カテゴリ:論文ウォッチ
6月2日刺激に依存する神経結合過程の可視化(Science誌5月23日号掲載論文)
2014年6月2日
論文を読んで昔の知識がよみがえった。私たち人間の視神経は脳の両側に軸索を伸ばし、両眼からの刺激統合が必要な立体視を可能にしている。もちろんほとんどのカエルでも同じ事が言える。しかし変態前のオタマジャクシは目が左右に完全に分離しており、視神経も脳の反対側だけに投射している。カエルへと変態が始まると、目の位置が顔の前の方に移動、立体視が必要になると視神経が同じ側の脳に投射するようになる。発生学の教科書を初めて読んだとき、なかなか合目的に出来ていると感心したものだ。今日紹介するモントリオール・McGill大学の研究はこのオタマジャクシの特徴をフルに生かして、視覚刺激により安定した神経結合が形成されるプロセスを研究している。論文は5月23日号のScience誌に掲載され、「Rapid Hebbian axonal remodeling mediated by visual stimulation (視覚刺激によって引き起こされる急速なヘッブ法則に従う軸索再構成)」がタイトルだ。ヘッブ法則と言うのは1949年やはりMcGill大学の教授だったヘッブ博士が提唱した「同調して興奮している神経細胞は結合するが、同調していない神経細胞は結合を失う」と言う法則を意味する。ただこれを証明するためには、刺激に反応する神経軸索の振る舞いをリアルタイムにモニターする必要がある。オタマジャクシを用いるとこのことを確かめる実験が可能であることを思いついたのがこの研究の全てだ。発生学から生理学までの深い知識に基づきこの研究が行われている。私も知らなかったが、確かにオタマジャクシの視神経は反対側の脳に投射するのだが、発生の間違いで少しは同側にも投射が起こるらしい。この一種の間違いを利用して、この同側に紛れ込んだ神経軸索が視覚野で安定な神経結合を形成する条件を調べている。即ちこの視神経が紛れ込んだ側のほとんどの神経は反対側の視神経から刺激を受ける。これを利用して、反対側の目に対する刺激と、紛れ込んだ視神経が由来する同側の目に対する刺激のパターンを同期あるいは非同期させて与えることで、紛れ込んだ神経が周りの神経と同期する場合と、非同期の場合が設定できる。納得だ。さらにメラニン色素のない透き通ったオタマジャクシを使い脳神経を直接観察できるようにしている。そして、同側から紛れ込んだ視神経をラベルする方法を利用して、軸索の短期間の振る舞いを細胞レベルで調べることを可能にしている。独創的なほれぼれする実験系だ。論文ではヘッブの法則を確認するだけでなく、新しい発見も示している。まず軸索の刺激が周りの神経と同期していないと軸索成長の速度が上がる。これは新しい発見だ。しかしヘッブが予想した通り、もし周りと同期していない場合は形成されたシナプスが早期に消失すると言う結果だ。そして同期された場合も、シナプスでの神経伝達を阻害すると、安定なシナプス結合が失われる。さらにこの様な反応は予想以上に早いと言うこともビデオで確認している。この結果から、単一神経への刺激だけでなく、常に全体の刺激状況を瞬時にモニターしながら、最適な神経結合が組織化されて行く様子がよく理解できる。今後多くの研究室が採用しそうな実験系だ。しかし、同じ大学で提唱された法則を証明するために次の世代が努力しているのを見ると、科学はグローバルと簡単に言えない伝統を感じる。
6月1日慢性リンパ性白血病の薬剤抵抗性(5月28日号The New England Journal of Medicine掲載論文)
2014年6月1日
がんは未熟な幹細胞の増殖異常だとするのが現在の通説だが、もちろん例外もある。特に抗体を造るBリンパ球が異常増殖をする骨髄腫や慢性リンパ性白血病(CLL)はその典型で、間違いなく完全に成熟した細胞からおこるがんと言える。CLLは欧米の高齢者には深刻な問題だが、幸い我が国ではあまり多くない白血病だ。完全に原因がわかっているかと聞かれると、答えはNOだが、抗原に反応して増殖するという、B細胞の本来の機能に必須のシグナル伝達経路の異常活性化がその背景にあると考えられている。これを裏付けるのが抗原からのシグナルを伝えるために必須のBtkと呼ばれる分子の活性がCLLで上昇している点だ。この結果を治療に生かすために、Btkの活性を抑制する分子イブルチニブが開発され期待通りの効果を上げている。ただ一定の割合で薬剤耐性の白血病が発生することがわかって来て、耐性のメカニズム解明が待たれていた。今日紹介する論文は、イブルチニブ耐性のメカニズムについてのオハイオ州立大の研究で、5月28日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは、「Resistance mechanisms for the Bruton’s tyrosine kinase inhibitor iburtinib(ブルトン型チロシンキナーゼ阻害剤イブルチニブ耐性のメカニズム)」だ。研究では6例のイブルチニブ耐性を獲得したCLLの全エクソーム配列を決定し、耐性獲得前の遺伝子と比較した。驚くべきことに、全ての耐性獲得CLLでBtk遺伝子か、PLCγ遺伝子の同じ場所に、同じ変異が見つかったことだ。Btkに対する薬剤だから、Btkが突然変異しても不思議はないが、同じ突然変異が全てに見られることは、耐性の獲得ががんにとってもそう簡単でないことを意味している。また、Btkが直接作用するPLCγの突然変異でも同じ耐性が獲得されると言う結果は、Btkからのシグナル経路がCLLの主要な役割を演じ続けていることを示している。この研究では次にこの変異の生化学的性質を詳しく調べている。詳細は全て割愛してまとめると、Btkの突然変異は、Btkとイブルチニブの結合を不安定にして薬剤の効果を減少させる変異であること、及びPLCγ分子の突然変異は他の分子の調節を受けなくなる異常活性化状態を作り出すことが明らかになった。今回の結果から、がんのしたたかさを垣間みることが出来るが、しかしこれなら必ず対応方法がある。是非新しい異常分子に対する薬剤を早期に開発して欲しいと思う。
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