気がする。

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4月1日 アフリカでの人類形成(Scientific Reports: 9:4728 https://doi.org/10.1038/s41598-019-41176-3 掲載論文)

2019年4月1日
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昨年9月南アフリカBlombos洞窟で発見された少なくとも7万年前の線描画についての分析結果についてのNature論文について紹介したが(http://aasj.jp/news/watch/8978)、アフリカでの人類形成は、これまでユーラシアでの研究では分からなかったことが明らかになるとしてホットな分野になってきた。事実、ヨーロッパやアジアでのホモ・サピエンスの足取りと比べると、アフリカ内での人類形成についてわかりやすく述べた本や総説はあまりお目にかからない。最近読んだ中で敢えてあげるとするとGary Tomlinsonの「Culture and the course of human evolution」は、言語や音楽など文化の進化がテーマだが、アフリカでの人類形成についてもよくまとめられている気がした。

Tomlinsonはモンテベルディについての著書もある音楽史の研究者だが、情報科学、生物学、人類学、言語学、哲学にまたがる広い知識を基礎に優れた著書を発表している、Musicologyの教授を超えた科学者だと思う。残念ながら翻訳された著書はないが、若い人には是非一読を進めたい人だ。現役を退いてから、なんとか高いレベルの脳を形成してから死にたいと思って研鑽しているが、到底及ばないと諦めてしまう人の一人だ。

Tomlinsonについて書きすぎたが、今日紹介する論文は彼とは無関係で、ポルトガルMinho大学からの論文で、アフリカでホモ・サピエンスが形成される過程を現代人のミトコンドリアゲノムから再構成しようと試みた論文でScientific Reports(9:4728 | https://doi.org/10.1038/s41598-019-41176-3)に掲載された。タイトルは「A dispersal of Homo sapiens from southern to eastern Africa immediately preceded the out-of Africa migration(出アフリカに先立つホモ・サピエンスの南アフリカから東アフリカへの移動)」だ。

アフリカのホモ・サピエンスは様々な場所で独立に文化を発達させたと考えられるが、それでも様々な文化的共通性が存在する。すなわち、人的な交流があったと考えられるが、これが交雑を通じた融合で進んだのか、人間の移動に伴う文化の伝搬によるものなのか議論が行われている。特に、アフリカはミトコンドリア型で、L0と呼ばれるホッテントットに代表される南アフリカ民族と、L1を持った中央(西も含む)、東アフリカタイプに区別されている。

この研究ではアフリカ各地域の現代人のミトコンドリアゲノムおよびゲノムの多型を調べ、アフリカ内での2系統の動きを再構成した研究で、研究レベルとしてはなんということもない論文だが、これまでの問題をよくまとめてあり、明確なquestionを持って見直せば、新しい発見があるという典型的な論文だ。また、アフリカでの人類史について頭の整理には最適の論文だと思う。

さて結果だが、約20万年前に共通のイブから分かれた2系統はその後ほとんど交雑することなく、南、中央、東アフリカに限定して文化を発展させており、7万年になるまでほとんど地域間の異動はなかった。しかし、7万年前、おそらく大きな気候変化を引き金に、南の民族が中央アフリカへと移動し、また東アフリカの民族の一部は中央アフリカに移動する。実際、東アフリカでの人口増大は、この移動をきっかけとして起こっている。また、民族間の交雑は、中央、東アフリカのBantu民族が拡大するまで、限定的であったことを示している。もちろんこの結論については再検討が進むと思うが、アフリカの古代文化を理解するための重要なたたき台になると思う。この論文では出アフリカを7万年より少し前としている点で、10万年前と考えていた私自身の理解と少し異なるが、内部での民族移動については頭の整理ができた論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ
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