動物を使った研究を続けてくると、どうしても植物についての研究には無関心になってしまう。引退後、出来るだけこれまでとは違う分野の論文を読もうと思ってはいるが、なかなか取り上げる気にならない。そんなとき、サイエンスのInsight欄に名古屋大学の研究が取り上げられていたので、論文を読んでみた。認知や心理学と比べるとずっと理解し易い。今日はこの論文を紹介する。「Perception of root-derived peptides by shoot LRR-RKs mediates systemic N-demand signaling(LRR-RKsによる根由来ペプチドの認識が植物全体の窒素要求性シグナルに関わる)」と言うタイトルで、名古屋大松林さんのラボからの論文だ。植物の成長には窒素が必須だが、土壌の中の窒素濃度は大きな変動がある。窒素の多い土壌に根を伸ばすのは、植物にとって重要な事だ。意外な事に、土壌の窒素がどう認識され、様々な反応を誘導するのか良くわかっていないようだ。松林さん達は植物ゲノムの中にコードされている短いペプチドホルモンが窒素シグナルに反応して植物全体の反応を調節しているのではないかと狙いを付け、ペプチドと同じ作用を持つ分子に結合する受容体を2種類同定している。次に両方の受容体遺伝子を欠損させた植物を作って調べると、窒素欠乏状態においた植物と同じ症状を示す。ここまでくれば窒素要求性を調節するシステムの根幹は手にした事になる。後は、1)この受容体に結合するペプチドは窒素濃度が低いと誘導される、2)このペプチドは地上部分に発現しているLRR-RKs受容体に結合しシグナルを送る、3)このシグナルにより、根での窒素トランスポーターの発現が上がる、4)根の側鎖の成長もこのシグナルにより上昇する、などが実験的に示されている。要するに、根の一部で感受された窒素欠乏が、一度地上部分(芽や枝)の細胞を刺激、この細胞から新しい分子が分泌され全体の転写を変化させ、出来るだけ多くの窒素を吸収すると言うシナリオだ。動物で言えば、末梢から視床下部、また末梢へと言うペプチドホルモンと脂溶性ホルモンとがリレーし合うシステムに似ている。残念ながら、この受容体が刺激されてからのシグナル伝達の全体像は良くわかっていないようだ。論文としては案ずるより産むが易しで、毛嫌いする事はない。認知科学の論文よりははるかに読み易い。ただ、やはり植物については、例えばどのように窒素が検知されているのかなど、これまでの研究についての知識がない事も良くわかる。多くの研究は全体の中の一部に焦点を当てていることが多い。読む方にすると、全体についての知識がないと、理解できても楽しめない。なかなか身に付いてしまった習慣を変えて、植物研究を楽しむまでは遠いなと思い知った。しかし松林さんと言う名字は植物研究に向いているな、などと馬鹿げたことに納得した。
10月22日:植物の窒素反応システム(10月17日号Science誌掲載論文)
2014年10月22日
カテゴリ:論文ウォッチ