実を言うと、私は大学入学以来長く喫煙を続け、この習慣から抜け出したのは京大分子遺伝に移って少ししてからだ。この時、ニコチンパッチを処方してもらって、やめるまで2ヶ月近くかかったと思う。今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文は、やめるのに苦労した私にとっては驚きの研究だ。タイトルは「Olfactory aversive conditioning during sleep reduces cigarette-smoking behavior (睡眠中に臭いの嫌悪条件付けを行うとタバコが減る)」だ。この論文を読んで最初の驚きは、この研究が神経科学の専門誌では格の高いJ.Neuroscience12月号に掲載されていることだ。確かにタバコの数が減ることは脳の問題だろうが、これを神経科学とみなしでいいのか少し戸惑う。ただJ.Neuroscienceは懐の深い雑誌であることは実感した。この研究は極めて単純な実験プロトコルで行われている。まず愛煙家を選び、これまでの喫煙歴、毎日の喫煙本数などを自己申告してもらう。次に、1週間の喫煙日記を付けてもらい、筋金入りの愛煙家であることを確認する。次に腐った魚の匂い、硫酸アンモニアの匂いを嗅がして、これを不快な臭いと判定するのかどうか確かめる。このような条件をくぐり抜けて残った愛煙家に、一度研究所に来てもらい、起きているとき、あるいは睡眠中にタバコの匂いと一緒に、不快な臭いを嗅がして条件付けを行う。この条件付けは1日で終了し、終了後もう一度条件付けに使った臭い匂いを実験前と同じように不快に感じているか確かめ、実験により感覚に対する身体的変化が起こっていないことを確認する。その後は帰宅させ、1週間喫煙日記を付けてもらって、喫煙本数を条件付け前と比べて実験は終了だ。この実験の詳細を読んで次に驚くのが、脳波を取りながら条件付けの臭いを嗅がす装置を鼻につけて本当に寝ることができるのかという疑問だ。写真が出ているが鼻の先からチューブが出ているのを見ると、まず私なら寝付けないなと思う。そして最後に驚くのが結果だ。まず、タバコの匂いと不快な臭いを睡眠中に同時に嗅がして条件付けを行うと、なんと次の週のタバコの本数が半分に減る。起きているときに同じ条件付けを行っても全く効果がない。さらに、寝ている時条件付けをするとタバコの本数は必ず減るようだが、熟睡しているときに嗅がしたほうがより大きな効果がある。あとは、タバコの匂いと、臭い匂いを同時に嗅がすのではなく別々に嗅がしたり、あるいはタバコの匂いを全く嗅がさない条件でタバコが減るかも調べている。しかし示されている実験のほとんどはコントロール実験で(もちろんコントロール実験が最も重要だが)、つまるところ寝ている時を狙ってタバコと臭い匂いを嗅がして条件付けをした時だけタバコが減るという結論だ。しかもタバコの本数は条件付けた次の日から、50%近く減っていのもまた驚きだ。思いついたら科学的に確かめて、結果が出たら論文にする根性には恐れ入った。しかし、こんな実験を思いつく責任著者は、愛煙家か、嫌煙家か一番気になる。
11月14日:眠っているうちにタバコをやめる(J. Neuroscience12月号掲載論文)
2014年11月14日
カテゴリ:論文ウォッチ