12月9日:拡がるアデノ随伴ウイルスベクターを用いた遺伝子治療
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12月9日:拡がるアデノ随伴ウイルスベクターを用いた遺伝子治療

2017年12月9日
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このブログで紹介した論文を「遺伝子治療」をキーワードに検索すると38編リストされる。ほぼ4年このブログを書いているので、年に10編のペースだ。そしてそのほとんどで、アデノ随伴ウイルスベクター(AAV)が遺伝子の運び屋として使われている。 遺伝子治療には外来遺伝子をホストのゲノムに組み込ませて一体化させる方法と(エイズウイルスと同じ種類のレトロウイルスが用いられる)、ゲノムはできるだけ変化させず、必要な遺伝子をウイルスベクターとともに細胞内で増幅して分子を供給する方法に大別される。特に安全性の高いAAVが開発されて、遺伝子治療が急速に現実のものとなった。

世界中の臨床治験が登録されているClinical Trial Governmentを調べると、現在89のAAVを用いた治験が進んでいる。ざっとカウントしただけで正確ではないが、そのほとんど(61)は米国で行われており、あとは英国(9)、フランス(6)中国(4)と続き賑わいを見せている。ちなみに我が国はと見ると、一件だけ自治医大のパーキンソン病治療が登録されているだけで、出遅れが甚だしい。遺伝子治療を待ち望まれている患者さんに聞かれると、「開発は米国を中心に大きく進んでいるので、我が国の状況を気にしないで、現在登録されている治験の結果を待ったらどうですか」と申し上げることにしている。

万能のように思えるAAV遺伝子治療だが、大量の分子の供給が必要な病気、例えば血中の凝固因子が欠損する血友病では、必要なレベルの凝固因子を供給できないことがわかってきた。これを克服しようと、大量のウイルスを注射すると、免疫のできにくいAAVでも感染した細胞への反応が起こることもわかってきた。今日紹介するフィラデルフィア小児病院からの論文はAAVを用いた血友病の治療だが、正常の第9凝固因子遺伝子ではなく、正常の8倍凝固活性が高い突然変異型の第9因子遺伝子を組み込んだAAVを用いて、ウイルスの限界を超えられないか行った治験で、12月7日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Hemophilia B gene therapy with high-specific activity factor IX variant(高い活性を持つ第9因子変異体によるB型血友病の治療)」だ。

この研究の最大の目的は、凝固しやすい変異型第9因子が副作用なく長期間機能してくれるか調べることだ。治験では、凝固活性が正常の2%以下の重症の患者さんを選び、正常の第9因子遺伝子では長期効果が期待できない量のベクターを静脈に一回注射している。

詳細を省いて結果をまとめると、ほとんどの患者さんで凝固活性が正常の35%近くにまで回復し、少なくとも1年近くは治療効果が維持される。この結果、患者さんは出血の心配や、凝固因子の点滴から解放されるという結果だ。また、固まりやすい分子でも血中の濃度が低いため心配される副作用はほとんどないという結果だ。時間はかかるだろうが、臨床で用いられる可能性は高い。現在凝固因子を注入する治療は膨大な医療費が必要だ。その意味でも今回の治験の意味は大きい。

この研究は遺伝子治療のさらなる可能性を示したと思う。すなわち、治療効果を遺伝子自体を改良することで、ベクターはそのままで高められることを示した点だ。少量のウイルスで高い効果を得る研究が加速するだろう。AAVは組み込む遺伝子の制限はあるが、同じ枠組みで遺伝子だけを変えることで、個別の要求にも対応できる。すなわち、患者さんに合わせた治療が可能だ。とするとClinical Trial Governmentに登録された我が国の治験が1件というのは寂しい。企業だけに頼らず、研究者と患者さんが一緒に取り組み仕組みが今後必要だと思う。
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12月8日:アルツハイマー病もミトコンドリア病?(Natureオンライン版掲載論文)

2017年12月8日
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基礎研究の重要性が議論になっているが、実際には何が基礎で、何が応用かを決めることは難しい。要するに基礎研究というのは、個人の興味とアイデアで自由にテーマを選べることが重要で。もちろん、それが臨床応用に関わっていてもいいと思う。とは言え、個人の興味でやっている話を、患者さんのためとリップサービスするのは慎んだ方がいい。
一方、優秀な人材に、政府や患者さんが解決して欲しい問題を提示して、それを研究してもらう仕組みも重要で、この場合論文を書くより、提示された問題を解決することが優先される。従って、論文の数や特許の数だけで成果を判断するのはもってのほかになる。というのも、論文を書くより難しい問題が実際の医療には横たわっており、このような科学以外の問題も含めた解決が要求される。

最初、アルツハイマー病の新しい治療法の論文かと思って読み始めた今日紹介するローザンヌEPFLからの論文読んでいて、こんなことを考えてしまった。

アルツハイマー病でもミトコンドリアの蛋白合成系の異常によるストレスが関わっていることを示そうとした論文でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Enhancing mitochondrial proteostasis reduces amyloid-β proteotoxity(ミトコンドリアのタンパク質の恒常性維持機能を高めることでアミロイドβの毒性を弱めることができる)」だ。

研究は最初からアルツハイマー病(AD)でもミトコンドリア異常があるはずと決めて始めているようだ。ミトコンドリアの異常による脳の変性疾患にパーキンソン病があり、ADもその可能性があると考えるのは何の不思議もない。

AD脳の遺伝子発現を調べることができるデータベースをまず探索し、ミトコンドリアの酸化ストレス、あるいはタンパク質の折りたたみの異常によるミトコンドリアのストレスを示す分子の発現が上昇し、ミトコンドリアが分解されるマイトファジーに関わる分子も上昇していることを確認する。さらに、このデータベースからの結果を、実際の患者さんの脳組織についても確認している。詳細を省いてまとめると、ADもミトコンドリアストレスによる病気だと結論している。 もちろん結論するのは自由だが、これが実際のADで働いており、治療標的になりうることを示すのは簡単でない。この点でこの研究はかなり問題があるように感じる。すなわち、ミトコンドリアストレスを調べるため、アミロイドβが細胞質で高発現するマウスモデルや、細胞モデル、さらには線虫モデルを使ってこの概念を証明しようとしている。しかし、使われたモデルは遊離したAβを細胞内で発現させるモデルで、タンパク質の凝集による細胞内ストレスを一般的に研究するには問題ないが、アルツハイマー病モデルとして適切かどうか、かなり疑問を感じる。細胞内でタンパク質を沈殿させる系でアルツハイマー病の治療開発と言いたいなら、まだTauタンパク質でやった方がいいのではないだろうか。

研究では、細胞内Aβを沈殿させるモデルを用いて、ミトコンドリアのタンパク質代謝の恒常性が、Aβの凝集に関わる最も重要なプロセスで、この過程を障害すると細胞死は進み、逆に促進するとタンパク質の凝集が阻害され、病気を抑えられるので、この過程を操作することでADの進行を遅らせる可能性について、例えばミトコンドリアの活性を上げる恒常性維持を助けることから老化防止に使われるニコチンアミドリボサイドを投与する実験で示している。 ひょっとしたらプロはもっと重要なことをこの研究に見ているのかもしれない。しかし、専門外の私から見ると、結論はミトコンドリアのタンパク質の恒常性の維持がタンパク質の凝集による細胞編成に関わるという話にすぎず、ニコチンアミドリボサイドが細胞死抑制に効果があると示されても、これをADの患者さんに朗報として届ける気にならない。 最初書いたように、興味の赴くまま自由に研究を行うのは大事だ。しかし、それを特定の病気のための研究とこじつけて誘導するのは問題がると思う。この研究は、私にはだいぶこじつけに見えた。もちろん、NatureのArticleとして掲載されるのだから、専門家の批判を受けているはずで、私が気がつかない重要性があるのかもしれないが、論文からは明確には伝わってこなかった。
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12月7日ドゥシャンヌ型筋ジストロフィーのステロイド治療( The Lancetオンライン掲載論文)

2017年12月7日
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筋ジストロフィーはジストロフィン分子の突然変異による疾患で、現在根本的な治療として遺伝子変異をバイパスさせて分子を発現させる、エキソンスキッピングを誘導する遺伝子治療が注目され、治験も始まっている。ただ、原理ははっきりしても、その効果の確認には時間もかかる。

遺伝子治療についてはおいおい結果が出てくれると期待しているし、また漏れ聞こえるところでは、効果が示されているようだ。ただ、これらの治療が軌道に乗るまでは、対症療法で少しでも病気の進行を遅らせることが大事だ。この病気の進行を遅らせる可能性があるのが、プレドニンなどのステロイドホルモン治療で、デゥシャンヌがこの病気を記載した頃から既にその可能性が期待されていた。事実、我が国の厚労省のガイドラインにもステロイドホルモンが記載され、病気の進行を遅らせる目的で利用する医師も多い。しかし、ステロイドホルモンの長期投与は副作用が不可避なため、投与を受けない患者さんも多くおられるようだ。また、どの段階で、どのように利用するか明確でないのも問題だった。

今日紹介するカリフォルニア大学デービス校を中心に9カ国20施設の医師が共同で発表した論文は、2−28歳の患者さんを対象にステロイドホルモンの効果を確かめるために行われた、これまででは最も大きな治験がThe Lancetオンラン版に掲載された。タイトルは「Long-term effects of glucocorticoids on function, quality of life, and survival in patients with Duchenne muscular dystrophy: a prospective cohort study(ドゥシャンヌ型筋ジストロフィーの患者さんの筋肉機能、生活の質、そして生存に対するグルココルチコイドの長期効果):前向きコホート研究」だ。

時間とともに症状が進むため、リクルートした2−28歳の患者さんの症状はまちまちだ。そこで、寝た姿勢から起きあがれるか、起き上がるのに5秒以上、あるいは10秒以上かかるか、階段を4段上がれるか、歩けるかなどの下肢の運動機能、そして頭に手を持ち上げられるか、手を口まで持って来れるか、腕の機能は残っているか、など患者さんの進行度に合わせ細かく指標を選び、それぞれの機能が失われる年齢を比べて、ステージごとにステロイドホルモンの効果を調べている。

治験の詳細を説明するのは避けて、結果だけを説明すると、すべてのステージで、一年以上ステロイドホルモンを服用すると、運動機能の維持に大きな効果が得られている。例えば、足の機能で見ると2−4年機能の喪失を遅らせることがで、腕の機能では2.8-8.0年病気の進行を遅らせることができる。そして、ステージが進んだ後も死亡率も大きく改善する。素人の私が見ても、一目瞭然で効果がわかるほどの差が出ている。これらの結果から、ドゥシャンヌ型筋ジストロフィーは、少なくとも他の治療法が確立するまで、ステロイドホルモン治療が最も効果がある治療として推薦されるという結果だ。

根治という観点からはもちろん遺伝子治療や細胞移植に期待が集まる。しかし、今回のように当たり前の薬剤の効果をしっかり確かめ、標準医療の質を高めることも医学の役割で、ぜひ紹介したいと思った。
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12月6日:4塩基以外のコードを使うことができる(11月30日号Nature掲載論文)

2017年12月6日
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生命が地球上に誕生する過程についての研究を調べていると、最初の生命が、A/T/C/Gの4塩基を使う理由は充分あると思うが(例えばATPはエネルギー交換やセカンドメッセンジャーにも使われ、重要な生命機能の基礎になっていることから、ゲノムが誕生する前から生命系の高分子として使いやすくなっていた?)、ではこれ以外の塩基は使えないのかというと、そうではない。実際、多くの核酸アナログをDNA複製システムで利用することができる。しかし、既存の4塩基とは独立に複製、転写、翻訳を行える4塩基以外のコードが存在しうるのか興味ある問題だ。 今日紹介するカリフォルニアにあるSynthorxというベンチャー企業の研究所からの論文は、現存の大腸菌の中で4塩基以外のコードが使えることを示した研究で、11月30日号のNatureに掲載されている。タイトルは「A semi-synthetic organism that stores and retrieves increased genetic information(増加させた遺伝情報を維持し利用することができる半合成的生物)」だ。

4塩基以外の化学物質をDNAに取り込ませることは珍しいことではないが、多くの人工塩基はホストに検出され、除去修復される。ところが、3メトキシ-2-ナフチルグループを塩基の代わりに持つdNaMはDNAに取り込まれても大腸菌の除去修復にキャチされず複製される。この研究では、こうして取り込まれたdNaMをコードとしてタンパク質を合成できるか調べている。

この目的で、他のアミノ酸で置き換わっても蛍光を発するGFPの151番目のチロシンをセリンに置き換え、対応するコードを本来のTACからセリンのTAGあるいは人工塩基dNam(X)を持つAXCに変えたGFPを大腸菌に導入している。Xにペアリングする人工核酸にはTPT3(Y)を用いているが、両者は水素結合を介さないペアリングを行う。

アミノ酸をセリンにしたのは、セリンを結合したtRNAだけが、アンチコドンとは無関係にセリンを結合することができるため、セリンに対応するtRNAのアンチコドンをAXCとペアリングできるGYTに置き換えてもセリンに対応するtRNAとして機能できると予想できる。

こうして用意した大腸菌ではGYTをアンチコドンとして持ったtRNAを加えたときだけ、GFPが発現することから、人工核酸をコードとしてタンパク質が合成できることが明らかになった。

翻訳が正確に行われたかを調べているが、自然のtRNAと比べると他のアミノ酸が取り込まれる確率は上がるが、98%ちかくのGFPは正確にセリンが取り込まれている。また、セリンの代わりに古細菌が使うアミノ酸ピロリシンを取り込ませる実験で、確かに人工核酸がコードとして利用されていることを示している。最後に、同じ実験をazido-フェニルアラニン-tRNAでもできることを確認している。

以上の結果は、人工核酸を用いても、複製。転写、そして翻訳が可能なことを示した画期的な論文だと思う。特に、この過程に水素結合が必ずしも必要ないことを示した点も重要だと思う。ベンチャー企業を作ってこんな研究を行う米国の地力には恐れ入る。
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12月5日:酵母の全てのヒストンをヒトのヒストンに換えてしまったら?(12月14日号Cell掲載論文)

2017年12月5日
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細胞周期など最も基本的な機能に関わる分子は真核生物間で保存されており、酵母の遺伝子を人間の遺伝子で置き換えても十分機能することが多い。ただ、多くの研究では一個の遺伝子を変換するだけで、機能に関わる全ての分子を置き換えてしまう実験をするのは難しい。
今日紹介するニューヨーク大学からの論文は全てのヒストンが人間の分子に置き換わった酵母を作成した研究で、ヒストン進化で起こった機能変化について様々なことを教えてくれる研究で12月14日号のCellに掲載された。タイトルは「Resetting the yeast epigenome with human nucleosomes(酵母のエピゲノムを人間のヌクレオソームにリセットする)」だ。
染色体の構造を維持しエピジェネティック制御の基盤であるヒストンは酵母から人間まで遺伝子がよく似ており、4種類のコアヒストンの類似は70−90%に達している。この研究ではまず酵母の全てのヒストンがノックアウトされ、その代わりに酵母とヒトのヒストン持つプラスミドベクターで増殖する酵母株を作成し、増殖が安定したところで酵母のヒストンを持つプラスミドが除去されるような選択をかけることで、ヒストンが全て人間型になった酵母を分離している。

と言っても実際には生やさしい話でなく、ヒト型ヒストンに変えた1000万個の酵母からようやく一個ゆっくり増殖するコロニーが分離できただけという絶望的に低い確率だ。しかも、増殖が遅いため、コロニーを確認するのに20日もかかっている。この執念が、この仕事の全てと言っていいだろう。

一株でも分離できると、あとは様々なことがわかる。一つのクローンから数株を分離してそれぞれを増殖させるうち、人間型ヒストンに適した適応が起こり、様々な遺伝子の変異した株が取れる。20種類以上の突然変異や染色体異常が起こることで、ヒト型ヒストンが起こす問題に対応している。このような適応は、細胞周期に関わる遺伝子に起こっており、ヒト型ヒストンで細胞周期のチェックポイントで止まるのをバイパスできる変異が入ったと考えられる。逆に、導入したヒト型のヒストンに変異がないのも面白い。

この系では、様々なヒストンを導入して、ヒト型と比較することも簡単にできる。これにより、人型のH3及び H2AヒストンのC末が増殖抑制に聞いていること、ヒト型のヒストンは酵母のそれと比べ転写抑制的であること、しかしヌクレオソームの構造は変わらないこと、この結果細胞の大きさを決める遺伝子の転写が抑制され、細胞の大きさが倍以上になること、ヒト型のままでは環境適応が遅くなることなどを明らかにし、増殖が中心で分化の選択がほとんどない酵母のヒストンが、転写抑制的なヒストンに進化していくプロセスの理解がこの系で進む期待を持たせる。多くの実験が行われているが、これらは入り口で、今後さらに面白い詳細が続々発表される予感がするエキサイティングな論文だった。
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12月4日:最小ゲノム生物の発見(12月14日Cell掲載論文)

2017年12月4日
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昨日に続いて、驚くべき生命の多様性に関する論文を紹介したいと思う。これまで培養可能な最も小さな自立生命はマイコプラズマと思っていた。ゲノムの大きさは0.6Mbほどで、500近い遺伝子が存在する。Ventorらはちょうど17年前に遺伝子をシステミックに除去して最小ゲノムを求める論文を発表し、生命維持に必要な遺伝子はその半分に落とせることを明らかにした。この論文を読んで、21世紀人工的に生命を作るための設計図に組み込む必要がある遺伝子は大分絞られたと思った。

しかし上には上がある。甲虫の消化管に共生している細菌の一種はなんと最初から0.27Mbのゲノムしかないという論文がエモリー大学の研究者から発表された。昆虫と共生するボルバッキアの優れた研究を進めている我が国の産総研も協力している。タイトルは「Drastic genome reduction in an herbivore’s pectinolytic symbiont(草食の昆虫でペクチン分解を受け持つ共生細菌ではゲノムが大きく縮小している)」だ。

この研究ではカメノコハムシの共生細菌を調べる中で、ボルバッキアとともにStameraと呼ばれる細菌が存在するのを発見する。またこの共生の広がりを調べるため、我が国をはじめとするこの分野の研究者の協力を得て、全世界のカメノコハムシでこの共生が起こっていることを確認する。

次にこの共生関係が驚くべき巧妙さで行われていることを示している。共生細菌は子孫に伝わる必要がある。後で述べるがStameraは消化管内で働く。しかし消化管の細菌は子孫に伝わらない。驚くことに、Stameraはメスの生殖器官にも存在し、さらに卵の周りのカプセルにも存在する。これが子孫に伝わる仕組みで、この時Stameraを卵から取り除くと、幼虫の生存率が極端に落ち、共生が必須であることを示している。

そして最も驚くのは、ゲノムが271175bpしかなく、251個の遺伝子しか存在しないことだ。18種類のタンパク質を除く残りの機能はほぼ特定できる。Stameraは植物の細胞壁のペクチンを分解して昆虫に提供する役割を演じているが、期待どおりこれに関わる遺伝子群が存在する一方、代謝に関わる遺伝子の多くを失っている。これがこの研究のハイライトで、あとはペクチン分解酵素遺伝子群の機能をしらべて共生がペクチン分解を介していることの証明を行っているが、詳細は省く。

この発見のすごいのは、卵の中でStameraが維持できるという発見だ。強く増殖はしないのかもしれないが、要するに卵の中にStameraの生命を維持する養分が存在するということになる。従って、培養が可能になる確率は高く、生命発生を考えるための生物として今後重要なモデルになるだろう。面白い生物を通り越して、エキサイティングな生物の発見だと思う。
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12月3日:ホタテ貝にも目があった(12月1日号Science掲載論文)

2017年12月3日
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現役時代は人間を含む哺乳動物だけを相手にしており、他の動植物に対する知識は皆無といってよかった。研究やアドミニストレーションに追われている生活を続けると、これは仕方ないことだと納得するしかなかった。しかし、現役を離れるということは、この制限から解放されることで、論文を読むだけで世の中にはこんな面白いことがあるのか毎日驚きの連続だ。

今日紹介するのも一昨日に続いてイスラエル・ワイズマン研究所からの論文で、ホタテ貝の目についての研究で12月3日号のScienceに掲載された。タイトルは「The image forming mirror in the eye of the scallop(ホタテ貝の目に存在するイメージ形成のための鏡)」だ。一昨日紹介した、自閉症の匂いに対する反応の論文もそうだったが、イスラエルではトップの研究所でも研究者の自由な発想をいかした面白い研究が行われていることに感心する。

さて研究だが、素人の私はまずホタテ貝が200もの目を持っていることに驚いた。しかし言われてみると、確かにホタテ貝が移動するのをビデオで見たことがある。とすると、闇雲に移動するわけではなく、当然視覚があってもおかしくない。実際、私も神経の進化について説明するときは、いつもゴカイの幼生の視覚を例として使っている。とはいえ、ホタテも水の中からちゃんと周りを見ていることを知り驚く。

研究自体はホタテの目の構造を解明し、あとはこの構造が網膜上の像の結実をどう支えているのかシミュレーションしているだけだ。発生学もないし、分子生物学もない。しかし、これが可能になるためには、新しい技術が必要で、この研究では氷結したサンプルの微小構造を見るクライオ走査電子顕微鏡と、ミクロレベルの解析を行うCTが用いられている。そしてこれにより明らかになった構造には目を見張る。

まず驚くのが、ホタテの目が一般的な目の持つ角膜、レンズ、網膜のセットに加えて、後ろ側に多くの反射鏡を持っており、これを使って像を結実させている点だ。そして鏡は、2ミクロンほどのグアニンの結晶でできた反射板が敷き詰められている点だ。論文の写真を見せられないので残念だが、よくこんな結晶をうまく敷き詰めたと感心する。わかりやすく言えばキチンの結晶でできた蝶々の鱗粉のイメージだ。ただ、キチンと比べるとグアニンはあまりに脆い。この写真を撮るだけでも大変だったのだろうと思う。しかし、グアニン結晶を選ぶことで、青からグリーンにかけての波長だけが反射されることになり、水を通る光にしっかり適応している。

あとは構造から、鏡で反射された光がどこに結像するかをシミュレーションしている。ホタテの目の構造でもう一つ特徴的なことは、網膜が2枚あることだ。シミュレーションにより、ミラー層から近い側の網膜は、弱い光に反応する目的に使われ、一方遠い側の網膜は強い光に対応することも明らかにしている。すなわち、私たちの網膜の周辺にある桿体細胞と中心部にある錐体細胞の役割を果たしていることを示している。

だからどうなの?と批判めいた声もあるかもしれないが、素直に生命の多様性に驚けばいい。
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12月2日:肺がんのエピジェネティック治療(11月30日Cell掲載論文)

2017年12月2日
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同じゲノムを持っていても、異なるタイプの細胞が安定的に維持できるのは、私たちがエピジェネティックスと呼ばれる機構を持っているからで、この機構により染色体の特定の場所を安定的にonにしたり、offにしたりすることができる。エピジェネティックな調節はDNAに直接メチル基を結合させるDNAメチル化と、ゲノムが巻きついているヒストンのメチル化、アセチル化により行われる。正常細胞だけでなく、ガンも安定的に新しい特性を維持するためにエピジェネティックな機構が必要で、その維持のために正常細胞以上の努力をしていることが最近わかってきた。そこで、DNAメチル化を抑えたり、ヒストンの脱アセチル化を抑えてエピジェネティックな調節を狂わす治療が始まっている。

今日紹介するジョンホプキンス大学からの論文は、肺がんのエピジェネティックな治療が成立するメカニズムを調べた論文で11月30日号のCellに掲載された。タイトルは「Epigenetic therapy ties myc depletion to reversing immune evasion and treating lung cancer(エピジェネティック治療によりmycの除去が免疫回避を元に戻し肺がんを治療が可能になる)」だ。

ガンのドライバーに対する化合物と比べると、エピジェネティック治療に用いられる化合物には特異性がないため、基本的にはゲノムの領域を問わずエピジェネティック制御が狂う。もしこの方法がガンに効くとすると、ガンでは正常細胞より強くエピジェネティックな機構に依存していることになる。この研究ではまずDNAメチル化阻害剤(AZa)とヒストン脱アセチル化阻害剤(HDACi)に感受性のある肺がんを探索し、rasをドライバーとする肺ガンの試験管内増殖や、免疫不全マウス内での増殖に効果を示すことを確認する。

次にこの治療で特に変化する遺伝子セットを探索し、細胞増殖に関わる遺伝子群に加えて、インターフェロンなどの免疫シグナルに関わる分子が増強することを見出す。

このメカニズムを探索して、DNAメチル化を抑えることで発ガンを促進するMyc遺伝子の発現が抑えられ、これがHDACiへの感受性を高める効果があり、ガンだけでなく周りの間質や免疫系もりプログラムすることでガン免疫が高まることが示唆された。最後に、このことをrasを発現させる発ガンモデルマウスを用いて確認している。

実際には詳細な実験が行われているが完全に省略している。要するにAzaとHDACiを組み合わせたエピジェネティック治療でガンの増殖だけでなく、ガンに対する免疫も増強することでガンを2方向から制御できるというシナリオだ。実際、これまでこの組み合わせにチェックポイント治療を組み合わせると、肺ガンをさらに制御できるということが以前に示されている。

この研究では、エピジェネティック治療の有効性のメカニズムの探索から、rasとMycの関係がクローズアップされたが、同じ号のCellに、rasとmycの発ガンへの影響を調べるケンブリッジ大学の研究が掲載されており、rasによる増殖がmycで増強されるだけでなく、mycによりCCL9,IL-23の発現が上昇し、顔の周りの間質が免疫を抑制するタイプに変化することを示している。一種の裏の実験が、マウスの発ガンモデルで確認されたことになる。

以上両方を合わせると、rasがドライバーでmycも発現している非小細胞性肺がんについては、エピジェネ治療はmycの発現抑制を通して、ガンの免疫を高める2重の効果があり、この治療の適用になることを示唆している。逆に、もしガン細胞でmycが強く発現している場合、周りの間質が免疫抑制的になっているため、チェックポイント治療が効かないことを意味している。今後、他のガンにも是非拡大して、ras,mycガンにはエピジェネ治療というプロトコルができれば素晴らしい。
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12月1日:匂いと自閉症スペクトラムの行動(Nature Neuroscience掲載論文)

2017年12月1日
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匂いは私たちの判断に大きい影響を持つ。強い匂いでなくても、家族の一員の匂いはなんとなくわかるし、感じれば安心する。これは当然と言えば当然だ。視覚が完成するのに時間がかかることから、発達初期に私たちの脳を書き換えるプロセスでの匂いの役割は大きい。また、口唇期というように、発達初期には口に触れるものを追いかける口唇反射が見られる。このように、最初の脳の書き換えが視覚以外の入力で起こるとすると、社会的(対人的)行動に異常が見られる自閉症スペクトラム(ASD)は、匂いに対する反応でも違いがあるはずだ。

今日紹介するイスラエルワイズマン研究所からの論文は、成人したASDの人たちが主に相手が発する匂いにどう反応するかを調べてASDの成り立ちに関わる匂いの関与を調べた研究でNature Neuroscienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Altered response to social chemosignals in autism spectrum disorder(ASDは社会的化学シグナルに対する反応が変化している)」だ。

著者らはかなり想像力の豊かなグループで、よくレフリーも納得したなと思えるようなスペキュレーションが随所に見られる。しかし、潔癖性からもわかるように相手の汗や匂いは私たちの行動に強い影響を持つ事を考えると、研究方向には納得する。

研究ではまずスカイダイビングで恐怖を味わった人の汗を集めて、普通の汗と区別できるかから始めている。この汗に確かに恐怖を味わった跡が残っていることは、ステロイドホルモンなどの量から確認している。次に正常人もASDもそれぞれの匂いを区別でない濃度を選んで、この違いに体が反応するか、すなわち皮膚の伝導度でわかる自律神経の興奮を測定すると、匂いの差を自覚していなくとも、恐怖を感じた汗は正常人には強い自律神経反応を誘導する。ところが、ASDではこの興奮はほとんど起こらない。

次に画面に出るマークをカーソルで追いかけさせる実験を行う前に、マネキンからどちら側に出そうか指示が出るという凝った実験を行い、この時恐怖の汗のにおいがしみ込んだマネキンを信用するかどうか調べると、正常人は恐怖を味わった汗がしみ込んだマネキンは信用しないのに、ASDは正常の汗がしみ込んだマネキンをより信用する。

同じことを今度は同じ効果がある化合物androstadienで確認した後、今度はリラックスさせて突然の驚愕刺激に耐性を与えることがわかっているaldehyde-hexadecanalを薄めて感覚的に区別できない量を選び、それが大きな音に対する驚愕反応を抑えるかどうかで効果を調べている。期待通り、感覚できないレベルでもこの化合物は皮膚伝導度や心拍数からわかる驚愕を抑えてくれる。しかし、ASDの人では驚きが増強することがわかった。

以上の実験は、大人のASDを使っていること、自覚的にわかる感覚を使っていないこと、さらにすべて身体反応だけを検査に持ちている点で、ASD研究としては重要で、結果のばらつきなどを考えるとまだまだという感は大きいが、新しい切り口の研究に思える。特に、口唇期など最初の脳回路発達研究に新しい方向性を開くかもしれないと期待する。
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11月30日:肺がんに伴う肺高血圧症(11月15日号Science Translational Medicine掲載論文)

2017年11月30日
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40年以上前とは言え、数多くの肺がん患者さんの治療に関わった。当時は、癌の宣告は余程のことがない限り行われず、真菌感染や肺膿瘍など定番の診断名を患者さんには告げていた頃だ。経験でも肺がんの患者さんの多くは運動時に呼吸困難を訴えることがあった。実際、がんセンターの患者さんへの情報サイトでは、肺がんの自覚症状として「咳、痰、血痰、発熱、呼吸困難、胸痛」が挙げられている。最近の状況は分からないが、私が臨床にいた頃は肺がんに呼吸困難が伴うのは、肺の病気だから当たり前だと思って、深く考えることはなかった。

今日紹介するドイツ中部のバート・ナウハイムのマックスプランク心肺研究センターからの論文はこの問題をしっかり問い直し、肺がんが肺高血圧の原因を作っていることを示した論文で11月15日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Lung cancer associated pulmonary hypertension: Role of microenvironmental inflammation based on tumor cell immune cell cross talk(肺がんに伴う肺高血圧:微小環境の炎症を基盤とするガン細胞と免疫細胞のクロストーク)」だ。

よく考えると、肺がんだからといって局所にとどまっているケースも多く、それでも呼吸困難を訴えるのは確かに不思議だ。この研究では、これが肺高血圧のせいではないかと考え、CT、エコー検査、カテーテル検査を用いて、肺がんの種類や、慢性閉塞性肺疾患併発などの条件を問わず約半分の患者さんが肺高血圧を示すことを確認している。また、肺がんの組織学的検索から、腫瘍に侵されていない部位でもほとんどの血管で血管壁の肥厚が起こり、小血管でも肥厚が確認される。これらの結果から、肺高血圧は肺全体の血管が肥厚し抵抗が増えることで起こると結論した。

次に、肺血管の変化が肺がんによって誘導されるのかどうか調べる目的で、様々な肺がんモデルを用いて、遺伝子導入による発生に時間がかかる発ガンモデルだけでなく、がん細胞の移植により短期間でガンを誘導しても、肺高血圧が誘導されることを確認している。すなわち、ガンが発生すること自体が肺高血圧の原因と特定された。
とは言え、組織学的には肺がん細胞が血管に詰まったり、あるいは血栓ができることで肺高血圧になっているわけではない。著者らは、肺がんの周りに見つかるリンパ球やマクロファージの浸潤に注目し、ガンにより炎症が誘導され、これが肺高血圧の原因ではないかと考えた。これを確認する目的で、正常マウスに肺高血圧を誘導できる肺がん細胞を免疫欠損マウスに注射し、ガンによる肺高血圧誘導に免疫系細胞が必要であることを確認している。

あとは、リンパ球/マクロファージ浸潤から血管壁肥厚までのカスケードを調べ、免疫細胞が発現する炎症性サイトカインが腫瘍細胞をNFκΒ依存的に刺激し、ケモカインやIL-8,GM-CSF分泌させ、これらが共同して血管内皮フォスフォジエステラーゼ5(PDE5)の発現を促進、その結果血管平滑筋が増殖することを示している。実際、PDE5阻害剤を投与すると、肺がんを注射したマウスの肺高血圧は是正されるので、今後この回路を標的に、ガンによる症状を抑えられる可能性は高いと結論している。

肺ガンなら呼吸困難が当たり前と思わず、治療可能な経路を明らかにした、もと呼吸器科医にとってては面白い仕事だと思う。この論文を読んで一つ気になるのが、肺ガンに対するチェックポイント治療だ。この治療が炎症自体を高めるなら、当然肺高血圧を悪化させることになる。その意味で、PDE5阻害剤との併用の効果など、調べることは多い。
カテゴリ:論文ウォッチ
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