10月11日 光遺伝学的手法を治療に応用できるか?(10月4日号 Science Translational Medicine )
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10月11日 光遺伝学的手法を治療に応用できるか?(10月4日号 Science Translational Medicine )

2023年10月11日
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特定の波長の光を当てて神経が興奮したり、あるいは興奮を抑えたりする方法は光遺伝学と呼ばれ、動物モデルを用いた神経科学を大きく変化させた。これは、光に反応するイオンチャンネルを神経細胞に導入して興奮を調節する方法だが、刺激は光に限らず、チャンネルの開閉を操作できれば、化合物でも、磁場でも刺激を問わない。基本的にはモデル動物を用いた研究だが、それだけでも十分ノーベル賞を授与されることは間違いないと思っている。しかし、原理から考えると、当然人間にも応用されることは間違いない技術だ。

遺伝子導入を領域や細胞特異的に行えば、脳を操作して、不安を抑えたり、あるいは興奮を与えたり、これまで領域非特異的薬剤で対応していた精神疾患治療に大きな変革をもたらす可能性がある。ただ、これが実現するのは病気の神経科学を我々が理解してからのことで、それだけ脳は複雑だ。

代わりにより単純な神経サーキットを標的とした光遺伝学が開発されている。今日紹介するオックスフォード大学からの論文は禁煙を促すために使われるニコチン受容体作動薬バレニクリン刺激により開くクロライドチャンネルを痛みを伝える感覚神経に導入して、痛み刺激による神経興奮を抑えられないかを調べた研究で、10月4日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「A humanized chemogenetic system inhibits murine pain-related behavior and hyperactivity in human sensory neurons(ヒト化した化学反応性システムはマウスの傷み反応を抑え、ヒトの感覚神経の過興奮を抑える)」だ。

クロライドチャンネルを開けることで、細胞内のクロライドが流出することで膜の伝導性が高まる。これにより電圧依存性のチャンネルの閾値が高まって、神経興奮が抑えることが出来る。ただ、脳神経細胞のクロライドの維持量は高くないので、この方法を他の神経に使うと、神経活動全体を抑えてしまうが、クロライドを多く維持している感覚神経に使える可能性は高い。

この研究ではリガンド作動性クロライドチャンネルGlyR をバレニクリン作動性に変化させた遺伝子が試験管内で感覚神経の興奮を抑えることを確認した上で、遺伝子を導入したアデノ随伴ウイルス(AAV)を直接マウスに注射し、その効果を見ている。

臨床的に近い設定としてまず関節炎の痛みを、関節腔に遺伝子を注入して抑えられるか調べている。炎症を誘発して関節痛を発生させたとき、バレニクリンを極めて少量注射するだけで、非ステロイド系抗炎症剤と匹敵する鎮痛作用を示す。

次に脊髄に直接注入して熱に対する反応を見ると、10ヶ月後も導入した遺伝子は維持され、バレニクリンにより熱反応を抑えることが出来る。同じように、神経損傷後に起こる神経原性の痛みも抑制することが出来ている。

最後に、電圧依存性ナトリウムチャンネルの変異により痛みが持続する患者さんの iPS由来感覚神経細胞を用いて、このような遺伝的痛み感受性も抑えることが出来ることを明らかにしている。

以上が結果で、痛みという局所の神経反応であれば、光遺伝学をヒトに応用することが出来ることが示された。勿論痛みは主観的な要素も強く、本当に痛みが取れたと感じられるのか、またクロライドがいくら多いと言っても、慢性的バレニクリンしようが可能なのか、応用までに乗り越えるハードルがあるが、光遺伝学の人間への応用がいよいよ始まったと感じる。

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10月10日 特異性のないワクチンは可能か?(10月4日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2023年10月10日
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特異性のないワクチン、すなわち目的の細菌を抗原として使わないで感染を防ぐことは現実に行われている。コロナ感染の時、免疫トレーニングとして知られるようになったBCG接種によるウイルス感染の抑制はその例だ。しかし、コロナを含むウイルス感染となると、当然抗原を含むワクチンの方が有効で、免疫トレーニングを一般的感染予防として用いることは、効果から考えても現実的ではない。

ところが、抵抗力の落ちた患者さんが病院で多剤耐性菌に感染するような場合は、免疫トレーニングも一つのオプションとして実際に治験が行われている。今日紹介する南カリフォルニア大学からの論文は、黄色ブドウ球菌など医療関連感染に対するワクチンが可能であることを示した研究で、10月4日号の Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「A protein-free vaccine stimulates innate immunity and protects against nosocomial pathogens(蛋白質を含まないワクチンは自然免疫を刺激して病院内感染を防ぐ)」だ。

ワクチンの研究過程で、病原体とは関係ない蛋白質を抗原として加えても感染が防御できた実験結果を検討する中で、蛋白質を含まないワクチンに加えた物質、すなわち水酸化アルミニウム(古くから抗原を沈殿させるのに使われている)、リン脂質、そしてグルカン粒子だけでも免疫トレーニングによる感染防御が可能性はないかと考えた。

そこでこの3種類の物質を単純に混ぜたワクチンを作成しマウスを免疫し、アシネトバクター、黄色ブドウ球菌、肺炎桿菌を感染させると、アシネトバクター感染に対してはほぼ完全な防御、ブドウ球菌や肺炎桿菌については一定の防御効果を認めている。

次に、さらに強い防御可能なワクチンを模索し、グルカン粒子を真菌由来のマンナンに置き換えることで、ブドウ球菌、肺炎桿菌、緑膿菌、さらにはカンジダに対しても用量依存的に予防効果が認められることがわかった。

この効果は獲得免疫系が存在しないRAGノックアウトマウスでも見られることから、自然免疫を介する効果で、さらに投与後すぐに効果が現れることがわかる。

自然免疫に関わるサイトカインのレベルを調べると、IL1β や IL6 のような炎症性サイトカインが低下する一方、炎症を抑える方の IL10 などのサイトカインが上昇することがわかった。そしてこの変化は、ワクチン接種によるクロマチンの変化を基盤として、1月程度持続することを示している。

ヒトについては試験管内でマクロファージを刺激する実験を行って、炎症性サイトカインの分泌が落ちることを示しているが、IL10 の挙動はマウスの結果と完全に一致しないので、試験管内実験では予測できない。需要は高く、また既にBCGの治験も行われている分野なので、治験として進める可能性は十分ある。

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10月9日 ヘモグロビンは軟骨細胞で発現し生存に必須(10月4日 Nature オンライン掲載論文)

2023年10月9日
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ヘモグロビンは言わずと知れた赤血球が酸素を運ぶために必須の分子で、赤血球特異的な分子であることを疑う人はいない。実際、極地に生息するアイスフィッシュでは、低温のため酸素が拡散によって身体中を巡るので、ヘモグロビンや赤血球は消失してしまった。面白いのはアイスフィッシュの中には、筋肉に存在するミオグロビンまで消失した種が存在するが、このことはヘモグロビンもミオグロビンも同じように酸素を保持する目的に存在することを教えてくれる。

このようなヘモグロビンの発現が他の細胞に見られるという報告はいくつかあるが、結局赤血球のコンタミか遺伝子発現調節のいたずらで、機能とは関係ないとされてきた。しかし今日紹介する中国・空軍軍医学校からの論文はヘモグロビンが赤血球と同じように軟骨でも酸素供給のために働いていることを示した研究で、10月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「An extra-erythrocyte role of haemoglobin body in chondrocyte hypoxia adaption(ヘモグロビン体には軟骨細胞が低酸素に適応するという赤血球外の役割がある)」だ。

研究は骨端に存在する軟骨細胞の組織を調べているとき、細胞内に存在するエオジンに染まる無定型な部分に気づき、これは何だろうと素朴に問うたところから発する。おそらく何万人という人が軟骨の写真を見てきたが、この問いが発せられることがなかったのは驚きで、軟骨のようにマトリックスが多い細胞では様々な分子が溜まるのも不思議はないと思ってしまっていたのだと思う。

レーザーでこの部分を切り出して質量解析を行い、なんとヘモグロビンα、βともにこの中に存在することを発見する。さらに、ヘモグロビンにも相分離を引き起こす配列が存在し、これが軟骨内で相分離したヘモグロビン体を形成していることを突き止める。

ここまでならウケ狙いの論文で終わるのだが、この研究ではまず胎児発生で赤血球と同じように胎児型ヘモグロビンから成人型ヘモグロビンへのスイッチが起こることを確認し、軟骨発生過程を通して必要とされていることを確認する。

次に、軟骨でのヘモグロビン発現調節について調べ、GATA1やRunx1が発現しているだけでなく、Klf1は低酸素によりエピジェネティックなメカニズムを介して発現が上昇し、これによりヘモグロビンの発現量が低酸素依存的に上昇することを発見する。軟骨にとってこの点は重要で、軟骨組織が形成されても血管が入ってこないので、低酸素状態になる。この時ヘモグロビンが酸素を組織内で蓄える役割を持つとすると、機能も存在する可能性がある。

そこで、ヘモグロビン遺伝子を軟骨で除去する実験を行い、これにより軟骨細胞が強い低酸素状態に晒され、最終的に軟骨細胞が壊死に陥ることを明らかにしている。また、試験管内実験系で細胞にヘモグロビンを発現させると、低酸素への抵抗性が高まることも示している。

以上が結果で、ちょっと驚いたと言うより、ヘモグロビンの新しい機能をはっきりと示した力作だと思う。中国からはよく意外性を強調した論文が発表されるが、これは意外でも納得できる力作だ。

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10月8日 目撃情報の確度を高める技術(10月2日 米国アカデミー紀 要掲載論文)

2023年10月8日
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現在は監視カメラの数が増えたおかげで、目撃による犯人捜しの役割は減ってきたのではと想像する。というのも、目撃者がしばしば当てにならないことは明確で、実際それまで見たこともない顔を覚えることは簡単ではない。

今日紹介する英国バーミンガム大学を中心とする国際共同研究は、目撃者情報の確度を高める小さなトリックについて調べた研究で、10月2日米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Enabling witnesses to actively explore faces and reinstate study-test pose during a lineup increases discriminability(目撃者が写真を操作して顔の方向を変化させながら積極的に検証することで、個人特定の率を高めることが出来る)」だ。

刑事ドラマで目撃者に犯人を特定してもらうとき、取り調べの様子を他の部屋から見せるというシーンがよくあるが、この場合犯人へと誘導するバイアスがかかる心配がある。代わりに、何枚かの写真の中に犯人の写真を混ぜて提示し、その中から犯人を特定してもらうことが行われているようだ。

我が国の状況は知らないが、写真の提示方法についてはこれまでも様々な研究があるようで、一枚ずつ順番に提示するのではなく、同時に何枚かを提示して特定してもらうほうが正確なことがわかっているらしい。

この研究では、最近検討が始まった新しい方法、すなわち同時に提示された顔写真の画面を目撃者が自由に操作して顔の方向を変えたりしながら以前目撃した犯人を特定する方法を、これまで主に行われている前向き写真の表示による特定と比較した研究だ。

結果は、モニター上で見る方向を変えたり、自由に他の顔と比べることが出来る提示の方法を使った相互作用型が、前を向いた写真の中から選ぶ方法、あるいは画面に順番に顔写真が出てくる方法を凌駕していることが確認された。

結果はこれだけで、例えばアイトラッキングを組みあわせたり、あるいは脳の活動をモニターすると言った手法は全く取り入れられておらず、少しでも多くの情報を十分時間をかけて与えることが正確な目撃情報につながっていると結論している。

脳科学の裏付けがないとはいえ、犯罪捜査の心理学を科学的に前に進める努力が行われているのに感心した。

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10月7日 アルツハイマー病を調べ尽くす 4,ミクログリアは標的になるか(9月28日号 Cell 掲載論文)

2023年10月7日
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レカネマブはADの初期にAβ治療を始めると、進行を遅らせることが出来ることを示した。しかし遅らせたとは言えこの治療だけでは病気は進行する。とすると、この進行をさらに遅らせることが次の課題になる。実際、Aβが蓄積してもADにならないAPOEの変異が知られているように、Aβ蓄積から次の過程へ転換するメカニズムを明らかにすることが、レカネマブ使用を続けるためにも最も重要な課題になる。

この初期段階を理解する上で重要な細胞の一つがミクログリアで、10月5日に紹介したエピジェネティックな解析で、ADリスク遺伝子でエピジェネティック変化が明らかな遺伝子の全てがミクログリアで発現が見られることは、これを示している。

ADの網羅的研究紹介4日目はミクログリアに焦点を当てた論文で、タイトルは「Human microglial state dynamics in Alzheimer’s disease progression(アルツハイマー病の進行に伴うヒトミクログリアの動態)」だ。

研究ではまずデータベースからヒトミクログリアを12種類のポピュレーションに分類出来ること、そしてAD進行に伴い、脂肪代謝系が活性化した集団(MG4)、およびAβプラークとの相関が弱いレベルの炎症に関わる集団(MG8)が上昇することを発見する。

この研究の特徴は、こうして発見したADによると思われる遺伝子発現を、iPS由来のミクログリア刺激実験で検証し直している点で、これらを総合してADでは初期の方が炎症が強く、その後炎症が弱いMG8に置き換わるのと並行して、脂肪代謝が活性化したMG4ミクログリアへと進行することを明らかにする。

さらに、ATAC-seqを用いて、遺伝子発現の変化と、転写調節に関わるクロマチン変化を比べると、遺伝子発現では12種類に分けられる集団も、たかだか3種類にしか分けることが出来ないことを発見する。これは、ミクログリアの変化が反応性に誘導される遺伝子発現の変化によっており、エピジェネティックメモリーは大きく変化しないことを示している。実際、MG8を含む炎症に関わる3集団を比べると、このことがわかる。

様々な結果が示されているが、主な結果は以上で、ミクログリアの変化と、ADの変化の因果関係についてははっきりした結論が出ていない。この研究でもADリスク遺伝子の発現も調べ、AD特有の脂肪代謝が活性化したMG4で発現するリスク遺伝子として期待通り、APOE他2種類の分子も特定されているが、標的としての因果関係を示すまでには至っていない。

ただ、ミクログリアの状態が反応的に変化するという事実は、Aβ、Tauといった本道に加えて、ミクログリア制御による病気の抑制を期待させる。論文としては食い足りないが、膨大なデータの中にレカネマブの効果を長続きさせるヒントが眠っていると期待したい。

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10月6日 アルツハイマー病を調べ尽くす。3,DNA損傷による変化(9月28日号 Cell 掲載論文)

2023年10月6日
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アルツハイマー病 (AD) は、神経細胞が失われることが症状につながるとされているが、昨日紹介した AD のエピジェネティックス研究は、細胞が失われる前から、例えばクロマチン構造が全体的にはっきりしなくなる(論文では epigenetic erosion と呼んでいた)ため、遺伝子発現に大きな変化が起こり、細胞機能に変化が見られることを示している。すなわち、細胞機能異常も AD の重要な要因であることを示している。

なぜ AD で epigenetic erosion が発生するのか明確ではないが、一つの可能性はDNAが切断され、ゲノム自体に大きな変化がエピジェネティックス異常を誘導している可能性だ。今日紹介する論文は AD というより、細胞老化と切断DNA蓄積の結果起こるクロマチン3D構造の変化をマウスとヒトで追求している。タイトルは「Neuronal DNA double-strand breaks lead to genome structural variations and 3D genome disruption in neurodegeneration(神経変性疾患では、神経細胞でのDNA二重鎖切断がゲノムの構造変化と3Dゲノム構造の破壊の原因になる)」だ。

DNA切断をヒストン染色や Repair seq と呼ばれる方法で検出することが出来るが、single cell RNA sequencing に組みあわせることは難しい。そこで、神経細胞のように静止期にある細胞で切断が起こったとき修復に用いられる non-homologous end joining の結果として発生する異なる遺伝子が融合したRNAの存在で、切断部位を定量している。

死後標本を用いた解析で、予想通りADで融合RNAの上昇が見られ、DNA切断部位が上昇していることが推察された。

ただこれ以上の解析は人間では難しいので、次にDNA切断が上昇するメカニズムをマウスで調べている。その結果、ADに限らず細胞老化が始まると、転写の活発な遺伝子や長い遺伝子でDNA切断が発生し、その結果DNAの構造的変化が誘導される。この結果、特に神経系で必要な遺伝子異常が持続する次の段階の老化細胞が発生し、最終的には細胞死による神経変性につながるが、それまでも神経機能が傷害された状態が続く。

このような異常神経細胞の持続に関わるエピジェネティックな変化が、昨日紹介した epigenetic erosion だが、この研究ではこれと平行して核内でのクロマチン3D構造を維持するコヒーシンや LaminB1 の転写異常による3D構造の崩壊も見られることを示している。

すなわち、切断部位の蓄積は、クロマチン3D構造を崩壊させ、またこれによる重要な遺伝子発現の変化は、さらにこの崩壊を加速させる。その結果、クロマチン構造の維持も困難になり、細胞機能の低下とともに、細胞老化を進行させて、細胞死を早めるというシナリオが示された。

今日紹介した研究は、DNA切断が上昇し、クロマチン3D構造が大きく変化するという現象を示したのみで、これがADと直接関わることは示せていない。しかし、ADの最大リスクが細胞老化であることを考えると、DNA二重鎖切断はADの進行過程をモニターするために必須であることがわかる。

レカネマブが利用されることで、初期ADの進行が遅らされている内に、新しい治療を併用し、進行を完全に止めることが重要になる。そのためには、様々なAD進行に関わる因子の研究が重要になるが、明日紹介するミクログリアは最も期待されている治療標的になる。

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10月5日 アルツハイマー病を調べ尽くす。2,クロマチン解析 (9月28日号 Cell 掲載論文)

2023年10月5日
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ADシリーズ論文2番目は single cellレベル のエピゲノム解析になる。実は今回紹介する4編の論文の全てはMITからの論文で著者もオーバーラップしており、ADについての一種の班研究のまとめを読む感がある。おそらく連携しながら、ADを網羅的に調べ尽くすグループ研究のように思える。今日紹介する論文のタイトルは「Epigenomic dissection of Alzheimer’s disease pinpoints causal variants and reveals epigenome erosion(アルツハイマー病のエピゲノムは病気発生に関わる多様性とエピゲノム浸食をあきらかにした)」だ。

この研究では、single cell RNA sequencingで遺伝子発現レベルを調べるとともに、single cellレベルのATAC-seqにより、転写を調節領域のクロマチン状態を調べている。これにより、遺伝子発現を転写調節領域のクロマチン状態と統合した上で、転写領域の活性を、遺伝子発現の強さとして推察することが出来る。

大変な作業だが、これが出来ると、ADリスクと相関するとしてこれまでリストされてきたゲノム領域の機能を特定できる可能性がある。ADリスク遺伝子には、蛋白質をコードしている遺伝子変異が当然存在し、AD理解に重要な役割を果たしてきた。例えばAβの蓄積と病態が一致しないというデータを聞きかじって、Aβ仮説が間違っていると唱える声をよく聞くが、アミロイド遺伝子や、それを切断する酵素の変異がアルツハイマーリスク遺伝子として特定されていることは、Aβ蓄積がAD進行に関わることを明確に示している。

ただ、このような蛋白質をコードしている領域のAD関連変異は多くなく、ADと相関が示されている多くの遺伝子のほとんどは、コーディング領域外に存在している。このようなADリスク領域の機能を調べるためには、この研究のように遺伝子調節領域と遺伝子発現が統合され、調節領域の活性を推定する方法が必須になる。

研究ではまず、これまで特定されてきたAD関連調節領域の多型を、この研究で特定した遺伝子調節領域と比べ、ADリスク多型領域の機能を探っている。こうして遺伝子発現調節と関連付けられたADリスク領域は69種類に及び、期待通り多くのADリスク領域が転写調節の増減を介してADに関わることを示している。

こうして遺伝子発現領域と関連付けられたADリスク領域の中で、最も明瞭な相関を示した領域の多くは、ミクログリアで働いていることがわかった。これら19種類のADリスクとして遺伝できる領域の半分は他の細胞でも遺伝子調節に関わっているが、残りの半分はミクログリアだけで働いており、インターフェロン刺激遺伝子のような炎症に関わる遺伝子発現に関わっていることがわかった。

最後に、ADの進行により変化が見られる遺伝子発現モジュールを探索すると、進行したADではせっかく統合したクロマチン情報と遺伝子発現情報の関係の明瞭さが失われることに気がつく、この原因を探ると、基本的にATAC-seqで得られるOpen/Closeの差が不明瞭になり、クロマチン状態の正確な維持が出来なくなっていることが明らかになった。この背景には、核内の3次元構造の崩壊が関わることもLaminB1染色を使って明らかにしている。

以上、エピジェネティックスからはあまりはっきりした結果は出ないのではと思いながら読み始めたが、最後の結果は面白い。明日はDNA損傷の論文を紹介するが、このクロマチン構造の崩壊とDNA損傷とは深く関わるのではないかと思うが、明日をお楽しみに。

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10月4日 アルツハイマー病を調べ尽くす。 1,バイオプシーによる初期病変(9月28日号 Cell 掲載論文)

2023年10月4日
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バイオジェンとエーザイが開発したAβを除去する抗体薬が大きな注目を浴びているが、この治験が成功した一つの要因は、初期のアルツハイマー病(AD)患者さんを選んで治験を行ったことだ。その結果、ADの初期段階が改めて関心が集まっている。これに呼応して、今週発刊された Cell はADに関する論文や総説が集められているので、今日からオリジナル論文4編を順番に紹介することにした。

最初のMIT、Broad研究所からの論文は、突発性正常圧水頭症の鑑別診断目的でバイオプシーが行われた患者さん52例の新鮮組織についてAβやTauの蓄積状態と細胞変化の相関を徹底的に調べた研究で9月28日号Cellに掲載された。タイトルは「Early Alzheimer’s disease pathology in human cortex involves transient cell states(初期アルツハイマー病の皮質では一過性の初期病変が存在する)」だ。

この研究の最大の特徴は、バイオプシー後5分以内に凍結した生きた細胞を用いている点だ。採取した組織をAβの蓄積程度、及びTau病変の出現をベースに分類し、主に single cell RNA sequencing により解析するとともに、これと症状、脳脊髄液などAD初期診断に使われるデータ、さらには5年の経過観察期間のAD発症数など、徹底的に調べ、Aβ蓄積のみが見られる早期に起こる変化を調べている。

また、これまで発表された剖検脳を用いた研究や、動物モデル研究データも、改めてメタアナリシスを行い、今回の結果と比較している。この結果、新鮮組織は剖検組織解析結果と大体同じだが、死後変化の結果RNAは低下し、また細胞ごとに低下スピードが異なるため、新鮮サンプル解析抜きにADの全貌は捉えられないこと、また新鮮組織が採取可能な動物モデルでは、人間の変化が再現できていないケースが多いことを示しており、今後もバイオプシーを用いた研究が重要であることを強調している。

こうして高解像度で解析を行うと、脳細胞でも82種類に分けることが出来、当然データは膨大になる。そこで詳細を省いて、重要な点のみ以下にまとめる。

  1. 新鮮組織でもADはAβの蓄積が上昇するステージから、Tauのリン酸化と沈殿が形成されるステージへと進んでいく。バイオプシーによる新鮮組織での病理と、臨床はほぼ一致し、病理ステージと症状は相関している。また5年の経過観察でもTau蓄積が始まった人は100%ADを発症し、Aβのみ蓄積しているケースでも30%近くがAD診断を受けている。 
  2. Aβ蓄積が始まった初期段階にのみ見られる細胞変化が存在し、この変化は後期には見られない。
  3. 初期変化は、皮質上部の興奮神経が生理学的にも代謝的にも過興奮していることで、これに伴いアストロサイとのグルタミン酸代謝も上昇している。そして、この変化はNDNFを発現した介在神経が初期に特異的に失われることで発生する。従って、この過興奮を検出することが出来れば、ADの初期診断は可能になる。
  4. この初期変化に伴い、ミクログリアの活性化も見られるが、他のデータと比較すると、パーキンソン病で見られる変化とオーバーラップしており、特にTGFβシグナル異常を示すのが特徴。
  5. おそらくこの研究の最も重要な発見は、Aβを産生する細胞が神経細胞だけでなく、オリゴデンドロサイトも同じように前駆蛋白質と、それを切断する酵素を発現していることを示した点だろう。これを確かめるために、ES細胞から神経、オリゴデンドロサイトの両方を誘導して、Aβ合成を確かめている。この発見はADを白質障害の方向から見るときには重要に思える。

以上が主な結果で、間違いなくAβにより誘導される病変がADには存在し、病気の標的になることが明らかになった。このステージで、介在神経が失われることで、皮質神経が興奮し、これが神経細胞とオリゴデンドロサイトのAβ蓄積を悪化させ、最後にTau病変を誘導することになる。

他の論文はまだ読んでいないが、エピジェネティックス、ミクログリア、そしてDNA損傷と盛りだくさんで面白そう。

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10月3日 FOPの進行を食い止めることが出来る(9月28日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2023年10月3日
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2015年、George Yancopoulous率いるリジェネロンのグループは、筋肉が骨に変わるFOPで見られる突然変異型BMP受容体が、通常ならシグナルとして認識しないアクチビンに反応すること、そしてマウスFOPモデルでアクチビンに対する抗体を用いてFOPの進行を止めることが出来るという、まさにプロの論文を紹介した。この論文を紹介したとき、患者さんに使えるアクチビン抗体を開発して治験が行われることは間違いなく、FOP治療に光が差したと紹介した。

今10年近くを経て、同じリジェネロンからアメリカ、イタリア、フランス、ポーランド、カナダ、そしてオランダなど8カ国の患者さんをリクルートした第2相の治験結果が9月28日Nature Medicineにオンライン発表された。タイトルは「Garetosmab in fibrodysplasia ossificans progressiva: a randomized, double-blind, placebo-controlled phase 2 trial(進行性骨化性繊維異形成症にたいするGaretosmabの効果:第2相二重盲験無作為化治験)」だ。

最初の一期については、治験は統計学的にほぼ完全な方法で行われている。極めて希な病気なので、44人の患者さんを集めるのは大変だったと思う。特に、最初は小児ではなく、成人に限って治験を行っているので、多くの国が参加しても44人のリクルートが精一杯だったのだと思う。

抗体治療は4週間に一回点滴で行っており、28週目で評価している。一期では評価基準を全体の骨化巣の増減として治験を申請しており、実際コントロールと比べ24%減少が見られたが、人数が少ないため統計学的に有効と認められなかった。しかし、新しい骨化巣が見られないなど、効果があると実感したため、次のフェーズでは同じ患者さん達全員に抗体治療を行い、新しい骨化巣が発生するかどうかに絞って評価している。

結果は予想通りで、新しい骨化巣の出現で見ると、最初の二重盲験無作為化治験でも29対3と素晴らしい効果が得られている。また、既に存在する骨化巣の活性を調べるPETでは強い抑制が見られている。

その後希望する全ての患者さんに抗体治療が行われ、最初の治験終了時と比較した新しい骨化巣の出現をモニターすると、ほぼ完全に抑制できることがわかった。また、骨化のシグナルとして患者さんが経験するフレアーと呼ばれる炎症もほぼ完全に抑えることに成功している。

以上の結果は、既に形成された骨化巣への治療効果は少ないが、アクチビン抗体は新しい骨化をほぼ抑えることに成功したと結論できる。

さて、驚くのは、この治療とは全く無関係に転倒などの事故で5人の患者さんが亡くなっていることだ。改めてこの病気の深刻さを実感する。それぞれについて、治療との関係が調べられており、死亡については進行した患者さん特有の問題と結論している。

その上で副作用を調べると、間違いなく副作用と結論されるのが、鼻血の多発と、皮膚の感染で、50%ー80%の患者さんに見られる。不思議なのは、健常人を対象に安全性を調べた第一相治験では同じような副作用が全く見られなかった点で、副作用もFOPの変異が関わる可能性がある。例えば、普通は使わないアクチビンに依存性の白血球が分化し、これが抑えられることで感染が起こるなどの可能性だ。しかし、死亡例を除くと、全ての患者さんが現在も治療を続けているとのことだ。

また、アクチビンを抑制すること自体が、例えば正常の骨の代謝に影響が出るかを調べると全く影響はなく、骨形成の局所ではアクチビンの作用は気にする必要はなさそうだ。

結果は以上で、今後の問題として、長期にアクチビンを阻害して発生する問題を注意深く調べることが重要だ。そして何よりも治療対象を広げられるかが重要になる。例えば骨化が始まりFOPと診断されたあと、何歳からこの治療を始めれば良いのかという問題だ。勿論波新しい骨化が完全に抑えられるとすると、早ければ早いほどいいのだが、やはりアクチビンを抑える影響を知る必要がある。もう一度マウスを用いた前臨床試験も含め徹底的に研究が必要だ。また患者さんの数は少ないので、患者さんと会社が一体となった将来計画が重要に思う。

いずれにせよ、ついにFOP進行を止める方法が示された。素晴らしい。

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10月2日 コロナウイルス機能進化を振り返る:獲得免疫と自然免疫回避のバランスの妙(9月21日 Cell オンライン掲載論文)

2023年10月2日
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久しぶりにCovid-19論文を取り上げるが、実際にはコロナ感染はようやく夏に始まった波が下降に転じたところだ。巷では科学を離れて(or 科学の一部を抜き出して)自分の信念だけを声高に述べる風潮が続いているようだが、一方の科学は3年間に蓄積された知見を元に、新しいフェーズの研究に進んでいる。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校やマウントサイナイ医科大学などを中心とする世界中の研究室が共同で発表した論文は、これまで私たちが経験したCov2の様々なバリアントの細胞内での増殖の違いを、ゲノム、プロテオームなどの網羅的解析を元に詳しく調べた研究で、9月21日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「SARS-CoV-2 variants evolve convergent strategies to remodel the host response(SARS-Cov-2 変異ウイルスの進化はホストの反応を構成し直すことで進む)」だ。

この3年間Cov2は、α、β、δ、そしてオミクロンへと変化していった。特にδからはウイルスが急速に変異体で置き換わることを経験してきたが、この理由については、ほとんどが感染に関わるスパイクの変異とリンクさせて研究されてきた。事実、オミクロンのようなスパイクの大きな再構成を伴い、感染メカニズムすら変化する変異体の出現を考えると、それも当然だ。

ただ、スパイクからだけ感染を見てしまうと、細胞内に感染後のプロセスの影響を見過ごすことになる。この研究では、この細胞内の過程をウイルスごとに調べる目的で、感染後の細胞での、ウイルス増殖とともに、ウイルス蛋白質の量や修飾を中心に、ホスト蛋白質との相互作用を徹底的に調べている。

まず増殖だが、面白いことに現在流行中のオミクロン株は細胞内での増殖力が低い。これがδを置き換えると言うことは、抗体反応をすり抜け、さらに新しい感染モードを獲得したことがウイルスの優位性につながったかがわかる。

そしてウイルスの増殖を支える様々なプロセスを、ウイルス蛋白質、ホスト蛋白質の変化として捉え、それをウイルス側の変異と対応する努力を重ねて、以下の結果が得られている。実際には膨大なデータで、重要と思われる点だけを紹介する。

  1. それぞれの変異により、ウイルスRNAの量、蛋白質の量、リン酸化など翻訳後修飾、さらにはホスト蛋白質の量のそれぞれは大きく変化し、それぞれの変異がウイルスの特徴を形成していることが感染実験からわかる。
  2. αからδまでの進化では、細胞内のウイルス増殖は、ウイルスに対する自然免疫抑制と、ウイルス粒子パッケージの効率化の方向へ進んでいる。
  3. ウイルス増殖率を決める粒子パッケージ過程で見ると、ホスト蛋白質の翻訳レベルの調節、ウイルス蛋白質のリン酸化に関わる変異が、パッケージ効率に関与していることがわかる。
  4. これと平行して最も重要なのがホスト自然免疫システムの抑制で、オミクロン株以外はすべて、インターフェロンにより誘導される細胞メカニズムを抑える新たな変異が獲得されている。ただ、メカニズムはそれぞれ異なり、γやδ株ではIRF3の核移行を抑えているが、αやβではIRFの転写や翻訳レベルの抑制が行われる。
  5. ここで問題になるのがオミクロンで、全く自然免疫抑制機能を持っていない。その結果、オミクロンの出現時BA1株では、ウイルスの細胞内増殖が低下している。ただ、最近のBA5株では、Orf6の変異により、自然免疫抑制脳が獲得され始めており、かなり強力なウイルスに変化してきた可能性がある。

他にも、変異により相分離をパッケージに使うようになった変異や、ウイルス増殖抑制薬剤の効果など、面白いデータが示されているが、このぐらいにしておく。

こうして振り返ると、面白いのはやはりオミクロンの誕生で、抗体をすり抜け、さらに感染性を高めたウイルスが、逆に自然免疫を抑制しないのに、他のウイルスを凌駕したのは面白い。おそらく最初はδなどの感染細胞に重感染した状況、すなわちホストの自然免疫は既に抑えられている状況で、より効率よく増殖し、細胞外へ排出後はホストの抗体反応をかいくぐることで優勢を獲得できたと考えるが、今後エキサイティングな領域に発展する予感がする。このようにCovid-19の科学は着実に進んでいる。

カテゴリ:論文ウォッチ
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