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5月20日:プラダー・ウィリ症候群の原因特定;疾患iPS研究の手本(Nature Geneticsオンライン版掲載)

2014年5月20日
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病気の人からiPSを樹立して、病気の発症過程を明らかにする研究は現在世界中で進んでいる。例えばつい先日このコーナーでも統合失調症患者由来iPSを用いた研究を紹介した。しかし正直に言って、「なるほど」とメカニズムの説明に納得する研究はまだない様な気がする。その意味で今日紹介する論文はiPSパワー全開の仕事で、示された説明にも納得した。イスラエルのグループがNature Geneticsオンライン版に発表した論文で、タイトルは「The noncoding RNA IPW regulates the imprinted DLK1-DIO3 locus in an induced pluripotent stem cell model of Prader-Willi syndrome(Prader-Willi症候群患者由来のiPSを用いて遺伝子コードしないRNA IPWがインプリントされたDLK1-DIO3領域を調節していることを明らかにした)」だ。一般の人だとおそらくタイトルを聞いた時点で「チンプンカンプン、読むの止めた」とあきらめると想像する。インプリンティング、Prader-Willi症候群、訳の分からない名前が並んでいる。先ずPrader-Willi症候群(PWS)から説明しよう。この病気は15番染色体の特定の場所の遺伝子が欠損したり、発現が抑制されることにより発生する。ほとんどのケースは遺伝病ではなく、父親から来た染色体上にあるこの部位の遺伝子が発生途上で変化することにより病気が発生する。元々母親由来の染色体ではこの部位は抑制されている。このため受精卵から造るES細胞では変化を再現できず研究が出来ないことから、iPS技術が必須の病気だ。インプリンティングも理解しにくい。現役時代学生に理解してもらうのに苦労した現象の一つだ。子宮内で胎児発生が起こるほ乳動物だけで見られる現象で、特定の遺伝子で母親からの染色体と、父親からの染色体の間で発現に差がある現象を言う。なぜインプリンティングが必要かなど話しだすと終わらないので説明は割愛するが、母親染色体と父親染色体の戦いと説明されることが多い。事実この機構が壊れると様々な異常が発生する。PWSが本来父親由来の染色体だけで発現している遺伝子座の発現異常で起こることから、この病気自体もインプリンティング病と考えられて来た。ただ症状はこの部位の遺伝子発現異常だけでは説明がついていなかった。この困難は、これまでこの病気の解析に主に使われてきた患者由来の線維芽細胞では様々な後天的変化が積み重なって安定した結果が得られなかったことも原因だ。この意味で後天的な変化をリプログラムできるiPS技術は重要だ。このパワーを完全に生かして、この研究ではPWSの疾患の成り立ちを説明することについに成功している。詳細を割愛して示された説明だけを述べておく。まずこの病気の原因がIWPと呼ばれる、タンパク質には翻訳されないが、遺伝子発現の調節に関わるRNAをコードしている遺伝子の発現異常であることを発見している。もともとIPWは母親由来染色体ではインプリンティングで抑制されているが、発生途上で父親側の遺伝子自体の突然変異、あるいはメチル化による遺伝子発現抑制が起こると、このRNAは発現しない。このRNAは14番染色体の特定部位の母親由来の幾つかの遺伝子をヒストンのメチル化を通して抑制する役割があるが、このRNAが発現しなくなるとこれらの遺伝子の発現が上昇して、様々な組織の多様な症状につながると言う説明だ。今後、更に症状の理解に向けた研究が進むと期待できる。インプリンティングと言う現象は父親側の染色体と、母親側の染色体の戦いとして考えると理解し易いのだが、この研究はIPWという父親側だけで発現する遺伝子が、次に異なる染色体にあるインプリンティング領域に働いて、母親の遺伝子の発現をさらに押さえると言う念のいったメカニズムの存在を明らかにした。なぜインプリンティングと言う現象が進化して来たのかはともかく、この染色体同士の戦いの凄さを物語る。しかしやはりこの話は一般の人には難しかったと思う。あらゆる話を飛ばして「iPSでしか出来なかった研究で、疾患のメカニズム解析研究にとってのiPSの重要性を実感させてくれる」研究だとまとめておこう。
カテゴリ:論文ウォッチ
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