最近ガンの論文を読んでいると、Precision Medicineという言葉をよく目にする。我が国の中村祐輔さんがテイラーメイド医学と呼んでいたものに近い概念で、ゲノム情報を使って患者さんを正確に分類し、効くことが予想できた薬剤だけを使う、と言った意味で使われている。今日紹介するハーバード大学からの論文はPrecision Medicineの可能性を肺がんで確かめた研究で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「EZH2 inhibition sensitizes BRG1 and EGFR mutant lung tumors to topoII inhibitors (EZH2阻害により、BRG1やEGFR遺伝子に突然変異のある肺がんはTopoII阻害剤に感受性になる)」だ。見慣れない略語が並んで読む気がなくなると思うが、EZH2はH3K4ヒストン分子の27番目のリジンをメチル化する遺伝子エピジェネティック制御に関わる分子だ。これまでのデータから、EZH2を発現す腺癌は予後が悪いことが知られていおり、この研究ではEZH2阻害剤を使うときのPrecision Medicineの確立を目指している。同じように、TopoIIも肺がんでよく使われる薬剤エポトシドの標的分子で、DNAのよじれを直す働きを持ち、複製には必須の分子だ。この研究では、がん細胞株を使って、エポトシド治療の際にEZH2阻害がより効果がある腫瘍と、逆効果の腫瘍を分類している。そして、EZH2阻害剤が効果を示したガンの多くが、BRG1とEGFRの突然変異を持っている一方、逆効果だったほとんどのガンでこれらの遺伝子は正常であることを見つけている。BRG1もEGFRも肺腺癌で最も多く見られる突然変異で、EGFRは細胞の増殖レセプター、BRG1はエピジェネティックス制御に関わる分子で、それぞれ作用機序はまったく違う。しかしこの結果から、EZH2とエポトシドの効果は、EGFRとBGR1の突然変異の有無を調べることで予測可能で、この薬剤を使うPrecision Medicine は、まずどちらかに突然変異があるかを確認して治療を行う必要があると結論できる。これがこの研究の全てで、残りの実験ではメカニズムの解析が行われ、1)マウス肺がんモデルでBRG1,EGFRに突然変異のないガンではこの薬剤の組み合わせがガンの増殖を早める、2)EGFR突然変異によるガンでは大きな効果がある、3)EZH2阻害によりBRG1が誘導されTopoIIの効果を打ち消す、4)EGFRの突然変異はBRG1を抑制するためEZH2の効果があることなどが示されている。いずれにせよ、ゲノムを調べずこの治療を受けてしまうと、ガンがより増殖してしまうことは確かだ。私が医者になった時から40年、肺がんは組織で分類し、その分類に応じた薬剤を使うことが続いてきた。確率の高い薬剤を試行錯誤で使うという方法だ。ガンのゲノム解析は、これを大きく変えつつあり、この結果に基づき薬剤を選択するPrecision Medicineへの期待は高い。しかし、このPrecision Medicineを我が国はどう実現しようとしているのか、我が国の政策からは全く見えてこない。
1月30日: Precision Medicine (Nature オンライン版掲載論文)
2015年1月30日
カテゴリ:論文ウォッチ