このホームページで何回も紹介して来たように、腸内細菌叢研究がこれほど盛り上がりを見せているのは、これまで治療が困難だった様々な病気を、腸内細菌叢を変化させて治す可能性があるからだ。このため、論文の多くは、腸内細菌叢を他の個体に移植する、言い換えれば大便を他の個体の腸内に移植すると言う方法を用いている。これは何も動物実験だけではない。実際健康人の大便の移植は炎症性腸疾患の治療として使われ始めており、我が国でもこの治療を提供している医療機関がある。ただ、これまでの治療は大便中の腸内細菌を分離して、それを内視鏡やチューブで直接腸内に移植する方法を用いている。もし腸内細菌叢の移植の治療成績がいいなら、経口的に服用する事で同じ効果が得られないかと考えるのは当然の成り行きだろう。今日紹介するマサチューセッツ総合病院からの論文は、この可能性を20人のクロストリディウム・ディフィシーユ感染による難治性の下痢患者さんで確かめた研究で、10月号のアメリカ医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Oral, capsulized, frozen fecal microbiota transplantation for relapsing clostridium difficile infection(再発を繰り返すクロストリディウム・ディフィシーユ感染を凍結腸内細菌叢カプセルの経口服用で治療する)」だ。クロストリディウム・ディフィシーユは免疫機能が低下している場合に起こる感染症で、他の細菌を抗生物質で治療しているうちに勢力を拡大して腸炎を起こす厄介な細菌だ。バンコマイシンが効くが、患者さんの一部は慢性化し、再発を繰り返す難治性のケースに発展する。この再発する難治例について、このグループは腸内細菌叢をチューブで直接腸内に移植し成果を収めていたようだ。今回の研究は、腸内直接投与の代わりに、腸内細菌叢を健常人から分離し、これを遅溶性のカプセルにつめて20人の患者さんに経口的に服用させ、6ヶ月経過を見ている。便の処理だが、正常大気中で行なっており、嫌気性菌はある程度の障害を受けている可能性がある。処理後の細菌叢の構成などは調べていないようだ。基本的には濾過、遠心などを繰り返し、細菌叢が濃縮された浮遊液を調整、それを0.6mlのカプセルにつめ、更に念のため一サイズ大きなカプセルをかぶせて調整は完成だ。このカプセルが溶けるのに、約100時間かかる事も確かめている。これを−80℃で保存し、患者さんには15錠を2日に分けて服用してもらう。うまく効かない場合は、もう一度だけ同じ治療を行なっている。予想通りと言うか、結果は上々だ。2日間の投与で14例はすぐに症状が改善している。残りの6例は、元々健康状態の悪かった患者さんで、このうち4例は2回目の投与後症状の改善を見ている。6ヶ月経過した時点で、18例がほぼ健康を回復し、下痢は完全に治っている。この治療以前、抗生物質等ではほとんどコントロールできなかった事を考えると、素晴らしい結果だ。おそらく、大便由来であると言う想像力さえ少し鈍化させれば、これほど安価で効果的な治療法はない。自信があるのか、ディスカッションで大規模臨床研究を行なうにしても、プラシーボ群をもうけるなど普通の治験方法を用いるのは非人道的だとまで言っている。誰も考えられる事とは言え、驚いた。しかし論文を読んでいると、この分野の我が国のプレゼンスはあまり高くないように思う。と言うよりアメリカの一人勝ちの分野に思える。我が国では、腸内細菌叢を売りにしたヨーグルトが大ヒットだが、細菌叢全体として考えて行く総合的なアプローチにあっという間に追い越されてしまうかもしれない。実際、腸内細菌叢をバランスを崩さず培養したり、増幅したりする技術はこれからの研究に重要だ。医療費削減から考えると、最重点領域かもしれない。
10月16日:腸内細菌叢を飲み薬にして難治性下痢に使う(10月11日発行アメリカ医師会雑誌掲載論文)
2014年10月16日
カテゴリ:論文ウォッチ