専門家以外の人がMDSと聞いてもなんのことかわからないだろう。これは骨髄異型性症候群(Myelodisplastic syndrome)の略で、文字通り骨髄細胞の形態異常を伴う貧血を主症状とする病気だ。まだまだ分からないところの多い病気だが、血液幹細胞に起こる突然変異で生じた異常細胞が、正常幹細胞を骨髄から追い出し貧血が起こると考えられている。最終的に白血病化することが多く、今では白血病の一種として治療が行われる。もともと年齢とともに増加する病気だが、高齢化した被爆者の方では、さらに発症頻度が上がり、被爆国の我が国が重点的に取り組むべき病気だ。特に高齢者では骨髄移植等、根治的な治療は望めなかったが、最近レナリドマイド(Ikarosという転写因子を分解する)やDNAメチル化阻害剤が使われるようになり、根治は難しいものの少しづつ病気のコントロールが可能になってきていた。特にDNAメチル化阻害剤がこの疾患に効くことが報告されたときは私も大変驚いた。グローバルにメチル化を阻害してどうしてMDSが改善するのか?私たちもこれを調べたいと、阻害剤の一つデシタビンの第1/2相治験に合わせてMDS細胞のメチル化状態を調べるべく着々と準備をしていた時、突然我が国での治験中止が決まり、全てがご破算になって大慌てした思い出がある。この時使われたプロトコルは、20mg/平米を週3−4回投与するものだったと思う。治験が先行していたアメリカでの結果をうけて中止が決まったのだが、今日紹介する米国Taussig癌研究所からの論文はこのデシタビン使用量をさらに落とすことで、より高い効果が得られるという驚くべき結果を示す研究だ。タイトルは、「Evaluation of noncytotoxic DNMT1-depleting therapy in patients with myelodysplastic syndromes (MDS患者に対する非細胞障害性DNMT1除去療法を検証する)」で、1月26日号のJournal of Clinical Investigationに掲載されている。治験という観点からはさじ加減が多く、対照群はなく、予備的実験と位置付けたほうがいい。ただ考え方ははっきりしている。デシタビンの用量を細胞障害性のないところまで落として、長期に使えば、DNAメチル化に対する効果だけが得られるはずだと考えている。このため、これまでよりはるかに少ない用量、0.1-0.2mg/kg(3.5-7mg/平米)を週2日だけ毎週皮下に投与するプロトコルだ。実際には、患者さんの状態に合わせていろいろさじ加減を行っている。ただこの量だと、80歳を越す高齢者でも吐き気もなく、長い人では161週、ほぼ3年にわたって同じ治療を続けている。効果だが、43%に効果がみられ、そのうち4例で完全寛解が見られている。また、効果がなかったグループも36%で病気の進行が抑えられている。また、これまで予後因子として知られていた分子マーカーの発現に関わらず効果がある。ただ、完全寛解のグループでもデシタビンを中止すると再発するので、薬剤を飲み続ける必要があると言う問題はあるが、安い、副作用が少ない、効果がある、長期に続けられるという良い事づくめの結果だ。多くの患者さんに光が差したと思う。現役の時調べたいと思ったのは、まさにこの状態だった。なぜゲノム全体のメチル化を低下させるとMDSの異常が治るのか?残念ながら、私自身は参加できないが、ぜひ詳しい解析が進むことを願う。この結果、ガンのエピジェネティックスだけでなく、正常造血を理解する鍵も得られること間違いないと期待している。
1月29日:MDSの治療(1月26日号Journal of Clinical Investigation誌掲載論文)
2015年1月29日
カテゴリ:論文ウォッチ