乳児期の腫瘍で最も多いのが神経芽腫だ。網羅的にガンのエクソームを調べる国際プロジェクトの結果を見ると、突然変異はほとんど見つからない腫瘍だ。しかし、突然変異はなくともMYCNと呼ばれる遺伝子が増幅することで腫瘍化していることが確認されている。最近この腫瘍もゲノム解析が進み、MYCN以外にも腫瘍化に関わると推定される遺伝子の変異が発見されてはいるが、やはり治療の本命はMYCNの機能を抑制することだ。しかし乳児期に最も多い腫瘍とは言っても、大人のガンと比べると創薬標的としては商業的魅力が少なく、大手の企業はなかなか薬剤開発に参入しない。さらに、MYCNをはじめ、MYC,MYCLの3種類のMYCファミリー分子は転写因子で、しかも多くの遺伝子の発現に関わっており、創薬標的としては極めてハードルが高い分子だ。しかしMYCファミリー分子はRASと並んで多くのガンの原因となっていることが確認されている分子で、この機能を抑制できるとガンの治療可能性は一段と拡大する。今日紹介するボストン小児病院からの論文は、スーパーエンハンサー説としてYoungらが提唱しているメカニズムを標的として創薬に成功したとする面白い仕事だ。当然のことながらYoungも著者に名を連ねている。タイトルは「CDK7 inhibition supperss super-enhancer-linked oncogenic transcription in MYCN-driven cancer (CDK7はMYCNによりガン化した細胞のスーパーエンハンサーに関わるガン遺伝子の転写を抑制する)」で、11月20日号のCell に掲載された。研究の内容は極めて専門的で、どこまでうまく説明できるか心もとないが、重要な仕事でありなんとか紹介してみようと思っている。まず、タイトルにあるCDK7はDNAからRNAを転写するRNAポリメラーゼの特定の部分をリン酸化して、転写を開始させる働きがある。この機能を抑制すると、転写は全般的に低下するが、特に寿命の短いRNAの転写が強く影響を受け、抑制に選択性が現れる。神経芽腫でのMYCNもCDK7抑制で選択的に転写が抑制されるのではと期待して、神経芽腫のCDK7RNAをshRNAで抑制すると期待通り、MYCNの転写が下がり、細胞の増殖も抑制された。そこで、同じグループが開発していたCDK7と共有結合して機能を抑制するTHZ1を神経芽腫の培養に加えると増殖が止まる。特に、MYCNが増幅している腫瘍でより高い効果が得られ、嬉しいことに、マウスに神経芽腫を摂取してガンの抑制実験を行うと、副作用なく腫瘍細胞を殺すことができる。またこの効果のほとんどが、MYCNを間接的に抑制した結果であることも確認している。おそらくこの仕事は最初にこの薬剤の開発があり、その後このMYCN抑制の解析に進んだと思われる。創薬研究としてはかなり有望に見える。したがって、患者さんにとっての情報としては、ここまでで十分だろう。神経芽腫のほとんどは自然治癒するが、一部は今も治療法がない。この薬剤そのものでもいいし、さらに改良した後でもいいが、早期にCDK7に対する標的薬が副作用の少ない神経芽腫治療として利用できるようになることを願う。一方、なぜCDK7のようなあらゆる転写に関わる分子を標的とする薬剤が、MYCNの機能を選択的に抑制するように見えるのかは基礎的には重要な課題だ。この研究の後半は、このMYCNの転写、特に増幅したMYCNの転写がYoung達が提唱しているスーパーエンハンサーに依存していること、スーパーエンハンサーによる高いレベルの転写は、普通のエンハンサーの転写よりCDK7の抑制の影響を受けやすいことを示そうとしている。実際、MYCNは27番目のリジンがアセチル化したヒストンの密度が高いことから、スーパーエンハンサーに依存するガン遺伝子発現の典型かもしれない。しかし、これがCDK7抑制の効果をより強く受けるかどうかについては正直なところ説得力が弱いと思った。当然流行りの話を取り込んだ方が論文は通りやすい。しかし、メカニズムはともかくTHZ1は間違いなく患者さんの光明であることは確かだ。期待したい。
11月17日神経芽腫の犯人MYCNを抑制する新しい道(11月20日発行Cell誌掲載論文)
2014年11月17日
カテゴリ:論文ウォッチ