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10月31日:90を過ぎても大動脈弁置換は可能(Annals Thoracic Surgery誌オンライン版掲載論文)

2014年10月31日
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私事になるが私の妻は大動脈弁閉鎖不全と診断され、経過観察中だ。と言っても、まだ症状はなく、山登りでも私より元気だ。しかし、この病気は徐々にではあっても必ず進行する。症状が出た時には、手術で弁を人工弁に置き換える必要がある。ただいつ手術を受けるかは患者にとって大問題だ。心臓手術ということで、体力のある元気なうちに受けたいと思う。とは言え、症状も出ていないのに予防的に受けるのも問題だ。人工弁にも一定の寿命があることを考えると、手術は遅いほどいい。しかし今元気だからといって80を超してから手術を受けるのは大変だ。その時は経カテーテル(TAVR)もあるからなどと考えながら、経過観察を続けている。そんな時、今日紹介するメイヨークリニックからの論文を見つけ、全く個人的興味から読んでみた。タイトルは「Aortic valve replacement for severe aortic valve steoosis in the nonagenarian patients (90歳以上の重度大動脈弁閉鎖症の大動脈弁置換手術の成績)」で、Annals Thoracic Surgeryオンライン版に掲載された。この研究は、過去20年間にメイヨークリニックで行われた90歳以上の患者さんに対する大動脈弁置換術の成績をまとめた論文だ。59例のうち33例は開胸下弁置換手術を行なっており、残りの26例はカテーテルを用いるTAVRでより侵襲の少ない方法だ。結論的には、開胸下弁置換術を行なった33例のうち2例、TAVRのうち1例で手術による死亡が観察されているが、他の患者さんは退院までこぎつけている。術前の状態を見ると、通常手術例では、TAVR を受けた患者さんと比べると、動脈硬化症状の少ない患者さんが(自然に)選ばれている。逆に言うと、TAVRが使えるようになってから、より動脈硬化の激しい高齢者にも弁置換術が行なえるようになった事を示している。実際、TAVRを受けた患者さんの実に34%が冠動脈バイパス手術を受けている。このように、患者さんの条件に合わせて通常手術からカテーテルまで明らかに選択肢が増えている。ただ弁としての機能を見ると、当然ながら通常手術による方が結果は優れており、カテーテルだとどうしても逆流が残るようだ。それでも、心臓病症状の重症度を測る指標で半分以上の患者さんが、運動時の息切れ程度の所まで回復しており、高齢者でも弁置換術の効果ははっきりしている。これまでの臨床結果とも比較されている。90歳以上の通常弁置換手術の術後30日以内の死亡率は、今回は6%だったが、それ以前は17%と言う報告があったようだ。同じようにカテーテルによる置換術でも他の施設から出された論文より成績は良さそうだ。さすがメイヨークリニックと賞賛を送りたい。一方患者側から見ると、手術をするときはやはり病院を選ぶ必要のある事がわかる。是非、各病院に年齢別の手術成績を開示してくれる事をお願いしたい。幸いこの論文の筆頭著者は村下さんと言う日本人だ。もしメイヨークリニックでのコツ等があれば、我が国にも広めて欲しい。またTAVRも更に改良される事が十分期待できる。論文を読んでほっと安心した。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月30日ALSの進行を心臓薬ジゴキシンで遅らせる(Nature Neuroscienceオンライン版掲載論文)

2014年10月30日
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ALSは運動神経が徐々に変性して運動機能にとどまらず呼吸機能までを奪ってしまう難病だ。この病気は運動神経細胞自体の異常で変性が起こると考えられて来た。これに対し、ある突然変異型のSODを持ったマウスのALSモデルの研究から、運動神経の変性が周りのアストロサイトと呼ばれるグリア細胞がストレス刺激で炎症反応を起こし、それが神経細胞を障害していると言う仮説が支持を拡げて来た。この仮説が正しいと、アストロサイトの障害活性を抑制する事でALSの進行を遅らせる可能性が生まれる。8月11日に紹介したEgan達の論文もこの説に立ってプロスタグランジンD2の機能を阻害する事でアストロサイトの炎症反応を抑え、ALSの進行を遅らせられる事を示した研究だった。今日紹介するハーバード大学からの論文は、突然変異型のSODがアストロサイトを活性化するメカニズムを特定して治療薬を開発しようとする研究でNature Neuroscienceオンライン版に紹介された。タイトルは「An α2-Na/K ATPase/α-adducin complex in astrocytes triggers non-cell autonomous neurodegeneration(α2-Na/K ATPase/α-adducin複合体がアストロサイトで発現すると、神経障害性の変性の引き金を引く)」だ。断っておくが今日紹介する研究のほとんどはマウスモデルでの研究でヒトの病態との関わりはこれからだ。研究では最初からアストロサイトに焦点を当て、ALSが始まる頃にアストロサイトで起こる変化を追求し、α-adducinと言うタンパク質がリン酸化し、また病気の進展に関わっている事を突き止めた。Adducinは細胞骨格分子に分類されているが、Na/K-ATPaseと結合してシグナルに関わる事が知られていた。詳しい結果は割愛して一足飛びにこの研究から生まれた、ALS発症のメカニズムについてまとめると次のようになる。先ず突然変異型SOD1が細胞内でこのATPase/addicinの発現や活性を高め、細胞内でATPが異常に消費される。このため、ミトコンドリアがこれを補おうと酸素依存性の呼吸を高め、活性酸素が過剰になり、細胞ストレスがアストロサイトを刺激して局所炎症を起こし、最後に運動神経が障害されると言うシナリオになる。これが正しいとすると、最初の引き金がSOD1突然変異としても、このATPaseを抑制する事でそれ以降の経路を押さえる事が出来る。幸いこのATPaseには古くから強心薬として使われて来たジゴキシンやウアバインと言う薬が効く。マウスモデルでは、ジゴキシン投与により確かに運動神経の障害の程度を遅らせる事に成功している。人間のALSでも同じようにこれら分子の発現が上昇しているので、次はヒトの系でもこのシナリオが有効かiPSで確かめることが出来る。論文からは、この方法が万全で根治につながる効力があるようには思えない。しかし、運動神経の変性は確かに遅らせる可能性がある。ALSは極めて予後の悪い難病だった。しかし、研究者も多く、光は徐々に見えて来ていると感じている。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月29日:リアルタイムで進化を観察する(10月24日号Science掲載論文)

2014年10月29日
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進化論は証明が難しいと考えている人が多い。その理由は種分化過程に長い時間が必要で、実験的に再現する事が困難だからだ。実際ダーウィンの種の起原の1章が遺伝可能な形質の多様化について育種の例を挙げているのも、進化過程を自分の目で確認できる可能性を強調するためだ。大腸菌を使った研究を見てみると、全く新しい形質の出現を記録したLensky達の研究がある。2012年Natureに掲載された論文だが、33000世代、何と25年を経てこれが可能になった事を報告している。(詳しくは私が生命誌研究館ホームページに連載している「進化研究を覗く」第6話を読んで下さい)。しかし、目撃出来たとは言え、25年大腸菌を飼い続ける研究者魂には頭が下がる。今日紹介するハーバード大学からの論文もその意味では長期間の観察を続けた点では称賛に値する。タイトルは「Rapid evolution of a native species following invasion by a congener (同種の侵入後起こる固有種の早い進化)」で、10月24日号のScienceに掲載された。研究ではフロリダ州に侵入したキューバのトカゲによって、固有種のトカゲに起こってくる足の変化を調べている。フロリダのトカゲは緑色のトカゲで、外来種の侵入がないと地上から木の上まで広く分布している。この外来種のいないフロリダの3つの島に、1995年、このグループは茶色の地上に住むキューバのトカゲを移植して様子を見た。同じ様な3つの島はそのままにしてコントロールとして観察している。すると、同種の競争が起こって、緑のトカゲは地上から追いやられ、木の上で生活するようになる。実際この変化は外来種を移植後2ヶ月で起こるため、進化と言うより適応だ。しかし、3年位すると、住む高さは外来種の有無で60cmも違ってくる。次に、2010年になってから、今度はトカゲの身体の変化を調べ、高い木の上に追いやられたトカゲは指の裏が厚くなり、またギザギザも増えている。即ち枝につかまるための身体変化を起こしている。これが実際に遺伝する変化かどうかが最後の問題になるが、それぞれの島から卵を集め、それを研究室の庭で孵化させてみても、同じ身体変化を受け継いでいると言う結果だ。他にも色々実験をしているが、15年、20世代程で遺伝可能な同じ形態変化が、独立した島で起り得ると言うのが内容の全てだ。残念ながら実際この変化がどの遺伝子変異に基づくかなど全く研究されていない。15年間ご苦労さん。新しい実験系を作ってくれて有り難うと感謝を込めて掲載しているのだろう。実際、遺伝的変化か、世代を超えるエピジェネティック変化か、あるいは両方が合わさった変化かなど解明しなければならない点は多い。ただ、このグループが面白い材料を手にした事は確かだ。苦言を呈するとすれば、今回の実験も外来種を移植すると言う極めて人為的なモデル系を用いている事だ。育種であれば金魚でも鳩でも遺伝可能な形質の出現を目撃する事は容易だ。種の起原の第一章を引用して終わろう。「・・・最高の育種かであるサー・ジョン・セブライトは、ハトに関して、『どんな羽でも3年あれば作れるが、頭とくちばしだと6年かかる』と吹聴していた。」。(光文社古典新訳文庫、種の起原、渡辺政隆訳)

カテゴリ:論文ウォッチ

10月28日:同一がん組織内の多様性(10月10日号Science誌掲載論文)

2014年10月28日
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細胞が一回分裂すると、新しく出来た2個の細胞のゲノムは違っているのが普通だ。分裂時のDNA複製には低いが一定の不正確さがあり、これが生命の進化には必須の要素だ。同じように、がんが伸展し、治療に抵抗する細胞が進化するのも、がんのゲノムが分裂ごとに変化するからだ。実際、がんのゲノムやエクソームとして検出しているのは、多様ながん細胞の集まった集団としての平均値だ。ゲノムの大きさが30億塩基対もあるため、がん発生に重要な部位以外の突然変異が繰り返し見られる事はほとんどない。それでも同じがんの違う場所を取り出して調べると、がんが多様化している事が腎臓がんなどでわかっていた。このためがんの多様性と再発の関係を調べる研究が始まっている。今日紹介するMDアンダーソンがんセンターからの論文は、初期肺腺癌の手術組織の多様性を調べた研究で、10月10日号のScience誌に掲載された。タイトルは「Intratumor heterogeneity in localized lung adenocarcinomas delineated by multiregion sequencing (同一がんの複数の場所から採取したがんの配列決定により初期の肺腺癌の多様性が明らかになる)」だ。読んだ印象はScienceに掲載するほど質が高いか疑問に思ったが、がんの臨床には重要な結果だ。研究では、11例のステージIIAまでの肺腺癌で、通常検査では転移がないとして手術が行なわれた患者さんのがん組織の複数箇所から細胞を集め、全エクソーム(実際にタンパク質などへ翻訳される遺伝子部分で全ゲノムの1.5%程度)を高い精度で解読している。結果は明瞭で、全てのがん組織で元のがんから変異した数種類の集団が特定できる。肺腺癌では、多様化していても全て同じ起源へと元を辿れる事から、最初から多様ながんが発生するのではなく、先ずもとのがんが発生してそこから多様ながんが発生すると考えられる。即ち、先ずがん化で染色体の安定性が損なわれ、多様化が始まる事を示している。これほど初期から多様化していたら治療も打つ手がないのではと心配になるが、幸い75%程度の突然変異は全てのがん細胞共通に見られ、この研究で発見された、肺腺癌発生に関わる事の知られている14種類の遺伝子突然変異の内13種類は全てのがん細胞に存在する事から、多様化はしていても起源は同じで、薬剤に対する反応も同じだろうと予想できる。とはいっても、術後21ヶ月経過を見るうち再発した3例は、再発のなかった例と比べると明らかに多様化の程度が大きい。従って、初診時に多様化が著しい場合は再発予備軍としてより注意深い観察をする必要があるだろう。突然変異の種類についても解析している。明らかにタバコが原因と思われる突然変異は、確かに喫煙をやめても長く存在する事から、肺の中でゲノムに蓄積している事は明らかだ。この解析から肺の腺癌ではガン化までの変異と、がん化後の変異が明らかに違い、多様化はガン化後加速される。この加速時期にはAPOBECと呼ばれる分子が関わっている事もわかった。臨床的に重要な点は、初期がんで発見できれば、がん全体の性質を変える所までは多様化も進んでいない事だ。いずれにせよ、11例と言う少数の解析だけから結論を急ぐと大きな落とし穴があるかもしれない。しかし、がんは知れば知るほど対応の可能性も見える事ははっきりした。それにしても、アメリカやヨーロッパのがんゲノムへの取り組みは徹底している。それと比べると我が国のこの分野のシェアは低いと言わざるを得ない。心配している。

 

カテゴリ:論文ウォッチ

10月27日:嗅覚受容体の選択(10月23日号Cell誌掲載論文)

2014年10月27日
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免疫担当細胞も嗅細胞も化学物質を探知する仕組みだ。細胞上での化学物質を探知するのは、抗原に対する受容体であり、嗅覚受容体だ。ただ探知した後の細胞の反応は全て同じで、従ってこの反応は特異的な認識を一般的な細胞反応に転換する事で行なわれている。このため一つの細胞は一つの受容体だけを発現するよう制限されている。抗原受容体も、臭い受容体もゲノム中には1000種類以上存在する。このため、一つの受容体を選んで、他の受容体が発現できないように抑制するフィードバックメカニズムが細胞に存在している。嗅覚受容体でも、トランスジェニックマウスを用いた仕事などから、一つの受容体がオンリーワンとして選ばれ、その分子が発現すると、それがシグナルになって染色体構造を変化させ、他の全ての負け組受容体の発現が抑制される仕組みになっている。しかし、最初に一つの受容体だけが選ばれオンリーワンとして君臨できるのかの仕組みは良くわかっていなかった。今日紹介するコロンビア大学からの論文はこの謎に挑戦した研究で、10月23日号のCell誌に掲載された。タイトルは「Enhancer interaction networks as a means for singular olfactory receptor expression(エンハンサー相互作用ネットワークが単一の嗅覚受容体の発現の手段になっている)」だ。タイトルにあるエンハンサーとは、遺伝子発現を正に調節するためのゲノム上の領域で、その領域に様々な分子が結合し遺伝子の発現を高める役目をしている。論文を読むと、このグループは本当にあらゆるテクニックを駆使してこの問題に取り組めるプロ集団である事がわかる。まず、ゲノム内でエンハンサーとして働いている部分を特定する(DNAse感受性領域)方法と、染色体構造を調べる方法を組み合わせて、嗅覚受容体に関わるエンハンサー部位を35種類特定する。次にこの中から嗅覚受容体エンハンサーとして活性のある部位をゼブラフィッシュを使って12種類特定する。その上で、この12種類の部位が嗅覚細胞でどう働いているかを調べる。ただ、嗅覚細胞は何千種類もあるため、特定の受容体を発現する細胞だけを集める必要がある。この目的のために、ある受容体を発現する細胞が蛍光を発するマウスを作成し、このマウス鼻粘膜から特定の受容体だけを発現する細胞をセルソーターで集めて、この受容体の選択にこのエンハンンサーがどうか変わっているか検討している。この時に用いた方法が、4C-seqと呼ばれる方法で、この受容体発現に関わるために集められた全てのエンハンサーを特定する方法だ。この結果、単一の嗅覚受容体の発現には数カ所に散らばっているエンハンサーが集まって協力している事がわかった。実際、核内でそれぞれのエンハンサー部位が一か所に集まってくるかどうかを調べるために、FISHと呼ばれる方法で、別々の染色体上に離れて存在するるエンハンサーが受容体遺伝子の近くに集められている事を示している。また核内3次構造が維持できない様、嗅細胞で遺伝子改変すると受容体の発現がなくなる事も示している。まとめると、発生過程ではそれぞれの受容体が自分の近くにエンハンサーを幾つ集められるかの競争を行っており、必要な数のエンハンサーを最も早く自分の近くのエンハンサーに集められた受容体だけが勝ち組として発現でき、今度はその受容体からのシグナルを介して他の受容体遺伝子を抑制すると言うシナリオが、嗅覚受容体が一つだけ選ばれる仕組みとして提案されている。結局オンリーワンを選ぶには、競争に頼るのが最も安全なだというのが生命の原則の様だ。しかし同じ事はこの論文そのものにも感じる。染色体構造解析を中心にここまで多様な最新の技術を駆使できる研究室はそう多くないだろう。エンハンサーを集めるのと同じで、この様なテクノロジーを一点に集中させて競争に勝つ典型がこの論文に見られる。これに若手が対抗するには、自発的に離れた所に散らばっているエンハンサーが集まる仕組みを作るべきだろう。これほど手の込んだ研究には往々にして穴がある事が多い。若い人からまた違ったシナリオを聞ける事を願っている。

 

 

カテゴリ:論文ウォッチ

10月26日:神経系と免疫系(8月27日号J. Neuroscience掲載論文)

2014年10月26日
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組織的合抗原(MHC)は免疫系の認識様式を決める重要な分子で、勿論免疫学独特の研究対象として考えられて来た。そんな時突然2000年カーラ・シャッツさんたちから、MHC1が神経発達に必要だと言う論文が出た。当時神経科学の論文を読む事はなかったが、何かの賞の選考でたまたま彼女の論文を調べる事になり、こんな仕事があるのかと驚いた。元々シャッツさんは、感覚神経回路の形成には、感覚刺激が入る前から自発的に刺激し合う事が必要だとする仮説を提案していた。同じ様な考えは免疫学でも刺激前に形成される内部イメージ説として提唱された時期があった。さらに、その時自己と他を区別する鏡になるのがMHCだった。2000年の論文では、シャッツさんはMHC1が細胞膜に発現できないマウスでは、この刺激前に出来る回路の形成が遅れているとする結果を示していた。ほんとかな?と思いつつその後この話をフォローする事なく今まで来たが、今年の9月になってMHC1の神経系での機能を研究しているプリンストン大学からの論文を目にした。論文は8月27日号のJ.Neuroscience誌に掲載され、「MHC classI limits hippocampal synapse density by inhibiting neuronal insulin receptor signaling (クラス1MHCは海馬のインシュリン受容体シグナルを抑制してシナプス密度を減少させる)」だ。少し古くなったが是非紹介したい。色々実験が行なわれているが、全て割愛してこの研究で明らかになった結果をまとめると次のようになる。1)MHC1の発現が低下している特殊なノックアウトマウス(β2マイクログロブリン、及びTAPの欠損したマウス)の海馬神経細胞ではインシュリンシグナルが更新している、2)この結果正常と比べてシナプス形成が更新し、シナプス密度が上昇する、3)インシュリンシグナルを抑制する阻害剤をノックアウトマウスに投与すると、正常に戻る、4)MHCとインシュリン受容体は結合しているが、同じ細胞内ではなく、異なる細胞との接着面で結合している。この結果に基づいて、海馬神経細胞ではインシュリンシグナルが常に入っているが、シナプスを形成して相手方の細胞と結合すると、その細胞が発現するMHC1とインシュリン受容体が結合し、インシュリンシグナルを抑制する。この抑制がないと、インシュリンシグナルが入りっぱなしになって、シナプス密度が上がると言うシナリオが示されている。なぜシナプスが出来て困るのか?と問われるかもしれないが、発生過程では刺激を受けたシナプスだけを維持して、あまり刺激の来ないシナプスを淘汰するプロセスが重要だ。おそらく、この淘汰がうまく行かないために、シャッツさんたちが最初見つけた様な現象が起こったのだろう。MHCは脊髄動物から見られる分子だ。これが神経系でも機能するとすると、脊髄動物の神経系が大きな機能的ジャンプを遂げる原因になっているかもしれない。しかしどんな現象もしっかり研究が進んでいる事を知り感心している。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月25日:リンパ節が腫れる意外な仕組み(10月23日発行Nature掲載論文)

2014年10月25日
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局所感染が起こるとその近くのリンパ節が腫れる。外界からの異物に対して免疫系の細胞を動員して速やかに免疫反応を誘導するための仕組みだ。以外と知られていないが、リンパ節はほ乳動物にしか存在しない高等システムだ。京大に在籍していたとき、助教授の横田君(残念だが今年2月に膵臓がんで亡くなった)がId2遺伝子をノックアウトした時、乳腺とリンパ節の両方が消えてしまった。論文を書く段になって、Id2はほ乳動物を決める遺伝子と言うタイトルにしたらと勧めたが、そんな作り話をすると審査員が通してくれないとはねつけられたのを覚えている。これまでリンパ節が腫れたり縮小したりするメカニズムは、ケモカインと呼ばれる免疫細胞をリンパ節へリクルートする分子と、リンパ節の血管や間質に発現する接着因子によって調節されていると考えられて来た。今日紹介する英国がん研究所からの論文はこれに加えて、間質細胞の隙間を拡げたり縮めたりしてリンパ節内の免疫細胞の量が調節されていると言う新しいメカニズムを提案しており、10月23日号のNature誌に発表された。タイトルは「Denderitic cells control fibroblastic reticular network tension and lymph node expansion(樹状細胞が線維芽細胞様細網細胞ネットワークの緊張性を調節しリンパ節腫大をに関わる)」だ。この研究の発端は、免疫細胞のリクルートに関わるCLEC-2受容体とそれに結合するポドプラニンの関係が、受容体・リガンドと言う一方向ではなく、リガンド・受容体でもある双方向関係ではないかと言う可能性に気づいた事だ。これを示すために、普通の線維芽細胞株にポドプラニンを発現させると、細胞が収縮する。よく調べてみると、ポドプラニンからシグナルが確かに入り、エズリン、GEF-H1,RhoA, を介して細胞内の収縮分子アクチンを収縮させる事を突き止めた。さらに、この反応がポドプラニンの受容体と考えて来たCLEC-2により完全に抑制され、結果細胞は伸展する。予想通り、ポドプラニンはシグナル受容体として働き、CLEC-2がリガンドとして働く。次の問題は、このシグナルが実際のリンパ節でも働いているかどうかだ。リンパ節ではCLEC-2は血液系の樹状細胞、ポドプラニンは線維芽細胞系の細網細胞(FRC)に発現している事だけ頭に入れていただいて、他の実験を全て割愛して結論だけ述べる。リンパ節のFRCはポドプラニンを強く発現しており、そのため収縮状態にある。免疫刺激が入ると先ずCLEC-2を発現した樹状細胞が移動して来てポドプラニンに結合し、細胞を伸長させる。これによってFRCが存在する部位の細胞の隙間が拡がり、多くの免疫系細胞が入って来ても収容できると言うシナリオだ。実際樹状細胞のCLEC-2遺伝子を欠損させるとリンパ節の大きさは全般的に小さくなる。論文を読むと、実際には差はそれほど大きくないので、やはりケモカインと接着分子の協調作用が基本的にリンパ節への細胞リクルートの主役だろう。しかし、間質側の形態も細胞のリクルートに寄与できる事を示したこの論文は、新しい見方を示してくれたと言える。おそらく、いわゆる造血系のニッチと呼ばれる細胞についても、同じ様な視点から再検討が行なわれる様な気がする。

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10月24日:全エクソーム配列検査の実力(10月18日アメリカ医師会雑誌掲載論文)

2014年10月24日
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昨年12月13日、このホームページで、診断のつかない小児患者さんの全エクソーム解析(ゲノムの内、タンパク質に翻訳される全部分のDNA配列を決めること、全ゲノムの1.5%だけなので全ゲノム解析と比べてコストは安く済む)が診断確定にどの程度役立つかを調べたテキサス・ベーラー大学からの論文を紹介した。実際には普通の検査で診断がつかなかった患者さんのうち、実に25%について診断を確定する事が出来ると言う結果だった。今日紹介する論文はこの仕事の続きで、同じテキサス・ベーラー大学から10月18日号のアメリカ医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Molecular findings among patients referred for clinical whole-exome sequencing(全エクソーム配列決定の依頼があった患者さんで見つかった分子異常)」だ。以前紹介した論文では、約200例の患者さんについての、いわばパイロット研究だった。それから約1年後に発表された今回の論文は規模をアメリカ全土に拡大し、通常の検査では診断がつかなかった患者さんが2012年6月から、2014年8月までの2年間にわたって集められ、なんと2000人の全エクソーム検査が行なわれている。当然とは言え、結果はパイロット研究と同じで、25%の患者さんの診断を確定できる事が確認された。こうして診断のついた504人の患者さんのうち450人は神経症状を示す患者さんで、小児の神経疾患の診断が特に難しい事が良くわかる。これだけ数が集まると、病気の原因となる遺伝子異常の特徴について詳しく検討する事が出来る。例えばダイソミーと呼ばれる、片方の親からだけ2本の染色体を受け継いでいる異常が5例も見つかる。最も驚いたのは、診断のついた遺伝子異常の30%は、2011年以降に報告された異常だった点だ。即ち、次世代シークエンサーのおかげで、これまで診断がつかなかった異常がかってなかったスピードで明らかにされている事を示している。おそらく、今は25%の診断率も、急速に上昇すると期待される。ただ残念ながらこうして診断できても、多くは現在の医学では治療が難しい。しかし診断がつかずにそのまま放置されるよりはおそらく気持ちの整理がつく意味で、診断する意味はあるのではないだろうか。他にも、主治医が診断に困っている症状以外にもエクソーム検査からわかる事は多い。例えば最近話題になった乳ガン遺伝子BRCA1の突然変異が14例に見つかっている。診断に結びつかなくとも役に立つ情報が2000人のうち95人で得られている。小児で遺伝病が疑われる場合のエクソーム検査の実力を実感した。驚くのは、2年間に2000人の患者さんについて、全エクソーム配列を決め、大量の情報処理を行ない、診断をつけている点だ。論文を読むと、おそらくベーラー大学だけで検査が行なわれているようだ。同じ事をもし我が国でもやろうとなったとき、対応できる施設や組織はあるのだろうか。何度も繰り返すが、ゲノムを日常診断に利用する取り組みでは、我が国は大きく遅れをとっている。今回2000人もの患者さんで、小児のエクソーム検査の有効性は示された。将来を担う小児だけでも、無料でエクソーム検査が出来る日が早く来る事を願っている。

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10月23日:脊髄損傷の細胞治療(Cell Transplantationオンライン版掲載論文)

2014年10月23日
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昨日BBCニュースを見ていたら、トップニュースで事故後2年たった脊髄損傷の患者さんが細胞移植で回復しリハビリをしている映像を見て驚いた。早速論文を調べてみると、Cell Transplantationというあまり聞き慣れない雑誌のオンライン版にトップで出ていた。治療はワルシャワ大学で行なわれ、ロンドンの脊髄損傷専門の研究所も参加している。英国の幹細胞研究助成金も受け取っており、ガセネタではないだろうと読んでみた。実際、脊損の患者さんたちは、この様な論文に一喜一憂し、多くの場合裏切られた気持ちになる事が多い。今回もぬか喜びに終わるかもしれないと慎重に読んでみたが、説得力を感じ紹介する事にした。タイトルは「Functional regeneration of supraspinal connections in a patient with transected spinal cord following transplantation of bulbar olfactory ensheathing cells with peripheral nerve bridging (脊損患者さんの脊髄結合を嗅球鞘細胞と末梢神経ブリッジで再生する)」だ。これまでも脊損の患者さんに対する細胞治療は行なわれて来た。中でも最も多く行なわれたのが、鼻粘膜から採取した再生力のある嗅細胞を培養して移植する方法だが、はっきり言って患者さんの期待に答える治療には発展していない。では今回の方法はこれまでとどう違うのか。詳細は割愛して、実際の治療過程をまとめておく。患者さんは38歳男性。外傷性に9番胸骨部の脊髄損傷で下半身が完全麻痺している。事故後21ヶ月後、手術下に片方の嗅球を切除、培養して鞘細胞、神経細胞、線維芽細胞などが混じった細胞集団を得ている。直接脳から再生力の高い細胞を採取する点がこれまでとは大きく違っている。ただ副作用として、臭いが一定期間失われる。次に試験管内で増殖させた細胞を投与するのだが、古い傷から上下に1ミリ程度余分に切除し、新しい新鮮な切断面を作り、そこから上下に細胞をマイクロマニュピレーターで注入している。その後、ふくらはぎから取り出した6cmの神経細胞を4等分し、カットした脊髄をつないであとはフィブリンをかぶせる。その後硬膜形成を行ない手術は終了だ。これまで行なわれて効果があると言われた末梢神経移植と嗅細胞移植を組み合わせている点が新しい試みだ。私が説得力を感じるのは回復の様子だ。リハビリを続けるが、4ヶ月間は全く回復の兆候がない。ところが、5ヶ月に入ると先ず体幹部、そして大腿と徐々に回復が進んでいる。脊損の程度を調べるASIAスコアも5ヶ月まではAと全く機能がないが、6−10ヶ月はB、そして11ヶ月からはCになっている。また、電気生理学的にも脊髄の結合が認められると言う。勿論1例だけで一喜一憂するのは間違っている。しかし、文章からもなんとなく自信が感じられるし、様々な可能性もしっかりと考慮している。今後更に症例数を増やして効果が確かめられるだろう。少なくとも私には何かありそうな気がする。勿論私は専門ではない。また多くの患者さんが、この様な論文に裏切られて来た事も知っている。その意味で、是非専門の人の意見を聞きたいと思っている。一度専門家を招いて、この論文の読書会をニコニコ動画で公開したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月22日:植物の窒素反応システム(10月17日号Science誌掲載論文)

2014年10月22日
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動物を使った研究を続けてくると、どうしても植物についての研究には無関心になってしまう。引退後、出来るだけこれまでとは違う分野の論文を読もうと思ってはいるが、なかなか取り上げる気にならない。そんなとき、サイエンスのInsight欄に名古屋大学の研究が取り上げられていたので、論文を読んでみた。認知や心理学と比べるとずっと理解し易い。今日はこの論文を紹介する。「Perception of root-derived peptides by shoot LRR-RKs mediates systemic N-demand signaling(LRR-RKsによる根由来ペプチドの認識が植物全体の窒素要求性シグナルに関わる)」と言うタイトルで、名古屋大松林さんのラボからの論文だ。植物の成長には窒素が必須だが、土壌の中の窒素濃度は大きな変動がある。窒素の多い土壌に根を伸ばすのは、植物にとって重要な事だ。意外な事に、土壌の窒素がどう認識され、様々な反応を誘導するのか良くわかっていないようだ。松林さん達は植物ゲノムの中にコードされている短いペプチドホルモンが窒素シグナルに反応して植物全体の反応を調節しているのではないかと狙いを付け、ペプチドと同じ作用を持つ分子に結合する受容体を2種類同定している。次に両方の受容体遺伝子を欠損させた植物を作って調べると、窒素欠乏状態においた植物と同じ症状を示す。ここまでくれば窒素要求性を調節するシステムの根幹は手にした事になる。後は、1)この受容体に結合するペプチドは窒素濃度が低いと誘導される、2)このペプチドは地上部分に発現しているLRR-RKs受容体に結合しシグナルを送る、3)このシグナルにより、根での窒素トランスポーターの発現が上がる、4)根の側鎖の成長もこのシグナルにより上昇する、などが実験的に示されている。要するに、根の一部で感受された窒素欠乏が、一度地上部分(芽や枝)の細胞を刺激、この細胞から新しい分子が分泌され全体の転写を変化させ、出来るだけ多くの窒素を吸収すると言うシナリオだ。動物で言えば、末梢から視床下部、また末梢へと言うペプチドホルモンと脂溶性ホルモンとがリレーし合うシステムに似ている。残念ながら、この受容体が刺激されてからのシグナル伝達の全体像は良くわかっていないようだ。論文としては案ずるより産むが易しで、毛嫌いする事はない。認知科学の論文よりははるかに読み易い。ただ、やはり植物については、例えばどのように窒素が検知されているのかなど、これまでの研究についての知識がない事も良くわかる。多くの研究は全体の中の一部に焦点を当てていることが多い。読む方にすると、全体についての知識がないと、理解できても楽しめない。なかなか身に付いてしまった習慣を変えて、植物研究を楽しむまでは遠いなと思い知った。しかし松林さんと言う名字は植物研究に向いているな、などと馬鹿げたことに納得した。

カテゴリ:論文ウォッチ
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