ガンに対して細胞障害性のモノクローナル抗体を投与する事は今や普通の治療になった。また我が国でもガンの免疫細胞療法を提供する医療機関や企業が増えている。今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、この両方を遺伝子操作で合体させて、ガンの免疫療法の確実で高い効果を狙った研究で、10月16日発行のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Chimeric antigen receptor T cells for sustained remission in leukemia (キメラ抗原受容体T細胞による白血病の長期寛解)」だ。今から25年ほど前だが、私が熊本大学に在籍して免疫学会にも関わっていた頃、リンパ球が抗原刺激で活性化されるシグナルについての理解が急速に進んだ。我が国でも当時千葉大学の(現在は理研)齋藤隆さん達が精力的に取り組んでいたので今でも良く覚えている。特に抗原受容体とCD3と呼ばれる4種類の分子の複合体が細胞内のシグナルとして伝わるのか解明すべく熾烈な競争が行なわれていた。そんな時、4種類の分子のうちゼータ鎖分子があればシグナルが伝わる事が、ゼータ分子を直接CD8と呼ばれる分子に結合させたキメラ分子を使って証明された。今日紹介する論文はこの4半世紀前の研究がルーツだ。この研究では、急性白血病に発現しているCD19に対する抗体とゼータ鎖分子の遺伝子を合体させたキメラ遺伝子を用いている。この遺伝子を、患者さんの抹消血から調整したT細胞に遺伝子導入し、試験管内で増幅した後、患者さんに投与している。こうして投与されたT細胞はそれ自身の特異性に関わらずゼータ鎖で活性化されており、CD19を細胞表面に持つ白血病細胞に結合して殺してしまう。実際には、これが臨床で利用できるかどうか2010年頃から少ない症例で治験が行なわれ、有望と判断されて来た。今回の臨床研究はこの続きで更に規模を30人に拡大して2年間の経過を見ている。現在では小児の白血病に対しては治療法が確立し、治療成績もいい。それでも、一定の割合で再発例が見られ、また再発すると治療が困難になる。この臨床研究では、まさにこのような患者さんを集め、キメラ遺伝子を導入した自己T細胞を注射している。結果はこれまでの研究結果を支持し、なんと9割の患者さんで完全寛解が見られている。さらに78%の患者さんが2年間目で生存しており、6ヶ月目で何も起こらない患者さんの率は68%、2年目でも50%に達している。十分な数の遺伝子導入T細胞を導入できればかなりの確度で白血病細胞を押さえる事が出来ることが確認された。また、再発のないケースでは注入したT細胞も長期間体内で維持され、ガンを押さえ続けている事が確認された。これは以前の研究から予想された事だが、30人を2年にわたって追跡する事で、副作用やその対処法がしっかり検討されている。例えばこの細胞を注入すると、やはりCD19を発現しているB細胞も殺され、抗体が作れなくなる。このような治療により必ず起こる長期の副作用にたいしては対処可能だが、おそらくそのための治療を続ける事は患者さんには大きな負担になると考えられる。成績は素晴らしいが、いろいろな問題を考えさされた。先ず、この治療法は他のガンに拡大されて行くだろう。特に細胞障害性抗体の効果がはっきりしているガンでは広く使われる予感がする。特にガンだけに安定して発現している様な抗原が見つかれば更に副作用の少ない治療は可能だろう。一方、小児白血病の治療としては、やはりあくまでも最後のラインとして位置づけるべきだろう。現在も様々な薬剤の開発は続いており、選択肢は増えている。それでも再発する例については、このパワフルな治療法が待っているという順番だろう。そうすると、各病院で遺伝子導入した細胞を調整するのは非現実的だ。かなり早い段階から、議論をした方がいいと思う。しかし、四半世紀をかけて、新しいパワフルな技術の臨床応用が可能になった事は喜びたい。