3月25日SLEの治療標的としての細胞接着(Journal of Clinical Investigationオンライン版掲載論文)
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3月25日SLEの治療標的としての細胞接着(Journal of Clinical Investigationオンライン版掲載論文)

2017年3月25日
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    免疫学をかじった人なら、ほとんどの人が自己免疫病の一つ前進性エリテマトーデス(SLE)に興味を持つた経験があるはずだ。自己免疫病の中でも、全身の臓器が影響を受けるという点では群を抜いており、また2本鎖DNAに対する抗体の存在も特徴的だ。治療の中心がステロイドであることは、私が病院で働いていた頃から変わっていないが、投与の仕方が改善され、患者さんの予後もずいぶん改善されている。しかし予後をさらに改善するためには新しい薬剤の登場が待たれており、B細胞を除去するリツキシマブなどへの期待が高まっていたが、リュウマチに対するTNF抗体のような決定打は見つかっていない。
   今日紹介するシカゴ・Rush大学医療センターからの論文は、Cd11bを活性化するとSLEの症状を軽減できる可能性について示す論文で、Journal of Clinical Investigationオンライン版に掲載された)。タイトルは、「Cd11b activation suppresses TLR-dependent inflammation and autoimmuneity in systemic lupus erythematosus(Cd11bの活性化はSLE患者さんのTLR依存性炎症と自己免疫を抑える)」だ。
   この研究はゲノム解析から明らかになっていた、インテグリンαM分子の変異とSLEとの相関のメカニズム追及から始まっている。インテグリンαM(IGAM)は、私が現役の頃はMac1として知られていた分子で、主にマクロファージが発現している。SLEの炎症は、自然免疫に関わるTLRの活性化に続く様々な炎症性サイトカインの上昇が基盤にあるので、SLE患者さんをIGAM変異の有無で分けて、インターフェロン濃度を調べると、IGAM変異のある患者さんの多くが高い濃度を示すことを発見する。
   この発見がこの研究のハイライトで、あとはIGAMを活性化する薬剤Leukoadherin-1(LA-1)を用いて、インテグリンの活性化から炎症性サイトカイン発現までの分子経路を丹念に調べ、ITGAM活性化、Myd88機能抑制、AKT及びPIKK下流シグナルの抑制、FoxO3を介するインターフェロン発現低下、及びNFkBを介する細胞遊走低下が起こることを示している。
   最後に、MRL自己免疫モデルマウスにLA-1を投与し、抗核抗体が低下、炎症性サイトカインのテイア低下、皮膚症状の改善、腎炎の改善が見られることを示している。また、実際の患者さんの白血球を試験管で刺激する実験を行い、LA-1からFoxO3を介する経路が確かに動いていること、またIGAMの変異にかかわらず、LA-1がFoxO3活性化を抑制できる可能性を示している。
   LA-1をそのまま患者さんに使えるかどうかは疑問だが、IGAMからの経路が明らかになることで、SLEを治療できる新しい薬剤開発への期待が膨らむ。
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3月24日:脂肪幹細胞移植による失明(3月16日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2017年3月24日
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   神戸CDBの万代さん、高橋さん、そして神戸中央市民病院の栗本さんたちのチームはThe New England Journal of Medicine(NEJM)に、iPS由来の網膜色素細胞移植を行った一人の患者さんの経過報告を発表した。我が国のほとんどのメディアがこの論文を紹介しており、内容はここで紹介する必要は無いだろう。Yahoo Newsにも書いたように(https://news.yahoo.co.jp/byline/nishikawashinichi/20170318-00068846/)、このプロジェクトを最初の段階から見守り、「ゴールは結果にかかわらず正確に経過を記載し、臨床のトップジャーナルに論文を出すことだ」と檄を飛ばしてきた身としては、NEJMに論文が掲載されたことを喜びたい。
   代わりに今日紹介したいと思っている論文は、同じ号のNEJMに掲載されていた加齢黄斑変性症に対する脂肪幹細胞移植を受けた3症例の論文だ。タイトルは「Vision loss after intravitreal injection of autologous “stem ells” for AMD(加齢黄斑変性症治療の目的で行われた自己「幹細胞」硝子体内移植による視力喪失)」だ。
   この論文は同じ号のNEJMに万代論文に続いて掲載されている。しかも、タイトルに「黄斑変性症」、「幹細胞」と「視力喪失」という言葉が並ぶと興味を惹かれないはずはない。そして読んだ人全てが、アメリカで横行する「幹細胞治療」の実態に触れ愕然とすることになる。おそらく2編の論文を対比させて読者に考えさせたいという編集者の強い意図を感じる。
   もちろん、いかがわしい幹細胞移植を行ったグループが書いた論文ではなく、幹細胞移植による後遺症を治療したマイアミ大学医学部の眼科からの論文で、この治療を告発している論文だと言っていい。
   論文の内容は、おそらく同一の「幹細胞クリニック」で、5000ドルを払って加齢黄斑変性症の治療のために自己脂肪細胞を硝子体内に注射された3症例の淡々とした報告になっている。
   全ての症例で、脂肪細胞は吸引採取・洗浄後すぐに注射されており、注射直後から様々な副作用が現れ、マイアミ大学を含む眼科で懸命の治療が行われるが、一人は完全失明、残る二人は失明こそ免れたものの、視力が大きく損なわれたことが書かれている。
   副作用は多彩で、おそらく注射液に混じっていたと思われるトリプシンによる毛様小帯の障害まで起こっている。主なものは注射による眼圧上昇、網膜血管血流ブロック、そして網膜剥離などが複合して、懸命の治療にもかかわらず、視力が低下しているが、諸般の状況からみて移植された脂肪細胞自体が異常を引き起こしたと考えざるをえない。
   驚くのは、「幹細胞クリニック」という看板を掲げた医師が、前臨床研究での効果や安全性の検討がほとんどできていない治療法を、治験を登録するClinical Trial Governmentに登録し、その登録を見た患者さんが、治験の認識なく、しかも5000ドルも払って脂肪細胞移植を受け、治療したクリニックは治療による副作用に関して知らん顔だという点だ。
   確かに長年の前臨床研究、何重もの管理、何重もの審査を経てようやくたどり着いた高橋さんたちの症例の対極に、この3症例は存在しており、編集者の意図に賛意を表したい
   トランプ政権はFDAの規制を緩和し、薬剤や治療法をもっと経済原理に従わせようとしている様だが、その結果何が起こるのかを示す目的で、NEJMの編集者がこの論文を万代論文に続けて掲載したのだろう。その意味でこの論文は、万代、高橋論文とともに一般にも紹介すべき論文だと思う。
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3月23日:染色体の核内立体地図(3月17日Nature掲載論文)

2017年3月23日
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染色体の立体構造に関する研究が加速している。
    今日紹介するケンブリッジ大学からの論文は、ゲノム、エピゲノム、集団レベルの染色体立体構造についての詳しい情報が揃ったES細胞を用いて、単一細胞レベルの染色体構造解析(主にHi-C法を用いた)と、各染色体の核内の位置を知るためのCENP-Aヌクレオソームの位置決めなどを組み合わせて各染色体の位置を決めたという研究で3月17日号のNatureに掲載された。タイトルは「3D structures of individual mammalian genomes studied by single cell Hi-C(単一細胞レベルのHi-C法で明らかにした単一の哺乳動物ゲノムの立体構造)」だ。
   各染色体の核内の位置決めについての論文がいつか出ることは間違い無いと思っていた。ゲノムの各領域同士の位置関係を調べるHi-Cなどの方法と、折りたたまれる方向を知るためのゲノム配列、及び折りたたみ方を決めるCTCFとコヒーシンの結合状態、さらには核マトリックスとの関係や染色体構造を正確に決める方法は揃っている。
   とはいえ、もう論文が出たのかと正直驚いている。というのも、3D地図を書くために克服すべき最大の問題があった。それは、上に述べたほとんどの方法が、かなりの数の細胞を必要とし、その結果得られるデータは多くの細胞の平均値でしか無いことだ。この問題を完全に解決するためには単一細胞にHi-Cなどの手法を適用する必要がある。
   この論文のハイライトは、まさに単一細胞レベルに適用できる技術を開発したことだ。これによって、Rabl構造と呼ばれる、分裂により染色体構造が完全にほどけた後、もう一度構成されたばかりのG1期の染色体にだけ焦点を当てた研究が可能になっている。
   具体的には、核内で紡錘糸が結合するCENP-Aヌクレオソームなどの位置決めをした後、観察した細胞についてHi-Cを用いて各染色体のどことどこが近接しているかを調べ、先に撮影した画像にこの結果をスーパーインポーズする方法で染色体の立体地図を完成させている。最後の折りたたみは計算機が用いられているが、美しい。
   単一細胞レベルの技術開発はさぞ大変だったと思うが、複雑性をできるだけ排するために、染色体が1本ずつしか無いハプロイドES細胞を用いるなど、ケンブリッジ大学周辺の幹細胞研究、ゲノム研究、染色体研究、そしてシステムバイオロジー研究の全てが集大成されたと言っていい。
   ただただ感心するだけだが、G1期に揃えてあると、調べたほとんどの細胞で同じ地図が描けることは想像以上にこの方法が信頼できることを示している。
   後は、転写活性の強い遺伝子は核膜から離れたところに存在していること、CTCF/コヒーシン結合部位は細胞ごとに異なり、転写により変化していることなど、これまで想像されていたことが確認されている。最後に、多能性に必要なNanog分子やNuRD分子が調節している遺伝子の分布地図を示して、今後細胞の分化や分裂に合わせてこの地図がどう変わるかを調べることが可能になり、全く違う観点から遺伝子発現調節について研究が進んでいくことを予言している。
   この分野が、私の予想を超える速度で進んでいることを実感する。私は現役時代、ケンブリッジの幹細胞研究所のアドバイザーを勤めていたが、あの時の知識は遠い昔の話として古びてしまっている。ともかく進歩に目をみはる。
    一方、我が国では、幹細胞研究、ゲノム研究、システムバイオロジーが個別に助成され、このような共同研究の影も見られない。この差をどう埋めるのか、指導者達は真剣に考える必要があることを示す論文だと思う。
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3月22日:酵素なしのTCAサイクル(Nature Ecology & Evolutionオンライン版掲載論文)

2017年3月22日
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   地球上で最初の生命が誕生するまで、地球上に存在した様々な無機物を使って有機物が合成されていたことは間違いない(だから私たちが地球に存在している)。1953年に発表された有名なユーリーとミラーの実験に端を発し、この過程を再現するための様々な研究が続いている。この結果「生命に必要なほとんどの有機物を合成することは可能」であることを、この分野の研究者は確信しており、さらに高いレベルの合成化学へのチャレンジにつながっている。この新しい課題の一つが、一続きの代謝経路を生命の関与なしにどこまで再現できるかという課題だ。中でも最も重要な目標が、生命の代謝経路の中心に鎮座しているTCAサイクルの再現だ。
TCAサイクルは糖や脂肪を酸化によって燃やし、ATPやNADHなどのエネルギー交換のための分子生成に使われるだけでなく、アミノ酸などの合成にも必須の、生命の基盤回路として酸素呼吸を行うすべての生物に存在している。しかしこのサイクルは何段階にも分かれており、その全てに特異的な酵素が必要だ。すなわち、すべての酵素が揃わないと動かないように見える。ただRNAワールドだとしても、10種類近い酵素を全て揃えるためには天文学的時間がかかる。そのため、無機物でこの回路をどの程度動かせるか研究が行われていた。
   今日紹介するケンブリッジ・システムバイオロジー研究所からの論文はほとんどのTCAサイクルを単純な硫酸鉄を含む鉱物だけで動かすことができることを示した論文でNature Ecology & amp; Evolutionオンライン版に掲載された。タイトルは「Sulfate radicals enable a non-enzymatic Krebs cycle precursor (硫酸ラジカルは酵素に頼らない前駆的クレブスサイクルを可能にする)」だ。
   研究はクエン酸、アコニット酸、コハク酸、リンゴ酸、フマル酸の5種類のTCAサイクル中間体分子を、地球に実際存在する様々な鉱物とともに反応させ、合成される有機物を質量分析器で分析する単純なものだが、実際には4850回の実験を行い、合成されたすべての成分の絶対量を測定する大変な実験だ。
   詳細はすべて省くが、結果は硫化第一鉄と混合した時にTCAサイクルが動き始めたとまとめられるだろう。反応は双方向性で、反応で生まれるおよそ半分が現存のTCAサイクルの構成物で、他の反応はほとんど起こらないことを示している。
   基本的に酵素反応は、加えた安定な分子を活性化して、他の分子と反応できるようにすることだが、硫酸鉄の表面でほぼすべての分子を活性化できることを示している。もちろん、酵素反応と比べるとそれぞれの反応の効率は大きく異なり、収率は高くない。しかし、1−2過程を除いてすべてのTCAサイクル過程が可能になったことは大きい。このような条件に、一つのリボザイムや酵素が加わるだけで、TCAサイクルを完成させ、収率をあげることができるようになる。最後のプロセスの実験的再現もそう遠くない気がする。
   このような地球化学と、有機化学が一体化した生命以前の世界の再現実験にはロマンが溢れているが、着実に進歩していると実感している。
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3月21日:新しいサイトカインシグナルの概念II:刺激細胞を変化させる(3月9日号Cell掲載論文)

2017年3月21日
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    昨日に続いて紹介する新しい方向性のサイトカインシグナル論文はc-Kit分子のリガンドSCF(Stem Cell Factor)についての研究だ。タイトルは「Decoupling the functional pleiotropy of stem cell factor by tuning c-kit signaling(Stem cell factorの多面性をc-Kitシグナルをチューニングすることで解消する)」。
   まだ京大医学研究科にいる時、Amgenが白斑治療の可能性について専門家の会議をしたいというので参加したことがある。白斑の治療を薬剤治療から細胞移植まで、あまりデータにこだわらず自分の意見を自由に語るフランクな会議だったが、当然色素幹細胞の増殖を調節する鍵となるサイトカイン、SCFの臨床利用についても議論になった。例えばサルに投与すると、顔が真っ黒になる程色素細胞への効果はあるが、結局肥満細胞を刺激しておこる強いアレルギー反応を抑えることが難しく、SCFをそのまま投与する治療はありえないという結論になったと思う。
   このように、一つのサイトカインは様々な細胞に作用している。したがって、一部の細胞にだけ効果があるようなリガンドを探すのは簡単でない。これにチャレンジしたのが今日紹介するスタンフォード大学からの研究で、リガンドのアミノ酸配列を変えて、血液幹細胞に効果があるが、肥満細胞を刺激しないリガンドを開発する研究だ。あの会議から20年してこのような論文を見ると感慨が深い。
   読んでみると「結果オーライ」という感はあるが、この目的のために受容体活性化に重要な働きをしているSCFの2量体形成部位のアミノ酸を変化させ、2量体形成能を低下させたSCFを設計している。次に、この変異SCF1量体の受容体への結合力を上昇させるため、酵母の中で自然に変異し、細胞表面に表現されるSCF分子をc-Kitの結合力で選択する方法で、結合力が1000倍上昇したSCFを開発した。これにより、自然に存在するSCF(多くは膜結合型)を抑えて細胞に選択的に結合し、弱く受容体を凝集するという性質を持ったリガンドが生まれた。これがこの研究のすべてと言っていいだろう。
   このリガンドを細胞で調べると、2量体形成能が極めて弱いにもかかわらず下流のシグナル分子活性化能を持っている。この程度の2量体形成能でいいのか心配だが、下流シグナル活性化ができるならと、そのまま血液幹細胞と肥満細胞を用いた実験に移り、血液幹細胞の増殖は支持するが、肥満細胞の活性化が弱いことを示している。
   最後に、放射線照射マウスへ投与する実験を行い、放射線障害に夜マウスの死亡を抑える一方、アナフィラキシーなど天然のSCFが持つ副作用がないことを示している。
   論理的にはまだ詰め切れておらず雑な感じがする論文だが、マウスモデルではうまくいったという話だ。ただ、SCFは臨床応用ができていない大物サイトカインであるという点では、期待が持てる。慎重な副作用テストが必要だが、ヒトSCFでも同じ方法で幹細胞だけに聞くSCFが開発されることを期待する。
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3月20日:新しいサイトカインシグナルの概念I:エリスロポイエチン(3月9日号Cell掲載論文)

2017年3月20日
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  1990年前後の血液学は、造血因子とそのシグナル伝達経路の解明をめぐっての競争に湧いていた。現在臨床に使われている様々なサイトカインや、それに対する抗体療法も、元はと言えば当時の研究から生まれたものだ。サイトカインとその受容体の結合により活性化される細胞内分子も続々明らかにされ、トップジャーナルには常にこの領域の論文が掲載されていた。これらの結果は現在では教科書の内容として記載され、シグナル伝達経路に関する研究はマニアックな研究領域になったのではないだろうか。
    しかし教科書に記載されてしまうと、話が単純化されステレオタイプになる。即ち、受容体の下流でシグナルを伝える分子は、遺伝子ノックアウト研究などで最も目立つ経路だけが記載され、実際に活性化される分子のほとんどが無視されることになる。実際私の頭の中に入っている経路もすでに教科書的なものに置き換わっている。
   今日、明日と、実際のシグナル経路は複雑で、教科書的コンセンサスのみに頼ると、実際の病気に立ち向かえないことを示した、ともに3月9日号のCellに発表された論文を紹介しようと思っている。
   今日はエリスロポイエチンのシグナル経路についてのハーバード大学からの論文で、タイトルは「Functional selectiveity in cytokine signaling revealed through a pathogenic EPO mutation(病的なエリスロポイチン突然変異からわかったサイトカインシグナルの機能的選択性)」だ。
   この研究は最初赤血球造血が強く抑制される遺伝病ダイアモンド・ブックファン貧血(DBA)と診断されていた小児の病因解析から始まる。DBAの多くはリボゾームタンパク質をコードする遺伝子の突然変異に起因しており、骨髄移植により治る。しかし患者さんは骨髄移植でも全く改善せず、逆にGvH反応が強く最終的には亡くなる。そこで徹底的に遺伝子解析(エクソーム)を行い、ついにエリスロポイエチン(EPO)の150番目のアミノ酸がグルタミンからアルギニンに置換する突然変異によることを突き止める。
   この突然変異の機能解析から、変異EPOは受容体への結合が弱く、またすぐに受容体から離れることが明らかになる。教科書にはEPO受容体はJAK2の活性化を介するSTAT5を活性化が主要な経路であることが示されている。これを確かめるため、変異型EPOによる下流分子の活性化を調べると、たしかに正常EPO濃度ではSTAT5の活性化が低下しているが、患者さんの血中と同じ高いEPO濃度で刺激すると、STAT5の活性化はほとんど正常に行われていることがわかる。そこで、他のSTAT分子を調べると、高濃度のEPOでもSTAT3、STAT1の活性化が低下したままである事、また同じ状態がJAK2を抑制する事でも起こる事が明らかになる。すなわち、変異型EPOと受容体の結合では十分なJAK2の活性化が起こらず、その結果STAT1,STAT3の活性化が不十分のまま終わる事が明らかになった。
   残念ながらこの研究のきっかけになった患者さんは亡くなったが、新たに見つかった同じ患者さんにEPOを投与すると、期待どおり貧血を治す事ができた事を示している。
   以上の結果から、サイトカインシグナルは教科書に書かれているように単純なものではなく、実際にはサイトカインと受容体の微妙な反応により複数の経路が活性化される事で、正常機能が維持されている事、そして何よりもDBAも症状からだけ診断するのではなく、エクソーム検査をしっかりと行い、それに合わせたプレシジョンメディシンを進める事の重要性が分かる。
   研究自体は驚くような話ではないが、患者さんからまだまだ学ぶ事が多い事を実感する研究だと思う。明日は、stem cell factorのシグナルに関する論文を紹介しよう。
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3月19日:失語症治療プログラムの治験(The Lancetオンライン版掲載論文)

2017年3月19日
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    大学時代、臨床実習で最も印象深かったのが、失語症の患者さんの診察を見学した経験だ。「これはなんですか」と問われた時、指し示されたものとは全く異なる単語が出てしまう。また、患者さんもそれがわかっていてもどかしそうな様子を見ると、言語を使うということの複雑さを知ると同時に、自分が言葉を失ったことを想像して恐怖を覚えた。その後一度だけ、友人の奥さんから、失語のリハビリの専門家がいるかどうか相談を受けたことがある。残念ながら唯一私が知っていた先生は結局現役を退いた後で、お役に立てなかった。ただ、言葉を取り戻す体系的なリハビリ法がどの程度完成しているのか気になったが、そのままこの疑問は忘れていた。
   今日紹介するドイツアーヘン大学を中心とするグループの論文は失語症治療プログラムの効果について検証した研究で、タイトルを見てこれまでの様々な思い出が浮かんできた。The Lancetオンライン版に掲載された論文で、タイトルは「Intensive speech and language therapy in patients with chronic aphasia after stroke: a randomized open-label blinded-endopoint, controlled trial in health care setting(脳卒中後の失語症患者さんの集中会話・言語治療:保健でカバー可能な状況を想定した無作為化、非盲検、評価は盲検、対照臨床試験)」だ。
   失語症プログラムの無作為化治験とは大変な力作だと読み始めたが、結局読んだ後も何が行われ、治療効果は高いのかどうか、よくわからないで終わった。
   まず治療内容だが、治療プログラムを作成した研究者から訓練を受けたセラピストが週10時間、個別訓練を行い、また5時間グループセッションを行うコースを、最低3週間続ける。コントロールは、治療開始を3週間遅らせたグループを設定し、時間的ズレを利用して効果の差を見ている。対象は全員、発作後30ヶ月程度経過して、言葉が戻らなかった人だが、運動性(ブロカ)、感覚性(ウェルニッケ)、両方合併した重症性、健忘失語まで様々な症状が一定率で存在しており、一つのプログラムで治療していいのか素人ながら気になる。
   それ以外は患者さんの置かれた状況をよく勘案した治験だ。例えば、コントロールは治療開始を遅らせて、最終的には治療を受けれるように計画しているし、3週間という治療期間は保険でカバーされる期間にあわしている。
   結果だが、失語の評価に使われるANELTスコアを使って点数評価し、コントロールと比べるとポイントで3ポイント改善したことが強調されている。残念ながらどのタイプの失語に高い効果があるのかなどについては明確ではない。そもそも3ポイントの改善がどれほどのものか、素人にはわからない。点数上の改善は小さくとも、日常生活では大きな変化であることが書かれているが、患者さん自身の評価も示してほしいなと思った。
   失語は職場復帰を考えると最も深刻な症状だ。卒中後細胞自体の回復がないことを考えると、訓練しか治療法はない。患者さんたちも有効な方法を首を長くして待っている。その意味で、論文としてはわかりにくいとはいえ、無作為化対照試験を行った意義は大きいと思う。患者さんには、標準治療のためのスタートラインに立つことができたとを伝えたい。
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3月18日:てんかん性の発作と自閉症の関わり(Natureオンライン版掲載論文)

2017年3月18日
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    自閉症スペクトラムに共通の症状は、他人や社会との交流を進めようとする感情や情動の低下が中心にあるように思えるが、はっきり言って一言で表せないほど複雑だ。これまでのゲノム研究からも、100を超す遺伝子との関連が認められており、分子メカニズムの研究が、現象論や遺伝子リストの作成を超えて進むのを阻んでいる。この壁を破る可能性があるのが、患者さん由来のiPSを用いた研究で、様々な神経細胞を誘導する手法が開発できれば、分子の細胞レベルの機能を明らかにすることが可能になる (http://aasj.jp/news/watch/3774 参照されたい)。
    次に重要な細胞レベルの結果を個体レベルの症状と対応させるための研究には、動物モデルが重要になる。しかし、動物モデルでは高次の社会行動を再現できないこと、複雑な遺伝子ネットワークの異常を再現できないなどの壁が立ちはだかる。とはいえ、モデル動物も作成可能な、特定の遺伝子の異常に起因する稀な自閉症の研究からなんとか一般的法則を導き出そうとする地道な研究が進んでいる。これまでも特にMESP2重複症や欠損症については研究を紹介してきた。
   今日紹介するハーバード大学、ベスイスラエル医療センターからの論文はUBE3Aの過剰発現によると考えられる自閉症発症のメカニズムを、モデル動物で丹念に追いかけた研究で、MECP2の関わる自閉症の理解にとっても重要なヒントになりそうな研究だと思う。タイトルは「Autism gene Ube3a and seizures impair sociability by repressing VTA Cbln1(自閉症の原因遺伝子の一つUbe3aは腹側被蓋野のCbln1発現を抑制して社会性を抑制する)」で、Natureにオンライン出版された。
   原因遺伝子が特定されている自閉症の一つに、15番染色体の一部が3倍に重複することで起こるタイプが存在する。これまでの研究でこの領域のUbe3aと呼ばれるユビキチン化活性と転写のコファクターの両方の機能を持つ分子の発現が上昇することが主な遺伝的原因であることがわかっている。この研究では、Ube3aを過剰発現させたマウスの脳で強く抑制される遺伝子の中に、Cbln1と呼ばれる補体ファミリー分泌分子があることに着目している。Cbln1はグルタミン酸受容体などと結合してシナプス形成をリードする分子として注目されており、この分子が引っかかってきたことで研究は大きく進展したのだろうと想像する。
   Ube3aとCbln1の関連を明らかにするため、Cbln1をグルタミン酸トランスポーター発現細胞でノックアウトし、Ube3a過剰発現マウスと同じように他の個体への関心が薄れることを明らかにするとともに、これがグルタミン酸作動性シナプス形成の障害によることを示している。
   この研究のハイライトは、遺伝的病態にとどまらずマウスのてんかん性の発作を誘導した時、Ube3a過剰発現マウスと同じ病態が誘導され、1ヶ月以上持続すること、そしてこのてんかん発作により誘導される社会性の異常は、脳内の背側被蓋領野のグルタミン酸作動性シナプスがCbln1により形成される過程の異常によることを明らかにしている。
   最後に、薬剤とUbe3a過剰発現により誘導される社会性の低下を、Cbln1分子の過剰発現で抑制できることを示している。
   Ube3aからスタートした研究だが、結論的には背側被蓋野のグルタミン酸作動性ニューロンのCbln1を介するシナプス形成へと収束させた点が重要だ。これにより、てんかん発作と自閉症症状が合併する多くの病気を説明できるようになるかもしれない。さらにMECP2分子はUbe3aと結合することが知られている。レット症候群やMECP2重複症を新たな視点から見ることで、介入可能な分子過程が明らかになることを期待したい。
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3月17日:超微弱電位を感じるメカニズム(3月16日号Nature掲載論文)

2017年3月17日
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   電流に触れるとビリビリと感じることは誰もが経験している。もともと神経は様々なイオンを媒介として電流を生じており、膜電位依存性のチャンネルにイオンが流れることを知っていると、当たり前のことで不思議に感じない。しかし、たった5nV/mの電位を感じる動物がいると聞くと不思議だ。実際、餌の小さな動きを感知したり、あるいは地磁気を感じて元の場所に戻ったりできるためにはこの驚異の検出力が必要だと言われると、感覚神経細胞の進化の多様性に驚く。
   今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、まさにこの驚異の電流検出能力の生理学的、生化学的基盤に迫った論文で昨日Natureに発表された(doi:10.1038/nature21401)。タイトルは「Molecular Basis of ancestral vertebrate electroreception(脊椎動物の祖先型電気感受能力の分子基盤)」。
   この研究では脊椎動物としては最も未熟なガンギエイが使われている。というのも、軟骨魚にはロレンツィーニ膨大部と呼ばれる電流を感じるための特別な器官が存在しており、電流を感じる神経が集まっている。
   研究ではまず、ガンギエイのこの器官の単一神経細胞のイオンチャンネルを記録するパッチクランプ法を用いて生理学的研究を行い、電位を感じてカルシウムが流入するとそれによりカリウムチャンネルが開くという仕組みがこの感覚に関わることを確認している。すなわち、電位依存性のカルシウムチャンネルと、カルシウム依存性のカリウムチャンネルが電位を感じる分子メカニズムであることを確認している。
   あとは、カルシウムチャンネルを活性化する電位は予想通り低いこと、一方カルシウムにより活性化されるカリウムチャンネルの電導性が低く、持続時間も短いことなど、チャンネルの組み合わせの生理学的特性を明らかにした上で、それぞれのチャンネル分子のアミノ酸配列を調べ、高い電流感受性の仕組みを探っている。
   詳細は省くが、カルシウムチャンネルは電位を感じる部分に隣接するチャンネル部分に特異的配列があり、これにより小さな電気センサーの動きでチャンネルが開くようになっていることがわかった。一方、カルシウムに反応するカリウムチャンネルは伝導度が低く(すなわち多くのKを通さない)、また開いている時間も短い性質を持っており、これにより膜電位の早い振動が形成されていることがわかった。この早い反応で、小さな電位で興奮しても、すぐに元に戻って次の刺激に反応できるように設計されており、長い過分極を防いでいることがわかった。
   これを確かめるために、様々な遺伝子変異を導入してチャンネルの特性を変えて調べている。生化学的特性と、生理学的特性が見事に説明できた、話としては納得の仕事で、ひとつ物知りになった満足感がある。    その上で改めて見直してみると、このような高感度のチャンネルは間違いなく様々な神経操作に使えると想像できる。実際、将来の神経操作技術開発を目指しているのではとすら思えてくる。今回明らかになったメカニズムは音を感じるヘアー細胞のメカノセンサーに極めて似ている。すでにメカノセンサーが磁場で操作できる神経操作に使われているのを考えると、間違いなく微小電気により感情が高まるマウスが生まれると期待できる。
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3月16日:クラスルームでの活動を音で判断する(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2017年3月16日
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   教室内でどのように教育が行われ、学生がどのように反応しているのかを知ることは教育方法を改善するためにも重要だ。
   一般的には今も多くの人が、教育効果は教師の能力にかかっていると思っていると思う。事実、私自身が教育を受け、また教育に携わってきた経験から言うと、確かに教師の能力は重要だと思う。しかし、国全体で高い教育効果を上げるためには、最終的には生徒が選べない教師の資質にだけ頼るのではなく、教材、ビデオやPCなどのメディア、そしてそれを生かすための教育指導要領を作ることが重要だ。しかしこれも言うは易く、行うは難い。
   今日紹介するサンフランシスコ州立大学を中心とするグループの論文は教室で行われている教育手法を、音を使ってモニターできるアプリ開発を目指した研究で米国アカデミー紀要に掲載された(www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.1618693114)。タイトルは「Classroom sound can be used to classify reaching practices in college science course(大学の科学教育の実行を教室での音を用いてモニターできる)」だ。
   この研究に参加しているのはほとんどがサンフランシスコ近辺の大学で、おそらく州政府などの強い後押しがあるのだろう。アメリカの大学教育で今問題になっているのが数学・物理・化学・生物学などを教える科学教育で、これをレクチャー方式ではなく、もっと生徒のイニシアチブに基づく、アクティブラーニングに変えるための取り組みが行われているようだ。
   ただ、どの程度の大学でこれが行われているのか、全米規模で調べるためには、熟練した検査官が必要になり、簡単ではない。そこで、これを人工知能でやれないか研究を始め、単純に教室内の音を記録し、それをコンピユータに判断させることで、どのタイプの教育手法が使われているのかモニターできることを示している。
   具体的には教室内での音や映像を全てモニターし、音の強弱のパターンだけをPCにインプットするとともに、その時点時点で何が行われていたか、三人の熟練の検査官に解読してもらって(例えば教師が講義している、生徒が相談している、などなど)、その解釈を同じPCにインプットする。このようなデータを機械に学習させて、最終的にDARTと呼ぶ音のパターンからクラスルームでどのような活動が行われているのか読み解くアルゴリズムを作っている。
   結果は満足できるもので、十五人規模の小クラスから、287人規模の大クラスまで、ほぼ正確に「先生が講義している」、「学生が討論している」「全員が考えている」「議論結果を共有している」といった活動を正確にモニターすることができる。実際には、熟練検査官との一致率は90%を超える。
   最後にDARTを使って様々な大学での科学授業を分析させ、クラスで行われている教育スタイルを図表化し、どのように教育が行われているのか誰もが簡単かつ正確に把握できるようになったことを示している。興味を引くのは、アメリカの大学の科学教養授業で、3割近くが初めからアクティブラーニングを取り入れており、また8割以上が授業のどこかでアクティブラーニングを取り入れているという結果だ。専門教育になるとさらにこの傾向が強い。
   AIと言っても全時間のビデオ記録などは情報量が多すぎて役に立たないことが多く、できるだけ単純な指標を用いることが重要になる。自分の経験から判断しても、音を使うのはクラスルームの活動をモニターするという観点からは理にかなっており、直感的にグッドアイデアで、今後改良を重ねれば実用性の高いツールになると思う。もちろんこのツールにより、実際にはどの大学の誰がどのような方法で教育しているのかが一目瞭然でわかるようになるだろう。評価という視点ではいいが、評価される側にとっては大変だろう。また、これは大学の話だが、このアイデアを進めると、小学校から高校まで全てのクラスルームをモニターすることが可能になる。例えば、全てのクラスで授業がモニターされ、問題を早期に診断することができるようになるだろう。
   このような手法の採用には異論も多いと思うが、私は検討に値すると思う。しかし、まず我が国では問題にならない大学での教え方を問題にするこの取り組みには感心した。結局私は旧来依然たる教育法を使っていると判定が下されることまちがいない。
カテゴリ:論文ウォッチ
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