アメリカアカデミー紀要オンライン版に奇しくもムコ多糖症治療法の開発についての論文が2報出ていたので紹介する。ムコ多糖症(MPS)はライソゾームでグリコサミノグリカンの分解を行なう様々な分解酵素遺伝子異常が原因となっておこるライソゾーム病で、ライソゾームにグリコサミノグリカンが蓄積した細胞が死ぬ事により全身症状がでる。現在骨髄細胞を移植して、移植細胞に欠損している酵素を作らせ、肝臓などの患者さんの細胞に供給する治療法と、MPS−I, MPS-II, MPS-IV, MPS-IVAでは欠損している酵素を直接患者さんに投与する補充療法が治療に用いられる。MPS−VIIについても同じ治療の可能性が治験で確かめられつつある。酵素がどうして細胞内に入るのか不思議に思うが、酵素にMan6-P分子が結合し、これが酵素分子を細胞内に取り込むためのシグナルとして働き、リソゾーム内に酵素を補充する事が出来る。しかし、MPS-IIIでは試験管内で作られた分子に何故か良くわからない理由でこのMan6-Pが結合できていない。またこのタイプは神経症状が中心で、合成した酵素を血中に投与しても脳内に移行できない。この問題を解決しようと行われた研究がUCLA小児科からの研究で、タイトルは「Delivery of an enzyme-IGFII fusion protein to the mouse brain is therapeutic for mucopolysaccharidosis type IIIB(IGFIIとの融合分子脳内投与はマウスのMPS-IIIB型ムコ多糖症の治療効果がある)」だ。この研究ではManP-6に結合する細胞側の表面受容体がIGF-II増殖因子にも結合する事に着目し、MPS-IIIBで欠損している酵素にIGF-IIを融合させた分子を脳内に投与してこの病気が治るか調べている。結果は予想通りで、融合分子は神経細胞に取り込まれこの病気で蓄積する硫酸ヘパリンが明確に分解されるという素晴らしい結果だ。更に、脳内投与された酵素の一部は肝臓内にも取り込まれているようで、脳だけでなく全身でムコ多糖の蓄積を防げると言う期待が持てる。同じ分子はヒトでも効果を持つ可能性は極めて高い。幸い小児科が主体の論文なので、早期に臨床研究へ進むと期待している。もう一つの論文はMPS-Iを対象にしている。この病型は骨髄移植や酵素補充療法が良く効くタイプだ。ただ、いずれの方法も脳内神経細胞のムコ多糖蓄積に効果がないため、更に高いレベルの治療として遺伝子自体を元に戻す方法が研究されている。ペンシルバニア大学からの研究はアデノ随伴ビールスを使って遺伝子そのものの補充を目指した研究で、Liver-directed gene therapy corrects cardiovascular lesions in feline mucopolysaccharidosis type I(肝臓細胞に遺伝子を導入する事でネコのI型ムコ多糖症の心臓血管病変も正常化できる)」がタイトルだ。ネコには自然発症のMPS-Iが存在するので、これをモデルにして、アデノ随伴ウィルスに組み込んだIDUA遺伝子静脈内投与の治療効果を確かめている。結果は期待通りで、血中のIDUA酵素濃度が上昇し、臓器レベルでは肝臓で最も酵素が作られるようになる。その結果、ムコ多糖症の蓄積は脳以外のほぼ全ての臓器で見られなくなる。特に酵素補充療法では改善しにくかった心血管、特に大動脈弁の病変の改善まで見られる事が明らかになった。従って、この治療法で脳以外の全身症状をほぼ長期間にわたってコントロールする事が可能になる。今後は脳内の神経細胞や脈絡膜細胞を標的とした遺伝子治療を開発する必要があるが、そう遠くない将来実現するのではと私は楽天的だ。医学が希少疾患に対してゆっくりではあっても確かな前進を見せている事を確信する。
10月5日:ムコ多糖症治療を目指した地道な研究(アメリカアカデミー紀要オンライン版掲載論文2編)
2014年10月5日
カテゴリ:論文ウォッチ