カテゴリ:論文ウォッチ
5月29日:遺伝子診断を治療に利用する(5月21日号アメリカ医師会雑誌掲載)
2014年5月29日
様々ながんの遺伝子診断の拡がりについてこれまで紹介して来た。しかし設備や知識の面で我が国の医療機関がこの進展について行けていないのが事実だ。とすると我が国でがんの遺伝子診断をした所で何の役にも立たないかもしれない。さらにこれまで紹介したように、遺伝子診断により現在の医療では対応出来ないことがはっきりして、よけいに失望することになるかもしれない。それでも原理的に考えると、がんを知って戦う方が治療可能性は高いはずだ。事実、白血病、非小細胞性未分化肺癌、乳がんなど遺伝子診断結果に基づいた治療の効果が確認されたがんの数は増えつつある。今日紹介する論文は肺の腺癌について遺伝子診断を行う意義について調べた研究だ。スローンケッタリングがん研究所を中心とする多施設の研究で、5月21日号のアメリカ医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Using multiplexed assays of oncogenic drivers in lung cancers to select targeted drugs (複数のドライバーがん遺伝子についての検査結果をがん治療薬の選択に使う)」だ。これまで紹介して来たように、がんの発見時には既に複数の突然変異が重なっていることがわかっている。この突然変異の中で、がん細胞の異常増殖を直接刺激する遺伝子をドライバーがん遺伝子と呼び、治療標的の第一候補だ。この研究では、これまで肺腺癌で活性化されていることが知られている10種類のドライバー遺伝子についての検査結果と、がんの経過を調べている。対象として、転移が確認されたステージ4(最も進んだ)肺腺癌と診断され、まだ寝たきりになっていない患者さんが選ばれている。検査法は既に臨床に導入されている機器を使って、突然変異を同定している。結果は10種類の遺伝子について検査すると64%のがんのドライバー遺伝子の突然変異が見つかる。先ず安心するのは、ドライバー遺伝子が複数変異しているケースはほとんどないことだ(2種類のドライバー遺伝子の突然変異が同時に起こると予後は悪い)。次に、変異したドライバーの種類とがんの予後にははっきりした相関はないようだ。次にドライバー遺伝子に対する標的治療の可能性だが、残念ながらドライバー遺伝子が特定されてもそれに対する薬剤がない場合も多い。その典型がRAS 遺伝子で、肺がんだけでなく多くのがんのドライバー遺伝子になっている。このことは、なんとしてもRAS遺伝子を標的とする薬剤を開発する必要があることを再確認させる。ただ肺腺癌では他にも様々なドライバー遺伝子が特定され、既に薬剤が開発されている標的が見つかっている。この研究では、標的に対し薬剤が存在する場合はそれを優先して使用、標的に対する薬剤が得られない場合や、ドライバー遺伝子が特定できなかった場合には通常の化学療法を行っている。効果については生存期間の中央値として計算されているが、ドライバー遺伝子に対する薬剤を使った場合は3〜5年、薬剤が使えなかった場合は2〜4年で大きな差がある。予想通り、がんを知って戦うことの重要性がまた明らかになった。今回の研究は2009年に始まり、まだエクソーム解析など高価なため、どうしても遺伝子を決めて調べるしかなかった。しかしエクソーム解析のように発現する遺伝子全てについて変異を調べることが可能になった今、より多くのドライバー遺伝子を特定する可能性は確実に上がっている。我が国でも是非がんを知って戦う治療が普及する様、私もお手伝いしたいと思っている。