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5月9日:臍帯血幹細胞の試験管内増幅(5月8日号Journal of Clinical Investigation掲載論文)

2014年5月9日
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山中iPS論文の影響は多能性幹細胞へのリプログラミングを超えて拡がりを見せている。4月26日に紹介した分化した血液細胞の幹細胞への若返りの論文を読むと、長い伝統を誇る血液幹細胞研究分野でも理屈はともかくリプログラミングを試してみることも有りかなと言う気持ちにさせる。今日紹介する論文もそんな一編で、ヒストン脱アセチル化阻害剤(HDACI)が染色体のリプログラムを介して臍帯血の試験管内増幅を可能にする事を示す論文だ。NYマウントサイナイ病院からの論文で5月号のJournal of Clinical Investigationに掲載され、「Epigenetic reprogramming induces the expansion of cord blood stem cells(エピジェネティックリプログラミングにより臍帯血幹細胞の増幅が誘導される)」がタイトルだ。タイトルにリプログラミングと書かれていても、山中さんのように多能性細胞に発現する遺伝子を導入したわけではない。VPAと呼ばれるヒストン脱アセチル化阻害剤(HDACI)を使って、DNA鎖とヒストンの結合を強めるアセチル化を阻害する事でヒストンの結合を弱め、遺伝子の転写を促進する方法が使われている。乱暴に言うと、DNAの転写を全般的に高めただけの方法だが、がんの治療などにも利用されている。実験自体は簡単だ。通常血液増殖因子を用いて臍帯血を試験管内で増殖させると、幹細胞が失われて行く。この系にVPAを加えて効果を見たのが研究の骨子だ。結果は期待以上で、VPAを加えた時だけ血液幹細胞が維持され増殖する。示されたデータのほとんどは、機能的幹細胞が確かに増幅している事を示すための実験結果で、これでもか、これでもかと実験が行われている。最終的には免疫不全マウスに注入したとき長期にヒトの血液細胞を造り続ける幹細胞の頻度が測定され、幹細胞が30倍に増幅している事を確認している。そしてiPSと同じ様なメカニズムが臍帯血増幅にも働いている可能性を示している。もちろんヒストンがゆるみ、遺伝子発現が乱されるだけでもリプログラミングと言ってもいいのだが、この論文ではVPA処理によりESやiPSに発現するOct4, Sox2, Nanogの多能性因子が発現し、更にこの発現を止めると臍帯血の増幅が出来ないことを示している。無論、ES/iPSまで戻るわけではないが、この結果に基づいて、たしかに「リプログラミング」がこの現象のメカニズムである事を強調している。骨髄移植と比べると臍帯血移植はドナーの負担がなく、骨髄ドナーが慢性的に不足している我が国で特に普及が著しい。しかし得られた臍帯血中の血液幹細胞の数が少ないため、成人の骨髄移植には一人のドナーからの臍帯血では足りないと言う問題がある。もしこのような簡単な方法で幹細胞が増幅するなら、臍帯血移植の用途は格段に拡がり、特に我が国が受ける恩恵は大きい。もちろん問題もある。多能性因子の発現により安全性が損なわれないか。VPA処理自体は特異的なリプログラミング誘導法ではない。なぜ都合よく多能性に関わる遺伝子が選択的に発現するのか、STAP細胞と同じ様な問題が残る。他にも私がレフリーなら、成人の骨髄細胞でも同じ事が言えるのか、マウスではどうかなど情報を求めるだろう。とは言え、4月26日に紹介した論文も含め、培養血液幹細胞による骨髄移植の実現は確実に近づいている事を実感する。
カテゴリ:論文ウォッチ
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