7月25日 グルタミンが鎌形赤血球の治療薬になる!!(7月19日号The New England Journal of Medicine掲載論文)
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7月25日 グルタミンが鎌形赤血球の治療薬になる!!(7月19日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2018年7月25日
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鎌形赤血球症は、アフリカやインドに住む集団に維持されてきたβヘモグロビンの遺伝病で、突然変異のために赤血球の形態が西洋の鎌のような三日月型を取ることから名前が付けられた。これだけ聞くと、普通の遺伝疾患のイメージがあると思うが、実際にはこの赤血球の形態のおかげでマラリア原虫の感染が防げるため、マラリアが現在も蔓延するアフリカなどでは、このヘモグロビンを持つ人たちが生殖優位性を持ち、マラリアが蔓延する地域ではこの遺伝的変異が積極的に維持され続けてきた。

この鎌形赤血球の特異な形状は突然変異したヘモグロビンが重合することにより起こるが、その結果鎌状赤血球ではNAD/NADHの酸化還元バランスが低下している。このバランスは、NAD合成の原料となるグルタミンを投与することで正常化することが指摘され、これまで治験が行われてきた。

このようにわかったように書いてきたが、全てこの論文を紹介するためのにわか勉強で、私自身は鎌形赤血球症ついてはほとんど知らず、ましてやそれをグルタミンで治療できることなど想像もしなかった。そんな私にとって、グルタミンが治療薬として治験されているというこの論文のタイトルは驚きで、それだけで選ぶことになった。

今日紹介するUCLAからの論文はグルタミンを投与して鎌形赤血球の最大の症状激痛発作が抑えられるかを調べた第3相試験で7月19日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「A Phase 3 Trial of l-Glutamine in Sickle Cell Disease(鎌形赤血球症のl-グルタミンによる治療の第3相試験)」だ。

もちろんグルタミンは根本治療ではなく対症療法で、要するに、鎌形赤血球により起こる血管の閉塞による激痛発作を治す試みで、これまで一般治療として行われているhydroxyureaとの併用を前提に行われた、2重盲検無作為化試験で、激痛の発作を減らすことができるかを評価ポイントとして行われている。230人の患者さんが2群に分けられ、48週間、2日に一回0.3g/kgのグルタミンを服用して、その間の激痛発作の数を調べている。

さて結果だが、48週間で激痛発作回数が平均で3.9回から3.2回に減る。また、痛みにより入院する回数は3回から2.3回に減る。さらに、治療を始めてから最初の激痛発作が起こるまでの日数は、偽薬の場合54日だったのが、グルタミン投与では84日に伸びる。これらの結果から、グルタミン治療は有効と判断している。しかし、50Kgの人で2日で15gもグルタミンを摂取して大丈夫なのかが気になる。確かに、倦怠感、四肢痛、背中の痛みなど明らかにグルタミンで高い副作用はあるが、耐えられる範囲だとしている。

話はこれだけで、確かに統計学的有意差が出ているが、素人には実際の診療上意味があるのか気になるところだ。とはいえ、安いグルタミンで痛みが少しでも抑えられる事はアフリカなどでは重要な結果だと思う。そして何よりも、グルタミンが治療薬として使えることを発見できたことに感心した。
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7月24日: チェックポイント治療の効果とMHC発現(7月18日号Science Translational Medicine掲載論文)

2018年7月24日
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メラノーマはチェックポイント治療が最初に認可された腫瘍で、経過や治療中のバイオプシーによる組織検査ができた症例が多く蓄積されている。現在これらの蓄積が解析され、チェックポイント治療効果の予測を可能にするバイオマーカー探しが行われている。他のガンも含め、このような蓄積からチェックポイント治療選択の新たな条件が決まっていくと期待出来る。

そんな典型例がボストン・ダナファーバーガン研究所から7月18日号のScience Translational Medicineに発表された。タイトルは「MHC proteins confer differential sensitivity to CTLA-4 and PD-1 blockade in untreated metastatic melanoma(MHC分子は転移メラノーマのCTLA-4及びPD-1阻害治療に対する感受性の違いの原因になっている)」だ。

この研究は多くの進行したガン細胞でクラスI-MHCの発現が0-100%まで大きく変化している事に気付き、この発現とガンに対するチェックポイント治療効果とが関連しないか調べようと着想している。重要なことは、このMHC発現の多様性は遺伝子変異で説明できない点だ。クラス Iに対し、クラスII抗原は一部のガンでで発現しているだけだった。

次に、チェックポイント治療の経過とMHCの発現の相関を調べている。このコホートでは、anti-CTLA-4抗体(IPI)とanti-PD-1抗体(NIVO)を組み合わせる時、どちらを先にするかとMHCとの関わりを調べている。面白いことに、 IPIを先にした時は、あきらかにクラス Iの発現と強い相関を示す。すなわち、発現が高い方が予後がいい。ところが、NIVOを先にした場合はクラスI抗原との相関はほとんど無くなる。一方、クラスIIで見ると、NVOから始めた場合に高い相関を示し、半年以降死亡例がない。これらは最終的に両方の抗体が組み合わせられるプロトコルだが、IPI単独の場合も調べ、この場合もクラスIの発現と予後が強く相関する事を示している。

最後に、自然免疫やクラスI発現と相関するインターフェロンにより誘導される遺伝子群との相関を見ているが、この場合はNIVOから始めたときだけ高い相関が見られる。この時誘導されてくるリンパ球との相関も調べており、NIVOからスタートした時だけ、γδT細胞やNK細胞の数がクラスIが低いと高まっている。これは、クラスIが低くてもγδT細胞やNK細胞が補っていることを強く示唆している。

実際、NIVOから始めた時クラスIは必要ないのかと驚いてしまう。いろいろ理屈はつくだろうが、なぜこの結果になるかはよくわからないと思う。要するに、CTLA4阻害による場合は、クラスI+ガンのネオ抗原が必須だが、PD1阻害の場合は、クラスIIによる刺激と自然免疫系をうまく使いながら、ガンを殺していることがわかる。この結果から考えると、バイオプシーをしてクラスIIと炎症マーカーが強い人は、まずNIVOから初めて、その後必要に応じてIPIにスイッチするのが良いという結果だ。どちらにせよ、この論文では、療法を組み合わせた方が間違いなく予後がいいという話になっている。幸い、同時に2種類を投与するのではなく、順番を考えている点から考えても、抗体療法の経済的側面も考えた治療法が出来上がりつつあることがよくわかる。
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7月23日 胸腺にもTuft細胞が存在する(Natureオンライン掲載論文)

2018年7月23日
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消化管や気管のような内胚葉由来の上皮組織には、アピカル面に絨毛がびっしり生えていることからTuft(房)細胞と名付けられた細胞が存在することが古くから知られている。Tuft細胞の形態学的特徴が味を感じる味蕾細胞に似ていることから、Tuft細胞も化学物質を感知する能力を持っているのではないかと検索が行われ、確かに味を感じるシグナル経路に関わる分子が発現している事が明らかになっている。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は同じようなTuft細胞がなんと胸腺の上皮にも存在し胸腺内のT細胞選択に重要な役割を演じているという研究でNature にオンライン出版されている。タイトルは「Thymic tuft cells promote an IL-4-enriched medulla and shape thymocyte development (胸腺内のTuft 細胞はIL-4が強く発現した胸腺髄質を促進してT細胞分化を指示する)」だ。

胸腺髄質の上皮細胞は転写因子Aireの発現しているが、この研究ではAireを発現した細胞を標識して追跡する実験を行なっていたとき、味覚センサーを発現し、IL25を分泌する消化管や気管のTuft細胞と同じような細胞が存在することを発見する。

そこで小腸のTuft細胞を精製して遺伝子発現を比べると、Tuft細胞に分類できるだけの共通性は持っているが、例えば小腸のTuft細胞では発現のないクラスII MHC分子を発現している。また、胸腺のTuft細胞はさらに多くの化学センサーを備えていることも明らかにしている。これらの結果から、胸腺にもTuft細胞は存在するが、内胚葉臓器とは異なる新しい種類のTuft細胞として分類できると結論している。

次に胸腺Tuft細胞の発生について調べ、HipK2とPou2f3分子が胸腺上皮の中でもTuft細胞分化特異的に必要だが、この細胞が欠損しても胸腺全体の構築などは大きく影響を受けない。しかしよく調べるとEomesodermin陽性のCD8細胞とともに、NKT2細胞が低下して、IL-4の分泌が髄質で低下する状況が生まれている。面白いのは、同じような異常が化学センサー(味センサーといってもいい)の構成分子Trpm5欠損マウスでも誘導される点だ。すなわち、Tuft細胞のT細胞分化に関わる機能が発揮されるためには、この分子を介したセンシングが必要であることを示している。また、Tuft細胞をnude mouseに移植する実験から、この細胞が発現する自己抗原による免疫寛容誘導にも関わることも示している。

腸管内のTuft細胞はIL-4依存性のタイプ2免疫反応の誘導に関わることがわかっているが、以上の結果は胸腺内でもTuft細胞は特殊な環境を提供して、NKT2細胞やeomesodermin陽性CD8の分化、そして自己抗原に対する免疫寛容に関わることを明らかにした面白い研究だと思う。Tuft細胞に似た細胞が胸腺にあるだけで驚くが、ここまで複雑な選択に関わっているとすると、免疫の制御がいかに難しいかよくわかる。
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7月22日:腎臓ガンの新しい標的(7月20日号Science掲載論文)

2018年7月22日
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ガン治療というと免疫がその中心に躍り出た昨今だが、若干心配するのは、免疫の力に目がいきすぎて、ガン本来の生物学がおろそかになることだ。確かに、標的薬を開発してもいつか耐性が出てくると諦めてしまうと、生物学的研究の意欲が削がれる。幸いこれは杞憂のようで、最近は代謝についての研究が多いとは思うが、一般的なガンの生物学の論文は今もトップジャーナルに掲載されている。

今日紹介するノースカロライナ大学からの論文は腎臓ガンの増殖に関わる新しいメカニズムを特定した研究で7月20日Scienceに掲載された。タイトルは「VHL substrate transcription factor ZHX2 as an oncogenic driver in clear cell renal cell carcinoma (VHL基質ZHX2転写因子は腎明細胞ガンの発がんドライバーとして働いている)」だ。

腎臓ガンと言えばVHL分子と言われるぐらい、VHLは7割以上の腎臓ガンで機能が欠損する重要な分子で、ユビキチン化に関わる分子だ。VHLはHIF分子を介して低酸素による遺伝子発現に関わることから、これが欠損すると細胞の低酸素反応がうまくいかなくなるため、腎臓ガンではVEGFを抑制して血管新生を抑える治療が比較的高い効果を示す。とは言え、薬剤抵抗性がほとんどの患者さんで現れる。この研究はHIFとは異なるVHLの基質を特定し、ガンの新しい分子標的として使えないか調べることだ。

即ちVHLに結合する分子を探すことになるが、私自身が最も驚いたのは分子を同定するためにこの研究で採用された方法だ。VHLがprolly-hydroxylation(pOH)を受けたHIFに結合することに注目し、VHLの基質はpOHペプチドによりVHLとの結合を阻害できるはずだと考え、なんと全ゲノムレベルのcDNAライブラリーを700のプールに分け、各プールを全て試験管内で翻訳させ、その時できたタンパク質をS35メチオニンでラベルする。このラベルされたタンパク質とVHLを結合させ、結合が見られたライブラリーの中で、pOHペプチドで結合が抑えられる分子を探索するという、先ず凡人には思いつかないというより、思いたくもない大変なスクリーニングだ。

その結果ついにこれまでも腎臓ガンで発現が高いことが知られていた転写因子ZHX2が特定されている。ご苦労さんと言いたいほどで、まさに遺伝子クローニングがこの研究のハイライトだ。

後は、この分子がVHLの欠損で高まり、VHL低下により発現が抑制され、多くの腎癌で発現が上昇していることを明らかにしている。そして、実際に腎臓がんの増殖に関わることを確認するため、shRNAでノックダウンを行った腎臓ガンで細胞の増殖が低下することを、試験管内およびガンを移植するモデルで確認している。

その上でこの分子がNFκb転写因子のコンポーネントp65と直接結合して、NFkb下流の多くの遺伝子の発現を調節していることを明らかにしている。即ち、この分子はVHLが欠損すると、発現が上がって、NFkbの活性化を促進し、これを通して細胞の増殖に関わることを明らかにしている。

ともかく久し振りに遺伝子クローニングの力仕事の論文を読んだ気がした。ただ、この分子を標的にする薬剤の開発は難しいように思う。しかし、腎臓がんの増殖にNFkbが関わっていることは重要で、免疫的観点から考えても、ガンでインターフェロン活性化をはじめとする自然免疫の刺激と同じことが起こっているように思う。腎臓ガンは他のガンと比べて、特徴的なことが多いが、この論文の結果はこれについても様々なヒントをくれているような気がする。
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7月21日:ウイルスベクターを用いないで遺伝子編集を行い短期間で治療を行う(7月19日号Nature掲載論文)

2018年7月21日
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CRISPR/Casを用いたゲノム編集の臨床応用の足音が最近とみに大きくなってきた感がある。我が国では受精卵のゲノム編集の倫理問題を議論するのが盛んだが、両親に生殖能力があり受精卵が形成可能であるというシチュエーションを考えると、これを標的にゲノム編集を行うぐらいなら、着床前診断による胚選択の議論を深めた方が現実的だろう。この技術についての我が国の最大の問題は、この技術をより使いやすいものに変えていく自由な発想を持った研究者の数が少ない事だろう。例えばこの技術はテーラーメードの遺伝子治療に適している。そのためにはまだまだ改良の余地がある。

今日紹介するカルフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は短い期間で遺伝子編集を個別の患者さんに使うための基礎技術の開発研究で7月19日号のNatureに掲載された。タイトルは「Reprogramming human T cell function and specificity with non-viral genome targeting(T細胞の機能と特異性をウイルスベクターを用いずにリプログラムする)」だ。

CRISPR/Casの利用技術のほとんどは効率の良いウイルスベクターに頼っている。これは、DNAやRNAをそのまま細胞に導入すること自体が細胞に毒性があるのと同時に、何よりも遺伝子導入効率が他の方法では悪いという点がある。しかし、テーラーメード治療を考えると、ベクターを使うことによる時間的な損失は多い。特に、作ったベクターの安全性まで個々に確かめる必要があるとすると、時間だけでなく、コストも大きく跳ね上がる。従って、安全性が確保された方法で遺伝子などを直接細胞に導入する方法の重要性はベクター開発の進んだ現在でも変わることはない。

この研究は、CRISPR/Casを使ってもまだまだ簡単とは言えない遺伝子の組み換えをベクターなしに行うことを目指している。これまでの研究を基礎に、このために用意するのがCas9タンパク質、ガイドを含むCRISPR RNA, そして1kb近くの鋳型にする一本鎖DNAだ。Casタンパク質は予め用意できるが、他は治療ごとに用意する必要があるが、それぞれ1週間で完成できるとしている。

実際にはRNAとCas9を試験管内で結合させた後、鋳型になる一本鎖DNAと細胞に電気ショックで導入するだけだ。最初にRNAをCasと結合させるのと、一本鎖DNAを使うのがミソで、これで毒性はなくなり、T細胞の場合なんと組み換えで遺伝子を編集する効率が5割近くになる。

後は、この方法で実際の患者さんのT細胞を遺伝子編集して、細胞を大量に増やせるかを確かめるだけだ。このために、IL-2受容体の突然変異を持つため、免疫不全と自己免疫(抑制性T細胞が欠損する)が併発する患者さんのT細胞の突然変異を正常化できるか調べている。実際に置き換える必要のある部分は短かく、1kb以上の1本鎖DNAを用いる必要はないのだが、不思議なことに長いDNAを用いた方が編集効率が高い。おそらく毒性の問題だろう。いずれにせよ、3例全ての患者さんで、6−20%効率で遺伝子組換えによる正常化に成功している。この結果、機能的にも抑制性T細胞が出現している。更には、大きな欠損を伴う突然変異の正常化にも成功している。

次が当然のことながら、CAR-Tのようにガンに対するT細胞受容体の導入ができるかだ。実際には抗腫瘍T細胞のβ鎖全部と、α鎖のVJ部位を持つ1.5Kbの長い一本鎖DNAを鋳型にしてTcRαのC領域に導入している。実際の効率は12%でこれも実用レベルだ。さらに、人から取り出したT細胞を何日で調整できるかも行っており、遺伝子などの準備に1週間、細胞への導入と増殖に2週間と、3週間ほどで移植用のT細胞が調整できることを示している。

ベクターなしにここまでの効率が可能になると、一般的な免疫療法を提供している施設でも、必要な材料だけ外注して行う実現可能な治療になるのではと期待できる。
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日本での希少難病治療薬開発の現状 その1

2018年7月20日
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 (1) 2017年に稀少疾患用医薬品として承認された新有効成分を含む医薬品

今年5月に製薬協の医薬産業政策研究所(政策研)が「新医薬品の承認状況と審査期間」として平成29年のまとめを公表しましたが、その新有効成分(NME)を含む医薬品の24品目の中に、稀少疾患用医薬品が8品目(33%)と高い比率で承認されていることが判かりました。

わが国での新薬承認の遅れ(ドラッグラグ)解消の手段として、平成21年に未承認薬・適用外薬検討会議が発足し、主要国での既承認薬について利害関係者からの申請によって、公知申請を受け入れるなど迅速審査に注力した結果、ドラッグラグはほぼ解消し、併せて多くの希少難病治療薬が承認されることになりました。

その後も医療上特にその必要性が高いと優先審査の適用が可能となり、実際に審査区分別の集計では、2017年に承認されたNMEのうち、通常審査品目が15品目(63%)、希少疾病用医薬品(全て優先審査品目)が8品目(33%)、希少疾病用医薬品以外の優先審査品目が1品目(4%)でした。過去10年間で見ると、希少疾病用医薬品の割合は全体の16~37%であり、2017年の33%は比較的高い割合でした(図3)。180604_稀少疾患治療薬承認状況

さらに、本年5月9日の厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会では、医薬品医療機器等法(薬機法)改正を見据え、「条件付き早期承認制度」や「先駆け審査指定制度」の法制化の検討が始まっています。薬価制度抜本改革が断行され、新薬創出等加算が抜本的に見直される中で、研究開発型企業を中心に薬事承認制度を含めた開発上のインセンティブを強く望む声が業界内からあがっていて、この日の制度部会でも業界代表が「条件付き早期承認制度、先駆け審査指定制度については、患者アクセスに有効な制度と考えている」と話し、法制化を要望しています。

厚生労働省は省令改正を行い、既に「条件付き早期承認制度」を導入しています。検証的臨床試験の実施が難しい場合や長期間要するケースについては、探索的臨床試験で一定の有効性・安全性が確認されたことで承認されます。承認自体は前倒しされることになりますが、承認条件としてRWD(リアルワールドデータ)の利用・活用などで、有効性・安全性の確認が求められます。さらに、難病や希少疾患などで患者数が少なく対照群を置くことが難しいケースでは、対照群の代わりにRWDを利活用することで、単群、少人数での臨床試験を可能にし、革新的新薬を早期に実用化することも視野に入り、短期間・低コストでの治験実現につながります。患者にとっても革新的新薬を早期に届けることが可能になるばかりか、製薬企業にとっては、短期間・低コストでの実施が期待できる、としています。

一定の要件を満たす画期的な新薬等について、開発の比較的早期の段階から先駆け審査指定制度の対象品目に指定し、薬事承認に係る相談・審査における優先的な取扱いの対象とするとともに、承認審査のスケジュールに沿って申請者における製造体制の整備や承認後円滑に医療現場に提供するための対応が十分になされることで、更なる迅速な実用化を図かろうとしています。

 (2) 2017年に承認されたNME含有稀少疾患用医薬品8品目の概要

5. ムンデシンカプセル(ムンディファーマ):

【効能・効果】再発又は難治性の末梢性T細胞リンパ腫。 【薬効・薬理】有効成分のフォロデシン(folodesine)は,PNP(プリンヌクレオシドホスホリラーゼ)を阻害し,細胞内に蓄積された2’-デオキシグアノシン(dGuo)がリン酸化され,2’-デオキシグアノシン三リン酸(dGTP)が蓄積されることにより,アポトーシスを誘導し,腫瘍の増殖を抑制すると考えられている。 創薬会社のバイオクリスト(BioCryst Pharmaceuticals)社は、米国(AL州)での癌、自己免疫疾患、ウイルス感染の治療薬が専門のバイオベンチャー。

【添付文書】:https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/medley-medicine/prescriptionpdf/770098_4291050M1027_1_01.pdf

6. ニンラーロカプセル(武田薬品):

【効能・効果】再発又は難治性の多発性骨髄腫。 【薬効・薬理】有効成分の経口プロテソーム阻害剤イキサゾミブ(ixazomib)は、20Sプロテアソームのβ5サブユニットに結合 し、キモトリプシン様活性を阻害することにより、腫瘍細胞のアポトーシスを誘導し、腫瘍増殖を抑制すると考えら れている。

【添付文書】:https://www.takedamed.com/mcm/medicine/download.jsp?id=1212&type=ATTACHMENT_DOCUMENT

7.ケイセントラ注(CSLベーリング):

【効能・効果】血液凝固第IX因子として、ビタミンK拮抗薬投与中の患者における、急性重篤出血時、又は重大な出血が予想される緊急を要する手術・処置の施行時の出血傾向の抑制。 【薬効・薬理】有効成分のヒト・プロトロンビン複合体は、血液凝固第II・第VII・第IX・第X因子、プロテインC及びプロテインSを含有し、血液凝固第II、第VII、第IX及び第X因子は肝臓でビタミンKの存在下で生合成される血液凝固因子である。本剤は、ビタミンK拮抗薬の投与により減少したこれらの因子を補充することにより出血傾向を抑制する。

【添付文書】:http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/drugdic/prd/63/6343449D2020.html 

11. ジフォルタ注射液(ムンディファーマ):

【効能・効果】再発又は難治性の末梢性T細胞リンパ腫。 【薬効・薬理】有効成分のプララトレキサート(pralatrexate)は、葉酸からジヒドロ葉酸、及びジヒドロ葉酸からテトラヒドロ葉酸への還元反応を触媒するジヒドロ葉酸還元酵素を競合的に阻害することにより、腫瘍細胞のDNA合成を阻害し、腫瘍の増殖を抑制する。

【添付文書】:http://ptcl.jp/pdf/difolta.pdf 

12. イストダックス点滴静注剤(セルジーン):

【効能・効果】再発又は難治性の末梢性T細胞リンパ腫。 【薬効・薬理】有効成分のロミデプシン(romidepsin)は、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)の活性を阻害する。HDAC活性阻害によりヒストン等の脱アセチル化が阻害され、細胞周期停止及びアポトーシス誘導が生じることにより、腫瘍増殖が抑制されると推測されている。 【添付文書】:https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/medley-medicine/prescriptionpdf/380809_4291440D1026_1_01.pdf 

13. スピンラザ髄注(バイオジェン):

【効能・効果】乳児型脊髄性筋萎縮症(SMA:指定難病 3)。 【薬効・薬理】有効成分は、核酸医薬ヌシネルセンナトリウム(nusinersen Sodium: 分子量7500.89)で、そのヌシネルセンはアンチセンスオリゴヌクレオチドであり、SMN2 mRNA前駆体のイントロン7に結合し、エクソン7のスキッピングを抑制することで、エクソン7含有SMN2 mRNAを生成させ、完全長SMNタンパクを発現させることにより脊髄性筋萎縮症に対する作用を示す。

【添付文書】:https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/medley-medicine/prescriptionpdf/630499_1190403A1022_1_02.pdf 

22. ダラザゼックス点滴静注(ヤンセンファーマ):

【効能・効果】再発又は難治性の多発性骨髄腫(指定難病 270)。 【薬効・薬理】有効成分のダラツムマブ(daratumumab)は、ヒトCD38に結合し、補体依存性細胞傷害(CDC)活性、抗体依存性細胞傷害(ADCC)活性、抗体依存性細胞貪食(ADCP)活性等により、腫瘍の増殖を抑制すると考えられている。

【添付文書】:https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/medley-medicine/prescriptionpdf/800155_4291437A1028_1_01.pdf 

24. バベンチオ点滴静注(メルクセローノ):

【効能・効果】 根治切除不能なメルケル細胞癌。 【薬効・薬理】有効成分のアベルマブ(avelumab)は、ヒトPD-L1に対する抗体であり、PD-L1とその受容体であるPD-1との結合を阻害し、腫瘍抗原特異的なT細胞の細胞傷害活性を増強すること等により、腫瘍の増殖を抑制すると考えられる。

【添付文書】:http://database.japic.or.jp/pdf/newPINS/00067176.pdf 

(3) まとめ

昨年に承認された希少疾病用医薬品8品目ですが、その内6品目は腫瘍治療薬であって、難病指定を受けている難治性希少疾患の治療薬(オーファン薬)は唯一品目で、乳児型脊髄性筋萎縮症(SMA)治療剤の「スピンラザ髄注」のみでした。本剤は遺伝性難病の原因遺伝子を直接治療しての根治療法を目指す医薬品で、我国初のアンチセンス核酸医薬品とのことで、幸いに欧米主要国とほぼ同時に承認されました。

遺伝性希少難病の治療方法として、遺伝子編集の技術開発にも期待が持たれていますが、その代表的なCRISPR-Cas9遺伝子改変で、広範囲に遺伝子変異を高い頻度引き起こす恐れがあることが報告され、実用化までにはまだ時間が必要なようです。

一方、スピンラザ髄注の薬価は932万円/バイアルと非常に高価で、一人当たりの年間薬剤費は、2,796万円となります。薬価算出において、希少疾病用医薬品についてはその大部分が新薬創出等加算の優遇を受けているための異常な高薬価です。指定難病患者の医療費の負担は、大部分を健康保険など公費で負担していることから、研究開発へのインセンティブを与えつつもより合理的な薬価算定方法が必要となるでしょう。

                                      (田中邦大)

7月20日:エピジェネティック制御によるガン免疫増強(8月9日号Cell掲載予定論文)

2018年7月20日
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ガンではDNAのメチル化やヒストンによるエピジェネティック機構が大きく変化しており、これを標的にガンを制圧しようと様々な薬剤が開発されている。ただ、ガンに特異的な薬剤というわけではなく、治療の切り札というには程遠い。そんな中、最近DNAメチル化阻害剤がガンの免疫誘導性を高めることで、ガンに効くのかもしれないという論文が現れて来た。

今日紹介するハーバード大学からの論文も同じ系統の話で、ヒストンの脱メチル化に関わるリジン特異的ヒストン脱メチル化酵素LSD1がガン免疫のアジュバント効果があるという話で8月9日掲載予定のCellに発表された。タイトルは「LSD1 Ablation Stimulates Anti-tumor Immunity and Enables Checkpoint Blockade(LSD1除去により抗ガン免疫が刺激され、チェックポイント治療が有効になる)」だ。

この研究では、ガン細胞の免疫原性を高めるようなエピジェネティック制御に関わる阻害剤をメラノーマ細胞でスクリーニングし、LSD1阻害剤やLSD1ノックダウンにより内因性のウイルスの発現が高まり、インターフェロンの産生が高まることを見出している。結局これがこの研究のハイライトで、あとはLSD1を阻害することでなぜガンのインターフェロン産生が高まるのかを調べ、実際に生体内でのガン免疫反応にも効果があるかを粛々と調べた結果が並ぶ。

メカニズムについてまとめると次のようになる。LSD1が内在性のウイルスの発現を抑制することはよく知られているが、この機能が阻害される事で内在性ウイルスの転写が始まり、ウイルスの二重鎖RNAが細胞内に蓄積する。二重鎖RNAは当然ウイルス感染が起こっているとして細胞内自然免疫系に察知され、インターフェロン産生など自然免疫系が刺激されるが、まさにこのウイルス感染と同じ状況がLSD1阻害により起こる二重鎖RNAの蓄積で誘導されているというシナリオだ。これに加えて、LSD1は二重鎖RNAを分解するRISCシステムのDicerの脱メチル化を高め、二重鎖RNAを分解するが、これが抑制されることでRNAの蓄積がさらに高まり、自然免疫を強く刺激することも示している。

要するに細胞内で働くCpGアジュバントと同じ効果があるという話なので、次に本当にガン免疫を誘導できるか調べている。使ったメラノーマは転移性が高く、免疫原性が低い細胞株だが、LSD1をノックアウトした細胞は免疫にキャッチされ、増殖が抑制される。さらに、抗PD1抗体によるチェックポイント治療とLSD1のノックアウトを組み合わせると、さらに延命効果が上がるという結果だ。

LSD1抑制により、内在性ウイルスの転写が活性化され、それがアジュバントの作用をすると言う話は面白く、今後利用する可能性はあると感じる。ただ、生体内での実験が全て遺伝子ノックアウトで行われているのは気になる。臨床のことを考えると、当然化合物を使うはずで、これに対する化合物は数多く存在する。なのに使わないというのは、副作用が強すぎるのか、免疫に影響があるのか、研究としては中途半端だ。さらに、PD1抗体を使っているわりには、根治が全くないのも気になる。

今後は、臨床側でもっと細工をしたほうが良さそうだ。LSD1に変異のあるガンでは確かに予後がいいことも示していることから、ヒトでも使えるはずだ。とすると、CpGアジュバントと組み合わせてガン内に徐放マトリックスとともに投与して見たら面白そうだ。RISCをブロックするなら、余計にCpGの効果が上がる可能性もある。是非トライして欲しい。
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7月19日:イネの冠水抵抗性(7月13日号Science掲載論文)

2018年7月19日
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この3年ほどは、原則として我が国の研究施設から発表された論文は紹介を控えている。と言うのも、我が国からの仕事はメディアが紹介する。逆に、メディアの報道は我が国の研究にほとんど限られているため、世界を見渡すと言うことがないので、あえて世界が見えるように論文紹介するよう心掛けている。現在騒がれている研究力の低下も、論文を毎日読んでおれば当然のように感じるが、情報をメディアの論文紹介に頼る限りまず感じることはできないと思う。おそらく役所はいまでも新聞などメディアで報道されたことを研究助成申請書に添付するよう求めていると思うが、百害あって一利なしだ。 しかし今日は、久しぶりに我が国からの論文を紹介したい。私の全く専門外の植物学分野で、調べたところまだメディアでは取り上げられていない。東北大学と名古屋大学が共同で行ったイネの冠水抵抗性についての研究で7月13日号のScienceに掲載された。タイトルは「Ethylene-gibberellin signaling underlies adaptation of rice to periodic flooding (エチレンジベレリンシグナルがイネの冠水への適応の背景に有る)」だ。

この研究では、イネの中には水に沈むと、すぐにそれ以上に成長して水上に顔を出す種類があることに着目し、この遺伝的背景を特定しようとしている。

すこし脱線するが、今週号のCellに金沢大学と神戸大学が共同で、シジャクモのゲノム解析の論文を発表している。こちらは、水中植物が陸上へ進出する過程を探るゲノム研究で、植物の成長ホルモンの話など大変勉強させてもらったが、膨大なので紹介をためらった。しかし、ほぼ同時に2編の植物と水に関する論文を眼にすると、植物分野では我が国も独自の着眼点で頑張っている人たちがいると心強く感じた。

本題に戻ろう。この研究では様々な種類のイネを水に沈めた後、一週間で茎が伸びることが出来たかどうかを指標に、SNP解析を行いこの形質に関わる遺伝子の特定を試み、まず第一染色体上の領域を決定、そこから連鎖解析で絞り込んでジベレリン合成に関わるSD1遺伝子に到達している。そしてSD1遺伝子が欠損したイネに遺伝子を導入する実験から、たしかにこの遺伝子が水に沈んだ刺激で茎を伸ばす遺伝子であることを確認している。

次に、SD1の様々なタイプを比較し、この形質に関わる他の遺伝子SK1/SK2が存在する条件でC9285と名付けた系統が最も強い反応を示し、これが水につかった刺激でSD1の発現が高まることによることを発見する。

そして水でなく、植物に様々な影響を持つエチレンによりこの反応が誘導できることを明らかにし(なぜエチレンにすぐ行くのかは門外漢には分からない)、冠水の影響がエチレン受容体を介することを示したうえで、SD1のプロモーターの内の13bpがこの反応に関わることを特定している。その上で冠水によるジベレリンの合成経路を調べ、冠水により普通は働きの少ないGA4経路が活性化し、ジベレリン合成が高まることを明らかにしている。冠水から成長刺激までのシナリオが完成した。

そして最後に、このSD1発現調節のC9285の冠水抵抗性変異のルーツを調べ、洪水の多いバングラデッシュの冠水に強い野生種から選択され栽培されるようになった事を明らかにしている。

冠水抵抗性に着眼し、ゲノムと機能についてオーソドックスに迫った良い研究だと思う。金沢、神戸大学のCellの論文も合わせ、植物分野の活躍が印象づけられた。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月18日:蛾の後羽根はなぜ長くなる(7月4日号Science Advances 掲載論文)

2018年7月18日
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ダーウィン進化の原動力を超単純化して説明するなら、集団内の多様性の出現と、環境への適応による自然選択で新しい種が生まれると言っていいだろう。ダーウィンの頃最も説明が難しかった、集団内での多様化の出現は、ゲノムを解読できる今、全く当たり前のことになっている。しかし、何が自然選択の圧力になっているのかを決めるためには、その種の生態を深く理解することが必要で、そのような研究に対しては我々のような素人はただただ感心するだけだ。

今日紹介するヤママユガの後羽根から突き出た長い尾羽根の進化に関わると考えられる自然選択圧についてのBoise州立大学の研究はそのような典型で、生物学の原点が観察にあることを教えてくれる研究だ。タイトルは「The evolution of anti-bat sensory illusions in moths (ガのコウモリの感覚を欺くための進化)」だ。

ヤママユガには数多くの種類が存在するが、中に後羽根から長く突き出た美しい尾羽根を持つガが存在する。これらのガはゲノムに基づいて幾つかの族に分類できるが、長い尾羽根は決まった族に存在するのではなく、ほぼ全ての族で現れていることから、それぞれの族の中で独自に現れると考えられる。

形態学的解析から、この長い尾羽根は飛行のために進化したと考えるより、ガの天敵であるコウモリをだますために、一種のおとりとして使われているのではないかと着想した。まさに、観察に基づいた着想が自然選択圧力を特定するためには必須であることがよくわかる。

そこで、コウモリにガをアタックさせ超感度高速カメラで追跡する実験を行い、長い尾を持つ方がコウモリのアタックから逃げる確率が上がることを確認している。しかしコウモリは超音波でガを認識しているはずで、どんなに長い美しい尾羽根を持っていても、視覚的にだまされるはずはない。しかし、アタックを分析すると長い尾羽根を持つガに対してはコウモリは確かに尾羽根を狙ってアタックしている。

次に今度は尾羽根を完全に切ってしまったり、短くしたりした後、コウモリがガの前か後かどちらにアタックをかけるか調べ、尾がなくなっても飛行にはあまり影響ないのに、コウモリのアタックは前の方に集中するようになることを示している。すなわち囮として機能している。

尾を長くしてきた選択圧は、コウモリの攻撃になる。コウモリが超音波を使って標的を決めると考えると、長い尾は動かすことで超音波を乱して、そちらの方にアタックを誘導すると結論している。アタックで後の尾が切れても命に別状はないので、コウモリの攻撃にさらされる種では、ゲノム進化とは全く別に、独立して尾羽根が長くなったという話しだ。この独立して生まれた長い尾羽根の背景にどんな遺伝的変異があるのか、興味は尽きない。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月17日:グリオブラストーマをポリオウイルスで治療する(7月12日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2018年7月17日
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ガンに対して様々な新しい治療方法が開発されているが、あまり一般には紹介されていないのが、腫瘍溶解性ウイルスを用いる癌治療だ。ヒトの細胞に感染して細胞を殺すことができるウイルスは、腫瘍溶解性ウイルスとして発展する可能性を持っている。すなわち、何らかの方法で腫瘍細胞だけに効果を示すように改変することが出来れば原理的に腫瘍細胞をすべて消滅させられる。ただ、ウイルス自体にそこまでの効果がなくとも、一部のガン細胞を融解させる事で、免疫反応を誘導してガンを免疫的に消滅させることも出来る。

そんなウイルスの一つとして期待されているのが、ポリオウイルスで、セービンらによって開発されたポリオの生ワクチンをベースに使う腫瘍溶解性ウイルスだ。このポリオ生ワクチンのリボゾーム侵入サイト(IRES)をライノウイルスに置き換えたのが、今回使われたウイルスで、神経細胞の障害性が抑えられ、グリオーマで増殖して溶解できるようになっている。また、もともとポリオウイルスはCD155を細胞内への侵入に使うことから、CD155の発現の高いグリオーマへの特異性はさらに高まっている。これに加えて、ウイルス増殖によりインターフェロンの産生を高め、炎症が高まり、免疫反応を誘導できると考えられている。

まあ講釈は別として、大事なのは実際に効果があるかだ。今日紹介するデューク大学からの論文はこのポリオウイルスを用いたグリオブラストーマ治療の第1相の臨床試験で、7月12日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Recurrent Glioblastoma Treated with Recombinant Poliovirus(再発グリオブラストーマを組み換えポリオウイルスで治療する)」だ。

この第1相治験の第一の目的は、ウイルス投与の安全性だが、もちろんその効果を知るのも重要な目的になっている。61人のステージ4の患者さんが選ばれ、様々な力価のウイルスを腫瘍内に投与して感染させている。実際には腫瘍にカテーテルを挿入し、なんと6.5時間かけて少しずつウイルスを投与している。

結果だが、確かに頭痛、目眩などの副作用は見られ、また投与後に脳出血をきたしたケースも存在するが、ウイルスが神経細胞へと感染したり、ウイルス性の神経病変誘導される心配はないようで、極めて悪性のガンに対する治療としては許容範囲の副作用と判断しているように思う。

結果だが、コントロールに選んだ無処置の患者さん104人と比べ、50%の患者さんが亡くなる時間で見ると、コントロールが11.3月に対してポリオウイルス投与群が12.5月と、一ヶ月の延命効果に見える。しかし、死亡曲線を見ると、確かに80%の治療群は、コントロール群と殆ど同じ死亡曲線を示して亡くなっていくが、なんと残りの20%は5年まで全く再発なく経過していることがわかった。すなわち、生存率が20%になる18ヶ月目を超えた患者さんは、再発が起こらないという驚くべき結果だ。例えば4年目で見たとき、コントロール群は生存率が2%なのに、ポリオウイルス投与群では21%、そしてこの21%は5年目も維持されているという結果だ。これに対し、コントロール群で5年目まで生きた人は0だった。

話はこれだけだが、結果としては勇気づけられる。今後効果がなかった患者さんの詳しい検討を行って、もっと多くの人に効果を示すプロトコルの開発が必要になる。今のところ誰に効果があるのか予測は難しそうだが、それでも2割が5年生存するとなると、期待出来る方法が現れたと言っていいいだろう。
カテゴリ:論文ウォッチ
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