2023年8月11日
ガンやウイルス感染でキラー細胞が誘導できても、細胞表面に抗原ペプチドを提示してくれる組織適合性抗原、キラー細胞の場合はクラス1MHC(MHCI)の発現がないと役に立たない。例えば、Covid-19感染後の免疫機能の主役であるキラー細胞のアタックを防ぐため、コロナウイルスもMHCIとβ2ミクログロブリンの結合を不安定化させる分子を持っていることが知られている。同じように、ガン細胞の免疫回避でもMHCIの発現を低下させることが重要なガン側の戦略になっている。
今日紹介するニューヨーク大学からの論文は、ガンの免疫回避メカニズムを探索する中で、MHCI とガン抗原ペプチドを細胞表面からリソゾームへ移行させて分解する仕組みを明らかにし、ガン免疫を維持する分子標的になる可能性を示した研究で、8月8日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「A membrane-associated MHC-I inhibitory axis for cancer immune evasion(ガンの免疫回避に関わる膜上に存在するMHCIを阻害軸)」だ。
研究ではキラー細胞が認識するペプチドを提示した MHCI の量を抗体ではかれる様にした細胞を用いて、CRISPR/Cas9網羅的遺伝子ノックアウトを行い、Ag/MHCI が上昇する変異、低下する変異をまずリストしている。これらの遺伝子はこれまで MHCI 発現や、抗原ペプチドのロードに関わる分子として知られている分子で、スクリーニング方法が機能していることが確認できる。
この中から、他の MHCI の細胞表面発現にも影響がある遺伝子をさらに探索し、欠損すると MHCI が表面上に持続する2分子、SUSD6 と TMEM127 を発見する。
後はこの2分子の機能を丹念に解析しており、詳細を省いて結論だけ述べると以下の様になる。
SUSD6は構造がにぎり寿司に似ていると名付けられたSushi domainを持つ膜蛋白質で、TMEM127も4回膜貫通型の蛋白質で、それぞれ細胞膜上で MHCI と結合する。これにより細胞内のユビキチンリガーゼが MHCI にリクルートされ、リソゾームへと移行して分解される。この結果、膜上での MHCI の発現量が低下する。逆に、ガン細胞から SUSD6 や TMEM127 をノックダウンすると、MCHI の膜上の発現が持続し、その結果移植したホストに拒絶されやすくなり、生存期間が延びる。
以上が結果で、MHCI と細胞膜上で直接結合し、MHCI をリソゾームで分解する分子が見つかったことで、個の分子との会合をうまく止めてやれば、MHCI の細胞膜上での寿命を長引かせて、結果ガン免疫を増強できる可能性がある。具体的にはどうすればいいのか、この会合に関わる分子機構の解明が必要だが、面白い治療標的だと思う。
2023年8月10日
IGF(insulin like growth factor)はインシュリンと似たシグナル経路を活性化して、発生から成長、そして組織の維持に重要な働きをしている。当然のことながら、脳の発生や維持にも機能していることが知られており、神経の発生だけでなく、神経保護、シナプス可塑性、記憶の維持にも機能していることが知られている。また、高齢者ではIGFの発現量が低下していることから、高齢者の認知機能の低下の一因と考えられている。
今日紹介する米国フロリダにあるマックスプランク研究所からの論文は、IGFが長期記憶成立に関わるメカニズムの一端を個々の細胞でのシグナルを追跡することで明らかにした研究で、8月2日号 Science Advances に掲載された。タイトルは「Local autocrine plasticity signaling in single dendritic spines by insulin-like growth factors(局所的に単一スパインレベルで行われるIGF自己刺激により神経可塑性が誘導される)」だ。
この研究では様々な方法が利用されているが、ともかく個々の細胞を見ると言うことにこだわっている。まず、IGF-1 の発現を細胞レベルで見ると、CA1領域の錐体細胞のみで発現している。これほど特異的な発現があるのかとまず驚く。
次にスライス培養を用いて、単一スパインを局所的に刺激した後におこるスパイン構造の変化を追跡すると、IG-1欠損細胞では、スパインの大きさの維持がほとんど出来ない。また、この形態学的な変化は、生理学的な長期増強効果として確認できる。
すなわち、グルタミン酸刺激による活性化されたスパインでは IGF が局所的に分泌され、これが同じスパイン上の IGF受容体を刺激して、スパインの形態や機能を維持する役割を演じていることがわかった。そこで、この IGF自己刺激がスパイン内でのシグナルへと変換されるかどうかを調べる目的で、IGFシグナルが入ると細胞内が蛍光を発する様に操作した動物を用いて、一個のスパインをグルタミン酸で刺激、その後の IGF受容体の活性状態をモニターすると、刺激後すぐから受容体活性化がはじまり、活性状態は30分近く続く。それとともにスパインは大きくなることから、IGFシグナルが明らかにスパインの形態変化を誘導していることがわかる。また、受容体活性状態は、デンドライトにも拡がっていくが、その速度は遅く、刺激されたスパイン特異的に長期的活性化状態が維持されることがわかる。
この単一スパインの IGF受容体活性化状態をモニターした実験がこの研究のハイライトで、イメージとして示されることで高い説得力がある実験だ。
さらに、同じく海馬のCA3では、IGF-1 の代わりに、IGF-2 が同じ役割を持つことも示しており、記憶の中枢で、同じ機能を持つリガンドを、わざわざ峻別して使っていることも興味深い。
以上が結果で、わかっていると思っていたことでも、細部を見ないと本当の理解はないことを示した面白い研究だと思う。また、記憶の成立について、新しいヒントや課題も示されたと思う。
2023年8月9日
様々な自覚症状の中で便通の悩みは最も多いにもかかわらず、適切な治療法が見つからないことも多く、高齢者の便秘などは医療への不満が多い。これは腸の動きをコントロールしている3重の神経システムの関係が完全に理解できていないためだ。3重のシステムとは、腸管固有のアウエルバッハ、マイスナーの2種類の神経系、迷走神経系、そして脊髄感覚神経系を指している。
今日紹介する米国スクリップス研究所と国立衛生研究所からの論文は、Piezo2分子が欠損した患者さんの症状をモデルマウスで再現し、脊髄後根神経を介する腸の感覚が腸の動きの調節に必須であることを示した研究で、8月3日号 Cell に掲載された。タイトルは「PIEZO2 in somatosensory neurons controls gastrointestinal transit(体性感覚神経が発現するPIEZO2は消化管全体の食物の動きを調節している)」だ。
Piezo2は触覚や体性感覚に関わるイオンチャンネルで、この分子が欠損した患者さんでは、触覚や筋肉の固有感覚の異常の結果、筋力や運動能力などが低下することが知られている。Piezo2は腸管にも発現が見られるので、この研究では7人の Piezo2欠損患者さんの消化器症状を詳しく調べ、幼児期には便通が減ることもあるが、成長してからは回数が増え、さらに下痢気味になること、そして何よりもおなかが鳴るのに、腸が動いている感覚がないことを訴えることがわかった。
Piezo2は感覚のセンサーなので腸の動きが感じられないという症状はよくわかるが、それが最終的に便通障害へと発展するプロセスについては人間では解析が難しいので、ノックアウトマウスを作成して研究を進めている。
まず、Piezo2は様々な神経系で発現しているが、消化管症状が発生するのは脊髄後根神経節に投射する感覚神経で、この感覚神経端末は腸管神経節に分布しており、これにより腸内の動きを感知していることを、生理学的実験で明らかにしている。
この極めて特異的な腸管感覚異常によって、食物の消化管の通過時間が早まり、その結果下痢様、すなわち十分水分を吸収できないまま排便されることから、人間の症状を再現できている。さらにモデルマウスを用いることで、食物の通過時間は、胃、小腸、大腸、全ての消化管で早まっていることがわかる。
マウスにおなかの感覚を聞くわけにはいかないが、以上の結果は消化管内の食物を感じることで、食物が同じ場所にとどまる様一種の反射回路が出来、消化吸収を助けていることがわかる。
結果は以上で、感覚から運動までの回路については解明の必要があるが、Piezo2を標的にすることで、腸管の不定愁訴を改善でき、便通を早めることが出来る可能性が出てきた。Piezo2自体は欠損しても命に別状ないので、炎症性腸疾患などを手始めに、可能性を確かめる価値はある様に思う。
2023年8月8日
ALS研究は最近大きく動き始めている気がする。iPS作成により、患者さんの運動神経細胞を調べることが出来る様になり、病態の解析が進んだこと、及び免疫系などの神経以外のシステムが病気の進行に関わることが明らかになったことで、新しい治療標的が続々見つかってきたためではないかと思う。
このトレンドの代表と言える研究を今日は紹介するが、最初の英国クリック研究所からの論文は、ALSを核と細胞質の題交通渋滞という視点で捉えた研究で、7月21日 Neuron にオンライン掲載された。
この研究では、遺伝性のALSの多くがRNA結合タンパク質の様なRNAの核から細胞質への輸送に関わる分子であること、またALS一般でTDP-43などRNA結合タンパク質の局在異常が認められることから、核と細胞質のmRNAの輸送全体に異常があるのではと着想し、患者さんのiPS由来運動神経細胞、あるいは遺伝子変異を誘導した運動神経細胞を準備し、核と細胞質別々にmRNAの配列と量を調べている。
膨大な研究で、かつ一つの分子で決定されるわかりやすい話ではないので、詳細を全て省いて簡単に言ってしまうと、最初の原因はともかくALSではmRNA輸送が全般的に滞り、特に長くてイントロンが多いmRNAほど渋滞が多いことを発見する。
この結果、RNA輸送やスプライシングに関わる分子の局在も変化してしまい、病気の進行とともに渋滞がますますひどくなる。すなわち、ALSは最初の原因にかかわらず、mRNA輸送大渋滞に端を発する細胞内物質輸送の異常が病態の中心にあることを示している。
Valosin containing protein(VCP)はALSを始め様々な神経変性疾患に関わることが知られており、この阻害剤が運動神経細胞の生存を伸ばすことが知られているので、これに着目しVCP活性阻害が他のALSにも効果があるか調べ、原因を問わず交通渋滞を少し改善できることを示している。この研究は、ALSを大きな状態として捉えることの重要性を示している。
次のワシントン大学からの論文はALSの進行に関わる免疫機能についての研究で、7月31日米国アカデミー紀要に掲載された。
この研究では、SOD遺伝子に変異を持つALSモデルマウスのミクログリア細胞を調べ、病気の進行に伴い、運動神経領域でのみミクログリアのα5インテグリン発現が著しく上昇することを発見する。この傾向は、SOD変異だけでなく、他の遺伝子変異により誘導されるので、ALS共通の状態と言えるので、次にα5インテグリンに対する抗体を全身投与すると、生存期間や症状が改善することを示している。
結果は以上だが、抗体の全身投与で効果が見られることから、おそらく神経へ移行する細胞も病気進行に関わり、このプロセスの抑制も治療標的になることを示すとともに、今後神経系への直接投与の効果も是非調べて欲しいと思った。
以上、ALSでは運動神経のストレス反応、ストレス細胞に対する免疫機構が重要であることを改めて認識した。
2023年8月7日
今日は気になった臨床研究を2編紹介する。まず最初はハーバード大学から8月3日号The New England Journal of Medicineに掲載された論文で、胸腺摘出によりその後の免疫機能が低下することを示した研究だ。
様々な疾患で胸腺摘出術を受けた1420人の患者さんと、胸腺摘出術以外の手術を受けた患者さん6021人を追跡し、死亡率、ガンの発生率、発生したガンの種類、とともにT細胞産生や、血中サイトカインを調べている。
これまで成人になると胸腺は萎縮するので、胸腺がなくても大きな問題はないと考えられてきたが、胸腺摘出効果ははっきりしており、相対的死亡リスクは2倍以上高まる。勿論胸腺摘出が必要だった背景の疾患があり、その影響も存在するが、それを補正してもリスクは高い。
これが胸腺でのT細胞産生低下である可能性は、ガンのリスクがやはり2倍程度上昇していることからもわかる。驚くことに、胸腺摘出を受けた人では罹患するガンの種類が極めて多様になっており、正常免疫システム維持が、成人後も必要であることがわかる。
最後に、新しいT細胞のリクルートについても見ており、予想通り強い低下が認められる。このように、免疫機能は低下していても、逆に慢性炎症が高まっていることも確認されている。
以上、萎縮すると言っても、成人後の胸腺は重要だ。
次は米国ブラウン大学を中心とするグループが8月2日 JAMA Open に掲載した論文で米国で Covid-19mRNA ワクチンを受けた65歳以上の高齢者について、モデルナのワクチンとファイザー/ビオンテックワクチンの効果と副作用を比べた大規模調査だ。
米国メディケア保険に加入しており、ワクチンを接種した300万人づつの調査だが、まず高齢者については、モデルナワクチンの方が、効果(接種後の感染が14%ビオンテックより低い)が高い。
副作用については、これまでモデルナの方が一回に投与するmRNAの量も多く、腕の痛みとか発熱などはモデルナの方が高いとされていたと思う。この研究では、血栓など重篤な副作用について焦点を当て比較しているが、例えば血栓は10万人に2人、ギランバレー症候群で100万人に3人と、重篤な副作用の頻度は少ないとはいえ、統計学的にはモデルナの方が重篤な副作用は低かった。
最初様々な評判があったため、どうしても高齢者にはファイザー/ビオンテックが用いられる傾向があったと思うが、その点も加味すると、もう少し差はなくなるかも知れない。
いずれにせよ、mRNAワクチンなら同じと思わず、しっかりと事後調査を行うことの重要性がわかる。
2023年8月6日
昨日に続いて有用腸内細菌だが、人間の腸内ではなく、マラリアを媒介する蚊の腸内細菌の話だ。ジョンズホプキンス大学とスペイン・マドリッドにあるグラクソ・スミス・クライン(GSK)研究所からの論文で、タイトルは「Delftia tsuruhatensis TC1 symbiont suppresses malaria transmission by anopheline mosquitoes(Delftia tsuruhatensis TC1はハマダラカによるマラリアの感染を抑える)」だ。
マラリア原虫のライフサイクルは、人間に寄生している時と蚊に寄生している時とではステージが全く異なる。従って、人間の肝臓や赤血球中での原虫を標的にする治療だけでなく、蚊の腸管から体内までのステージも、マラリア撲滅という観点からは標的になり得る。
この研究ではGSK内で維持されていた蚊の中で、マラリア感染が起こりにくくなったグループが存在するのに気づき、腸内細菌がマラリアの発生を抑えているのではないかと着想し、D.tsuruhatensis TC1(TC1)を分離した。
この細菌はハマダラカの腸管に感染すると、マラリア原虫が腸内から体内に侵入する過程を抑制することを明らかにする。その結果、マラリア感染性が7割低下する。また、TC1株は、ボウフラ時期でも、成虫時期でも効率よく腸管に感染し、マラリアの雌雄が合体してオーキネートと呼ばれる二倍体に成長し、体内に入る過程を押さえることがわかった。
TC1株がマラリア原虫の発生を抑制するメカニズムを調べると、これまで様々な植物、あるいは焼けた肉などにも含まれていることが知られているハルマンと呼ばれるアミンが、オーキネート形成をつよく抑えることを明らかにしている。すなわち生きたTC1株が存在しなくても、ハルマンを食べさせたり、あるいは散布しても、オーキネート形成を抑えることを明らかにしている。
以上のことから、ハルマンを殺虫剤の様に噴霧する可能性もあるが、安定的にマラリアの発達を抑えるためには、TC1株を感染させる方が良いと考え、まずコンピューターシミュレーションで可能性を探った後、蚊の好む味とともにTC1株を接種させる、あるいはボウフラのいる水にTC1株を加えて感染させる方法を用いることで、実験に選んだブルギナファソの実験フィールドで、野生の蚊のほとんどにTC1株を感染させられること、そしてそれにより腸内のマラリア原虫のオーキネート形成を抑えられることを明らかにしている。
残念ながら、一度感染させても、子供も含め他の個体へと伝搬できないため、蚊の生育場所に常に細菌を散布する必要があるが、自然の細菌であること、感染高率が高いことなどから、時間をかければマラリア感染の蚊を減らせるのではと期待している。現在野外実験を進めているそうなので、次の結果が待たれる。
2023年8月5日
プロバイオやプレバイオ、善玉菌や悪玉菌と言った概念は一般に流布しており、コマーシャルにも当たり前の様に登場しているが、世界中で追試が行われ、多くの論文で確認されているプロバイオはそれほど多くはない。その中の最も有名なのは、スウェーデンのBioGaiaにより販売されているロイテリ乳酸菌で、このHPでも何回か論文を紹介した。
今日紹介する同じスウェーデンのヨテボリ大学からの論文は、スウェーデンのプロバイオ研究の強さを覗わせる論文で、有用と思われる細菌を腸内細菌叢から分離し大量培養を可能にするための研究。8月2日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Synergy and oxygen adaptation for development of next-generation probiotics(次世代のプロバイオ開発のための相乗効果と酸素への適応)」だ。
この研究では、Faecalibacterium prausnitzii(FP)に焦点を当てて培養法の開発を行っている。というのも、多くの腸内細菌叢の研究でFPは、短鎖脂肪酸合成能が高い菌として知られ、特に西欧型のライフスタイルで失われてしまうことが知られており、これを補うことはプロバイオ業界にとっては重要なテーマとなっている。ただ、FP商業的に生産するには、二つの大きなハードルが存在する。
一つは元々単独では培養が難しいことで、この問題を克服するために環境から硫黄化合物を除去する能力があるD.pinger(DP)菌を最初から存在させた培養条件でFP培養を試み、DP存在下では1000倍以上増殖が促進すること、さらにブチル酸などの短鎖脂肪酸の合成が、共培養条件だけで維持できることを示している。またこの協調関係が、FPによるブドウ糖の発酵による乳酸合成、その乳酸を利用したDPの酢酸合成、そして今度はその酢酸を利用たFPのブチル酸合成という相互に栄養を提供し合う関係が成立していることを示している。
次の問題は、FPもDPも酸素毒性に感受性が高い嫌気性菌である点だ。ヨーグルトに使われる乳酸菌のような通性嫌気性菌と比べると、圧倒的に酸素を嫌う。そこで、アンチオキシダントとして酸素耐性を与えてくれるシステイン存在下で培養を始め、段階的にシステインを減らし酸素を高める選択過程を行い、最終的に酸素耐性のFPを確立している。
ゲノム配列を調べると、15種類の変異が特定されているが、これらは代謝経路とは全く無関係であり、酸素耐性菌もDPとの共培養でブチル酸を合成できることを確かめている。
この組み合わせをマウスに投与して、比較的短い安全性確認実験を行った後、驚くことにすぐ人間のボランティアを用いた治験を行っている。治験結果だが、安全性は問題ない様だ。ただ、DPは上昇するが、FPはほとんど上昇がない。
以上が結果で、FP+DPプロバイオの健康への影響を云々する段階ではないが、選択過程や、相乗効果の分子基盤がゲノム解析として蓄積されれば、FPのみならず他の菌もプロバイオとして利用する道筋が生まれた気はする。
ただ、次世代のプロバイオをうたう割には、まだまだかなと言う気がするし、Nature掲載というのも少し甘い気がする。
2023年8月4日
PCNAはProliferating Nuclear Cell Antigenの略で、DNA合成期の細胞の核にあまねく存在することから細胞の増殖マーカーとして使われてきた。もちろんただの細胞マーカーではなく、分裂しているDNA上で様々な分子と相互作用し、DNA 合成、修復に関わることが知られている。さらに最近その詳しい詳細が明らかにされた様に、転写と複製機構が衝突するときRNAポリメラーゼIIと結合することで、複製フォークを超えた転写を継続させるのにも働いている(Fenstermaker et al, Nature 2023, https://doi.org/10.1038/s41586-023-0634 )。このように細胞増殖に必須の分子となるとガン治療の標的として研究されていると思いきや、これまでこの方向での論文をあまり見かけなかった。
今日紹介する米国ベックマン研究センターからの論文は、PCNAにはガン特異的な構造が存在し、これを標的にしてガン治療の標的を開発できることを示した研究で、8月1日 Cell Chemical Biology にオンライン掲載された。タイトルは「Small molecule targeting of transcription-replication conflict for selective chemotherapy(転写と複製の衝突部位を標的としたガン特異的化学療法に用いる低分子化合物の開発)」だ。
この研究グループはおそらくPCNAを長く研究してきたのだと思う。その中で、PCNAには翻訳後の修飾によりガン特異的フォームが存在すること、そしてそれを標的にしてガン細胞の増殖を特異的に抑制する化合物AOH1160を開発していた。ただ、AOH1160は水に溶けにくく、そのまま薬剤として利用は難しいため、この研究ではAOH1160に様々な変更を加えた化合物を70種類合成し、この中から水に溶けて経口投与可能な化合物AOH1996を探し出している。
論文の前半は化学的、分子構造的解析で、AOH1966がPCNAのPIPボックスと呼ばれるポケットに入り込んで、様々なアミノ酸と相互作用することを示している。
また生化学的解析から、AOH1996はPCNAとRNAポリメラーゼの結合を安定化させるため、転写と複製が衝突したときの調整が出来なくなり、その結果DNA複製フォークが破綻させて細胞を殺すことを明らかにしている。
大事なのは効果だが、試験管内ではほぼ全てのガン細胞の増殖を抑制する一方、いくつか調べた正常細胞の増殖には影響がない。まさに理想的なのだが、ガンを移植したマウスの治療実験では思うほど効果は出ていない。すなわち、単独で生存延長効果は10%ほどで、一般的抗ガン剤のトポイソメラーゼ阻害剤に劣る。ただ、トポイソメラーゼと組みあわせると、効果は大きくなるという結果だ。
単独で効果がほとんどないのは意外だったが、作用機序はよくわかっているので、例えばPARP阻害剤などDNA修復阻害剤と組みあわせると、効果が高まるのかも知れない。ガン治療としては道は長いが、PCNA研究には面白い化合物ができたと思う。
2023年8月3日
現在使われている言葉の内400以上の言語がインドヨーロッパ語に属し、世界の半数が日常使っている。このルーツについては、これまで現ウクライナのステップ起源説と、現トルコのアナトリア起源説が存在していた。前者は牧畜の伝搬、後者は農耕の伝搬とともに言葉が拡大したと考えていた。
2003年、ニュージーランドのグループは、言語の比較からアナトリア起源説を提唱したが、その後古代DNAを調べる研究からは、インドやシベリアまでステップに暮らしたヤムナ民族のゲノム流入が発見されるとともに、アナトリアとステップとのゲノム交流がほとんどないこともわかり、最終的な起源は不明のままだった。
そこに昨年8月紹介した、インドヨーロッパ語(IEL)の分布に重ね合わせた徹底的古代ゲノム研究が行われ(https://aasj.jp/news/watch/20429 )、現在アルメニア地方で生まれたIEL先祖がステップとアナトリアへ別々に伝搬したとするシナリオが提案された。
今日紹介するペルーのポンティフィシア大学やドイツ・ライプチッヒのマックスプランク研究所を中心とする、多くの言語学研究者が集まるコンソーシアムからの論文は、言語の系統樹を解析する方法を見直し、古代語を含めた多くの言語を比較してIELの起源を調べ、IELが8000年前にアルメニア地方で発生した可能性が高いことを示した研究で、7月28日号 Science に掲載された。タイトルは「Language trees with sampled ancestors support a hybrid model for the origin of Indo-European languages(古代語のサンプルを含めた言語系統樹はインドヨーロッパ語起源のハイブリッドモデルを支持する)」だ。
個々でハイブリッドモデルというのは、ステップモデルと、アナトリアモデルを組みあわせたモデルで、ステップとアナトリアの起源語のさらに先祖がおそらくカスピ海と黒海に挟まれた地域で生まれたと考えている。
言語や古代語が変化しているわけではないので、新しい考え方は解析方法を見直したことで生まれている。まず、比較可能なデータがある言語を古代語も含めてできるだけ多く比較している。この時古代語は、ともすると、それ以降の言語の起点として扱われてきたが(例えばラテン語とイタリア語や他のロマンス語の系統樹)、起源ではなく兄弟として緩く扱うことで、起源としてしまうことで起こる年代測定の間違いを防いでいる。
さらに、これまでの方法で間違いの原因となる様々なポイントを洗い出し、それを排除している。例えば意味で比べるとき、複数の同義語を含めないとか、ポリモルフィズムに影響されない処理方法などを用いて解析している。
その結果、8100年ぐらいにアルメニア地方で生まれたIELは、すぐに7種類の言語に分かれ、その一つがステップに伝搬、3種類がアナトリアに移行したモデルを提出している。
以前紹介したゲノム解析結果と近いが、このモデルではインドとイランが同じ起源と考えており、ステップから直接インドに入ったと考える説は否定されている。
結果は以上で、データサイエンスの進展を実感するとともに、情報として残っているゲノムと言葉の研究が今後も協調しながら進んでいき、人間とは何かを教えてくれることがよくわかった。
2023年8月2日
遺伝子変異なしに起こる腫瘍がどのぐらい存在するかわからないが、例えば体全体に腫瘍が広がった後に、急速に収束する神経芽腫などを見ると、稀ではあっても確かに存在しているのではとおもう。ただ、どんな細胞でも様々な遺伝子変異を積み重ねていることを考えると、これを証明することは簡単ではない。
しかし、エピジェネティックな過程を調節する分子をコードする遺伝子変異から始まる腫瘍では、腫瘍増殖のドライバーやガン抑制遺伝子の制御などは全てエピジェネティックに進んでいくと考えられる。その例の一つがグリオーマで、これまで何度も紹介した様にIDH遺伝子の変異により、αケトグルタレートから2ハイドロオキシグルタレート合成が高まり、これがDNA脱メチル化酵素TETの活性を阻害する。結果、様々な領域でDNAメチル化が上昇し、これが細胞の増殖を狂わすことになる。ただIDH遺伝子の変異からグリオーマの発生までのエピジェネティックな過程はまだ解明されていない。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、DNAメチル化によりグリオーマが発生する過程を明らかにした研究で、7月25日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Modeling epigenetic lesions that cause gliomas(グリオーマの原因になるエピジェネティックな異常のモデル)」だ。
グリオーマの研究から、PDGFα受容体(PDGFRA)遺伝子の発現上昇と、CDKN2Aがん抑制遺伝子の発現抑制が一部のグリオーマの増殖を支えていることがわかっており、この研究ではこの変化をエピジェネティックな過程として説明し、再現できるかが問題になる。
まずPDGFRA遺伝子領域のクロマチントポロジー(TAD)、DNAメチル化、そしてTAD形成に重要な働きをするCTCF分子の結合箇所などを、正常グリア細胞とIDH変異グリア細胞で比べると、PDGFRA遺伝子支配エンハンサーの領域を決めている境界に、DNAメチル化される領域が存在し、IDH変異によりこのメチル化の程度が高まり、その結果CTCF結合が消失することを発見する。すなわち、PDGFRA領域の境界が失われて、他の領域のエンハンサーの作用を受ける可能性が示された。
そこでマウスグリア細胞でTAD境界にあるCTCF結合部位をクリスパーでノックアウトすると、PDGFRAの発現が高まり、細胞の増殖性が高まることを示している。また、この時PDGFRA領域に作用を及ぼすエンハンサーについても特定し、これをノックアウトすると領域境界のCTCF結合が失われても、細胞の増殖には変化が起こらない。
次にCDKN2Aガン抑制遺伝子プロモーターを、Cas9にDNAメチル化酵素活性を付与した分子を用いてメチル化すると、発現がシャットオフされ、細胞の増殖が亢進することを確認している。そして、この二つの要因を遺伝的に組み合わせると、グリオーマと同じ様な増殖様態を示す腫瘍が発生することを示している。
以上が結果だが、マウスとヒトのPDGFRA領域のトポロジーは極めて似ているが、境界を決めるCTCF結合領域のメチル化されるCpG領域の密度が、ヒトではマウスと比べ極めて高い。すなわち、メチル化されやすいことから、CTCF結合が失われやすく、その結果グリオーマの発生リスクが高い。なぜこの様な違いがあるのかだが、発生過程で同じCTCF結合場所をDNAメチル化制御でずらすことで、グリア細胞の増殖を調節している可能性を示唆している。
以上が結果で、グリオーマを支える増殖機構のエピジェネティックスを見事に説明した面白い研究だ。