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5月23日:10億年で変われること、変われないこと(5月22日号Science掲載論文)
2015年5月23日
DNAの塩基配列決定が可能になってから、私たちは分子進化を考える時、その遺伝子の配列の相同性だけに頼って判断するようになっている。しかし大腸菌でも4000近くの遺伝子の数があるということは、個別の遺伝子は他の4000の遺伝子と協調し、また制限され、その機能を発揮している。すなわち構造化されているわけだが、この構造化は生命の本質でこれを相手にするのは大変だ。構造化された全体を見れば部分が見えなくなり、部分を見ると構造化の原理が見えなくなる。ハイゼンベルグの不確定性原理のようだが、この原理と比べると生物の構造問題はなぜこの問題が困難なのかを数学的に理解するまでには至っていない。このため、構造と部分の両方に目を配れるモジュールに分解してこの問題を扱うことが様々な生物分野で行われている。今日紹介するテキサス大学からの論文も生物の構造問題に独自の方法で迫った研究で5月22日号のScience誌に掲載された。タイトルは「Systematic humanization of yeast genes reveals conserved functions and genetic modularity(酵母遺伝子を系統的にヒトの遺伝子で置き換えることで保存された機能と遺伝的モジュール性が明らかになる)」だ。研究は単純だが大変な実験だ。まず、これまでの研究から酵母の生存に必須の遺伝子を469個選んでいる。次に、この酵母遺伝子に対応するヒトの遺伝子を全てクローニングし、酵母469個の遺伝子を一個一個ヒト遺伝子で置き換えられるか調べて、なんと176個(43%)の酵母遺伝子がヒト遺伝子で完全に置き換えられることを見出した。すなわち10億年の間に両者に生まれた多様性も、機能的に影響していないことを意味する。次は、置き換えられなかった分子と、置き換えられた分子に見られる共通性を探して、1)塩基配列の類似性は置き換えられるかどうかとほとんど関係ない。実際、置き換えられた遺伝子の酵母遺伝子との相同性は20−50%で十分多様化している、2)京大のゲノムの機能を網羅したKEGGデータベースを用いてそれぞれの分子を調べると、代謝に関わる分子は代換えが聞くが、増殖や遺伝子修復に関わる分子は代換えが効かない、3)大きな分子複合体として働く分子は代換えが可能な場合が多い、という結論を出している。この例として、脂肪酸合成経路と、タンパク分解のプロテアソームを詳しく調べている。特にプロテアソームは生命に必須の巨大分子複合体で、その分子の多くが代換え可能であるという結果は、構造化されることで個々の分子の塩基配列は大きく変わったとしても個々の分子の構造上の変化は複合体構造により強く制限を受けていることである。もちろんこの複合体の構成分子で代換えができなかった分子も存在するが、その分子がもう一度代換え可能になるために必要なアミノ酸変化を調べると、例えばβ2サブユニットでは一個のアミノ酸が変わるだけで代換え可能になることまで示している。ある意味で、モジュールの構造を、進化の結果生まれた個々の分子の構造変化の程度として測定可能にした研究と言えるかもしれない。今後ヒトだけでなく、中間にある様々な生物の分子で同じことを繰り返せば、ヒトでは代換えできなかったが、ある進化段階まで代換え可能な新しいモジュールも発見できるかもしれない。ともかく部分と構造の進化に挑戦しようとしていることが伝わって来る仕事だ。もちろん個々のモジュールをさらに構造化し生きた細胞まで構成するのは並大抵のことではない。ただ、このグループのように労力を惜しまず困難に挑戦しているグループがあることを知ると、外野としても将来が楽しみだ。