2017年2月21日
ほとんどの大腸菌は病気の原因になることはないが、毒性の遺伝子を獲得した種は出血性大腸炎などを引き起こす病原性株へと転換する。この病原性獲得に関わる遺伝子クラスターは詳しく研究されており、病原性大腸菌の腸上皮への結合、毒性に関わる様々なエフェクター分子の腸上皮への注入、そしてその毒素の作用として微小絨毛の消失の誘導や、菌が結合しやすいようアクチンの構築変化など、腸上皮細胞が変化するまでの一連の過程に関わることが知られている。しかし、上皮に結合した菌がエフェクター分子を作り続け、また腸上皮に注入し続けるメカニズムについては不明な点が多かった。
今日紹介するエルサレム、ヘブライ大学からの論文はこのメカニズムについての研究で2月16日号のScienceに掲載された。タイトルは「Host cell attachment elicits posttranscriptional regulation in infecting enteropathogenic bacteria (ホスト細胞への結合が、感染した大腸病原性バクテリアの転写後調節を誘導する)」だ。
この論文を読んで、病原性大腸菌についての知識を私自身全く持ち合わせていなかったことを認識した。この研究は、病原性に関わる重要分子NleAの大腸菌での発現を維持する仕組みを明らかにする目的で行われていたと思う。NleA遺伝子が翻訳されるときにGFP蛍光分子と融合してNleAの翻訳量がわかるようにした大腸菌をHELA細胞と共培養すると、細胞に結合した大腸菌だけが蛍光を発することを見出す。すなわち、ホストの細胞とコンタクトした大腸菌だけがNleAを産生し続けることが明らかになった。
研究では様々な大腸菌の遺伝子操作をして、このメカニズムを解析している。詳細を省いて結果をまとめると、
1) NleA遺伝子のmRNAの5’非翻訳領域にNleAの翻訳を調節する領域が存在し、この部位にCsrA分子が結合すると、翻訳が抑えられる。すなわち、NleAの翻訳は通常CsrAにより抑えられているが、ホスト細胞と結合することで、CsrA活性が低下し、NleA分子の翻訳が起こる。
2) CsrA活性を誘導するホスト細胞との接着によるNleA翻訳は、大腸菌表面に発現しているT3SSを欠損すると消失する。また、T3SSが自然に活性化してしまう突然変異では、ホスト細胞との接着なしにNleAが発現する。すなわち、T3SSがホスト細胞のセンサーとして働いている。
3) T3SSはCesT,CesFなどのシャペロンに助けられ、大腸菌の様々な毒素をホスト細胞へ移行させる。このCesTはT3SSから離れるとCsrAと結合することで、CsrAの活性を低下させ、NleAの転写が上昇する。
4) 同じT3SS-CesT-CsrAの仕組みを190種類の分子の翻訳が共有しており、有名な病原性大腸菌O157にはこのうち150種類が存在すること。
を明らかにしている。
以上の結果から、病原性大腸菌が腸上皮細胞とコンタクトしたときだけ、急速に毒素の翻訳をし続けることができるメカニズムが解明された。読んでみると、不自由なゲノム構造の中で、極めて効率的な仕組みが進化していることがよくわかった。
2017年2月20日
自らもガンに罹患した経験を持つ岸田徹さんのガンノートは、岸田さんならの発想で始まった「ガン経験者のガン経験者によるガン経験者のための「生のインタビュー型」情報発信番組(http://gannote.com/)」で、大きな注目を集めている。医師や研究者にとっても、習った知識からは思いも及ばないガン患者さんの視点に触れることができる。ぜひ医学部や看護学部の学生さんには見てもらいたいと思う。かくいう私自身は、数回程度しか参加したり、番組を見たことはないが、いつも新しいことを学ぶ。
ガンの化学療法の副作用として、特に女性の患者さんの最も精神的ショックになるのが脱毛のようだ。この抗がん剤による脱毛を抑える方法としてずいぶん昔に考案されたのが、抗がん剤の投与前、投与中、そして投与後の1−2時間頭皮を冷やす方法だ。私がこの方法を知ったのはずいぶん前だが、ガンノートの話を聞く限り、我が国ではまず普及していない。おそらく、医療提供側で、脱毛を当たり前の結果として許容しているからではないかと勘ぐっていた。
今日紹介するHellen Diller Family Comprehensive Cancer Centerからの論文は乳がんでアジュバント化学療法を受ける患者さんが経験する脱毛を頭皮冷却が抑えることができるかどうか調べた治験で、2月14日号の米国医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Association between use of a scalp cooling device and alopecia after chemotherapy for breast cancer(乳がんに対する化学療法後に発生する脱毛への頭皮冷却の効果)」だ。
論文を見たとき、ずいぶん昔に開発された方法に関する治験が今頃米国医師会雑誌に掲載されるのかと驚いた。読んでみると、ヨーロッパでは普及してきたが、頭皮冷却の効果が一定しないことや、脱毛のショックを医療側が理解しないこと、そしてデバイスに対してFDAの医療機器としての認可が進んでいなかったこと、などの理由で米国でもあまり普及していなかったようだ。
この状況を打開すべく、この研究では5医療機関が合同で、ステージI-II乳がん患者さんで手術と合わせて行われるアジュバント化学療法(分子標的薬以外の化学療法剤による)を受けた患者さん約100人に頭皮冷却療法を行い、行わなかった16人のコントロールと比べた研究だ。脱毛は0から完全脱毛までを25%刻みにグレード0から4まで評価している。
コントロールが極端に少ないのは、研究途上で頭皮クーリングの効果がはっきりしたからだろう。結果はめざましいもので、頭皮クーリングを受けなかった全例で50%以上頭髪が失われ、15人ではほぼ完全脱毛と言えるほどの75%以上の頭髪が失われているのに対し、頭髪クーリングを行うと、67%で脱毛を50%以下に抑えることができ、全く脱毛なし、及び25%以下にとどまった患者さんが実に35%に達している。この結果、自覚的なショックも30%近く抑えることができている。医療機器としては極めて高い効果があると結論できる。従来指摘されていた転移の促進も、2年経過観察では問題になっていない。
米国で普及していないことや医療費の問題から考えると、化学療法には脱毛はつきもの、と我が国で普及が進まないのもわかる。しかし、病は気からとも言える。小児、及び女性については、わかっていても経験するとショックを伴う脱毛を予防する手段を認めて欲しいと思う。
2017年2月19日
医者になりたての頃、外来で「先生、最近疲れやすく、何か悪い病気と違うでしょうか?」と聞かれるのが一番困った。診察や検査から何か異常が見つかれば、それが原因だと説明できる。しかし、一般的な検査で何もわからないとき、どこまで原因を求めて深追いをしていいのか判断できない。結局ほとんどの場合深追いはせず、「特に悪いところは見つからないので大丈夫でしょう、悪化するようならまた来てください」と帰っていただくのが精一杯だった。結局7年で医者をやめてしまったので、ベテランの医者としてこの問いに向かうことはないまま終わりそうだ。
今日紹介する論文はこの「疲れやすい」と感じる背景に何があるのか、英国バイオバンクのデータを駆使して調べた研究でMolecular Psychiatryオンライン版に掲載された。タイトルは「Genetic contribution to self-reported tirednesss(自己申告による疲れやすさの遺伝性)」だ。
英国バイオバンクは2006年、ウェルカムトラストと英国医学カウンシルが共同で、50万人を目標に40−69歳の英国人の様々な健康データ、血液、DNA、さらには画像データを集めた世界最大のバイオバンクで、2010年に50万人のリクルートを達成している。この論文を読んで、このバイオバンクの実力に改めて感心した。
この研究ではUKバイオバンクの参加者のうちゲノムデータが得られる人に、「この2週間に何度疲れたと感じましたか?」と質問を送り、約10万人から回答を得ている。回答の内訳は、1)疲れを感じなかった(51416人)、2)数日(44208人)、3)1週間以上(6404人)、4)ほとんど毎日(6948人)だ。この数字をみて、改めて英国バイオバンクが初期の目的を十分果たしていることを実感するとともに、英国の人たちも疲れているのだと感じる。
研究では、この回答と、バイオバンクの様々なデータとの相関が調べられ、
1) 自覚的な疲れやすさと直接相関する遺伝子座は存在するか?
2) 疲れやすさは健康に関わる性質と関わっているか?
3) 疲れやすさは不健康さと関わるか?
4) 疲れやすさと神経症的傾向を示すパーソナリティーとの間に遺伝的な関連性があるか?
に対する答えを見つけようとしている。
ただ予想通り、疲れやすいという感じは、身体的状態にとどまらず、精神的状態とも連関しており結果は複雑で、結論もわかりにくい。詳細を省いて、4つの問いに対する答えだけをまとめると以下のようにまとめられるだろう。
1) ゲノムの多型解析から、疲れやすさの遺伝子として特定できるほど強い相関のある遺伝子は特定できないが、弱いが、ドーパミン受容体を始め5種類の遺伝子の多型と有意な相関が認められ、約8.4%に遺伝性が認められる。
2) 疲れやすさは、様々な健康状態や病気になりやすさと遺伝的背景を共有している。例えば、健康だという自覚や、長生きの遺伝子多型と逆相関している。
3) 疲れやすさは、代謝疾患マーカーや、肥満度マーカーなど、メタボリックシンドロームの指標と共通の遺伝背景を持っている。
4) 神経症的傾向などの精神疾患と疲れやすさは強い相関があるが、この相関は、身体的疾患との相関とは別のメカニズムによると考えられる。
実際には、バイオバンクのデータを総動員して、あれやこれやと調べており、まとまりのない仕事だ。とはいえ、誰もが当たり前と思ってしまう「疲れやすさ」を科学しようとする気概と、それを支えることのできる英国のバイオバンクにただただ感心した。
2017年2月18日
一昨年7月、自閉症児から樹立したiPSを使って試験管内で3次元脳組織を形成し、自閉症児の神経幹細胞が対照と比べて長く続くことを示したイェール大学からの研究を紹介した(
http://aasj.jp/news/watch/3774)。この結果は昨年7月ソーク研究所のグループにより確認され、さらにこの増殖の持続と患者さんの脳体積の増加が相関することが報告された(Marchetto et al, Molecular Psychiatry, doi:10.1038/mp.2016.95)。
脳の体積は脳室近くに存在する幹細胞がまず水平に分裂し、その後この幹細胞から作られた分化細胞が垂直に移動して分化細胞が縦に並んだ皮質を形成することがわかっている。このことを考慮すると、上に述べた研究は自閉症では神経幹細胞の増殖が余分に続き、その結果皮質表面が拡大し、脳体積が増大することを強く示唆している。
今日紹介するノースカロライナ大学を中心とする米国・カナダ合同チームからの論文は自閉症リスクの高い子供の脳を6、12、24ヶ月時にMRIで撮影、実際に自閉症を発症した子供と、発症しなかった子供の脳の構造変化を比べた論文で、脳構造の変化から上記の論文の結論を確認した画期的な研究だといえる。タイトルは「Early brain development in infants at high risk for autism spectrum disorder (自閉症スペクトラムのリスクの高い児童の脳発達)」で、2月16日号のNatureに掲載された。
この研究では米国、カナダの4センターで個別に、自閉症を発症した兄弟を持つ高リスク乳児318人、及び兄弟・親戚に自閉症発症が見られない低リスク乳児117人をそれぞれリクルートし、6ヶ月、12ヶ月、24ヶ月齢時点で、自然睡眠時のMRI検査を行うとともに、自閉症診断基準ADOS-WPによる診断と、社会性についての診断基準(CSBS-DP)による検査を行っている。
乳児のMRI検査で完全なデータを採取するのは難しいため、最終的に高リスクグループ106人、低リスクグループ42人が全プロトコルを終了している。24ヶ月時点のADOS-WPによる自閉症は高リスクグループのみで15人診断されている。実に13%の発症率で、自閉症に強い遺伝性が認められることがわかる。
こうして得られた高リスク・自閉症発症群(一群)、高リスク・自閉症非発症群(二群)、低リスク・自閉症非発症群(三群)のMRI画像を比べ、
1) 6ヶ月の脳体積は各群で大きな違いはないが、12ヶ月にかけて1群のみで脳体積の著名な増加が認められること、
2) 皮質の厚さについては各群で差がないこと、
3) 全体積の増大は、両側の後頭回、右側楔状葉、そして右側舌状回の表面積の増大の結果であること、
4) 脳体積の増大の程度は、ADOS-WP及びCSBS-DPで測定したスコアと強く相関すること。
を明らかにしている。
最後に、これらのデータをコンピュータに学習させ、最終的に6ヶ月と12ヶ月のMRI検査により、81%の確率で高リスク群の自閉症発症を予測できること、及び97%の確率で自閉症でないと診断できることを示している。
この結果は、細胞レベルでわかってきた神経幹細胞の増殖が自閉症では持続するという結果と一致するだけでなく、この変化が生後6−12ヶ月の発達期に起こることを示した点で画期的だと思う。さらに、MRI検査で異常が起こる6ヶ月時に診断できる可能性も示唆しており、早期介入による治療に道を開いた。実際、細胞レベルの研究ではIGF-1により増殖を抑える可能性が示唆されており、6ヶ月齢で100%近い診断が可能になれば、介入治験が行われる可能性も出てきた。また、皮質の拡大が著明な部分は感覚に関わる場所が多く、子供の感覚をコントロールする介入も可能かもしれない。
2017年2月17日
人口の高齢化に伴って医療費の高騰に直面しているのは我が国だけではない。また、いかなる医療制度下でも、この問題の解決には国家的な疾患予防、特に高血圧、糖尿病、高脂血症など生活習慣病を減らすことが鍵になるため、各国様々な取り組みが行われている。しかし運動を心がけ、低カロリー、低脂肪、高繊維食へと食習慣を変えることは容易ではない。だからこそ今年からNIHは行動学、社会学の研究が健康維持に欠かせないことを認識しプロジェクトをスタートさせた。しかし、研究の成果が上がるには時間がかかる。これに対し、幾つかの政府では、砂糖や塩を多く含む食品に税をかけて、その税を医療保険に移すとともに、国民全体の砂糖や食塩の摂取を減らす試みが行われてきた。このさきがけを切ったのがデンマークの脂肪税だが、消費者が周辺の国に簡単に買い物に出かけられる問題を解決できず、中止に追い込まれている。
今日紹介するオーストラリアメルボルン大学からの論文は、もしオーストラリアで同じような税を導入したらどのような効果があるかシミュレーションで確かめた研究だ。タイトルは「Taxes and subsidies for improving diet and population health in Australia: A cost-effectiveness modeling study(オーストラリアの食生活と健康改善のための税と補助金:費用対効果モデル研究)」で、Plos Medicine オンライン版に掲載された。
この研究では1)飽和脂肪酸食品税(100グラムあたり1.3ドル)、2)過剰食塩税(1gあたり0.3ドル)、3)砂糖含有飲料(1リットルあたり0.47ドル)、4)砂糖税(100グラムの砂糖あたり0.85ドル)、そして5)果物や野菜消費に対して100グラムあたり0.14ドルの補助金、の5種類の可能性を単独、あるいは組み合わせてシミュレーションし、DALYと呼ばれる病気により失われる年数、医療コストの低下などを計算している。
シミュレーションの妥当性については私は判断できないが、結果はあらゆる税がDALYと医療に対する国のコストの削減に寄与する一方、野菜や果物の消費をあげる補助金の影響は少ないことを示している。また、税の中では砂糖税が最も大きな効果を上げるだろうと予想している。重要なことは、野菜や果物に対する補助金を他の税、特に砂糖税と組み合わせると、さらに大きな効果が期待できることで、これは、例えば砂糖税で甘いものの食品消費が減る時に野菜の消費も同時に減ったりすることを防ぐ効果があるとしている。
はっきり言って、この論文の価値は結果の詳細ではなく、このような可能性が検討され、政府に提言されていることだと思う。現在、タバコやアルコールにも課税されており、この税は国民の健康に寄与している。テクニカルには難しいかもしれないが、今オブジーボ一剤で足元がフラフラしている我が国こそ、同じような税を砂糖や脂肪に対して設計して、医療費を減らすことを真剣に考えてみてもいいような気がする。
2017年2月16日
細胞分裂は様々なチェックポイントで制御されている。DNAの複製が終わる前に分裂がはじまると細胞には死が待っているだけで、DNA複製をモニターして分裂のスウィッチを入れる精緻なメカニズムが存在する。他にも多くのチェックポイントがあるが、分裂時に細胞内のオルガネラを正確に2分することも重要なチェックポイントのはずだが、こちらについては研究はまだまだだ。
今日紹介するロックフェラー大学からの論文はケラチノサイトの分化増殖を研究する中でオルガネラの一つペルオキシソームの分配機構を明らかにした力作で2月3日号のScienceに掲載された。タイトルは「Coupling organelle inheritance with mitosis to balance growth and differentiation(オルガネラの継承と細胞分裂を連鎖させて増殖と分化をバランスする)」だ。
これは高い実力を持つFuchsの研究室からの論文で、最初ケラチノサイト分化課程の細胞増殖と分化のバランス調整に関わる分子を明らかにしようと研究していたところ、ペルオキシソームの分子Pex11bが特定され、その機能を徹底的に追求してペルオキシソームの分配メカニズムを明らかにした研究とまとめることができる。しかし読んでみると、ここまでやるかというほど徹底的で、大変な仕事だ。
まず、イメージングフローサイトメーターと呼ばれる、蛍光を指標にしたフローサイトメーター分析をしながら、流れる細胞の写真を撮る技術を組み合わせた技術を用いて、未分化な幹細胞が、極性を獲得して縦に分裂を始め、最終的に扁平上皮になる過程の各段階の細胞を分類し、次にそれぞれの段階の遺伝子発現をRNAseqで調べ、分化へコミットする段階に関わると想定できる分子のリストを作っている。この技術は現役時代から知っていたが、なるほどと思える使い方を示す論文を読んだのはこれが初めてだ。
次にリストされた800種類の遺伝子に対するRNAiライブラリーを作り、これを胎児羊水に注入してコミットメントに失敗した細胞に濃縮されるRNAi配列からコミットメントに関わる分子を特定している。当然予想される様々な分子が特定されるが、その中から予想外の分子Pex11bを選んでその後の実験を行っている。従って、これ以降の仕事はPex11bの細胞生物学と言える。
あらゆるテクノロジーを駆使して得た結論は、
1) Pex11bはペルオキシソーム分子だが、ペルオキシソームの重要な機能である脂質代謝には関わらない、
2) Pex11bの欠損により細胞分裂期、紡錘糸の回転が阻害され、分裂が遅延する。ケラチノサイト分化の異常は、この分裂期の異常に起因する。
3) この異常は紡錘糸に結合して分布するペルオキソゾームの分布異常にリンクしている。
4) 紡錘糸に結合したペルオキソゾームの分布と紡錘糸の回転をリンクさせることで、ペルオキソゾームの娘細胞への分配が正確に起こるよう制御されており、このチェックポイントにPex11bが関わる。
5) ペルオキソゾームを光で活性化されるkinesin-3で微小管のプラス極に移動させると、分裂中期で細胞分裂が停止する。逆にダイネインを用いてマイナス極に移動させた場合は分裂は正常に進む。
以上、最後の光により活性化されるモーターを使ってペルオキソゾームの分布を操るなどは圧巻だが、ケラチノサイトの分化とオルガネラの分配の両方についての解析で、発生学と細胞生物学が不可分であることがよくわかる。しかし、ケラチノサイト分化という観点でこの仕事をみると、力技でオルガネラ分配のチェックポイントに話を集約しているという印象があり、特に革新的な概念の変化が生まれたわけではない。確かに完璧を目指した研究のやり方には近寄りがたいものもあるが、だからといってこの分野の若手研究者も、圧倒される必要はないと思う。
2017年2月15日
アルツハイマー病のアミロイドβのように折りたたみがうまくいかなかったタンパク質や、ミトコンドリア病あるいはParkin2/Pink1変異によるパーキンソン病のように機能不全に陥ったミトコンドリアが増加すると、神経細胞が最初に影響される。すなわち、神経細胞は他の細胞と比べて特に様々なストレスに弱い。逆に、神経細胞はストレスを避けるため、シャペロンや、タンパク質分解系、オートファジー、マイトファジーなど様々なメカニズムを特に発達させている。
今日紹介するニュージャージー州立大学からの論文は上にあげた既存のストレス軽減メカニズムに加えて、神経細胞特有のメカニズムが存在することを示した論文でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「C.elegans neurons jettison protein aggegates and mitochondria under neurotoxic stresss (線虫の神経細胞は神経障害性ストレスにさらされると凝集タンパク質やミトコンドリアを放出する)」だ。
現象は面白いが、最後まで読むとちょっと物足りない感じがする論文だが、線虫の神経発生を仔細に観察する中で、著者らは細胞が4ミクロンほどの大きさの小胞を放出することに気づく。小胞という点ではエクソゾームもそうだが、大きさが全く異なっており、エクソファーと名付けている。エクソファーは大きさから細胞分裂と共通のメカニズムを使っている可能性があるが、全く異なるメカニズムで生成されることを確認している。
さて、エクソファーは線虫の全ての触覚神経で観察することができるが、細胞の場所と発生段階に応じてできる頻度が異なる。また何よりも、細胞質でタンパク質が沈殿したり、ミトコンドリア機能不全が起こると、エクソファーの生成が増加する。凝集する蛍光タンパク質と、凝集しない蛍光タンパク質を同時に発現させた細胞で観察すると、エクソファーは凝集タンパク質を選択的に放出する役割を担っていることがわかり、またアルツハイマー病の原因になる変異Aβもエクソファーにより除かれることを確認している。また遺伝子ノックダウンによりタンパク質の処理がうまくいかなくなると、エクソファー生成が増える。
凝集タンパク質だけでなく、ミトコンドリアのようなオルガネラもエクソファーにより放出される。パーキンソン病の原因の一つPink1のノックダウンなど、ミトコンドリアマトリックスが酸化するような遺伝子異常を誘導すると、エクソファーの数が増える。
最後に、放出されたエクソファーの運命についても調べ、最終的に分解されるだけでなく、隣接する細胞や、あるいは間質液に乗って遠くの細胞に取り込まれる可能性があることを示唆している。すなわち、エクソファーが細胞毒性のある凝集タンパク質を他の細胞へ感染するメカニズムとしても考えられることを提案している。
結局データは線虫でだけ示されており、同じメカニズムが私たちの神経細胞でも見られるのかどうかは今後の研究が必要だ。ただ、細胞をビデオで取り続けると、たしかに細胞質がちぎれることはよく観察されることから、全く荒唐無稽とは思えない。もともと神経は細胞の形態を大きく変化させる能力を持っている。ストレス誘導物質やオルガネラだけが選択的に除去されるメカニズムを明らかにして初めて市民権が得られるだろう。
2017年2月14日
2015年7月1日、生きたマウスの脳内のスパインの動態を長期間観察する方法を開発し、海馬の樹状突起から飛び出てくるスパインが極めて動的に消長を繰り返すことを示したスタンフォード大学からの研究を紹介した(
http://aasj.jp/news/watch/3680)。興奮性ニューロンの神経接合のかなりの割合がこのスパインで行われていることを考えると、今後面白い話が続々出てくるのではと期待したが、今日紹介するニューヨーク大学からの論文はその典型で、この新しい技術をいち早く取り入れ、REM睡眠とスパインの動態の関係を調べた研究でNature Neuroscienceオンライン版に掲載された。タイトルは「 REM sleep selectively prunes and maintains new synapses in development and learning(REM睡眠は発生過程と学習過程で新しいシナプスを剪定しまた維持する)」だ。
上に述べたように、この研究は個々の樹状突起を観察する方法をいち早く導入してただ観察しただけの研究と言っていい。しかし2月10日に紹介した研究が示したように(
http://aasj.jp/news/watch/6474)、眠りによりシナプスがどう変化するのか、まず形態的に調べることが重要で、紹介した研究では電子顕微鏡を用いた研究により眠りはスパインを減少させるとともに、結合が確定したシナプスをより強固な結合へと変化させることが形態的に明らかになった。ただ電子顕微鏡でわかるのは最終結果だけなので、この方法では多くの樹状細胞を統計的に調べて何が起こっているかを想像するしかない。一方、今日紹介する論文では、スパインができるのを確認した後、その消長を継時的に追跡することができる。また、脳波と同時記録することで、睡眠のステージを特定することができる。さらに、スパインの消長と機能を調べることもできる。
この研究では、記憶の固定に重要な働きをしていると考えられているREM睡眠に限って、スパイン形成に及ぼす影響を観察している。結果だが、
1) REM睡眠時間は発達期に長く、その時多くのスパインが形成される。
2) 学習時にスパインは増加するが、REM睡眠に入るとスパインが剪定され、数が減る。
3) スパインが剪定されることで、次の学習でスパインが新しく発生しやすくなる。
4) 発生や学習で新しくできたスパインを追跡すると、REM睡眠はスパインを一部のスパインを長期間維持する方向に働く。
5) REM睡眠時に樹状突起で見られるカルシウム流入はNMDA型グルタミン酸受容体の活性化を通じてスパインの剪定と、増強の両方に関わる。
とまとめられる。
結果としては2月10日に紹介した論文とよく似ているが、その時睡眠と一般的に特定した中でも、REM睡眠がスパインの消長に直接関わっていること、REM睡眠により実際運動機能が高まるという機能的効果が明らかにされていること、そして反応に関わるチャンネルや受容体が明らかになっている点が新しい。いずれにせよ、これまでの研究はREM睡眠によるシナプスの選択と集中がスパインの形態的特徴を基盤に行われ、学習の固定と、次の学習に備えることがわかったが、最初の形態変化の差がどのように生まれるのかの解明が次の課題になるだろう。
2017年2月13日
分裂期のガン細胞を取り出し染色体分析を行うと、普通の染色体の他に、小さなミニ染色体をしばしば観察することができる。その頻度はガンによってまちまちだが、小児の神経芽腫では高頻度に見られることから、ガンの増殖促進に関わる遺伝子を増幅する一つのメカニズムだと考えられてきた。
今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、ガンのゲノム解析が進む今、新しい視点でガンにおける微小染色体の意義について徹底的に解析することを目指した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Extrachromosomal oncogene amplification drives tumor evolution and genetic heterogeneity(染色体外のガン遺伝子増幅により腫瘍が進化し、遺伝的多様性が拡大する)」だ。
ガンで染色体が不安定になることは周知の事実で、その結果、微小染色体がガン遺伝子の増幅に関わるだろうという点についてはほとんどの人が納得してしまって、それで終わっていた気がする。著者らは、ガンのゲノムデータの理解には、微少染色体の解析が欠かせないことを認識し、ガン細胞のゲノム、微小染色体数、微小染色体内の遺伝子解析を組み合わせた解析を2500を越す細胞プレパレーションについて行っている。たしかに微小染色体の存在はわかっていても、正確な解析は難しい。この研究ではこの目的に特化した新しいソフトウェアも作っている。
この結果、
1) ほぼ半数のガンで微小染色体が存在しているが、正常細胞ではほとんど見られない。この数は、これまで考えられてきた頻度と比べると極端に高い。
2) 微小染色体の数や内容は同じガンでも多様性が高い。特にグリオブラストーマをはじめとする悪性のガンでは多様性が高い。
3) 増幅しているガン遺伝子の多くは微小染色体上に乗っていることが多い。
4) 微小染色体から染色体に再挿入される例も多い。
5) シミュレーションから、微小染色体上にガン遺伝子がある方がはるかにガン遺伝子増幅が容易で、ガンが悪性化する。
が示されている。
誰もがある程度は予測していた結果だが、この研究のおかげで微小染色体ができることがガンの強みであり、ガンの個性に合わせた治療を考えるときに無視することはできない。このような地道な研究のおかげで、ゲノムデータから正確に微小染色体の数や内容を割り出すことも可能になるだろう。ガン征圧には多様な研究が必要であることを改めて認識した。
2017年2月12日
科学的調査に裏付けられたガンの予防法はそう多くない。またその多くは、肺ガン予防のための禁煙、大腸・直腸癌予防のための低脂肪食・高繊維食のような生活習慣に関わるもので、薬を飲んで予防する安易な方法(ケモプリベンションと呼ぶ)は少ない。そんな中で、低用量アスピリンが大腸・直腸癌の発生を予防できることを示す研究論文は数多く、気楽にガンを予防したいという期待に答えている。もちろん、「必ず副作用もある薬でガンを予防するなどもってのほか」、という意見もあるのを承知の上で、私も楽な予防法として低用量アスピリンをずっと飲み続けている。科学的な調査に裏付けられれば、薬剤の作用メカニズムがわからなくて問題はない。ただ、アスピリンが標的分子Cox2に働いて、炎症を抑えるというメカニズムは詳しく研究されており、ガンが発生する組織の炎症を抑えることで発ガンが予防されるのだろうと理解してきた。
今日紹介するテキサス大学からの論文はこれに対して、アスピリンの発ガン抑制効果は血小板のCox1を阻害して、ガンの増殖を促進する血小板の働きを抑えることを示す論文でCancer Prevention Research2月号に掲載された。タイトルは「Unlocking Aspirin’s chemopreventive activity: Role of irreversibly inhibiting platelet cyclooxygenase-1(アスピリンのガン抑制活性を解明する:血小板のシクロオキシゲナーゼ1の不可逆的抑制の役割)」だ。
この研究では最初からアスピリンの効果は組織中のCox2抑制によるのではなく、血小板のCox1抑制の結果であるという仮説を立てて実験を行っている。実験手法は20世紀に帰ったような極めて古典的な方法だが、私には馴染みが深い。
これらの実験から、
1) 血小板は試験管内、及びマウス体内での癌細胞の増殖を促進し、この促進はアスピリンで抑制できる。
2) 血小板が分泌する分子はガンに働いて上皮型から間質型への転換を誘導し、ガンの浸潤を助ける。この活性もアスピリンで阻害できる。
3) 化学物質を食べさせて腸の慢性炎症を誘導しガンを発生させる実験系では、血小板増多症が誘導され、アスピリンは前癌状態の発生とともに、血小板数も正常化させる。
4) 同じモデルで血小板の組織内での集積が見られるが、これをアスピリンが抑制する。
などのデータが得られ、アスピリンの効果を考えるとき、血小板とそのCox1を忘れてはならないと結論している。
アスピリンファンとしてはどちらでもいいが、使われた量が、予防に使う量の20倍という点は気になる。一方、同じように消化器症状のないフォスパチジルコリン・アスピリンの方が効果が高いことを示しており、できればこれも低用量型のタブレットの発売を期待したい。
とは言っても、低用量アスピリンは儲からないのか、日本ではほとんど市販されておらず、私も外国から取り寄せている。厚労省は現在かかりつけ薬局を推進しているようだが、このような薬局の最も重要な使命は、日常の健康相談だろう。その意味でアスピリンや、あるいは低用量のスタチンなどは、このような薬局が機能するときの核になると思う。儲かる、儲からないではなく、制度をしっかりと根付かせるための材料としてケモプリベンション(薬剤による予防)を考えてもいいのではと思う。