長寿が遺伝することを示唆する多くの論文がこれまで報告されている。ところがゲノム解析時代に入って100歳を超える長寿の人達のエクソームやゲノムの配列が決定され始めたが、期待に反して長寿に関わるとはっきり特定できた遺伝子はまだないようだ。今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、おそらく人間の寿命の限界に近い110歳以上の長寿者を調べれば遺伝子が特定できるのではという期待で始まったと思われる研究で、11月号のPlosOneに掲載された。タイトルは「Whole-genome sequencing of the world’s oldest peoplee (最も長寿の人達の全ゲノムシークエンス)」だ。世界には74人の110歳以上の高齢者が生きておられるようだが、そのうち17人がアメリカ在住だ。研究では、この方々から血液の提供を受け、全ゲノム配列を同じ場所を最低40回以上は繰り返して調べる精度で決定している。この中には1人だけアルツハイマー病の人が含まれているが、心臓病や糖尿の人は誰もいない。また、110を超えて生きるような人はカクシャクとしており、一人は103歳まで現役で仕事を続けており、また107歳まで運転をしていた人までいる。さて結果だが、残念ながら結局長寿と有意に相関する遺伝子変異は何も見つからなかったというのが結論だ。言ってみればこの論文は、膨大な失敗記録と言える。事実、相関がないということを結論することは簡単ではない。「うまくいかないのは、方法が間違っているからだ」とか「データは本当に正しく取られているのか」とかいくらでも文句がつけられる。このため、この論文には結局徒労に終わった様々な検討が正直に全て示されている。普通、ネガティブデータは論文にならない。しかし本当はこのようなネガティブデータも論文として残す価値が大きい。データベースに登録しておけばいいと考える人もいるだろうが、後で調べるとき、論文として残っているだけで格段に検索がしやすくなる。その意味で、このネガティブデータを論文として掲載したPlosOneには敬意を払う。何れにしても失敗の連続が正直に記録されている珍しい論文だ。例えば、長寿者とそれ以外とを比べても統計的には優位差がないが、それでも疑わしいと思える、呼吸のリズムを決める神経回路形成に関わるTSHZ3と呼ばれる遺伝子を探り出して、他のデータベースを加えた解析まで行って、その結果を示している。100歳以上の人ではアミノ酸の配列が変化する変異が4%に対し、一般のポピュレーションでは2.5%だ。ただし、有意差検定をすると統計的には両者に差がないことになる。他にも、今回対象となった人たちには心臓病の経歴は全くないのだが、一人だけ右心室肥大を伴う不整脈と密接に関係する変異を持っている。おそらく多くの遺伝子検査でこの変異は使われていると思うが、陽性となっても110まで生きている人もいると思えば安心できるだろう。多大な努力を払って調べた著者たちには申し訳ないが、やはり長寿の秘訣は日々の節制ということだろう。
11月15日:長寿の秘密はそう簡単に姿を現さない(11月号PlosOne掲載論文)
2014年11月15日
カテゴリ:論文ウォッチ