2017年7月24日
現在では、ヘルペスウイルス、エイズウイルスや、C型肝炎ウイルスなど、ウイルスの増殖と感染メカニズムが明らかになり、これに関わる分子を標的とする多くの薬剤が開発されて、患者さんが救われるようになり、あまりワクチンや抗血清の必要性が強調されなくなっている。しかし開発途上国で利用しやすいコストから考えると、今でもワクチンや、抗血清の重要性は高く、開発が続けられている。
私自身全く知らなかったが、エイズウイルスに対しては、人間、マウス、さらにはサル、ウサギなど、ウイルスを中和できる抗体作成が試されてきたようだが、限られた抗原エピトープに対してようやく抗体ができる程度で、様々な系統のウイルスを中和できる抗体の誘導はほとんどうまくいっていなかったようだ。
今日紹介するカリフォルニア・スクリップス研究所からの論文は、抗体遺伝子が長い可変領域を持つ牛を免疫すると、これまで難しかった中和抗体が誘導できるという、なんでもやってみなければわからないという典型の研究で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Rapid elicitation of broadly neutralizing antibodies to HIV by immunization in cows(牛を免疫することでエイズウイルスを広く中和する抗体を誘導できる)」だ。
この研究は抗体の構造について熟知していないとなかなか思いつかないだろう。牛のHCDR3と呼ばれる抗体H鎖可変領域(遺伝子でいうとD領域)が牛は極めて長いことに着目し、この可変領域であればこれまで難しかったエイズウイルスエンベロップに対する中和抗体ができるのではとあたりをつけ、三匹の牛をウイルス遺伝子が収められているエンベロップで免疫したという研究だ。そして期待通り、様々な系統のウイルスに対して中和活性を持つ高い力価の抗血清が得られることを明らかにした。この結果がこの研究の全てと言っていいだろう
次にこのような抗体を迅速に誘導できるか調べ40日ほどあれば高い力価の抗体が誘導できることを示している。あとは、様々なウイルス系統に対する反応性など詳細に検討して、免疫を続ければ90%以上の系統を中和できる。
抗体のアミノ酸配列について、抗原特異的B細胞を分離して解析を行い、全ての抗体が極めて長いHCDR3領域(D領域遺伝子)を使っていること、この結果ウイルスのCD4結合部位に反応できることを示している。
他にも結合の立体構造の解析など、詳しいデータが示されているが、それはスキップしていいだろう。D領域遺伝子が長い牛は、これまで抗体ができないとされてきた抗原にも反応できる抗体を誘導できる可能性があることを示した重要な貢献だ。しかも短期間に抗体を誘導できることから、今後ウイルス制御に関しては常に牛抗血清を念頭に置かれるようになるだろう。
しかし、なんでもやってみることが重要だし、またこのような実験が今も行えるスクリップス研究所の懐の深さに驚いた。
2017年7月23日
Type IIIクリスパーシステムは新しく転写されたRNAに結合したガイドRNAを中心にCas10、Csm2,3,4,5タンパク質が結合し、侵入してきたDNAと転写されたRNAを同時に分解する複雑なシステムだ。これまでの研究で、ウイルスに対する防御のためにはもう一つのRNAse、Csm6が必須であることもわかっていた。しかしこの分子はガイド結合サイト上に作られるタンパク質複合体に結合しないことから、侵入したウイルスへの特異性のメカニズムについては全く明らかでなかった。
この問題に対しチューリッヒ大学のグループとリトアニア・ビルニュス大学からのグループがそれぞれNatureとScienceのオンライン版に論文を発表し、この謎を解明した(リトアニア単独でトップジャーナルに発表された論文を私は初めて読んだ。大変な力作でレベルが高い。クレメール、ヤンソンス、ヤルビ,マイスキー、ネルソンスなどバルト三国出身の音楽家は現在大活躍だが、科学の振興もしっかり行われているのではという印象を持った)。それぞれタイトルは「Type III CRISPR-Cas systems produce cyclic oligoadenylate second messenger (Type IIICRISPR-Casシステムはサイクリックオリゴアデニル酸をセコンドメッセンジャーを合成する)」及び「A cyclic oligonucleotide signaling pathway in type III CRISPR-Cas systems(Type III CRISPR-Casシステムでのサイクリックオリゴ核酸の役割)」だ。
2つのグループが競争するようにNature,Scienceに論文をほぼ同時に発表している状況なので、論文の詳細を紹介するのはやめて、今回は結論だけを述べることにする。両方とも結論は同じで、Cas10システムによって合成されるサイクリックアデニル酸がCsm6と結合してRNAse活性をオンにすることで、ガイドに近い部分のみでRNAが働くことで侵入したウイルスのみ分解されるというシナリオだ。
結果をもとにType IIIシステムの働く過程をまとめると次のようになる。
Type III CRISPRはRNAポリメラーゼによるウイルスDNAの転写が最初のシグナルになる。転写されたRNAにガイドが結合して、ここにCas10を核としてCsm2,3,4,5の4種類のタンパク質複合体が形成される。Cas10はDNAを分解して侵入ウイルスを分解する。また、Csm3はガイドの結合したRNAを分断する。そしてここからが肝心だが、Cas10のPalm部分がATPを原料に6個のアデニンが環状に結合したサイクリックアデニル酸を合成する。このサイクリックアデニル酸はCsm6と結合してRNAse活性をオンにし、ガイドに近いところに存在するRNAのみ分解するという結果だ。
覚えておられるかもしれないが、哺乳動物の細胞でもRNAseIIIが侵入ウイルスRNAの分解に関わっていることを示す論文を紹介した(
http://aasj.jp/news/watch/7054)。今回の結果は、Type IIIクリスパーシステムが、真核生物での抗ウイルスシステムの橋渡しとなっている可能性を示唆する面白い結果だ。CRISPRの多様性には、当たり前とはいえいつも感心する。
2017年7月22日
2017年7月21日
私たちの先祖、modern humanがアフリカを出てアジアに分布したのは6万年前ごろとされているが、オーストラリア大陸に上陸するまでには更に1万年以上の年月が必要だったとされている。一方、オセアニアやニューギニアの原住民には、私たちアジア人にはほとんど見られないデニソーワ人のゲノムが流入しており、アジア人がそのまま南に移ったという単純なものでないことも明らかで、modern humanのオーストラリア上陸までの移動過程の解明は人類史にとって重要なテーマになっている。
今日紹介するオーストラリア クイーンズランド大学からの論文は、最新の技術を駆使してジャワからのルートに当たる北オーストラリアMadjedbebeで発掘された石器と、生活の跡の年代測定から、この上陸がこれまで考えられてきたよりかなり早い65000年前後になることを示した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Human occupation of northern Australia by 65000years ago(北オーストラリアの人類による占拠は65000年前までにおこった)」だ。
この研究は3層にわたって違う時代の石器が出土するMadjedbebeの発掘研究で、最も下層、すなわち最も古い層から発見された石器、火により調理された炭化物の年代解析を炭素アイソトープ法、最後に太陽光が当たった時期を測定するOSL法などを組み合わせて行っている。
結果だが、層が深くなるといずれの方法でも年代が古くなり、最終的に最も深い第3層は、65000年前に始まり、57000年に終わった生活あとであることが計算されている。この結果は、これまで考えられていた1万年以上前に、オーストラリアへの人類上陸が進んでいたことを物語っている。
以前紹介したようにアボリジニのゲノム研究から、アボリジニ系統が他の現代人よりかなり早く分離していることが分かっており(http://aasj.jp/news/watch/5824)、このグループだけがネアンデルタール、デニソーワと交雑しながら、かなり早い時期にオーストラリアへ移動してきた可能性をこの研究結果も支持している。
これは私の勘ぐりかもしれないが、この研究では石器の評価についてはほとんど何も語っていないのが気になる。かなり進んだ石器群で、矢じりが含まれる点などおそらくネアンデルタールのムスティエ文化より進んでいるのだろうと推察するが、これを当たり前のこととして扱っているのか、あえて明言を避けているのか、不思議に感じる。特に、modern humanの遺跡であることも明言していない。オーストラリア大陸にはエレクトゥスも、ネアンデルタールも出土していないため、humanと書けばmodern humanかと思うが、わざわざhumanだけにしているのは、著者らがもっと面白いロマンを頭に描いているのかもしれない。出アフリカでも議論が高まっているときだけに目が離せない人類最果ての地だ。
2017年7月20日
アルツハイマー病のリスク遺伝子についてはこれまで多くの研究が行われており、少なくとも30以上のリスク遺伝子座が見つかっている。これに加えて、最近は多くの患者さんのDNA配列解読が進み、稀な一部の人だけに関わるリスク遺伝子が特定されるようになってきた。
今日紹介する米、蘭、英3カ国281医療施設が関わる共同論文は、翻訳される遺伝子に焦点を絞ってリスク変異を探索した大規模研究でNature Geneticsに掲載されている。タイトルは「Rare coding variants in PLCG, ABI3 and TREM2 implicate microglial-mediated innate immuneity in Alzheimer’s disease (翻訳遺伝子の稀な変異がアルツハイマー病で特定されるPLCG2, ABI3, TREM2遺伝子はともにアルツハイマー病にミクログリアを介する自然免疫系の関わりを示す)」だ。
この研究は高齢になってから発症するアルツハイマー病、すなわちこれまで原因になる遺伝子がほとんど分かっていない症例約16000人を、正常例約18000人と、エクソームの配列を調べている。この時、従来のようにそのままエクソーム配列を調べるのではなく、イルミナが提供しているこれまで知られたエクソーム変異を集めたDNAチップを用いている。配列を処理するインフォーマティックスの煩雑さを考えると、大規模研究は今後この方法が中心になっていくように思える。
第一段階で43候補遺伝子を特定、次にこの候補に絞ってさらに因果性を調べ最終的に、PLCγ2、ABI3、TREM2の3遺伝子内に、因果性がはっきりした稀な変異遺伝子座を特定することに成功している。
研究はこれだけで、あとはインフォーマティックスでこれらの遺伝子のアルツハイマー病への関わりを推察している。また、それぞれの変異遺伝子座の生理学的活性についても、実験的に確かめてはいない。
ただ、今回特定された3種類の遺伝子の全てが、いわゆる自然免疫に関わる重要な分子であることが既に知られている分子である点が重要視されている。PLCγ2は免疫系のシグナル伝達分子として最も研究されてきた分子だし、ABI3はインターフェロンシグナルを媒介する転写因子だ。そしてTREM2はミクログリアのシグナル分子としては最もよく研究されてきた分子だ。
これら3種が、全くバイアスのかかっていないリスク遺伝子検索から上がってきたことがこの研究のハイライトで、今後様々なモデル実験系でこれらのシグナルとアルツハイマー病の関わりが調べられるだろう。また脳内では、これらのシグナルはミクログリアを介して働いており、現在急速に進んでいるアルツハイマー病に関わるミクログリア細胞の役割についての研究にも重要な結果だと思う。
2017年7月19日
エクソゾームは細胞膜が飛び出すようにして形成される小胞で、細胞質に存在するタンパク質やRNAなどを含んでいるため、生理学的には、細胞から細胞へ細胞質の分子を運び、相手側の細胞の分子発現を変化させる役割があるのではと注目され、また臨床的には、細胞内に発現している核酸などが小胞に守られて存在することから、ガンなどの遺伝子診断に利用できるのではと期待され、研究が進んでいる。
今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、エクソゾームが細胞内のインターフェロンを中心とする細胞内の抗ウイルス反応を誘導して、ガン細胞の増殖を高める役割があることを示す研究で7月13日号のCellに掲載された。タイトルは「Exosome RNA unshielding couples stromal activation to pattern recognition receptor signaling in cancer(保護されないRNAを含むエクソゾームはストローマ細胞の活性化をガン細胞のパターン認識レセプターシグナルとを連結させる)」だ。
原核細胞やアルケアの抗ウイルス反応はCRISPR/Casが中心だが、我々哺乳動物ではウイルス由来の核酸を認識するRIG-Iを介するインターフェロン誘導が中心になっている。このグループは、乳がん、特にトリプルネガティブ乳ガンの多くでウイルス感染時と同じようなインターフェロン反応性の遺伝子(ISG)の発現が高いことを把握していた。
今回の研究では、乳ガンでウイルス感染の代わりにISGを誘導しているのが、乳ガン周りのストローマ細胞からエクソゾームを介して乳ガン細胞に侵入してくるRNAではないかと最初からあたりをつけ、研究を行っている。
その結果、
1) 乳ガン細胞により刺激されたストローマ細胞からのエクソゾームがウイルス感染と同じようにRIG-Iを介してISGを誘導する。
2) RIG-I活性化できる様々なRNAがISGを誘導できるが、この実験系では中でもRNAとして働いているRN7SL1が特に濃縮されており、これがISG誘導の主役になっている。
3) 通常RN7SL1にはSRP9,SRP4などが結合して、RIG-I活性化することがないが、ガン細胞により活性化されたストローマ細胞では、このシールドが外れ、ISG誘導が起こってしまう。
4) ガン細胞はNotchシグナルを介してストローマ細胞のMyc分子の発現を高め、これがRNAポリメラーゼIIIの発現を上昇させ、シールドされないRN7SL1産生を高める。このシールドされないRN7SL1がエクソゾームに詰め込まれ乳ガンに侵入してISGを誘導する。
5) 乳ガン細胞にシールドされないRN7SL1が導入されると増殖能力が上がり転移しやすくなる。
6) 実際の乳ガン組織ストローマ細胞でもNotch, Mycの発現が上昇している。
ことを示している。
ガンで刺激した時だけシールドが外れるなど少し出来すぎのシナリオだが、エクソゾームがmiRNAなど相手方の翻訳に関わるRNAが濃縮されたミサイルと考えるよりは、より理解しやすいように思う。
2017年7月18日
以前、幼児に人が話をしているビデオを見せた時、正常児は目により多く注目するのに自閉症児では口を見る時間が長く、これで自閉症の早期発見が可能であることを示したアトランタ自閉症研究センターからの論文を紹介した(
http://aasj.jp/news/watch/686)。さらに、口により強く惹きつけられる性質が、実は扁桃体の単一神経レベルで記録できるというロサンゼルスCedar Medical Centerの仕事も紹介した(
http://aasj.jp/news/watch/753)。これらの事実は、自閉症時の行動変化をかなり脳内ネットワークレベルの違いに落とし込むことができる可能性を示している。
今日紹介する論文は、同じアトランタ自閉症センターとワシントン大学が共同で発表した論文で、ビデオを見たときの幼児の反応パターンが遺伝的に決まっていることを示す画期的な研究で、Natureオンライン版に掲載された。
この研究では一卵性双生児82人、二卵性双生児84人、それ以外の幼児84人をリクルート、様々なビデオを見せた時の目の動きをアイトラッカーで追跡し、目を見ているか、口を見ているか、ビデオに注目していないのか、また、ビデオに反応してどちらに目を動かすのかなど、詳細に記録し、ビデオを見た時の幼児の反応を数値化し、一致率をそれぞれのペアで比べている。もし行動の一致が一卵性双生児のみで見られると、遺伝的要因が強く、一卵性、二卵性を問わず双生児全体で一致率が高い場合は、家庭環境などの外的要因が高いと結論できる。
結果だが、一卵性双生児のみがほぼ完璧な一致を示すが、2卵生双生児と一般児ではペア間の相関がほとんどなくなる(実際の図を見ると一致の程度に目をみはる)。さらに、ミリ秒単位で目の動きを記録すると、ほとんど同じように目を動かしていることもわかる。この一致は、例えば目を急速に動かすサッカードのタイミングにまで及んでおり、さらには特定の場所の同じようなシグナルを見て網膜への刺激が一致する場合は、なんと次の目の動く方向まで一致することがわかった。そして、自閉症理解に重要な、意味的内容に対するの反応についても一卵性双生児のみ一致率が高い。言い換えると、外界に対して遺伝的に同じ幼児は、ほぼ完全に同じように行動していることになる。
次に、この一致が刺激に対する反応の一致なのか、それともそれぞれの幼児がもつ目的に向けた行動の共通性による一致なのかを調べるため、同じ内容のビデオに対する反応、全く異なる内容のビデオに対する反応を調べ、単純な刺激への反応の一致ではなく、目的に向けた行動パターンの一致により、ビデオに対する反応が決まっていることを示している。すなわち、外界(社会)の情報を理解して、それに合致した目的に合わせた行動に関わる脳回路が、遺伝的に決まっていることを示している。
最後に自閉症児での行動パターンを示しているが、目や口に対する反応の差というより、どちらにもほとんど興味を示さないというパターンになるようだ。いずれにせよ、正常児と明確に区別できる。
一卵性双生児の研究から、このテストがここまで遺伝的に決まっているなら、自閉症児のパターンも今後遺伝的に理解できる可能性を示している。今後、一致率だけでなく、行動パターン自体と、ゲノムとの相関が調べられるだろう。双生児研究がいかに重要かを思い知らされた。
2017年7月17日
ゲノム研究の結果、ガンは原発巣の段階で大きく多様化していることが明確になった。だとすると、転移は原発巣のガンが確率的に外部に広がるのではなく、原発巣の段階で転移しやすい細胞に変化したあと、転移する可能性が高くなる。また、他臓器への転移と、ガンの周りのリンパ節への転移も、それぞれに適した細胞が広がった可能性が高い。したがって、他臓器への転移と、リンパ節への転移を同じことだと思うのは間違っていることになる。とはいえ、転移そうも含めてガン患者さんの細胞を集めることは容易でなく、転移へと進むガンの進化を詳しく調べることは、ゲノム時代の今でもそう簡単ではない。
今日紹介するマサチューセッツ総合病院からの論文は、病院の中で病理検査として行われた1400例近いガン患者さんのサンプルの中から、正常細胞、原発巣、リンパ節転移巣、他臓器転移巣が揃った患者さん13例について、ガンの進化と転移の関係を調べた研究で7月7日号のCell に掲載された。タイトルは「Origins of lymphatic and distant metastases in human colorectal cancer (人間の大腸直腸癌でのリンパ節転移、遠隔転移の起源)」だ。
現在ではフォルマリンで処理された病理サンプルでも遺伝子解析を行うことは可能だが、この研究に必要な条件が揃った患者さんについては全ゲノムレベルの解析を行うための患者さんの承認が取れていない。そこで、遺伝子配列の中にポリグルタミンの繰り返し配列を持つ20−43種類の遺伝子を選び、この繰り返し配列の数の変化で細胞の進化を追跡している。ポリグルタミン繰り返し配列は、数が極端に増えない限り分子の機能に大きな影響はなく、多数の遺伝子を組み合わせれば細胞追跡マーカーとして使える。確かにいいアイデアだ。
さて結果だが、原発巣からリンパ節転移、そして他臓器転移へと連続的に進化しているケースも35%程度存在するが、残りのケースでは、リンパ節転移と他臓器転移に見られるガン細胞は、それぞれ全く異なる起源を持つことが明らかになっている。また、このようなケースでは、原発巣自体も大きく多様化しており、転移が原発巣の変化としてすでに用意されていること、そしてリンパ節転移と他臓器への転移はに必要な条件は異なっていることを示唆している。
ではどのような変化がリンパ節転移や他臓器変異の条件となるのか知りたいところだが、この研究ではエクソームなどの解析はできていないため、せっかくこれほどのサンプルが揃ったのに残念だ。しかし、保存サンプルで十分な遺伝子変化を捉えられるようになった今、この問題についても解析は急速に進む予感がする。また、臨床側でも、リンパ節と遠隔転移が全く異なる性質のものであることを頭に入れて、病気と対応する必要があるだろう。
2017年7月16日
昨年9月、農家で育った子供がアレルギーになりにくいことを報告したThoraxの論文を紹介した(
http://aasj.jp/news/watch/5850)。
乳児期に腸管から抗原を取り込むと、アレルゲンに対する抑制性T細胞を誘導して、将来のアレルギーを防ぐという通説の枠内で説明したが、本当に農家で育つと多くのアレルゲンに晒されるのかはわからない。農家で育つことで多様な腸内細菌叢を形成されるので、これがアレルギーを防止するという考えもある。
今日紹介するスイスダボスにあるアレルギー研究センターを中心にする研究は、人間には存在しないが多くの家畜の細胞に発現しているN-glycolylneuraminic acid(Ne5G)に晒されることがアレルギーを防止していることを示した面白い研究でJournal of Allergy and Clinical Immunologyオンライン版に掲載された。タイトルは「Exposure to non-microbial N-glycolylneuraminic acid protects farmer’s children against airway inflammation and colitis(細菌叢に由来しないNe5Gへの暴露は農家の子供を気管の炎症や腸炎から守る)」だ。
この研究は最初からNe5Gの役割にフォーカスを当てており、農家の子供とそれ以外の子供のNe5Gに対する抗体を調べている。人間は元々この物質を作ることができないので、暴露されると抗体ができる。実際、農家の子供はNe5Gに対する抗体が高く、しかもこの抗体価に比例して喘鳴(ゼーゼーとした呼吸)や、喘息の頻度が低下する(示されている差は極めて大きい)。はっきり言うとこの研究のハイライトは、この調査結果と言える。
あとは人間では実験できないのでマウスを用いて、気管炎症を誘導するとき、毎日Ne5Gを摂取させると、アレルギー性炎症を抑えることができること、また腸管のアレルギー性炎症も同じようにほぼ完全に抑えることができること、そしてこれらの抑制が、IL-17を発現した炎症性T細胞の低下を伴っていることを示している。
最後に人間に戻り、試験管内で樹状細胞、T細胞を培養するときNe5Gを転嫁する実験から、Ne5Gが樹状細胞を介して炎症性T細胞を抑えることを示しているが、この結果の歯切れは悪い。
メカニズムはともかく、Ne5Gを毎日服用することでアトピーを防げることがわかったことは重要だ。もちろんすぐこの結果に飛びついて、子供に服用させるのは待つべきだ。Ne5Gは炎症やガンを誘導するという論文もある。農家の子供についてもう少し詳しく調べてから、都会の子供にも恩恵がいくよう時間をかけて進める必要があると思う。
2017年7月15日
現在まだ南アフリカ滞在中だが、なんとか日常が落ち着いてきたので論文ウォッチを再開する。
さて、私が滞在中の南アフリカは、人類進化研究からは決して外すことができない場所だろう。すなわち、アウスラロピテクスと名付けられた最も古い原人が最初に見つけられたスタークフォンテーン洞窟が存在し、現在も発掘が続けられている。ダートによる発見は、当時世紀の捏造あけぼの原人を指示していた英国考古学界から排除され続けるという悲劇の歴史があるのだが、常時2足歩行を行い、330万年前に始まる道具を使用した最初の原人は世紀の大発見と言える。
言語と並んで道具を利用する能力に関する研究は面白い。実際、脳卒中でおこる道具利用の異常(失行症)には失語症が伴うことが多い。すなわちそれぞれに必要な脳領域のうち後頭頭頂皮質領域が相互に重なっているからと考えられる。330万前から道具はほとんど進歩しなかったが、言語を獲得した現代人類が誕生して道具が急速に進歩し今に至ることを考えると、道具使用は言語能力と相互作用することで急速に発展したのではないかと考えられる(私見)。
少し前置きが長くなったが、今日紹介するハーバードからの論文は道具を使う手の脳内表象と手で使う道具のイメージの脳内表象の関係を調べた論文で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載されている。タイトルは「Sensiomotor-independent development of hands and tool selectity in the visual cortex(視覚野での手と道具の選択制は運動感覚系と無関係に発達する)」だ。
これまで、手の写真を見せた時と、道具の写真を似せた時に興奮する視覚野内の領域が重複することが知られていた。これをHand Tool Overlap(HTO)と呼ぶが、道具を使ったり、使うのを見たりする経験により学習すると考えられてきた。しかし、視覚を生まれつき失っている方でもHTOが成立していることがわかり、視覚とは別に道具使用を行う経験がHTOを成立させていると考えられるようになった。この点を調べたのがこの研究で、生まれつき手が形成できない発達異常の方5人の協力を得て、手で道具使用を行った経験はないが、足を使って道具は使っている方と、正常人に手のイメージ、道具のイメージを見せ興奮する視覚野の領域、及び他の脳領域との結合について調べている。
結果は予想に反して、全く道具使用の経験がない人でも、HTOが成立していること、また脳内の運動感覚各領域との結合も大きな変化がないという結果だ。詳細は述べないが、もちろん経験により一定の変化は起こる。しかし、著者らは視覚や手を使う経験がなくても、ともにHTOが成立していることから、進化の過程で対象を認識して手のイメージとオーバーラップさせる回路が発達したことが道具使用の条件となったのではと結論している。
言語でいうとチョムスキーの普遍文法と同じように、脳内に生まれつき回路を持っているという仮説で、今道具使用、音楽、そして言語の能力について調べている私には面白い論文だった。