2017年2月15日
アルツハイマー病のアミロイドβのように折りたたみがうまくいかなかったタンパク質や、ミトコンドリア病あるいはParkin2/Pink1変異によるパーキンソン病のように機能不全に陥ったミトコンドリアが増加すると、神経細胞が最初に影響される。すなわち、神経細胞は他の細胞と比べて特に様々なストレスに弱い。逆に、神経細胞はストレスを避けるため、シャペロンや、タンパク質分解系、オートファジー、マイトファジーなど様々なメカニズムを特に発達させている。
今日紹介するニュージャージー州立大学からの論文は上にあげた既存のストレス軽減メカニズムに加えて、神経細胞特有のメカニズムが存在することを示した論文でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「C.elegans neurons jettison protein aggegates and mitochondria under neurotoxic stresss (線虫の神経細胞は神経障害性ストレスにさらされると凝集タンパク質やミトコンドリアを放出する)」だ。
現象は面白いが、最後まで読むとちょっと物足りない感じがする論文だが、線虫の神経発生を仔細に観察する中で、著者らは細胞が4ミクロンほどの大きさの小胞を放出することに気づく。小胞という点ではエクソゾームもそうだが、大きさが全く異なっており、エクソファーと名付けている。エクソファーは大きさから細胞分裂と共通のメカニズムを使っている可能性があるが、全く異なるメカニズムで生成されることを確認している。
さて、エクソファーは線虫の全ての触覚神経で観察することができるが、細胞の場所と発生段階に応じてできる頻度が異なる。また何よりも、細胞質でタンパク質が沈殿したり、ミトコンドリア機能不全が起こると、エクソファーの生成が増加する。凝集する蛍光タンパク質と、凝集しない蛍光タンパク質を同時に発現させた細胞で観察すると、エクソファーは凝集タンパク質を選択的に放出する役割を担っていることがわかり、またアルツハイマー病の原因になる変異Aβもエクソファーにより除かれることを確認している。また遺伝子ノックダウンによりタンパク質の処理がうまくいかなくなると、エクソファー生成が増える。
凝集タンパク質だけでなく、ミトコンドリアのようなオルガネラもエクソファーにより放出される。パーキンソン病の原因の一つPink1のノックダウンなど、ミトコンドリアマトリックスが酸化するような遺伝子異常を誘導すると、エクソファーの数が増える。
最後に、放出されたエクソファーの運命についても調べ、最終的に分解されるだけでなく、隣接する細胞や、あるいは間質液に乗って遠くの細胞に取り込まれる可能性があることを示唆している。すなわち、エクソファーが細胞毒性のある凝集タンパク質を他の細胞へ感染するメカニズムとしても考えられることを提案している。
結局データは線虫でだけ示されており、同じメカニズムが私たちの神経細胞でも見られるのかどうかは今後の研究が必要だ。ただ、細胞をビデオで取り続けると、たしかに細胞質がちぎれることはよく観察されることから、全く荒唐無稽とは思えない。もともと神経は細胞の形態を大きく変化させる能力を持っている。ストレス誘導物質やオルガネラだけが選択的に除去されるメカニズムを明らかにして初めて市民権が得られるだろう。
2017年2月14日
2015年7月1日、生きたマウスの脳内のスパインの動態を長期間観察する方法を開発し、海馬の樹状突起から飛び出てくるスパインが極めて動的に消長を繰り返すことを示したスタンフォード大学からの研究を紹介した(
http://aasj.jp/news/watch/3680)。興奮性ニューロンの神経接合のかなりの割合がこのスパインで行われていることを考えると、今後面白い話が続々出てくるのではと期待したが、今日紹介するニューヨーク大学からの論文はその典型で、この新しい技術をいち早く取り入れ、REM睡眠とスパインの動態の関係を調べた研究でNature Neuroscienceオンライン版に掲載された。タイトルは「 REM sleep selectively prunes and maintains new synapses in development and learning(REM睡眠は発生過程と学習過程で新しいシナプスを剪定しまた維持する)」だ。
上に述べたように、この研究は個々の樹状突起を観察する方法をいち早く導入してただ観察しただけの研究と言っていい。しかし2月10日に紹介した研究が示したように(
http://aasj.jp/news/watch/6474)、眠りによりシナプスがどう変化するのか、まず形態的に調べることが重要で、紹介した研究では電子顕微鏡を用いた研究により眠りはスパインを減少させるとともに、結合が確定したシナプスをより強固な結合へと変化させることが形態的に明らかになった。ただ電子顕微鏡でわかるのは最終結果だけなので、この方法では多くの樹状細胞を統計的に調べて何が起こっているかを想像するしかない。一方、今日紹介する論文では、スパインができるのを確認した後、その消長を継時的に追跡することができる。また、脳波と同時記録することで、睡眠のステージを特定することができる。さらに、スパインの消長と機能を調べることもできる。
この研究では、記憶の固定に重要な働きをしていると考えられているREM睡眠に限って、スパイン形成に及ぼす影響を観察している。結果だが、
1) REM睡眠時間は発達期に長く、その時多くのスパインが形成される。
2) 学習時にスパインは増加するが、REM睡眠に入るとスパインが剪定され、数が減る。
3) スパインが剪定されることで、次の学習でスパインが新しく発生しやすくなる。
4) 発生や学習で新しくできたスパインを追跡すると、REM睡眠はスパインを一部のスパインを長期間維持する方向に働く。
5) REM睡眠時に樹状突起で見られるカルシウム流入はNMDA型グルタミン酸受容体の活性化を通じてスパインの剪定と、増強の両方に関わる。
とまとめられる。
結果としては2月10日に紹介した論文とよく似ているが、その時睡眠と一般的に特定した中でも、REM睡眠がスパインの消長に直接関わっていること、REM睡眠により実際運動機能が高まるという機能的効果が明らかにされていること、そして反応に関わるチャンネルや受容体が明らかになっている点が新しい。いずれにせよ、これまでの研究はREM睡眠によるシナプスの選択と集中がスパインの形態的特徴を基盤に行われ、学習の固定と、次の学習に備えることがわかったが、最初の形態変化の差がどのように生まれるのかの解明が次の課題になるだろう。
2017年2月13日
分裂期のガン細胞を取り出し染色体分析を行うと、普通の染色体の他に、小さなミニ染色体をしばしば観察することができる。その頻度はガンによってまちまちだが、小児の神経芽腫では高頻度に見られることから、ガンの増殖促進に関わる遺伝子を増幅する一つのメカニズムだと考えられてきた。
今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、ガンのゲノム解析が進む今、新しい視点でガンにおける微小染色体の意義について徹底的に解析することを目指した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Extrachromosomal oncogene amplification drives tumor evolution and genetic heterogeneity(染色体外のガン遺伝子増幅により腫瘍が進化し、遺伝的多様性が拡大する)」だ。
ガンで染色体が不安定になることは周知の事実で、その結果、微小染色体がガン遺伝子の増幅に関わるだろうという点についてはほとんどの人が納得してしまって、それで終わっていた気がする。著者らは、ガンのゲノムデータの理解には、微少染色体の解析が欠かせないことを認識し、ガン細胞のゲノム、微小染色体数、微小染色体内の遺伝子解析を組み合わせた解析を2500を越す細胞プレパレーションについて行っている。たしかに微小染色体の存在はわかっていても、正確な解析は難しい。この研究ではこの目的に特化した新しいソフトウェアも作っている。
この結果、
1) ほぼ半数のガンで微小染色体が存在しているが、正常細胞ではほとんど見られない。この数は、これまで考えられてきた頻度と比べると極端に高い。
2) 微小染色体の数や内容は同じガンでも多様性が高い。特にグリオブラストーマをはじめとする悪性のガンでは多様性が高い。
3) 増幅しているガン遺伝子の多くは微小染色体上に乗っていることが多い。
4) 微小染色体から染色体に再挿入される例も多い。
5) シミュレーションから、微小染色体上にガン遺伝子がある方がはるかにガン遺伝子増幅が容易で、ガンが悪性化する。
が示されている。
誰もがある程度は予測していた結果だが、この研究のおかげで微小染色体ができることがガンの強みであり、ガンの個性に合わせた治療を考えるときに無視することはできない。このような地道な研究のおかげで、ゲノムデータから正確に微小染色体の数や内容を割り出すことも可能になるだろう。ガン征圧には多様な研究が必要であることを改めて認識した。
2017年2月12日
科学的調査に裏付けられたガンの予防法はそう多くない。またその多くは、肺ガン予防のための禁煙、大腸・直腸癌予防のための低脂肪食・高繊維食のような生活習慣に関わるもので、薬を飲んで予防する安易な方法(ケモプリベンションと呼ぶ)は少ない。そんな中で、低用量アスピリンが大腸・直腸癌の発生を予防できることを示す研究論文は数多く、気楽にガンを予防したいという期待に答えている。もちろん、「必ず副作用もある薬でガンを予防するなどもってのほか」、という意見もあるのを承知の上で、私も楽な予防法として低用量アスピリンをずっと飲み続けている。科学的な調査に裏付けられれば、薬剤の作用メカニズムがわからなくて問題はない。ただ、アスピリンが標的分子Cox2に働いて、炎症を抑えるというメカニズムは詳しく研究されており、ガンが発生する組織の炎症を抑えることで発ガンが予防されるのだろうと理解してきた。
今日紹介するテキサス大学からの論文はこれに対して、アスピリンの発ガン抑制効果は血小板のCox1を阻害して、ガンの増殖を促進する血小板の働きを抑えることを示す論文でCancer Prevention Research2月号に掲載された。タイトルは「Unlocking Aspirin’s chemopreventive activity: Role of irreversibly inhibiting platelet cyclooxygenase-1(アスピリンのガン抑制活性を解明する:血小板のシクロオキシゲナーゼ1の不可逆的抑制の役割)」だ。
この研究では最初からアスピリンの効果は組織中のCox2抑制によるのではなく、血小板のCox1抑制の結果であるという仮説を立てて実験を行っている。実験手法は20世紀に帰ったような極めて古典的な方法だが、私には馴染みが深い。
これらの実験から、
1) 血小板は試験管内、及びマウス体内での癌細胞の増殖を促進し、この促進はアスピリンで抑制できる。
2) 血小板が分泌する分子はガンに働いて上皮型から間質型への転換を誘導し、ガンの浸潤を助ける。この活性もアスピリンで阻害できる。
3) 化学物質を食べさせて腸の慢性炎症を誘導しガンを発生させる実験系では、血小板増多症が誘導され、アスピリンは前癌状態の発生とともに、血小板数も正常化させる。
4) 同じモデルで血小板の組織内での集積が見られるが、これをアスピリンが抑制する。
などのデータが得られ、アスピリンの効果を考えるとき、血小板とそのCox1を忘れてはならないと結論している。
アスピリンファンとしてはどちらでもいいが、使われた量が、予防に使う量の20倍という点は気になる。一方、同じように消化器症状のないフォスパチジルコリン・アスピリンの方が効果が高いことを示しており、できればこれも低用量型のタブレットの発売を期待したい。
とは言っても、低用量アスピリンは儲からないのか、日本ではほとんど市販されておらず、私も外国から取り寄せている。厚労省は現在かかりつけ薬局を推進しているようだが、このような薬局の最も重要な使命は、日常の健康相談だろう。その意味でアスピリンや、あるいは低用量のスタチンなどは、このような薬局が機能するときの核になると思う。儲かる、儲からないではなく、制度をしっかりと根付かせるための材料としてケモプリベンション(薬剤による予防)を考えてもいいのではと思う。
2017年2月11日
最近も知人から膵臓癌の新しい治療法がないのか相談を受けた。膵臓癌は私が医学部を卒業した時から治療成績がほとんど変わっていないガンの一つで、5年生存率は5%程度で止まっているのではないだろうか。実際これまで紹介してきたように膵臓癌は他のガンと比べても急速に増殖し転移できる様々な強みを持っているが、そのメカニズムは徐々に理解されつつある。一方で爆発的な増殖を支えるためにどうしても弱点が出ることもわかってきた。さらにこの弱点を狙ったFDA認可済みの薬剤も見つかりつつある。基礎実験から生まれた成果を、せめて現在使われているゲムシタビンなどとの併用療法のような形で、医師主導治験が行われることを期待したい。
今日紹介するテキサスMDアンダーソン病院からの論文も膵臓癌の弱点についての研究で、マウスモデルと実際の人の膵臓癌サンプルの両方を比較しながら新しい治療標的を探す極めてオーソドックスな研究で Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Synthetic vulnerabilityies of mesenchymal subpopulations in pancreastic cancer(膵臓癌の間質型集団は統合的な弱点を持っている)」だ。
既に述べたが、この研究はマウスの膵臓癌発生モデルでの結果をヒトのガンで確かめながら膵臓癌の弱点を探す戦略で研究を進めている。まず膵臓癌モデルマウスから膵管細胞を取り出し試験管内で継代を繰り返しながら発がんを試験管内で観察するという面白い方法を用いて、上皮細胞型と、間質細胞型の2種類の膵臓癌を試験管内で発生することを示している。様々な検査から、後者の方が悪性度が高いことを確認した後、両者の遺伝子発現を比較して、間質細胞型ではKras下流の遺伝子の発現が低下するとともに、クロマチン構造調節に関わるSmarcb1の発現が低下していることを突き止める。
次にモデルマウスの体内でも2種類のガンが発生し、試験管内と同じで間質型がSmarcab1陰性で、Ras下流の活性が低いことを確認している。同時に、ヒトのガンでもSmarcb1発現により、予後が全く異なることも確認し、マウスモデルがほぼそのままヒトのガンにも適用できることを示している。
次は再びモデルマウスに帰って、間質型の悪性度の高いガンに弱点がないかを調べて、間質細胞型ではMycガン遺伝子が強く発現し、MKK4経路が活性化されることで、タンパク質代謝が変化しており、その結果として細胞内に処理しきれないタンパク質が蓄積していることを示している。これまでも膵臓癌ではタンパク質代謝の亢進でERストレスが高まることが知られていたが、結局この研究でも同じ経路に弱点が集約した。ただ、MKK4回路については新しく、またこの変化の大元がSmarcb1及びmycであることを突き止めたことが重要だろう。今回明確になった全ての分子経路が治療標的になることを確認した後、ヒトのガンを使ったモデルでERストレスとp38/JNKの阻害実験を行い、現在使われているゲムシタビンに加えて、これら薬剤を併用すると、ガンを抑制できることを示している。
この結果をそのまま臨床に応用することはまだ早いが、Smarcb1をガンの悪性度を知るためのサロゲートマーカートして使えること、そしてSmarcb1陰性ガンに対しては、ERストレスやMKK4抑制を組み合わせることで効果が生まれるという発見は将来期待できることは間違いない。
2017年2月10日
自己の感覚や意識、学習や記憶など大脳皮質が行うどんな高次機能も、そこに存在する1600億個の神経細胞同士がシナプスを介して結合する強さのパターンの違いとして表現されている。この強さは、神経細胞の遺伝子発現の変化として維持されるが、その結果はシナプスの反応性の生化学的変化を生むだけでなく、シナプスの形態学的変化につながることが知られている。
今日紹介するウィスコンシン大学からの論文は毎日繰り返している眠りがこのシナプスの形態変化を誘導するかどうか調べた研究で2月3日号のScienceに掲載された。タイトルは「Ultrastructural evidence for synaptic scaling across the wake/sleep cycle(覚醒・睡眠サイクルによるシナプスの拡大・縮小が起こることの超微細構造的証拠)」だ。
シナプスの変化は神経細胞の興奮により誘導されることから、当然刺激が多い覚醒中に変化が誘導されると考えられる。大脳皮質でのほとんどの興奮性入力は、スパインと呼ばれる樹状突起から飛び出した小さな突起が受けている。一個のニューロンは何百ものスパインから興奮性入力を受けており、他の神経の軸索とスパインの接合部は様々な形を示している。この形態変化はシナプスの強さの変化を反映すると考えられており、覚醒中と睡眠中でスパインの形態が変化する可能性がある。これを確かめるため、睡眠中のマウスと覚醒して動いているマウスの脳皮質のスパインの形態の3次元画像を、シリアルブロックフェイス走査電子顕微鏡で撮影し、統計的に比較したのがこの研究だ。シナプス接合部の肥厚状態、軸索との接合の面積、スパイン先端突起部の体積などを、7000以上のシナプス結合が確認されたスパインについて計測するだけでなく、スパイン先端部に存在するミトコンドリアなどの細胞内小器官も網羅的に調べた研究で、形態学の極致という印象を受ける。
さて結果だが、軸索との接合面積は睡眠により約18%小さくなる。すなわち覚醒・睡眠サイクルに合わせて、軸索接合部が拡大・縮小することを示している。またこの変化は、スパインの密度が高い樹状突起では見られず、スパイン密度の低いところで著明になる。さらに、この変化は接合部の面積が小さいスパインでより著明に見られる。
他にも詳細な比較が行われているが省略して、これを自分なりに解釈すると、軸索との接合が大きく、シナプスに細胞内小器官が少なく、スパインの多い軸索からの神経接合は既に確定しており、興奮性インプットが途切れても変化しないが、それ以外の軸索はまだ可塑性が高く、確定するまで変化し続けると考えられる。もしこれが本当なら、この形態から機能を推定できる点が素晴らしく、これを利用して脳の機能的結合マップを描くことができるような気がする。期待したい。
2017年2月9日
ほとんどのガンでは、発ガン遺伝子やガン抑制遺伝子を中心に、複数の遺伝子に変異が起こり、そのガンの性質を決めている。これがガンがゲノムの病気であると言われる所以で、ガンのゲノムを知ることが治療にとって重要な理由だ。ただガンの性質はゲノムだけでは決まらない。遺伝子のオン・オフを調節するクロマチン構造にも大きく左右される。例えば発ガンの初期に、DNA修復遺伝子のスウィッチがオフになり、ゲノムの変異を促進することはよく知られている。このクロマチン構造はDNAのメチル化と、DNAが巻きついているヒストンタンパク質のメチル化やアセチル化などの修飾により調節されている。21世紀に入って次世代シークエンサーが導入され、ゲノムだけでなく、クロマチン構造をゲノム全体にわたって調べる方法が相次いで開発された。こうして解読するクロマチン構造をエピゲノムと言うが、ガンのエピゲノム解読が加速している。
今日紹介するオーストリアにある分子医学研究所を中心に26の研究所が集まる国際チームからの論文は、小児の肉腫の一つユーイング肉腫のエピゲノムを140人の患者から集め、DNAのメチル化状態を中心に調べた研究でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「DNA methylation heterogeneity defined disease spectrum in Ewing sarcoma(DNAメチル化の多様性がユーウィング肉腫の疾患スペクトラムを決める)」だ。
この研究の目的は、同じタイプの腫瘍のエピゲノムはどのぐらい多様なのか、また解読されるエピゲノムの違いは臨床症状の違いをどの程度反映しているのかを、メチル化DNAの分布から明らかにすることだ。
ゲノム研究と同じかと勘違いされるかもしれないが、次世代シークエンサーが利用できるとはいえ、エピゲノムの解読はゲノム解読の何十倍も大変だ。それを140人について調べただけでも頭がさがる。
さて、ユーイング肉腫はEWS遺伝子とFLI1遺伝子が転座で融合するゲノム変異が疾患の重要な引き金になっていることがすでに明らかになっており、しかもこれ以外のゲノム変化は極めて少ない。従って、病気の性質決定にエピゲノムの関与が大きいと考えられてきた。
膨大なデータが示されているので詳細を省いて結果を箇条書きにすると、
1) ユーウィング肉腫のDNAメチル化パターンは他のガンと比べて、患者間の多様性が極めて大きい、
2) メチル化が低下している領域と上昇している領域を比べると、エピゲノムは決してランダムに決まるのではなく、ユーイング肉腫に特徴的なエピゲノムが存在する。これにはエピゲノム調節に関わるポリコム遺伝子のメチル化が関与している。
3) ガンの発生に関わるEWS-FLI1結合エンハンサー部位のメチル化パターンはほとんどの腫瘍で共通に低下しているが、クロマチンがオープンな領域でのメチル化パターンは多様。
4) DNAメチル化と、クロマチンの開き方、そしてヒストンアセチル化などを合わせて調べると、転写とメチル化パターンが相関しており、これが病気の共通性の基盤になること。
5) 一人の患者さんの肉腫細胞のエピゲノムの変化が大きいこと。
などを見出している。期待通り、ユーイング肉腫ではエピゲノムが変化しやすいことが明らかになった以外に、すぐに治療に結びつくわけではないと思うが、膨大なデータをどう処理するのかなど、学ぶところの多い論文だった。
2017年2月8日
ガン治療はまず原発巣を完全に制御することが最重要だが、次に転移を防ぐことが重要な課題になる。中でも乳ガンは、原発巣を切除した後、すっかり治ったのかと思っていたら急に転移が見つかり患者さんを失望させる。末梢血中に流れるガン細胞の数を調べる方法の開発により、乳ガンは早い時期から血中に漏れ出す性質を持つことがわかってきた。従って、漏れ出しても他の組織で増殖できなくする方法の開発が重要だ。
今日紹介するユタ大学からの論文は、骨を溶かす破骨細胞の活性を制御して乳ガンで多い骨転移を抑える薬剤の開発についての論文でScience Translational Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「RON kinase:a target for treatment of cancer-induced bone destruction and osteoporosis(RONキナーゼ:ガンにより誘導される骨吸収と粗鬆症の治療標的) 」だ。
乳ガン骨転移のためには、骨を吸収しできた足場の中で増殖しなければならない。ほとんどの癌細胞自体は骨吸収能力がないため、もともとホストが持っている吸収能力を活性化しなければならない。これには骨を吸収する破骨細胞の活性化が必要で、従来から破骨細胞を抑制して骨転移を抑える治療が試みられていた。しかし、この切り札とみられていたRANKL抑制の効果が思ったほどでなく、他の経路が探索されていた。
以前このグループは、マクロファージ刺激因子(MSP)を過剰発現した癌細胞が骨転移しやすいことを見出しており、この研究はその続きになる。結果はクリアで、まとめると、
1) MSPは破骨細胞が発現するRONキナーゼ受容体を活性化して、破骨細胞の骨吸収機能特異的に促進する、
2) RON刺激による破骨細胞活性化にはRANKLやTGFβシグナル系の関与はなく、破骨細胞の増殖や分化も変化せず、機能だけが促進する。
3) RON刺激は細胞内のSrcキナーゼを活性化して、破骨細胞の機能を更新させる。
4) RONキナーゼ阻害化合物により骨転移が抑えられる。
5) RON阻害化合物の中でもRONに対する特異性が弱い OSI-296は骨転移後の乳がんの増殖を抑える。
6) よりRON特異的阻害剤は、閉経後の骨粗鬆症を抑制する。
になる。
この結果から見えてくるのは、乳がんの初期に骨転移を防ぐため、RON特異的な阻害剤を服用すること、また骨転移が発見されたらOSI-269により骨吸収とガン自体の増殖を抑える。必要なら、RANKL1阻害やTGFβ阻害も組み合わせてガンの骨内での拡大を防ぐ、といった治療法だ。血中の癌細胞数がCTC検査で多いかどうか調べて、予防投与を行うこともできる
幸い、RON特異的な阻害剤の方は第1相の治験により、安全性が確認されているので、乳がん骨転移の予防効果についても治験へのハードルは低いだろう。私の印象でしかないが、期待できそうだ。
2017年2月7日
レット症候群はメチル化された DNAに結合して遺伝子転写を調節するMECP2遺伝子の機能喪失突然変異により起こる病気で、女児にのみおこる。というのも、MECP2遺伝子はX染色体上に存在し、X染色体を一本しか持たない男性で突然変異が起こると、発生できず生まれてこない。一方、女性の場合一本のX染色体で突然変異が起こってももう一本の染色体が残っているのだが、X染色体不活化と呼ばれる現象により、病気が発症してしまう。このX染色体不活化は、発生途上で片方のX染色体上の遺伝子をほとんど発現できない様にするメカニズムで、これによりX染色体が一本の男性と、2本の女性での遺伝子発現量を同じレベルに保つことができる。このため、女性の体は、いずれかのX染色体が不活化された細胞が混在しており、片方に突然変異があると、突然変異を持つ細胞と持たない細胞の両方の細胞により組織が形成される。この結果、突然変異は片方の染色体のみにあっても、組織には遺伝子欠損細胞が存在することになり、組織の機能が維持できなくなる。
今日紹介するシアトルのフレッドハッチンソンガンセンターからの論文は不活化されたX染色体を再活性化する方法の開発についての研究で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Screen for reactiveation of MECP2 on inactive chromosome identifies the BMP2/TGF-βsuperfamily as a regulator of XIST expression(不活化されたX染色体上のMECP2遺伝子を再活性化する遺伝子スクリーニングによりBMP2/TGF-βファミリー分子がXIST発現の調節因子として特定された)」だ。
この研究では、MECP2遺伝子に光を発するルシフェラーゼ遺伝子と薬剤耐性遺伝子を融合させたX染色体を持つマウスから融合遺伝子を持つX染色体が不活化された線維芽細胞株を樹立し、薬剤耐性と発光を利用してX染色体の再活性化をモニターしている。
次にこの細胞に60000種類のshRNAを導入して様々な分子をノックダウンして、X染色体再活性化に関わる遺伝子をスクリーニングし、30種類の分子を特定している。この中には当然、X染色体不活化に関わる分子群が存在しており、例えば不活化の鍵XISTをノックダウンすると染色体は再活性化する。
この研究のハイライトは、スクリーニングにより、BMP2シグナル伝達経路に関わる分子が、Rnf12と呼ばれるユビキチン化酵素を介してX染色体不活化に関わることの発見で、このシグナルを抑制することで患者さんのX染色体を再活性化して、正常のMECP2を組織で発現させる可能性が生まれた。
この研究はここで終わっており、実際にモデルマウスの治療実験には踏み込んでいないが、BMP2シグナルを特異的に抑制する薬剤はおそらく存在しており、今後それを使った前臨床研究が行われるだろう。すなわち、遺伝子治療を待たなくとも、薬剤でMECP2遺伝子発現を正常化させる可能性が生まれた。是非期待したい。
2017年2月6日
学生講義を頼まれると、「21世紀の科学の課題」か「21世紀の臨床医学」のどちらかを選んでもらって話をする。どちらも20世紀の遺物である私に完全に予測できるわけではないが、少なくとも私たちが教えられないことを若者が自分で見つける助けになれば良いと思っている。
後者の話題で講義するときは、1)ゲノム、2)コホート研究、3)IT、そして4)コレクティブインテリジェンス、と4つのキーワードをしっかり理解してもらおうと努力しているが、これは地球上の全ての個人を記録し続けるという新しい歴史学なしに、医療も、医学も、心理学もないと思うからだ。
しかしこの中で最も難しいのはコホート研究で、資金、プライバシー保護、インフォームドコンセントなど多くの問題を解決する必要がある。
今日紹介する米国、英国、カナダ3国を中心に多くの国からなんと281にわたる研究所が参加した身長と相関する分子についての研究は、大規模調査研究のための一つのヒントになる。タイトルは「Rare and low-frequency coding variants alter human adult height(人間の身長を変化させる低頻度のコードされた分子の変異)」だ。
これまでの調査やコホート研究は、既存の技術を利用する方向が体制を占めていた。例えばGWASによる一塩基多型の探索、あるいは次世代シークエンサーによる大規模ゲノム研究がそうだ。例えばガンのコホート研究なら助成を得られるチャンスもあるが、身長に関わる遺伝子を調べるというプロジェクト「役に立たない」となかなか助成してもらえないのではないだろうか。とはいえ、これまで私も多くの論文を目にしてきたし、すでに身長に関わる700近い変異が、ゲノムの421か所に特定されている。それでも違いの20%を説明できるだけで、しかもほとんどは遺伝子をコードするエクソームではなく、イントロンの変異で、因果性を理解するのは困難だ。
さらなる研究のためにはこれまでリストされた変異よりははるかに頻度が低く、またタンパク質へ翻訳される遺伝子の検査が必要になる。頻度が低いと、これまでのような千人から一万人までの対象をさらに増やし、何十万、何百万のゲノムを調べる必要が出てくる。さてこの難問をどう実現するかだ。
この研究では既存の様々なコホート研究147を利用して実に45万人の対象のゲノムを調べることができている。ただ、50万規模になると、エクソームでもDNA配列の情報処理が大変になる。そこで、エクソームチップと著者らが呼んでいる、16000人のゲノムデータから拾い上げたコーディング領域の変異を選んだDNAチップを新たに設計して、変異の一部で良いと割り切って、規模を重視する研究を行うため、それぞれのコホートに提供している。すなわち、コホートを新たに立ち上げるのではなく、既存のコホートに使いやすい技術を提供する手法だ。実際には身長だけではなく、今後は様々な形質について同じデータから結果が出てくるだろう
今回の調査の結果、これまで見落とされてきた頻度の低い(0.2%以下)身長に関わるコーディング遺伝子が発見された。各遺伝子の役割については今後の研究が必要だが、コーディング遺伝子であるため研究はやりやすい。
例えば、これまで発見された分子も合わせて、新しく発見された分子が関わる生物学的プロセスを抽出すると、骨格形成に関わるヒアルロン酸やプロテオグリカン合成に関わる経路が特定される。また、新たに発見されたSTC2遺伝子は、過剰発現させるとインシュリン様増殖因子の機能を阻害してマウスの成長を阻害することから、この分子の機能が阻害されることで身長が伸びるという因果性も示している。他にも、コレステロール代謝異常とも関わる遺伝子の存在など、面白いネタが示されているが、詳細は省く。今回発見された頻度の低い分子変異を、これまでの研究成果と合わせた、より総合的研究がようやく始まったと言っていいのだろう。
その意味で、この研究のハイライトは、既存のコホートを活用するための新たな技術開発が新しい成果を生むことを示した点だと思う。