カテゴリ:論文ウォッチ
5月6日:Leber黒内症の遺伝子治療(The New England Journal of Medicine紹介論文)
2015年5月6日
おそらくほとんどの読者は、白内障だけでなく黒内症があると聞くと驚かれるだろう。通常黒内症とは、全身性の病気が原因で視野が失われる状態を意味しており、高血圧や糖尿病による視力障害もこの中に含まれる。逆に、目だけに起こる異常による視力障害、例えば黄班変性症や色素性網膜炎などはこれに該当しない。この中に、遺伝的原因で視覚が障害される黒内症の一つが先天性Leber黒内症で、網膜色素細胞で発現しているRPE65遺伝子の突然変異が病気の原因であることがわかっている。今日紹介するロンドン大学からの論文はレーバー黒内症の遺伝子治療臨床研究で、5月4日発行のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Long-term effect of gene therapy on Leber’s congenital amaurosis (先天的Leber黒内症の遺伝子治療の長期効果)」だ。視細胞は光を感じるロドプシンの活性を維持するためにレチナールのリサイクルが必要だが、RPE65分子は網膜色素細胞に発現し、レチナールをリサイクルする分子だ。従って、この分子の突然変異の結果起こる症状は、ビタミンA欠乏で起こる鳥目と同じだが、機能低下にとどまらず時間が経つと視細胞が失われていく。幸い眼球はもともとアデノウイルスベクターを使った遺伝子導入に適した組織で、この疾患は最初から遺伝子治療の重要な標的として研究され、2008年には幾つかのグループが遺伝子治療が有効であることを示している。今日紹介する論文はその延長で、3年という長期の効果を報告したものだ。結論だが、RPE65遺伝子を運ばせたアデノウイルスベクターを直接に中心窩近くの網膜内に投与することで、50%の患者さんで光感受性が上昇し、薄暗い場所での視力が回復している。また、この回復は投与後徐々に進み、6−12ヶ月でピークに達し、その後はまた低下することが確認された。一見期待できる結果だが、患者さんに使ってみて初めて多くの問題も明らかになっている。まず25%の患者さんで網膜の炎症が副作用として現れ、2例では炎症による視力の低下が起こっている。安全な遺伝子治療実現には、免疫反応を起こさないベクターの開発が急務になる。さらに、今回使われたウイルス力価による治療では、かなりの時間暗闇で慣らさないと視力回復効果がない。今後なんとか副作用を抑えたベクターを開発し、もっと高力価のウイルスを使う必要があるだろう。今回の研究で最も期待に反していた結果は、視細胞の変性が進んだ17−25歳の患者さんで遺伝子治療の効果が最も著銘に見られ、、まだ変性の進んでいないもっと若い患者さんでは大きな効果が見られなかった点だろう。おそらくリサイクルできるレチナール量の回復が不十分なため、変性が進んで視細胞の数が減ったことで、リサイクルされたレチナールが細胞に行き渡るようになり、細胞数の減少という災いが幸いしているようだ。また、1年を過ぎると効果が落ちることから、細胞の変性を食い止めるところまでは至っていないことがわかった。以上のことから、副作用のない高力価ウィウルスベクターの調整が今後最も重要な課題であることは間違いない。とはいえ、このように数多くの問題を抱えながらも、一定の治療効果が示されたことは、この治療法のコンセプトが正しかったことを示している。このように、確かに遺伝子治療は幾つかの疾患で実用段階に来たが、本当の普及には、医師、研究者、患者が一体となって取り組まなければならない多くのハードルはあるようだ。