呼吸の度に肺胞がスムースに膨らんだり縮んだりするために、サーファクタントと呼ばれる一種の界面活性剤により肺胞は守られている。この物質が肺胞にたまってしまうのが肺胞蛋白症で、まれな病気だ。私が医師をしていた40年程前には、なぜサーファクタントがたまってくるのか原因は全く不明だった。ただ、そのまま放置すると呼吸困難に陥るので、肺胞洗浄、即ち気管支鏡を肺の各セグメントに挿入して大量の生理食塩で肺胞を洗浄し、貯まったサーファクタントを洗い流す治療が行なわれる。その後1990年に入ってGM-CSFやその受容体遺伝子が欠損したマウスが肺胞蛋白症になる事がわかってこの病気の理解は大きく進展する。現在では、この病気の原因は。GM-CSFに対する自己抗体が出来てしまって肺胞マクロファージによるサーファクタント処理能力が落ちるためと考えられるようになった。今日紹介するシンシナティ小児病院からの論文は、残念ながら自己抗体による肺胞蛋白症治療ではなくまれな遺伝性肺胞蛋白症の治療についての研究だが、肺への細胞移植と言う点から見るとなるほどと膝を打つ研究だ。「Pulmonary macrophage transplantation therapy (肺胞マクロファージ移植治療)」と言う極めてシンプルなタイトルのついた論文でNatureオンライン版に掲載された。論文ではGM-CSF受容体が欠損したマウスモデルが使われている。このマウスに、正常骨髄から試験管内で調整したマクロファージを移植するのだが、なんと口腔の後方に細胞の浮遊液を置いて、後は呼吸を通して肺の末梢に散布すると言う驚きの方法をとっている。こんな素朴な方法で細胞が肺胞へ到達できるのかと驚いてしまうが、効果はテキメンで、ほぼ完全に肺胞は正常化する。更に、レンチビールスベクターを用いてGM−CSF受容体遺伝子を正常化させたマクロファージを使う実験も行ない、同様に治療に成功している。これらの結果は、1)肺胞に直接細胞を注入する事はそう困難ではない、2)細胞の移植に放射線や薬剤の処理は全く必要ない、3)これまで考えられていたのとは異なり、移植した成熟マクロファージは1年以上正常に働き続ける、事を示している。遺伝性のない肺胞蛋白症の患者さんにはこの方法が役に立たないのは残念だが、マクロファージ以外の細胞移植にも使えるようになれば、肺も細胞移植治療の対象として定着するかもしれない。勿論もっと効率の良い直接移植法も考えられるだろう。いずれにせよ、これまでの先入観にとらわれず、素朴な発想で研究を行う事の重要性を示す論文だ。極めてまれとは言え、GM−CSF受容体の欠損した肺胞蛋白症患者さんには朗報である事間違いない。遺伝子治療は難しくても、MHCのマッチしたドナーの方の骨髄をほんの少しもらえれば治療が可能だ。ヒトでの臨床研究が始まる事を期待したい。