7月12日:手足の長さを決めているGdf5調節領域と人類進化(Nature Genetics オンライン版掲載論文)
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7月12日:手足の長さを決めているGdf5調節領域と人類進化(Nature Genetics オンライン版掲載論文)

2017年7月12日
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背の高さに関わる遺伝背景を探るためのゲノム解析はこれまでなんども論文が出ている。中でも注目されたのはTGFβ遺伝子ファミリーに属するGDF5遺伝子領域の一塩基多型(SNP)だろう。マウスのGDF5欠損は手足の長さが短縮し、またヒトでもGDF5突然変異により手足が短縮することが確認されている。従って、この遺伝子の発現量を調節する変異は、人間や民族の手足の長さを決める重要な領域になっていると推察される。ゲノム研究の結果、GDF5上流に背の高さを決めるSNPが特定された。面白いことに、横浜理研のゲノムグループにより、高い確率で変形性関節症になるSNPが同じ部位に特定され、変形性関節炎と背の高さが関わるのではと一時議論になった。ただ、SNPが遺伝子調節領域となると、因果関係を確立することは簡単でない。
   今日紹介するマウス遺伝解析のメッカ・ジャクソン研究所からの論文はオーソドックスな手法を用いてマウスGDF5調節領域を特定した上で、ヒトのSNPと対応させて、因果関係がはっきりしたSNPを特定しようとした研究でNature Geneticsオンライン版に掲載された。タイトルは「Ancient selection for derived alleles at a GDF5 enhancer influencing human growth and osteoarthritis risk(ヒトの成長と変形性関節炎のリスクに影響するGDF5遺伝子座は人類史の初期から選択されてきた)」だ。
  この研究ではGDF5上流、下流の大きな領域をカバーするBACベクターをマウス受精卵に注射する方法で、骨発生過程でGDF5遺伝子発現を調節する領域を探索し、これまでの結果とは全く異なる、GDF5遺伝子下流に強い調節領域が存在することを特定している。さらにこの発見を機能的に確かめるため、GDF5ノックアウトマウスに異なる発現調節領域で支配されるGDF5遺伝子を導入する実験により、確かに上流調節領域ではなく、下流調節領域に支配されるGDF5を入れたときだけ完全なレスキューが可能であることを示している。
  後は下流調節領域を絞り込むため、トランスジェニックマウスを使ったスクリーニングを行い、GROW1A,Bと名付けた2領域を特定している。
  次に、GROW1領域に対応するヒトゲノム領域をデータベースから調べ、GROW1B内に頻度の高い2種類(アデニンとグアニン)のSNPが存在することを発見する。圧巻は、それぞれのSNPを持つ調節領域をもつトランスジェニックマウスを作成し、アデニン型のSNPのほうが遺伝子発現量が低いことを示している。
   こうして遺伝子発現量という因果関係をはっきりさせたSNPについて全世界のヒトゲノムを調べ、発現量が低いアデニン型はアジアや中米に多く分布し、日本人もそれに入ること、一方発現量の高いグアニン型は南部アフリカ(なんと今旅行に来ている)の部族に多く分布することを示している。さらに、ネアンデルタール人やデニソーワ人などの古代人類もアデニン型を持っていることも明らかにし、人類進化と対応付けているが詳細は省く。
   SNPと遺伝子発現の因果関係がはっきりしているとはいえ、この部位がどこまで人類の骨格の多様性に関わってきたかはまだよくわからない。インカや南アジアに100%アデニン型が分布している民族があることから、間違いなく影響していると思うが、このSNP一つで全てが決まっていないことも確かだ。今後変形性関節炎と絡めてさらに研究を進める必要があるだろう。
   いずれにせよ、これまで進めれらてきたマウスでの研究が、そのままヒトの遺伝子研究を助けるいい例だと思って紹介した。
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7月11日:Rett症候群治療可能性(Disease Model and Mechanism)

2017年7月11日
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Rett症候群はX染色体上にコードされているMECP2遺伝子の欠損で、完全欠損は胎生致死になるため、ほとんどの場合X染色体が2本ある女児に発症する。この病気については、Rett症候群の娘さんを持つお父さん、谷岡哲次さんが代表理事をなさっている認定NPO法人レット症候群支援機構のサイトに(http://www.npo-rett.jp/rett_kenkyu.html)様々な情報が記載されている。谷岡さんは馬力のある方で、NPO法人を立ち上げるだけでも大変なのに、寄付税制の恩恵をフルに活かせる認定NPOとして認可を済ませた数少ない患者さんの支援団体になっている。そして今年は、内外からRett症候群の研究者を招いた国際シンポジウムを開催され、患者さんと専門家の交流の重要性を示された。おそらく、日本の患者さん団体のリーダー的存在として今後も活躍されることが期待される。
   尊敬する谷岡さんについての前置きが長くなったが、今日紹介する論文はマウスのRett症候群モデルを用いて症状を抑える治療薬候補を発見したという研究で7月号のDisease Model and Mechanismに掲載された。タイトルは「A small-molecule TrkB ligand restores hippocampal synaptic plasticity and object location memory in Rett syndrome mice(TrkBのリガンドとして働く小分子化合物はRett症候群モデルマウスの海馬シナプスの可塑性と、ものの位置を覚える記憶の障害を回復させる)」だ。
   Rett症候群を根治するためには、生まれる前にMECP2遺伝子を正常化するしかなく、この可能性については現在クリスパーなどを用いる遺伝子修復方法の開発が進んでいる。一方、MECP2の作用を完全に理解できているわけではないが、この欠損により神経細胞で起こってくる分子発現の異常が明らかになることで、それを標的にした薬剤の開発も並行して進んでいる。
   中でもRett症候群ではBDNFと呼ばれる神経増殖因子の発現が低下していること、RettモデルマウスにBDNFを過剰発現させると一部の症状が回復することから標的として注目を集めている。
この研究ではまず、4ヶ月齢のマウスにBDNF受容体であるTrkBを活性化するLM22A-4を1日2回1−2ヶ月投与して、自発的運動検査、運動機能検査、海馬の機能を図る場所記憶検査全てで活性が改善することを示している。不思議なことに、同じ薬が正常マウスにはほとんど効果がないことで、治療する側に立てばこれほど好都合なことはない
   このモデルでの投与効果のメカニズムについて、あとはフレッシュな脳の切片を用いたメカニズム解析を行い、LM22A-4投与によりRettモデルマウス海馬の過興奮を抑え、EPSCと呼ばれるポストシナプス電流を抑えることで神経機能を改善しているのではと結論している。
   この試験管内実験系でもLM22A-4がRett症候群の海馬の反応のみを改善することが確認され、MECP2遺伝子異常のない正常神経細胞にはほとんど効果がないことがわかっている。この理由を完全に理解できているわけではないが、逆に本来のリガンドであるBDNF を投与した場合他は、様々な副作用が考えられるため、この性質は重要だ。    以上まとめると、まだ完全にメカニズムが明らかになったとは言い難いが、LM22A-4はTrkBシグナルの一部にだけ作用を持ち、薬剤として病気にのみ選択性が存在するという観点から大いに期待できる薬剤で、LM22A-4あるいはこれに由来するさらに至適化された化合物の早期の臨床応用を望む。
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7月10日:一部のネアンデルタール人はホモサピエンスのお母さんに由来する(Nature Communicationオンライン版掲載論文)

2017年7月10日
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ドイツ・ライプチッヒのマックスプランク研究所からのペーボさんたちの古代人ゲノム研究によって、ネアンデルタール人やデニソーワ人など古代人と私たちホモサピエンスは交雑が可能で、ちゃんと子供ができることがわかっている。その結果として、アジア、ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアの現代人にはネアンデルタール人やデニソーワ人のゲノムが流入し今も維持され続けている。すなわち、ネアンデルタール人との間にできた子供も、ホモサピエンスの一員として受け入れられていたことを意味する。
一方、これまでの研究のほとんどは古代人からホモサピエンスへのゲノムの流入で、多くのネアンデルタール人のゲノムが解読されても、ホモサピエンスからネアンデルタール人へのゲノム流入はほとんど痕跡が残っていない。ところが昨年ライプチッヒ・マックスプランク研究所から、シベリアアルタイ地方のネアンデルタール人には、ホモサピエンスのゲノム流入の跡が残っていることが発見された。
   今日紹介する同じライプチッヒ・マックスプランク研究所からの論文は1930年代にドイツ南部で発掘されたネアンデルタール人のミトコンドリアDNAが他のヨーロッパから出土するネアンデルタール人とは異なり、ホモサピエンスに近いことを示す研究でNature Communicationオンライン版に掲載された。タイトルは「Deeply divergent archaic mitochondrial genome provides lower time boundary for African gene flow into Neanderthals(古代人のミトコンドリアゲノムの大きな多様性はアフリカのホモサピエンスからネアンデルタール人への遺伝子流入が比較的新しく起こったことを示す)」だ。
   論文では南ドイツから戦前に発掘され保存されていた大腿骨からDNAを取り出し、ミトコンドリアのゲノムの解読に成功している。古代DNA解読が進む現在では、当たり前のように聞こえる研究だが、実は博物館などに保存されている大腿骨のゲノム解析は、この骨を取り扱った人たちのDNAが混りこんで決して簡単でない。そのため、可能ならDNAが外界から守られている歯や耳骨のDNAが解析に用いられ、大腿骨は敬遠される。実際この研究でも、核内ゲノムの解読は難しいようで、まだまだ時間がかかると思われる。しかし、ミトコンドリアについてはなんとか解読し、これまで解読されたネアンデルタール、デニソーワなどの古代人や私たちホモサピエンスのミトコンドリアと比べている。
論文のほとんどは、このゲノム解析が信頼できるか、他の古代人との関係を調べるためのインフオーマティックスの適用などについて詳しく述べているが、すべて省いてズバリ著者らの主張だけを述べると、
  「新しく解読したネアンデルタール人のミトコンドリアゲノムは、これまで発見された多くのネアンデルタール人ゲノムとは大きく違っており、20−30万年前に分かれており、アルタイのネアンデルタールに近縁だ。もっとも驚くのは、他のネアンデルタールグループと比べても現代人のミトコンドリアに近いことで、おそらく20−40万年以前にアフリカで現代人の先祖のミトコンドリアゲノムが極めて限られたネアンデルタール人部族に流入し、他とは異なる私たち現代人と母系を共有するネアンデルタール人系統を形成した。」が結論になる。
  もちろん今後他のサンプルで、アルタイから南ドイツまでに同じネアンデルタール系統がさらに発見される必要がある。とはいえ、この結果はこれまで謎だったミトコンドリアDNAから見た時の古代人の系統樹と核DNAから見た系統樹の矛盾を説明するとともに、ネアンデルタール人と一緒になったホモサピエンスの女性が、ネアンデルタール人の中で受け入れられ、子孫を残したことを示す重要な結果だと思う。さらにこのロマンが証明される証拠が発見されることを期待する。
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7月9日:個人向けガンワクチンをオーダーする日がやってきたII(Natureオンライン版掲載論文)

2017年7月9日
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昨日は個人用ガンワクチンについてのハーバード大学からの論文を紹介して、この分野の進歩を実感してもらった。実は同じ号のNatureにドイツ・マインツ大学が中心のグループが、異なる方法を用いた個人用ガンワクチンが可能であることを示す論文を発表しているので、公平を期すため昨日に続いて、紹介することにした。論文のタイトルは「Personalized RNA mutanome vaccines mobilize poly-specific therapeutic immunity against cancer (ガン細胞の変異を反映させたRNAのmutatome(突然変異を網羅的にリストして作成する)ワクチンは、ガンに対する複数の多様性の治療的免疫反応を誘導する」だ。
   ステージの進んだメラノーマに対する、個人用ガンワクチンを実現するという点ではこの研究も同じだが、放射線照射や抗がん剤など一般的メラノーマ治療と併用している点、そして抗原として合成したペプチドを使うのではなく、ネオ抗原として利用出来ると判断した突然変異部位を含む短いペプチドをコードする全部で10種類のRNAを直接リンパ節に注射、RNAを取り込んだリンパ球やマクロファージにペプチドを作らせ免疫している。ガンの遺伝子を調べてからネオ抗原を決め、臨床用のRNAを合成するまで平均2ヶ月かかることまで正確に記録している点も、臨床応用への執念が感じられる。
   13人の患者さんにワクチン摂取が行われているが、ワクチンを開始するまでは、一般のメラノーマの治療を行っているので、ハーバードの治験よりは応用範囲が広いだろう。
   さて結果だが、期待どおり一人当たり少なくとも選んだ3種類のネオ抗原に対してT細胞の反応が得られている。反応の主体はCD4T細胞で、キラーは誘導しにくい傾向がある。しかし、心配したネオ抗原に対する免疫寛容は問題にはならなかったようだ。ワクチン摂取により、新しいT細胞受容体が誘導されることも確認しており、この方法の有効性が確認されている。
  肝心のガンに対する効果だが、13人中8人はワクチン摂取を始めた後は再発を認めていない(1−2年)。
   残りの5人はワクチン摂取後も腫瘍が増大したが、一人は抗PD-1抗体治療、一人は抗CTLA4治療に反応してその後再発はない。結局2人はワクチン摂取後に亡くなってしまっているが、臨床効果としては大成功といっていいと思う。
   さらに驚くのは、亡くなった一人の患者さんについて失敗の原因を調べ、β2ミクログロブリンの発現が消失しているため、ガンのネオ抗原が免疫系に提示できなくなっていることを示している。
   昨日と今日の研究をまとめると、「ついに個人用ガンワクチンが現実になった」と言っていい。メラノーマと同じように、突然変異の多いガンについてはぜひこの治療法を完成して欲しいと思う。個人用ガンワクチンがうまくいけば、自ずと抗PD-1や抗CTLA4療法の未来も見えるはずだ。    そして次に目指すのは、ネオ抗原特定の的中率を上げることと、新しいインフォーマティックスに基づいて、突然変異の少ないガンにも範囲を広げることだろう。簡単ではないが、我が国でも王道を進む研究者が出てきて欲しいと思う。
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7月8日:個人向けガンワクチンをオーダーする日がやってきた(Natureオンライン版掲載論文)

2017年7月8日
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新しいガン治療として抗PD-1抗体治療が注目され、患者さんの期待を集めている。ただメディアやウェッブでの情報提供の有様を見ていると、この治療法が決してガンに対する直接的な治療ではなく、間接的な免疫治療であることを正確に理解している人がどの程度おられるのか心配になる。
   例えば2−3割の人にしか効果がないことがよく問題になるが、ガンに対する免疫が成立していなければこの治療は無駄だ。逆にもしガンに対する免疫反応を誘導できれば、この治療法の恩恵にあずかれる人は大きく増えるだろう。
従って、今、最も重要なのは、ガンに対する特異的免疫反応誘導法を確立することで、治療にはまず個々のガンに発現する抗原を特定し、その抗原をワクチンとして免疫し、PD-1による免疫反応抑制がかかってきたときに、抗PD-1抗体を投与して免疫反応を維持するのがゴールになる。
   今日紹介するハーバード大学からの論文は、実際のステージIII,IVのメラノーマの患者さんについて、このゴールを達成できるかどうか調べた臨床治験で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「An immuneogenic personal neoantigen vaccine for patients with melanoma(メラノーマ患者さんに対する個別のネオガン抗原ワクチン)」だ。
   同じ方向の論文はすでに2年前Scienceに報告されており(http://aasj.jp/news/watch/3176)、このHPで以前紹介した。それと比べると、この研究はより臨床治験としての体制が整った研究のように思う。
  十人の患者さんが選ばれ、まず主病変を手術で取り除く。得られたメラノーマのエクソーム(ゲノムの中で翻訳される部分のDNA配列)を調べ、ガンに新しく発生した突然変異をリストする。並行してガンに発現しているRNAから、実際に新しいネオ抗原としてガン特異的に発現し、さらに組織適合性抗原MHC上に抗原として提示されている候補を洗い出している。この結果、一人当たり20種類のネオ抗原ペプチドを作成し、これをワクチンとして患者さんを免疫している。    とは言ってもこのようなネオ抗原が特定できたのは残念ながら10人中8人で、全員ではない。この研究ではそのうちの6人について個別のワクチンを作成し、計画通りに5回の免疫を行い、その後2ヶ月毎のブーストを行っている。驚くのは、手術とワクチン以外の治療を行っていないことだ。
   25ヶ月の時点で、4人は再発なしだが、2人は転移が発見されている。この2人に抗PD-1抗体を投与すると、2人とも腫瘍は消失し、現在まで再発は見られないという結果だ。繰り返すが、化学療法を行わないで得られる結果だ。
   もちろん論文では、この6人の患者さんを免疫することで、CD8陽性キラー細胞、CD4陽性ヘルパー細胞が誘導されていることの確認、ガン免疫には両方のクラスのT細胞が必要なこと、この反応を誘導したネオ抗原の由来分子の特定(一人一人抗原は違っている)、ネオ抗原特異的T細胞の特定と細胞株樹立、ネオ抗原や抗PD-1抗体がT細胞に及ぼす作用などを示している。私が注目したのは、ネオ抗原特異的T細胞を株化することまでできる点で、キラー細胞が枯渇した場合それを移植する治療も可能かもしれない。要するに、オーダーメードのワクチン療法はかなりの確率で成功するということで、これ以上詳細を紹介する必要はないだろう。
  今のところいくらかかるかわからないが、一歩一歩免疫のオーダーメード治療が近づいていることは確かだ。
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7月7日:プロトン阻害剤のリスク(The BMJ Open 掲載論文)

2017年7月7日
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胃の痛み、胸やけなど、誰もが経験する嫌な症状だが、背景に消化器潰瘍や、逆流性食道炎があることが確認されると、胃酸の分泌を抑えるため、H2ブロッカーと呼ばれるヒスタミン受容体阻害剤か(H2B)、プロトンポンプ阻害剤(PPI)が処方される。ただ、症状を抑える力はPPIが強く、患者さんも喜ぶので、PPIが処方される頻度は最近急速に伸びている。実際昨年厚労省が発表した処方数では、上部消化管症状に対する処方のうちPPIが24%、H2Bが9%を占めており、これを裏付けている。
   ところが最近、PPIが間質性腎炎、認知症など様々な疾患のリスクになることが報告されるようになった。そこで医療についての比較的正確な記録が残っているアメリカ退役軍人局からデータを抽出して、新しくPPIを使用した患者さんを平均5年追跡、死亡率を比べたのが今日紹介するセントルイス疫学センターからの論文でThe BMJ Openにオンライン掲載されている。タイトルは「Risk of death among users of proton pump inhibitors: a longitudinal observation cohort study of United States veterans(プロトンポンプ阻害剤のリスク:米国退役軍人の縦断的観察コホート研究)」だ。
   調査では2006〜2008年にPPIやH2Bの処方を初めて受けた患者さん約35万人を平均5.7年追跡し、原因を問わず死亡率を調べた研究だ。結果は、PPIとH2Bを処方された人で比べると、生存曲線でPPIを処方された人の死亡率は高い。これを背景などを計算し直してPPIとH2Bのオッズ比を算定すると、1.16-1.25と優位にPPI使用者の方が高いオッズ比を示す。さらに、PPI の処方期間ごとにハザード比を調べると、処方期間と正比例してリスクが高まることがわかった。これらの結果から著者らはPPI服用により、原因は不明だが全般的な死亡リスクが高まると結論している。
   もちろんこの研究には問題も多い。対象を統計学的に選んではおらず、一般的観察研究である点、またオッズ比が1.2という数字は、リスクとしては大きくない。しかし、古いデータだがタバコを10本以上吸う人の全体の死亡率で算定された1.8というハザード比(Arch Intern Med, 159, 733, 1999)を基準にすると、1年以上PPIを服用した場合のハザード比が1.5なので、タバコ程度の問題はあると考えたほうがよさそうだ。
   しかしこれらはすべて医師の処方を受けた場合の話で、米国ではPPIは自由に薬局で買うことができる。PPIは安全な薬なのでH2Bのように市販薬として認めて欲しいという意見がgoogle検索のフロントページに出てくるのを見ると、やはりリスクはあることを警告したほうがいいと思った。
  リスクの生物学的メカニズムの研究及び、観察研究でも良いのでこの結果の追試が行われるまで、規制緩和はちょっと待ったほうがいいように思う。
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7月6日:コロンブスの卵と言える発想の転換(6月29日号Cell掲載論文)

2017年7月6日
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次世代DNAシークエンサーは、解読したいDNA断片をスライドグラスの上の微笑スポットに補足して、その場所で増幅し、伸長反応を進めることで塩基配列を決めている。すなわち、何十万もの小さなスポットで起こる反応を個別に読み取って大量のシークエンスデータを集める。解読が終わると、何十万もの異なる配列を持った増幅されたDNA断片が張り付いたスライドグラスが残ることになるが、すべて廃棄されていた。
   今日紹介するテキサス大学からの論文はこれまで廃棄されてきた、配列が解読されたDNA断片が張り付いたスライドグラスを、DNA結合分子の反応を調べるために再利用するという素晴らしいアイデアを示した研究で6月29日号のCellに掲載された。タイトルは「Massively parallel biophysical analysis of CRISPR-Cas complexes on next generation sequencing chips(次世代シークエンサーチップ上でCRISPR/Cas の複合体の生物物理的解析を超大規模に行う)」だ。
   この研究ではCRISPR/Casシステムと標的DNAとの結合の特異性を調べているが、同じプラットフォームは核酸配列を標的とする様々な分子反応に利用できるだろう。
   研究ではまずCRISPR/Casとの反応を調べたい遺伝子配列(300bp程度)の異なるDNA断片を約40000種類合成、これをMiSeqを使って配列を決定する。そうするとすべての断片がスライドグラス上に捕捉され、配列が決まるが、反応が終わったDNA断片が載ったスライドグラスに、ガイドRNAと蛍光標識したCasを加えると、DNA配列がガイドと一致するスポットだけにCasの結合が見られることになる。この時すべてのスポットで蛍光の場所と強さを記録すると、何万、何十万種類の標的配列と、CRISPR/Casの反応を調べることができ、CRISPR/Casが働くためにはどの程度の配列の一致が必要かなどを網羅的に調べることができる。
   配列を決めれば捨てていたチップを、貴重な宝として蘇らせる発想で、言われてみれば当然だと思うが、これを発想したことに本当に感心する。
   もちろん発想が正しいことを示すため、この方法を用いて、ガイド配列の条件、ガイドに続くPAM配列の条件などをすべて明らかにし、また得られた各配列のチップ上での反応性と、それを用いた遺伝子編集効率が相関することも示している。そして最後に、人間のエクソーム配列決定を行ったチップ上でCRISPR/Casを反応させ、どの遺伝子がoff-target標的になってしまうかも示している。
予想以上の結果で、今後遺伝子編集を行う時、CRISPR/Casシステムの特異性を前もって調べるための方法として広く用いられるだろう。
  これまでDNAを標的とする分子反応の測定にはEMSAとか CHIPとか、様々な方法が開発されてきたが、この方法はそれらを置き換えるポテンシャルがある。もちろん、転写調節や、エピジェネティックスなど他にも様々な分野に応用できるjことも容易に想像できる。新しい材料を開発しなくても、発想の転換だけで新しい道を切り開けることを示した素晴らしい研究だと思う。
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7月5日:tRNAによるレトロトランスポゾン抑制(6月29日号Cell掲載論文)

2017年7月5日
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6月30日ノンコーディングRNA、7月3日RNAiシステムのルーツと、この1週間、RNAについての論文を紹介する機会が多かった。実際、クリスパーを持ち出すまでもなく、ゲノム維持、エピゲノム維持、転写、翻訳、転写後修飾などなど、様々な場所でRNAが重要な役割をしており、また種によってRNAの関わり方の多様性が明らかになっている。
   今日紹介するコールドスプリングハーバー研究所からの論文は、レトロトランスポゾンの活動抑制に関する研究で6月29日号のCellに掲載された。タイトルは「LTR-retrotransposon control by tRNA-derived small RNA(tRNA由来のsmall RNAによるLTR型レトロトランスポゾンのコントロール)」だ。
   ゲノムプロジェクトの結果、私たちのゲノムの半分が、トランスポゾンと呼ばれるゲノム上を伝搬する能力を持った遺伝子単位により占められていることが明らかになった(BRHウェッブサイト拙稿参照http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2015/post_000011.html)。言ってみれば、ゲノムという家の中に勝手に動き回れる居候がいるようなものだが、とはいえ好き勝手動いてもらったのではゲノムの恒常性は維持できない。このため、ゲノムの恒常性を維持するために、piwiRNA などsmall RNAが様々なレベルでレトロトランスポゾン活性を抑制していることがわかっている(BRHウェッブサイト拙稿参照http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2015/post_000017.html)。
   この研究では、レトロトランスポゾン活性を抑制するsmall RNAに、これまで知られていなかった新しいRNAが存在する可能性を探索している。この目的のため、まずエピジェネティックな抑制が狂ってレトロトランスポゾンが再活性化されているトロフォブラスト幹細胞や、setdb1遺伝子が欠損したES細胞で、レトロトランスポゾンを抑えるために誘導されるsmall RNAを探索し、なんとレトロトランスポゾンと結合するsmall RNAの多くがtRNAのT armに由来する18merと22merのRNAであることを発見する。
   この発見がこの研究の全てで、あとはtRNA由来のRNAがレトロトランスポゾンの活性を抑制するか、どのトランスポゾンが標的になっているのかなどを検討している。
  結果は、LTRを持つ最も活動性の高いレトロトランスポゾンがtRNA由来small RNAの標的で、22merは、マイクロRNAと同じように、転写されたRNAに結合して分解する機能を持っており、一方18merは活性化により転写されたトランスポゾンRNAが逆転写酵素によりDNAへと転換さるのを抑制することで、新しくゲノムへ挿入されるのを抑制していることを明らかにしている。
   RNAの多様な機能を知ってしまうと、特に驚くほどの話ではないと思われるが、核酸配列をアミノ酸と対応させるというシンボル化のような生命発生の最も中核の機能を持つtRNAがゲノムの統合性を維持するのに働いているのを知ると、背景にもっと面白いことがあるのではないかと勘ぐりたくなる。
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7月4日:ミクログリアの2面性(7月19日号Neuron掲載論文)

2017年7月4日
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以前紹介したように(http://aasj.jp/news/watch/7035)、アルツハイマー病治療薬の主流の一つはアミロイドβに対する抗体を使ってアミロイドを除去する治療法だ。この時、除去に活躍するのが脳内専門のマクロファージ、ミクログリアで、アミロイド除去という観点からはミクログリアが活発になるのが望ましいが、活性が上がりすぎて何か悪さをするのではという心配は常に残る。
   今日紹介するスイス・チューリッヒ大学からの論文はこのようなミクログリア細胞の2面性を示した研究で7月19日号に発行予定のNeuronに掲載された。タイトルは「TDP-43 depletion in microglia promotes amyloid clearance but also induces synapse loss (TDP-43除去によりミクログリアのアミロイド除去能力が上がるとともにシナプス喪失も誘導される)」だ。
   この研究ではこれまでゲノムワイド遺伝子スクリーニングで神経変性疾患との強い関連が示された18種類の遺伝子の発現を抑制したミクログリア細胞株を用いて、どの分子がアミロイド処理に関わるかを試験管内で調べ、TDP-43と呼ばれる核酸結合タンパクの抑制により、ミクログリアのアミロイド除去能力が著明に上昇することを見つけている。
  TDP-43はこれまでも家族性ALSの原因分子として注目されてきており、神経細胞での蓄積が変性の原因として研究されている。このため、著者らはこの分子のミクログリア機能に絞ってその後の研究を行っている。
   まず細胞株を用いた実験からTDP43発現が抑制されるとアミロイドの貪食だけでなく、細胞内での分解も促進することを確認し、次にミクログリア特異的にTDP-43が欠損したマウスを作成し、脳内でアミロイドの除去速度を調べ、期待通り除去が促進していることを明らかにしている。
   ところがこのマウスではアミロイド除去が促進されるだけでなく、シナプス喪失も促進されることが明らかになった。このシナプスロスには、アミロイドの貪食は無関係で、TDP-43機能が抑制されると、ミクログリアはシナプスを攻撃することになる。
   最後にでは実際の病気ではどうなのかをTDP-43が原因のALS患者さんのアルツハイマー病併発程度を調べることで確かめている。ここでも、TDP-43の発現が落ちるとアミロイド蓄積によるアルツハイマーの進行は抑えられるが、早期からシナプス喪失によると思われる認知機能低下が見られることから、TDP-43抑制によるミクログリアの活性化には、動物実験で見られるのと同じような両面性があることを示している。
   この話自体はなるほどと納得して終わる仕事で、TDP-43は神経だけでなく、ミクログリアについての機能も注目する必要があることがよくわかった。ただ、この論文を読んで、アミロイド除去を促進する過程で、TDP-43などを介するミクログリア機能を活性化してしまうと、抗体治療も逆効果になる懸念があるように思える。動物実験では、アミロイド蓄積が抑制されたかだけが重要な指標になってしまうため、同時に進むシナプスロスが見落とされると、臨床試験が失敗に終わってしまうことになる。このことを念頭において、アミロイド除去治療を進めることが今後求められるように思う。
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7月3日:RNAi合成システムのルーツ(Natureオンライン版掲載論文)

2017年7月3日
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ファイアーとメローが線虫でRNA干渉(RNAi)の存在を明らかにしたのが約20年前のことだが、その後急速にRNAに基づく遺伝子調節のメカニズムが明らかにされ、その究極としてCRISPRシステムの発見と利用があるように思える。
   今日紹介するNY・マウントサイナイ医大からの論文は、現在は転写調節の仕組みとして発展しているRNAiやmiRNA合成システムも、元をたどればCRISPRシステムと同じで、RNAを標的としたウイルスに対する免疫機能として誕生したことを示した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「RNase III nucleases from diverse kingdoms serve as antiviral effectors (様々な生物界に存在するRNaseIIIは抗ウイルス効果を持つ)」。
   CRISPR/CasシステムとRNAiやmiRNA合成システムを比較すると、極めてよく似ていることがわかる。ところがCRISPRはもっぱら外来因子に対する防御システムとして機能し、一方RNAiの合成に関わるRNase III(Drosha)やDicerは遺伝子発現調節に関わっている。代わりに私たちのウイルスなど外来因子への防御はインターフェロンに置き換わっている。これは、多細胞動物が生まれ、一部の細胞の維持より個体の維持が優先されるようになると、個々の細胞内でウイルスを退治するより、インターフェロンのような全細胞が防御体制には入れるシステムの方が適しているためと納得しているが、著者らはそれでも昔のウイルスなどに対する細胞防御に関わる名残の機能がRNase IIIに残っているのではないかと着想した。
   この研究はこの着想が全てで、RNase IIIを欠損させた細胞ではRNAウイルスの増殖が高まっており、これがウイルスRNAの高次構造を認識するRNase IIIの作用であることを示している。そして、様々な動植物のRNase IIIが同じ機能を発揮できることを示して、Drosha, DicerなどRNAiやmiRNAなどを合成するシステムが、もともとはCRISPRと同じようにウイルスなどに対する防御として進化してきたと結論している。
   ウイルスRNAも同じような高次構造を取ることを考えると、別に不思議は全くないが、ちょっと進化について思い巡らせて、論文に仕上げた手腕には脱帽。
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