7月24日:食料問題に対するScience誌の本気(7月18日号Science誌掲載論文)
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7月24日:食料問題に対するScience誌の本気(7月18日号Science誌掲載論文)

2014年7月24日
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5月25日サイエンス誌が格差問題を特集し、科学の対象として格差問題を扱う意志を示したことを紹介した。無論、格差問題に留まらない。温暖化問題を初め地球の抱える問題は深刻だ。持続可能な地球維持のための政策には科学的分析が必須と考え,この問題に挑戦する論文を優先して掲載し、トレンドを造ろうとする意志だ。ただ7月22日紹介したように、すぐに想像力豊かな論文が集まるわけではない。他の分野と比べた時論文の質は犠牲になるかもしれない。しかし科学として成熟するまで時間がかかるとしても、それを後押しするのがトップジャーナルの使命だと言う気持ちだ。今日紹介するミネソタ州環境研究所からの論文は、サイエンス誌の意志がはっきりと見える研究だ。タイトルも「Leverage points for improving global food security and the environment(世界の食料問題と環境問題を改善するための攻めどころ)」。実際leverage pointを訳すのは少し難しい。直訳すると梃の原理で少し変えれば大い効果が出る様なポイントと言う意味で使われている。いずれにせよ、食料安保や環境問題に世界全体にわたって平均的な政策を進めるのは現実ではないので、先ず効果の高い所に政策を集中させるとしたら、どこを攻めればよいかについて研究している。詳しい紹介は全て省く。アメリカ、中国、インド、アフリカ、ブラジルなどについていわゆるビッグデータを統合的に解析し、食料増産につながる政策効果の高い地域、食物などを特定するとともに、農業に起因する地質汚染や炭酸ガス排出問題への提言を行おうとしている。最も重要な結果は、中国、南欧、アフリカ、インド、アメリカの農地の中で、小さな努力で食料増産が容易に達成できる地域を特定している。もし世界の全農地の持つ能力の50%まで農産物を増産できれば8.5億人の食料をまかなえるが、増産余地のある農地の半分は世界の農地の5%に集中していると言う結果だ。即ち、適切な政策を集中的に行えば、高い効果が期待できることになる。実際分析から、中国では灌漑水が有効に使われておらず、この点の改善で食料増産が可能だと言った地域に応じた政策も示唆されている。他にも、農業と森林伐採による炭酸ガス排出問題、肥料による土壌汚染問題など、各項目について世界規模の分析が行われており、おそらく請われれば結果に基づいて提言は可能だろう。いつも読み慣れている論文とは大分違うし、実際正確な査読が可能だろうかと首を傾げたくなる論文だ。しかしこの様な論文に触発され、政策提言に直接つながる科学を目指す研究者が増え、更に論文の質が上がると言うサイクルが始まったのかもしれない。折しもアメリカアカデミー紀要のオンライン版に牛肉生産は他の農業と比べて環境負荷が10倍になることを示した論文が掲載されていた。(Land, irrigation water, greenhouse gas, and reactive nitrogen burdens of meat, eggs, and dairy production of the Unites States)。私たちはタバコの危険性、高血圧、メタボと科学を盾に生活改善を迫って来たが、今日紹介したトレンドから、科学が私たちの生活の原罪とも言える核心にまで迫って来た予感がする。しかし、イラク、ウクライナ、ガザでの戦争を見ていると、この論文に欠けている視点もわかる。紛争を停止することでどれだけの食料増産が可能か、そんな論文も見てみたい。
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7月23日:新顔ホルモンKisspeptinを利用した体外受精(7月21日号Journal of Clinical Investigation掲載論文)

2014年7月23日
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確かめたわけではないので聞き流して欲しいが、日本の体外受精による新生児比率は3%に達していると聞いた。先進国平均は大体1%前後、一方イスラム圏では4%近くに達するとされているので、少し驚きの数字だ。それを反映しているのか、ヒトクローン作成成功を報告する論文は2報とも日本人が筆頭著者になっている。我が国にこの分野の優秀な技術が蓄積していることがわかる。今日紹介する論文は、体外受精時に卵子を採取する際、卵成熟を促すホルモンとしてKisspeptinがかなり期待できることを示す研究だ。タイトルは、「Kisspeptin-54 triggers egg maturation in women undergoing in vitro fertilization (Kisspeptin54は体外受精治療を受けている女性の卵成熟をううどうする)」で、7月21号のJournal of Clinical Investigationに掲載された。Kisspeptinの遺伝子はKiss1と名前がついており忘れることのない名前だ。歴史の新しいホルモンで、我が国でもペプチド研究に強い武田薬品がこのホルモンの抗がん作用に注目して研究していたのを覚えている。この分子で検索すると、武田薬品研究所から出た2001年Nature論文が最初に来る。実際私もこの論文が出た時をよく覚えている。我が国の製薬会社の研究能力の高さを示すと心強く思ったこともあるが、故人となられたこの論文の著者の一人藤野さんを個人的にも存じ上げていたからだ。藤野さんは製薬企業の側からいつも、大学は基礎研究をしっかりするようにと激を飛ばしておられた。Natureの著者に言われるとつらいなと思いながら聞いていたが、今となってはこのような見識の方が我が国の製薬業界におられるのか心配だ。前置きが長くなったが、研究は簡単だ。Kiss1遺伝子変異があると思春期の性的成熟が阻害され不妊になることがわかっている。内分泌学的研究から、この分子が排卵につながるホルモン反応の最上位に位置していることが最近明らかになり、動物実験でこのホルモンを外から投与するとゴナドトロピンの分泌を誘導することが明らかになっていた。これらの結果から、当然体外受精治療で採卵時の卵成熟誘導にこのホルモンを使う可能性が考えられるが、これを確かめたのがこの研究だ。プロトコルは通常のFSH、ゴナドトロピン受容体刺激剤の組み合わせで排卵サイクルを同期し、超音波で卵が18mm以上の大きさに達した時様々な量のKisspeptinを皮下に一回投与している。その後採卵から始まる通常の過程の各段階で、採卵のし易さ、卵の成熟度、体外受精の成功率、妊娠成功率などを24人づつのグループで調べている。結果は予想通りで、投与量に応じて体内での様々なホルモン産生が上昇し、成熟卵の採取率も格段に上がる。また、成熟卵が安定して得られ、卵の質も高く6nmol以上投与された群で、2−3割の妊娠率があったと言う結果だ。いわゆるLHサージと呼ばれる状態を生理学的に誘導して、体外受精に適した成熟卵を安定して得るための新しい方法になる可能性がある。ともすると生殖補助医療では様々な技術が問題になることが多いが、新顔のホルモンが登場してプロトコルが変わる余地があったとは、まだまだ発展途上の技術のようだ。この使い方に亡き藤野さんならどんなコメントをするのか聞いてみたい。
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7月22日:論文掲載の易しさからトレンドを見る(7月17日号Cell誌掲載論文)

2014年7月22日
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今は出来るだけ多くの雑誌に目を通したいと思っているが、それでもNature, Cellと言ったトップジャーナルに掲載されている論文にはより注意を払っていることは事実だ。理由は簡単で、やはり読んで面白い論文が多い。実際雑誌でどのように論文を扱っているのかなどほとんど知らない時代、トップジャーナルに論文を送っても、それをレフリーに送ってもらうことすら難しかった。それだけ厳しいフィルターがかかっている。と言っても勿論チャンスがないわけではない。独立して初めて自分の教室からNatureに論文を通したときは皆で大騒ぎした。その後世間を知って、多くのトップジャーナルで論文がどのように扱われるのか理解し、またそれに関わるエディターと知り合いになると、幾つか問題に気づくようになる。いい悪いは別にして、この様なトップジャーナルではエディターが独立して次のトレンドの方向性を探して掲載することに強い意志を持っている。従って、論文自体の質は少々犠牲にしても、将来の可能性につながる論文が掲載されている可能性が高い。このこともトップジャーナルに掲載された論文が面白い理由だ。最近私が感じるのは、ヒトゲノムと精神活動をどう結合させるかに関する手探りの研究が多く掲載されている点だ。このホームページでもすでに4−5編、NatureやCellに掲載された自閉症に関する論文を紹介したと思う。今日紹介するワシントン大学からの研究もそんな一つだろう。7月17日号のCell誌に掲載された論文で「Disruptive CHD8 mutations define a subtype of autism early in development (CHD8遺伝子の機能を破壊する突然変異は発生初期の段階で自閉症の亜型を診断できる)」がタイトルだ。このグループはSimons Simplex Collectionと呼ばれる遺伝子異常の親子データベースの検索から、CHD8遺伝子機能が破壊される突然変異が自閉症と関わることを明らかにしていた。今回の研究のハイライトは、この遺伝子異常があると100%自閉症か知的障害を示し、正常人には認められないことを確認している点だ。即ち、この遺伝子の突然変異があれば自閉症様の症状を示すことが生まれる前から診断できると言う結果だ。更に、自閉症の一部は脳発生時の形成異常という器質的障害の結果であることも明確になった。事実、この遺伝子の突然変異では、頭の周囲が大きくなり、目の間が広く、目がくぼんでいる。他にも、ニューラルクレストと呼ばれる細胞の異常を思わせる消化管症状がほぼ全員に認められる。このように、この論文からもゲノム、身体症状、精神症状と様々な情報レベルを統合する方向への研究がエディターに好まれているなと言うのが理解できる。勿論器質的変化と精神症状を結びつけることで初めて論理的治療が可能になるかもしれないことを考えると、重要な仕事だ。特に顔の構造形成や腸の動きに関わるニューラルクレスト異常が基盤にあると言う発見は重要だ。しかしはっきり言って、ではどのような異常が基盤になっているのか切り込むと言う点では甘い論文だ。この遺伝子のノックアウトマウスは発生致死で、九大の中山さん達が研究して来ている。その研究から見ると、この論文が脳発生の基盤を調べる目的で行ったゼブラフィッシュの解析は余りにお粗末と言わざるを得ない。ひいき目に考えれば、ゼブラフィッシュを使うことで発生段階を操作する薬剤を開発しようとしているのかもしれないが、レフリーやエディターは甘いなと言う印象が強い。結論的に言うと、この部分は読後失望させる。ただ、レフリーが甘いなと思える論文がトップジャーナルに掲載されるときは、未来のトレンドを示しているかもしれないと深読できることは、教訓にしてもいいかもしれない。
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7月21日:腸内細菌と直腸がん(7月17日号Cell誌掲載論文)

2014年7月21日
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直腸がんでも他のがんと同じようにrasやp53の変異が見られるが、直腸がんに特徴的な変異もある。その筆頭がAPCと呼ばれる遺伝子だ。生まれつきこの遺伝子の機能が阻害されている方では、腸に多数のポリプが出来る。もう一つ、比較的大腸がんによく見られる変異として知られるのが、DNAのミスマッチ修復(DNAが複製されるときの間違いを直す修復機構)に関わる、MSH2、MLH1などの変異で、ミスマッチ修復分子とAPCの遺伝子変異は実に5割以上の患者さんに見られる。実際、両方の遺伝子に変異を持つモデルマウスでは、多発性ポリプが起こり、直腸がんの頻度も格段に上がる。私自身は、ミスマッチ修復がうまく行かないことで突然変異が増えてガンになると単純に思っていた。しかし今日紹介する論文はMSH2遺伝子が直腸がん発生に予想外の方法で関わることを示しており、発ガン過程が一筋縄でいかないことを再確認した。7月17日号Cell誌に掲載されたトロント大学からの論文で、「Gut microbial metabolism drives transformation of Msh2-deficient colon epithelial cells (Msh2を欠損した大腸上皮は腸内細菌の代謝物によりガンに転換する)」がタイトルだ。元々このグループは。腸内細菌が発ガンに関わる可能性について研究している。ただ、APC遺伝子のみ変異があるマウスで腸内細菌叢を変化させても、ポリプやガンの発生に影響がない。そこでこのAPCとMSH2両方の遺伝子の機能が阻害されたマウスを用いて調べると、今度は腸内細菌の関与がはっきり認められ、抗生物質で腸内細菌を除去するとポリプの数は減少し、がん発生もMSH2変異がないグループと同じ程度まで低下する。即ち、MSH2遺伝子欠損の発ガンへの影響はこれまで考えられて来たように突然変異が上昇するためではなく、腸内細菌を介して上皮細胞の増殖が上昇するためであることがわかった。次いでこの現象の分子基盤を研究し、腸内細菌が炭水化物を処理する際に代謝物ブチル酸が腸管で造られ、それがMSH2の欠損した上皮細胞に働くと、βカテニンと呼ばれる腸上皮細胞の増殖に必須分子が活性化し、この結果上皮細胞の異常増殖が誘導され、ガンになることを明らかにしている。なぜこれまでんミスマッチ修復酵素として知られて来た分子欠損が、細菌代謝物ブチル酸に依存した細胞増殖につながるかなど、まだ完全に解明できていない部分もある。しかし、MSH2遺伝子欠損が大腸がんに多い理由や、食生活が欧米型になることでなぜ大腸がんが増えるのかなど幾つかの疑問に答えてくれる面白い研究だった。ブチル酸を造る菌は特定出来ている様なので、これらの細菌を特異的に除去することで、大腸がんの発症率を大きく下げることが出来るようになるかもしれない。ヒトでも同じ事が言えるのか、是非研究を発展させて欲しい。
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7月20日:糖尿病にFGF(Natureオンライン版掲載論文)

2014年7月20日
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糖尿病の中に、インシュリンは分泌されても骨格筋などの組織がそれに反応しないため血糖が低下しないインシュリン抵抗性の糖尿病がある。脂肪形成に関わる核内受容体PPARγ分子がこの過程に関わることが明らかにされてから、この分子に対する標的薬が,最初我が国主導で開発され、一時次世代の糖尿薬としてもてはやされた。しかしその後様々な副作用が明らかになり、現在はほとんど使用されなくなっている。例えば武田薬品のアクトスは同社の稼ぎ頭として大きく貢献した。しかし膀胱がん誘発の危険があることを指摘され、またそれを同社が隠していたとしてルイジアナ州連邦裁判所が賠償支払いを最近命じるなど、副作用を巡って暗雲が立ちこめている。ただ、PPARγ研究をリードして来たエバンスさん達にとっては残念な結果だったに違いない。この分子を活性化する薬が間違いなくインシュリン抵抗性を改善できるなら、この分子の下流で働くよりインシュリン感受性に特異的な分子を見つけて、同じ効果を得られないか調べたのが今日紹介するソーク研究所、エバンスさん達の論文で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Endocrinization of FGF1 produces a neomorphic and potent insulin sensitizer(ホルモン化したFGF1は新しいタイプの効果の高いインシュリン感受性増強を誘導する)」だ。この研究では、FGF1分子をノックアウトすると強いインシュリン抵抗性が出ること、またFGF1分子の発現がPPARγ分子により調節されているという2つの結果から、PPARγによるインシュリン感受性上昇がFGF1によるのではないかと仮説を立て、FGF1投与でインシュリン感受性を上昇させ糖尿病を防げないか検討している。結果は予想通りで、高カロリー食により誘導した肥満マウスや、遺伝的な肥満マウス、糖尿病マウスの全てでインシュリン感受性を上昇させ、血中グルコースを低化させることに成功している。元々FGF1は様々な細胞を活性化することが知られており、副作用が心配される。ただ増殖因子として働くときはヘパラン硫酸と結合することが必要で、遺伝子工学的に造らせホルモン化したFGF1にはその作用が低いと期待される。これを確認するため、長期投与実験を行い副作用を調べているが、マウスモデルではPPARγ刺激剤などで見られた副作用は認めていないと言う結果だ。基礎研究の応用段階で転んでも、そのままあきらめなずにもう一度基礎に帰ってやり直す、絵に描いた様な研究で、臨床応用も期待できる。更にFGF1遺伝子を遺伝子工学的に短くして、増殖因子活性を弱めた分子は、より強いインシュリン感受性上昇を引き起こすことを示している。エバンスさんは核内受容体研究のリーダーとして世界を引っ張って来た大御所だが、大御所の粘りを感じる研究だった。
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7月19日:通院を減らす工夫(7月16日アメリカ医師会雑誌)

2014年7月19日
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症状の中でも痛みは厄介だ。持続的に続くだけでなく、時間によって大きく変化する。その度に何が起こったのか不安が深まる。最終的にモルフィネの使用に至るまで様々な鎮痛剤が開発されているが、不安になると医師の一言に頼りたくなる。実際症状を聞いてもらって対応してもらうと、精神的にも少し痛みも緩和することを多くの人は経験していると思う。私も若い時尿道結石の痛みに襲われたとき、尿中に潜血を認めて尿道結石であることがわかると、痛みがずいぶん楽になったことを覚えている。今日紹介する論文は、局所、全身を問わず慢性の筋肉や骨格の痛みを訴える患者さんの痛みに対して、自動電話やインターネットで対応できないか調べたインディアナ大学医学部の研究で、7月16日号アメリカ医師会雑誌に掲載された。タイトルは、「Telecare collaborative management of chronic pain in primary care: a randomized clinical trial(一次医療機関に通院する患者の慢性的痛みを通院なしに協調して治療する)」。研究は慢性の筋骨格痛に悩む患者さん250人を無作為に2群にわけて、これまで通り開業医さんに通院して治療を受ける群と、定期的な電話やインターネットの聞き取りを受ける群に分けた。後者は、最初の1ヶ月は毎週、次の3ヶ月は2週間に一回、そして残りの8ヶ月は月一回、自動応答電話かインターネットを用いて痛みや、他の症状、不安感など22項目にわたる質問に答える。この結果は、医師と看護婦さんのチームが検討し、得られた結果に応じて鎮痛剤を選び処方する。同時に、大きな変化があった場合は看護婦さんが電話で話を聞いて突発的な問題が発生していないか調べる体制をとっている。1、3、6、12ヶ月目にインタビューを行い痛みの改善度、治療に対する満足度などを調べている。結果はかなり劇的で、普通の通院治療を受けていた群と比べて、BPIと呼ばれる指標(治療前は5.3程度が、遠隔ケアを受けたグループでは3.57に低下したのに対し、対照群では4.59にとどまっている。なによりも、満足度が高く8割の患者さんがサービスに満足している。他にも、看護婦さんの電話も痛みの緩和に役立つようだ。きめ細かくケアしているようだが、選んだ薬剤にはそれほど大きな差がないことから、精神的なケアも大きいことがわかる。この治験のポイントは、痛みと言う症状に対し、遠隔ケアを用いることで、チームによる一元的対応が可能になっている点だ。症状に痛みの占める割合は高く、医師に対する不満足の大きな原因になる。自動応答やインターネットでも定期的に自分の症状を聞いてもらい、それに対して医療側からリスポンスがあることで大きな満足が得られることは、高齢・過疎化の進む我が国にも参考になると思う。とは言え、我が国でこの様な治療を行おうとすると、遠隔の聞き取り、看護婦さんのコールなどを治療として認定し、通院しないことをインセンティブとして診療報酬システムに組み込んで行く必要がある。その時、この様な痛みの遠隔緩和ケアを、一元的対応と遠隔ケア導入のための例題として取り組んでみる価値は大きいと思う。日本医師会の理解も必要だ。
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7月18日バイオペースメーカー(7月16日Science Translational Research掲載論文)

2014年7月18日
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神戸市の企業誘致を手伝うため、世界のペースメーカーの6−7割を占めるメドトロニック本社を訪れたことがある。その時、埋め込み式ペースメーカーで将来他社に遅れをとるとは思わないが、もしペースメーカー細胞移植や遺伝子治療でペースメーカーが再生することになれば、太刀打ちできないのでこの分野の研究にも力を入れていると聞いた。破壊の上にイノベーションが起こることをよくわかっている会社だと感心したことがある。この時の会話が現実になりそうな前臨床研究が7月16日Science Translational Researchに発表された。Cedar-Sinai心臓研究所からの仕事で、「Biological pacemaker created by minimally invasive somatic reprogramming in pigs with complete heart block (完全房室ブロックブタのペースメーカーを最小限のリプログラミングで誘導する)」だ。このグループはTbx18と呼ばれる転写因子遺伝子を導入するだけの単純な方法で、心筋がペースメーカーに変化することを昨年発表していた。今回の研究はその延長で、ヒトへの応用に向け完全房室ブロックを実験的に引き起こしたブタにNOGAと呼ばれる機器を用いてアデノビールスベクターに組み込んだTbx18を右室上部後方に注入しペースメーカーが回復するか、またその機能は正常ペースメーカーと比べた時遜色がないか調べている。最初の前臨床研究としては結果は期待以上だろう。遺伝子導入2日目からペースメーカーが誘導され、自律神経による支配や、運動負荷などに対する反応などほぼ正常のペースメーカーと遜色ない機能を発揮する。また心配された不整脈を発生させると言うこともないようだ。他にもビールスはほとんど心筋に導入され、他臓器に遺伝子が導入される程度は極めて低い。問題はこうして誘導されたペースメーカーの機能は8日目がピークで、その後低下し始めることだ。即ち本当の意味でリプログラムされたわけではなく、導入した遺伝子が働いている時だけ機能を発揮する点だ。この細胞をiSANと呼んでいるが少し誇大広告気味と言わざるをえない。しかし、一つの遺伝子を導入するだけでこの位の効果があるなら、より安定な遺伝子導入法もあるだろう。このグループは短期的効果を逆利用して、感染などにより一度ペースメーカーを外す必要が出た患者さんに先ず利用しようと計画している。論文の調子から見て、臨床研究は近い予感がする。
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7月17日:捏造に刑事罰を?(7月号British Medical Journal記事)

2014年7月17日
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もちろん小保方問題に触発された企画ではないと思うが、7月号のBritish Medical Journalに論文捏造に刑事罰を科すべきかどうかについて識者の賛成と反対の意見が出ていた。賛成意見を述べているのはトロント小児病院のBhuttaさん、反対意見はオタゴ大学内科のCraneさんだ。是非紹介したいと思ったのは何よりも両方の意見がこれまでの捏造についての包括的知識に基づいて述べられている点で、決して一つの事件を巡って議論が行われているわけではない点だ。どうしたら知識が得られるのか?実際には捏造に関して多くの論文やレポートが出ている。誰でも手にすることが出来るはずで、我が国でこの問題を真剣に議論しようと考えている皆さんはこの記事に引用されている文献に目を通して欲しい。とはいえ、かく言う私もこの問題が起こるまでは捏造問題を考えたことはなかった。ただ今回の問題を考える意味で、最近になって例えば優秀(に見える?)若者が主役になった点ではよく類似している大阪大学医学部での捏造事件の資料を集めたりし始めた所に、この記事を目にした。この2人の意見を読んで先ず驚いたのは、1977年まで論文撤回が一回もなかったこと、その後撤回された論文は2400に及び、大体20000編の論文の内1編は撤回されることだ。しかし2000年に入って撤回論文数はうなぎ上りで、1970年代の10倍には達しているようだ。これは撤回論文の話で、捏造になるとその数は10倍になるのではないだろうか?はっきり根拠はないが、研究者に本音の調査を行ったFanelliさんの調査では、2%の研究者がデータを加工した経験があると言っており、捏造データの数はもっと多いかもしれない。実際3月14日ここで紹介した治験論文の9割で何らかの間違いがあることを知ると、この分野の論文をどう信用していいのか途方に暮れる。しかし、電子媒体のなかった私たちの頃でも、顕微鏡像を出す時どうしてもきれいな写真を探したことは間違いがない。調査によって、捏造が日常茶飯事になっていることを理解した上で、Bhuttaさんは、捏造が患者さんや社会の大きな損失につながる以上、刑事罰を科すべきと論じる。ここで問題にされたのは、3種混合ワクチンが自閉症の原因になると言う研究や、鬱病の薬剤でGSKが副作用を隠した例を挙げている。そして、捏造を起こした人達のその後を調べると、多くは復権を果たしており、その結果捏造リスクは低いと勘違いしてしまうことを指摘している。いずれにせよ、刑事罰にすることでどのケースにも一定の基準が適応できると言うわけだ。実際、阪大のケースと、東大分生研のケースではペナルティーの重さが全く違う。この様な差は一般には受け入れ難いだろ。飲酒運転と公務員処分に関してコンセンサスを得た時の様な一律のルールを造ることが必要だと思う。一方Craneさんは、刑事罰を科するのは間違っていると論じている。理由は明確ではないのですこしまとめにくい。強いて言えば、捏造は余りにも日常茶飯事で、患者さんの命に関わる例から、ほとんど個人的な事件まで多様で、法律を造るのは不可能だとしている。そして例として、筑波大学医学部・東邦大学の麻酔科に勤務していた藤井医師が172編の論文を撤回した話に触れている。即ち、論文がないと職を失うと言うプレッシャーで、術後の吐き気の数を書き換える様な小さな捏造の刑事罰をどう定義すればいいのかと問うている。最後に捏造問題が最近急増している理由は、研究社会の格差問題であることを指摘し、この問題に私たちは真剣に取り組むべきとしている。では私はどうかだが、Craneさんの意見に賛成だ。ただ、一元的に捏造に対処することは重要だ。その意味で、英国にはUK Research Integrity Office,米国にはUS Office of Research Integrityがあるが、この様な機関を我が国も活用すべきだと思う。しかし我が国ではどの部署がこの組織に当たるのだろう?
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7月16日:ゲノム・友情の絆(アメリカアカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2014年7月16日
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「え!ウソ!」と思わず首を傾げたくなる論文だ。今日紹介するエール大学からの論文のタイトルは「Friendship and natural selection(友情と自然選択)」で、私たちが友情を感じる相手を決める行為に遺伝的影響があることを示す研究だ。驚くことに、これまでも友人を選ぶ時遺伝的相性があることを示す研究があったようだ。しかしこの研究ではGWASとして知られる全ゲノムレベルの多型を調べて特定の形質との相関を見る方法を用いている点で、一部の遺伝子にだけ着目したこれまでの仕事とは異なる。研究では、心臓疾患と遺伝子の関係を調べる目的で行われた約50万の一塩基多型(SNP)検査を受けた約1900人の中から、友人関係にある組み合わせと、そうでない組み合わせを選び出し、友人を選ぶ時遺伝的な相性を自然に選んでいるのかどうかを調べている。結果はイエスで、全SNPを含んだ計算から得られる相性が優位に友人同士で高い。さらに、個々のSNPの類似性について見てみると、友人同士は似たSNPは特に類似性が高く、離れているSNPではより違いが際立っていることがわかった。平たく言うと、友人同士だと、似ている部分も似ていない部分も極端にはっきりすると言う結果だ。このよく似ているSNPがどの遺伝子に相応するかを調べると、臭いに関わる遺伝子が集まっている。逆に似ていないを方を調べると、免疫関係の遺伝子が集まっている。言って見れば臭いで友人を選び、免疫では補い合うと言うよく出来たシナリオだ。更に計算を繰り返し、これらの相性の遺伝子群は進化としては新しい形質だとまで結論している。面白い結論だが、後は信じるかどうかだけだ。この論文を読んで最初に頭に浮かんだのは、もしこんな論文の査読をするはめになったらどうするかという疑問だ。データはチェックするには大きすぎるし、数理とは元々合理性を確かめることが目的で、仮説に影響されるためなかなか妥当性がないとは指摘しにくい。実際には、これが実社会にどのような効果を及ぼすかと言う実体部分がないと本当の評価は難しい。おそらく掲載するかどうかの判断に迷うだろう。ただ間違いなく「自然選択」だという結論には反論するだろう。というのも、この研究で選ばれた友達同士のグループ自体多様なはずだ。従って、友人として選ばれても、選ばれなくても結局多様な集団はそのまま残るはずだ。選択のしようがない。まあ、この部分について改訂を求めて掲載を許可するだろうなと思った。しかしはっきり言ってふざけた仕事だ。ではなぜ掲載を許可するかと言うと、ゲノムと社会の関係を先取りしているように見えるからだ。このホームページも含めて、ゲノムと言うと健康や医学に役に立つと宣伝される。しかし、私はもっと違った、おそらく文明的意味があるはずだと思う。私の親世代まで、自分のゲノムを調べることは出来なかった。死ねば火葬場であらゆる情報とともにこの世から消える。しかし、これからはゲノムも含めて情報だけはこの世に残る。もちろん残したくないと思えば消せば良い。親世代に全く不可能だったことの実現がそこまで来ているのだ。ゲノムを比べ合って相性を見る。まじめにやると困るが、そんなゲームで遊ぶ時代が来るのは大歓迎だ。
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7月15日:オランダ人のルーツ(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)

2014年7月15日
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私たちはともするとヨーロッパをひとくくりにしたがるが、ワールドカップサッカーを見ていると、ヨーロッパからのチームは体型や顔だって一様でないのがわかる。歴史を見ても、ローマに支配され、その後神聖ローマ帝国が支配すると言ったように、最も権力のある体制だけを見てしまうが、これでは各地域の住民の歴史は消えてしまう。ましてや、記録のない紀元前の話になると、これまでの歴史学では太刀打ちできず、一足飛びに考古学の領域になってしまう。ヒトゲノム解読以降、このギャップをゲノムによって埋める研究が急速に進んでいる。今日紹介する論文は、明確にオランダ人の祖先を持つと考えられる人769人について全ゲノム解読を行い、オランダ人とは何かを明らかにしようと全オランダのゲノム研究者が協力して進めた研究で、Nature Geneticsオンライン版に掲載された。タイトルは「Whole-genome sequence variation, population structure and demographic history of the Dutch population(オランダ人の全ゲノム配列上の多様性、集団構造、人口動態の歴史)」だ。このプロジェクトでは250組の家族が選ばれ、トリオ解析、即ち両親と子供の全ゲノムを解読している。プロジェクトがよく設計されていると思うのは、トリオだけでなく、子供が一卵性双生児の場合、あるいは2卵生双生児の場合も選ぶことで、様々な問題に答えが出るように計画されている点だ。この結果、ヨーロッパの中でもオランダ人集団は確かに独自の遺伝的集団を形成していることがわかる。これほどの数を調べることで、多くのオランダ人が持つ特有の遺伝子、即ちオランダ人の祖先から受け継いでいる部分からごく最近の変異までを時代別に特定することが出来る。驚くことに、小さなオランダでも北から南にかけて遺伝的多様性が緩やかな勾配を持って変化しており、集団間の移動に文化的・地理的な制限が生まれていることを見ることが出来る。とは言っても、地理的に大きな集団移動を強いられることもある。オランダでは紀元前5000年から紀元前50年までの約5000年間に、海岸線の位置の大きな消退が繰り返され、それに伴って北の海岸から中心部への移動が繰り返されたことがゲノムから読み解ける。だが、なぜ人口2000万に満たないオランダがどうしてサッカーがあんなに強いのかを知りたいといった理由がない限り、遠いオランダのことだ、知ったことでないと思われるだろう。しかしこの論文のもう一つの目的は、現在個人サービスが始まっている一塩基多型アレーを用いたゲノム解析サービスの精度を上げることだ。例えば、親と子の違いのほとんどは父親の精子に蓄積する多型で、20−70の変異が新しく子供に現れることや、地域特異的な共通性をカタログ化することで、多型による遺伝子予測の精度が格段に上がることが示されている。もちろん1000人ゲノム計画を始めとする国際的なデータベースは利用できるが、地域について、しかも親子のデータを集めたデータベースは、比べ物にならないくらい役に立つことが示されている。翻って我が国を見ると、様々な企業が遺伝子解析サービスに名乗りを上げている。しかし、この論文からわかることは日本人とは遺伝的に何かについての信頼できる全ゲノム配列解析レベルのパネルがないと、これらのサービスの予測精度を挙げることは出来ないことだ。また全ゲノム配列解析と言うと、東北バイオバンクがあるが、その解釈にも、北から南まで日本人とは何かを知るためのよく計画されたデータベース作りが欠かせないはずだ。しかし文科省などのサイトから見る限り、全国のゲノム研究者が集まって日本人とは何かを調べているプロジェクトはなさそうだ(間違っていたら指摘して欲しい)。何かちぐはぐな印象を受ける。ゲノムから新しいビジネスや文化を生み出すことを真剣に考えるなら、日本人と日本をゲノムから読み解くことが重要だ。
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