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6月30日:タイムリーなコメント2題(6月25日号Nature掲載記事)

2015年6月30日
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NatureやScienceは研究論文を掲載するだけでなく、その時々に重要と考えられる問題について専門家の意見を求めて掲載したり、ミーティングにエディターを参加させ、その紹介記事を掲載している。これら記事は、我が国の政策や文化を、他の国と比較するのに格好の材料になる。今年3月25日ここで紹介したヒト受精卵の遺伝子編集にモラトリアムを呼びかけたNapa会議についてのScienceの記事(http://aasj.jp/news/watch/3113)は、そんな記事の典型だろう。この会議に集まった科学者の結論は「クリスパーテクノロジーを進化させると同時に、世界的な会議を組織化して議論を深める」というものだった。早速これを受けて今年の秋アメリカアカデミーが主催する会議が開かれるようだが、Natureは政治的・文化的対策を最終的に決めるのは科学者でないと警告を発するDaniel Sarewitzの論文を掲載した。誤解を恐れず一言で紹介すると、この人は、科学というイデオロギーを、民主主義社会に位置づけ直すため、ピアツーピア型の解決が可能か模索している人で、我が国の倫理学にはない新しい発想をする人だ。米国アカデミーの会議の呼びかけに対しSarewitzは「Science can’t solve it(科学では解決できない)」というタイトルでコメントを書いている。コメントの要点は、1)米国アカデミーが「クリスパーによる遺伝子編集をいつどこで利用するかは共同体の意思にかかっている」と言いながら「決断をガイドする」と言って、最後は科学者が決めるという態度をとっているのは間違いだ、2)科学者が誰かを代表していることはない(我が国にも、国民のために私は頑張っていると思っている科学者は多いのではないだろうか)。この多様な文化や価値の絡み合った社会での最終意思決定に科学者は参加できない、3)実際、遺伝子組み換えや温暖化などの問題は、欧州など多様な文化が共存する国では議論が決着することはない、4)テクノロジーのリスクについて科学が答えることは本来できず、あたかもそれができるように振舞うことが反科学に火をつける、と論じた後で、ボトムアップ型、コレクティブインテリジェンス型の新しい議論のためのプラットフォームを構築することの重要性を指摘している。その例として、デンマークのThe World Wide Views allianceやNASAのThe Expert and Citizen Assessment of Science and Technologyをあげている。我が国でもクリスパーについて議論すべきだという話が盛り上がってきたようだが、生命倫理に携わる人たちが是非そのために全く新しいプラットフォームを形成する気概を持って会議を主導するぐらいの気持ちを持って欲しい。   同じ号のNatureにもう一つ「Urbanmicrobes unveiled(大都会の細菌叢がベールを脱いだ)」というタイトルで、6月19日ニューヨークアカデミーが主催した「大都会の細菌叢」という1日ミーティングのレポートが掲載されていたのでついでに紹介しておく。と言っても、ニューヨークアカデミーが細菌叢研究者を集めて、ニューヨーク市民がどのような細菌叢と共に暮らしているのかについて議論した以外何も紹介していない。もう少しすれば正式な記録が出ると思うので、1度目を通して紹介しようと思う。ただ、細菌叢という言葉を、ここまで拡げて議論できる頭の柔らかさには驚いた。背景には、バイオテロ対策という衛生局のアクションプランがあるのだろうが、家庭、地下鉄、下水、ネズミやラットなどの動物など大都会の細菌叢のマップを作りたいという壮大な構想がうかがわれる。このような構想を政治家が出すことはない。結局役所の中で知識を蓄積し、将来を議論する中で生まれる構想だが、我が国の役所もこのぐらいの構想力を示せるようになって欲しいと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月29日:T−PLL白血病のエピジェネティック治療:臨床治験と臨床研究(6月24日号Science Translational Medicine掲載論文)

2015年6月29日
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成人のT細胞性白血病というと、我が国ではHTLV-1ウイルスによる白血病が真っ先に来るが、それ以外にもT細胞性前リンパ性白血病(T−PLL)と呼ばれる病気が存在する。もともとまれな疾患で大規模治験が難しいため特異的治療法開発は難しく、一般的な抗がん剤も効かなかった。幸い、最近になって慢性リンパ性白血病治療薬として開発された抗CD52抗体アレムツズマブがこの白血病にも効果を示すことがわかり、完全寛解が得られる場合も出てきた。しかし、アレムツズマブだけで根治することはなく、短期間に治療抵抗性が発生することもわかってきた。今日紹介するペンシルバニア大学からの論文はT−PLLのアレムツズマブ治療に、DNA及びヒストンのメチル化阻害剤と、ヒストンの脱アセチル化阻害剤を併用して、細胞のエピジェネティックな状態を変化させると寛解期間が長引くことを示す研究で、Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Epigenetic therapy overcome treatment resistance in T cell prolymphocytic leukemia (エピジェネティック治療がT細胞性前リンパ性白血病の治療抵抗性を克服する)」だ。この論文は医師の思いつきをまず臨床的に確かめる典型的研究で、一般臨床紙では医師の裁量によるさじ加減として認めないことも多い。とはいえ、この研究で使われた全ての薬剤はFDAにより認可されており、エピジェネテイック薬として使われたクラドリビン、ボリノスタットはともに白血病治療薬として我が国でも使われている。この研究では、55−77歳のT-PLL患者さん8例にアレムツズマブとクラドリビンとボリノスタットを併用して経過を観察し、併用により生存期間を大きく伸ばすことができることを示している。特に薬剤を中止した後白血病細胞が増えてきた時点で同じ治療を繰り返すことで、寛解を誘導できるという症例報告は、この治療の有効性を示唆している。しかし副作用は当然覚悟しなければならず、1例ではエピジェネティック薬の副作用と思われる脳出血で死亡している。今後、さじ加減を治療プロトコルへと転換させる必要があるが、期待は持てるように思う。もう一つ臨床的な成果として示されたのが、ブレンツキシマブベドチンと呼ばれる抗CD30に微小管阻害剤を組み合わせた複雑な薬剤が、白血病細胞の皮膚浸潤の抑制法に効果があることを示した結果だろう。エピジェネティック薬は特定の遺伝子を標的にするわけではなく、DNAやヒストンのメチル化過程、あるいはヒストンの脱アセチル化を阻害するため、その効果がどの遺伝子に現れるか予想がつかない。この研究では、エピジェネティック薬剤を使った時どの遺伝子に大きな変化が見られるかを調べ、半数の患者さんでCD30発現が大きく上昇することを発見し、この細胞を狙ったブレンツキシマブベドチン投与を行ったところ、治療になかなか反応しなかった白血病細胞により誘導される皮膚病変が大きく改善することを見出した。他にもエピジェネティック薬投与の影響を調べる様々な検査が行われ、白血病細胞で様々な遺伝子発現が変化していることが示されているが、基礎研究としてみても完全とは言えず、結局この論文から学べるのはこの2つの臨床的結果だろう。特に、エピジェネティック薬を用いた時、思いもかけない標的分子がガンに新たに現れるということを頭において、今後患者さんを見ていくことは重要だ。これら薬剤を使用する他の疾患でも是非詳しく調べて欲しいと思う。   医師の裁量による少数例の結果を報告するスタイルは医学の伝統で、重要な発見につながることも多いが、最近は薬の効果を示す論文としては採択されることが少なくなった。しかし昨年12月に紹介したScience論文では悪性黒色腫3例についての治療だったし(http://aasj.jp/news/navigator/navi-news/2585)、また3月15日に紹介したグリオブラストーマの樹状細胞治療に関するNature論文は6例についての研究だった(http://aasj.jp/news/watch/3061)。このように、少数例についての臨床研究を一般のトップジャーナルが掲載する傾向が出てきたように思える。ただ、これまで議論されてきたように医師の裁量を自由に認めることは時代逆行になる危険もある。もう一度医師の裁量に基づく臨床研究の位置付けをしっかり議論しておく時がきたように思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月28日:リベラルはカフェラテを飲む?社会学の論文を読んでみた(American Journal of Sociology Vol120, No.5 :1473, 2015)

2015年6月28日
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ソーシャルネットを通したネットワーク形成について調べる目的で、American Journal of Sociologyという雑誌に掲載された論文を検索していた時、目的としていた論文と同じ号にコーネル大学からの「Why do liberals drink lattes?(リベラルはなぜラテを飲むのか?)」という論文に出会ってしまった。「出会ってしまった」と書いたのは、タイトルに惹かれて結局読まされる羽目に陥ったからだが、読んでみると面白いというより、こんな話を強引に論文にし、またそれを受け入れている社会学に驚いた。調べてみると、この雑誌は社会学114誌のうちランキングが2位のトップジャーナルらしく、一応社会学を代表していると考えられるのではないだろうか。40ページに近い論文で、この分野の概念が数多く議論され、知識がないとなかなかついていけない。さらに、苦手な数学モデリングまで出てくる論文で、正しく紹介できているかわからないので、論文紹介というより読後感としておこう。   まず「リベラルはなぜラテを飲むのか?」と惹きつけておいて、イントロダクションの最後に、論文はこの謎に直接答えるものでないと言い放つのにも驚いた。とは言っても、この論文の目標は高い。我が国では顕著でないと思うが、アメリカでは思想や政治信条がそのままライフスタイルの差として現れ、異なる考えの人たちがグループを形成し、他から分離してしまっているという状況の原因を探るのが研究の目的だ。研究では大規模調査で聞き出した国民の様々な好み、意見、生活スタイルと、家族歴、教育、収入、そして政治信条などとの相関を調べている。マルコム連鎖解析から、多くのライフスタイルに関する結果からリベラルか保守かという政治信条と強く相関することがまず示される。すなわち個人のライフスタイルと政治信条の相関は、例えば、我が国で言えば尖閣列島問題といったホットな話題にとどまらず、広範な問題に対する意見の差のある集団に分離していることを示している。なぜこのような相関が生まれるのか、教育、家族、収入などいろいろ調べても完全に説明はできず、結局個人が社会と関係することで自然に生まれる分離ではないかと結論している。これを証明(証明にはならないのだが)するため、モデリングを行い、人間が持つ同じ信条を好むという傾向のため、相互作用の中で自然にこの差が増幅され、ライフスタイルに至るまで同化していくのではないかと結論している。そして、これまでの個人レベルの大規模調査の限界を指摘し、背景にある関係性が見えるような調査が必要だと終わっている。率直に言うと、結果より結論が先にある論文に思う。ただ、このままグループが分離し続ければ、いくら共和制のアメリカでも大変なことになるだろう。だからこそ、このような論文が掲載されるのだと思った。翻って我が国を考えると、政治信条と生活スタイルがそれほど強く相関しているようには思えない。大学で講義するとき、自分たちの頃の方が、服装と政治信条が相関していたような気がする。逆に、ソーシャルネットが小さな差を増幅しあって、同じ意見の持つ居心地の差が増幅し、仲良しグループへの分離が加速しているように思える。我が国も、アメリカも、異なる意見がしっかり向き合える社会を維持することの重要性を感じる。そしてそれが国会でないことは確かなようだ。  最後に記載されていた具体的質問についての相関は面白いのでいくつか挙げておく。 1) 民主党、共和党各支持者は自分の子供が違う党の支持者と結婚してほしくないと思っている。 2) リベラルは神に祈ることは少なく、銃の所持率は低い。 3) リベラルは動物も人間と同じ権利を持つと考える。 4)  リベラルの好む音楽は、ニューエージ、ブルース、レゲー、ジャズの順。 5) リベラルはロックは子供にいい影響があると思っており、ライブにも出かける。 6) リベラルは現代美術が子供にも描けるという意見に賛同しない。 7) 保守は今の時代が科学に信頼を置きすぎて宗教に十分敬意を払わないと考えている。リベラルはそうではないが、驚くことに星占いを読むのはリベラルの方が多い。 8) リベラルは好きなら結婚する前から一緒に住めば良いし、また嫌いになったら離婚した方が子供のためにもいいと考えている。 などなどだ。それぞれの意見と照らし合わせて考えたら面白いだろう。ちなみに私はリベラルの方で、音楽以外は全部当たっていた。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月27日:ニキビの研究(6月24日号Science Translational Medicine掲載論文)

2015年6月27日
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医師免許は持っていても、私にとって全く利用価値のないものになって久しい。言って見れば、運転免許を持っていても、視力が障害されれば意味がなくなるのと同じだ。とはいえ、仕事がら様々な病気について今も学び、また人に説明したりしている。ところが、当たり前の病気については以外と知らないし、論文を読む機会もない。例えばメラノーマについて知っていても、ホクロの本当の原因について説明せよと言われると困る。今日紹介するUCLAからの論文が扱っているニキビもそうだ。毛根に付属する皮脂腺がニキビ菌(アクネ菌)による炎症を起こしているといえるのが関の山だ。6月24日号に掲載された論文、「Vitamin B12 modulates the transcriptome of the skin microbiota in acne pathogensis(ビタミンB12は皮膚細菌叢の遺伝子発現を変化させニキビ発症に関わる)」は、皮膚常在菌として健常人に存在するアクネ菌がどうして元気な若者の皮脂腺の炎症を起こすのかという最も素朴な疑問から始めている。これに答えるために、ニキビを発症した人と、発症していない人の鼻部毛根に存在する細菌が発現するRNA量を調べ、ニキビ発症の人に特徴的な違いがないか調べている。調べたニキビ患者4例全てで、アクネ菌のビタミンB12産生につながる代謝経路に関わる遺伝子の発現が低下していることを発見した。私は全く知らなかったが、ビタミンB12を服用すると人によってはニキビになることが知られていたようで、この結果は患者のビタミンB12レベルとニキビのビタミンB12レベルに逆相関がある可能性を示している。そこで、健常人にB12を服用させアクネ菌の遺伝子発現を調べると、2週間ほどで予想通りB12合成経路の発現が低下してくる。ただ、この低下が見られるのは10%程度で、このアクネ菌の変化を誘導するホスト側の要因はB12以外にも存在するため、一部の人だけでニキビが発症するという結論だ。ただ、アクネ菌のB12産生の低下がニキビにつながるとは考えにくい。この研究では、ホスト側からB12が供給されると、アクネ菌でグルタミンからB12合成経路に関わる遺伝子発現を調節するオペロンに作用し、B12産生を抑制する一方、その時同じグルタミンから産生される、ニキビの炎症原因になることが知られているポルフィリンの産生が上昇することを突き止めた。繰り返すと、ホストのB12がアクネ菌に作用すると、アクネ菌は自分のB12産生を抑制し、その代わりにポルフィリンを多く分泌することが、B12服用によりニキビができる原因になるという結論だ。これまでニキビというと、抗菌療法が中心だったと思うが、この話が本当なら、自分の体にいいと思っていることが、もう一つの自分細菌叢にひっくり返される例がまた増えたことになる。しかし、当たり前のニキビの話をうまくScience Translational Medicineが掲載する気にさせる論文に仕上げたと感心した。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月26日:膵臓癌の早期発見を可能にするエキソゾーム(Natureオンライン版掲載論文)

2015年6月26日
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今月後半立て続けに九大、神戸大の臨床の方々と話す機会があったが、皆さんが一様に驚いているのが、CellやNatureに掲載される人間を扱った研究が増えたことで、れっきとした臨床論文が掲載されることも普通になってきた。この傾向はこれら雑誌の編集方針の変化によるところも大きいだろうが、ゲノムを始め人間を研究するための手段が増えたことも一因だろう。今日紹介するテキサス大学MDアンダーソン癌研究所からの論文もそんな一つで、血中に分泌されるエキソゾームを使った膵臓ガンや乳ガンの早期診断法の開発だ。タイトルは「Glypican-1 identifies cancer exosomes and detects early pancreatic cancer(Glypican-1はガン由来のエクソゾームの検出に利用可能で、膵臓ガンの早期診断を可能にする)」だ。タイトルにあるエキソゾームは細胞から吐き出される膜で囲まれた小胞のことで、神経伝達に関わるシナプス小胞のように細胞間の情報伝達に関わっているのではと盛んに研究が行われている。例えばこのホームページでもガン細胞から吐き出されるエキソゾーム中のマイクロRNAが正常細胞のガン化を促すという恐るべき研究を紹介した(http://aasj.jp/news/navigator/navi-news/2450)。実は今日紹介する論文もこのセンセーショナルな研究を発表した同じグループからの仕事で、論文が扇動的に書かれているのも同じだ。研究は、膜貫通型のヘパラン硫酸プロテオグリカンの一つ、Glypican-1の膵臓ガンや乳ガンでの上昇が、血中を流れるエキソゾームに反映さているのではと狙いをつけて、ガン患者さんと正常人とを比べることから始めている。期待通り、膵臓ガン190例全例、乳ガン32例中20例でGlypican-1陽性のエキソゾームが検出され、一方正常人100例では全く検出されない。驚くべきことに、膵臓ガン患者血清中から取り出したエキソゾーム中に含まれるRNAには膵臓ガン由来と思われる変異型RAS遺伝子が31例で検出できる。このことから、Glypican-1陽性エキソゾームはガン特異的に血中に存在すると結論できる。さらに驚くべきことに、これまで利用されているガンのバイオマーカーでは全く発見できない、膵臓ガンに発展することの多い前癌状態も検出できる。他にも、手術を受けた患者さんではすぐに低下するが、予想通り完全に切除しきれていないこともわかる。術後の低下の程度で患者さんを分けて予後を調べると、低下がはっきりした患者さんの半分以上は40ヶ月生存しており、膵臓ガンとしては画期的な結果だ。最後にガン遺伝子を導入したマウスの発ガン過程を追跡し、まだガンが組織学的にもよくわからない時点からこの方法で検出できることを示している。以前紹介した論文も、今回の論文も扇動的すぎるのではという懸念はあるが、現在もなお膵臓ガンに対する手段が早期発見しかないことを考えると、大きな期待が持てる結果だ。おそらくすでに検査法としての確立、大規模治験も進んでいるだろう。このように、メカニズムは問わず、臨床に重要であればトップジャーナルも飛びつく時代が来ている。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月25日:意外な膵臓β細胞増殖因子(6月7日号Cell Metabolism掲載論文)

2015年6月25日
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1型、2型を問わず、糖尿病の治療としてインシュリンを産生する膵臓β細胞を増殖させる方法の開発が現在も続いている。インシュリン分泌を上昇させ、β細胞量を増やすとして最も研究されてきたのが消化管ホルモンGLP-1で、この受容体のアゴニストは2010年前後から我が国でも利用が始まっている。これ以外にも、2年前Doug Melton達によってインシュリン飢餓に陥った肝細胞から分泌されるホルモンベータトロフィンが同定され期待が集まった。メドラインでベータトロフィンと入力すると、44報の論文がリストされ、一見期待は続いているようだ。しかし、2014年、ベータトロフィンがトリグリセリド代謝に関わるホルモンで、β細胞増殖に全く関与しないという論文が報告され、ベータトロフィンという名前はメルトンの勇み足と考えられている。今日紹介するニューヨーク、マウントサイナイ医科大学からの論文もβ細胞増殖因子探索研究の一つだが、もし本当なら明日からでも臨床応用が可能な研究結果で6月7日号のCell Metabolismに掲載されている。タイトルは「Osteoprotegerin and Denosumab stimulate human beta cell proliferation through inhibition of the receptor activator of NFκB ligand pathway (OsteoprotegerinとDenosumabはRANKシグナル経路を抑制してヒトβ細胞の増殖を刺戟する)」だ。GLPやベータトロフィン以外にも、これまでβ細胞増殖を誘導するホルモンとして胎盤由来のラクトゲンが知られている。ただラクトゲンはプロラクチンと同じで、乳腺刺激や多彩な作用があり、膵臓だけを標的にするホルモンとしての利用は難しかった。このグループはラクトゲンがβ細胞増殖を誘導するメカニズムを探索する中で、ラクトゲンによりOsteoprogegerin(OPG)が膵島で発現することを発見した。OPGはもともと破骨細胞の研究から発見されてきた分子で、RANKLとRANK分子の結合を阻害することで破骨細胞分化を抑制する。RANKLに対する抗体薬はアムジェンにより開発され、すでに骨粗鬆症やmyelomaなどに利用されている。意外な分子が浮き上がってきて驚いたと思うが、マウスを用いて本当にOPGがβ細胞増殖を誘導するか調べ、試験管内でも、体の中でもOPGがβ細胞増殖因子として働くことを確認した。また、試験官内でヒトベータ細胞株の増殖も誘導できる。この実験系を用いてOPGが作用するメカニズムを調べると、破骨細胞分化と同じで、RANKL/RANKシグナル経路を阻害する作用を通して、β細胞増殖を誘導している。ここまでくればシメタもので、臨床応用が進んでいるDenosumabがヒトβ細胞増殖を誘導するか調べるだけだ。ヒト膵島をマウスに移植後7日目で1回Denosumabを投与すると、期待通り膵島の増殖を3倍に増強できることを示している。話はこれだけだが、OPGが引っかかってきたおかげで、すでに安全性が確認された薬剤を利用した新しい治験が可能になる。まず、すでに骨粗鬆症でDenosumab投与を受けているヒトのインシュリン産生を調べる必要があるだろう。もちろん抗体治療を一般の2型糖尿病の治療として軽々に行うべきではないと思うが、急性のβ細胞障害や、膵島移植後の増強など様々な利用可能性があるだろう。ベータトロフィンのような勇み足にならず、早期に様々な治験が進むと期待できる。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月24日:ネアンデルタール人の曾孫(4代目)にあたる現代人のゲノム(Natureオンライン版掲載論文)

2015年6月24日
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古代人の遺伝子解読が加速している。この分野の話は毎月のようにトップジャーナルに掲載されている。私のホームページでも6月13日青銅時代の人たちのゲノムを比べ、インドヨーロッパ語の起源を調べた論文を紹介したところだ(http://aasj.jp/news/watch/3584)。他にも1996年ワシントンで発見されたアメリカ大陸で出土した最も古い人骨、ケネウィック人のゲノム解析論文がNatureオンライン版に掲載されている。最近の論文を見ていると、この分野の研究がいくつかのセンターに集中しているのがわかる。最近特に活発なのがデンマーク自然史博物館で、このHPでも4回は紹介し、アメリカのケネウィック人の解析にも関わっている。一方、本家本元のライプチッヒにあるマックスプランク研究所も負けてはいない。今日紹介するライプチッヒからの論文はルーマニアから出土した約40000年前の現代人のゲノムがネアンデルタール人遺伝子を6−9%も受け継いでいるという驚くべき結果で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「An early modern human from Romania with a recent Neanderthal ancestor (ネアンデルタールの先祖に近いルーマニアから出土した初期現代人)」だ。この研究はこの分野の草分けベーボさんの研究室から発表されており、ルーマニアOaseから出土した37000−42000年前と思われる現代人の先祖の骨からDNAを抽出し、ゲノムを調べている。6月13日にも紹介したが、サンプルを汚染している目的外のDNAから目的の古代人のDNAを抽出するために、様々な方法が開発され続けており、これが研究を加速させている。この研究でもライプチッヒで新しく開発されたウラシル選択と呼ばれる方法が用いられている。この方法は、cytosineが時間が経つと脱アミノ酸化されウラシルに変化することを利用して年代変化を経た遺伝子だけを精製する技術で、これにより遺物の発掘や処理に関わった人から汚染してきたDNAを取り除くことができる。なかなか上手い方法だ。実際、最初はたかだか0.1%程度しか古代人のDNAを含まないサンプルから、まず人間のDNAを集める。このサンンプルのなんと67%は遺物の処理に関わった現代人のDNA由来だ。そこからウラシル選択を行うとこの汚染を4%まで落とすことができる。こうして得られたOase人のゲノムを解析したところ、中石器時代のヨーロッパ人とは多くの共通性を持つが、現代ヨーロッパ人の先祖ではないことがわかる。お隣のKostenki人のゲノムが現代ヨーロッパ人に流入していることと比べると、この時代どのような人の流れがあったのか今後重要な課題になるだろう。この研究のハイライトは、今回解析したゲノムの6−9%がネアンデルタール人からの流入で、しかも50Mbを超す領域がそのままゲノム中に維持されていることだ。計算上、4代から6代までの先祖がネアンデルタールということになり、40000年前に普通にネアンデルタールとの交雑が行われていたことを示している。この結果を受けて、すでに多くの考古学者が新しい骨を求めてルーマニアを探索していることだろう。繰り返すが、ゲノムによる新しい歴史学が21世紀のトレンドだ。このロマンを是非我が国の若い研究者が味わえるようにするのも科学技術行政の重要な課題だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月23日:重体患者さんを対象とする治験(6月18日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2015年6月23日
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確立した医療のプロトコルを変更するには治験と言う科学的研究が必要になる。しかし、事故などで集中治療室に運ばれてくるような重症患者さんに対しては、個別の症状に合わせた処置が優先され、生命維持など基本的な対応については決まったプロトコルに従うのが普通だ。このため、集中治療室で行われる生命維持に関するプロトコルを見直すのはそう簡単でない。今日紹介するカナダとサウジアラビア合同チーム(不思議な取り合わせだ)からの論文は、決まった基準で重症と判断された患者さんに必要なカロリーを調べた研究で6月18日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Permissive underfeeding or standard enteral feeding in critically ill adults (重体成人患者さんに対する経腸栄養時の低栄養あるいは基準栄養の比較)」だ。このタイトルを見たとき、「ここまでやるのか?」と、重体患者に必要な栄養を調べる治験が行われていること自体に驚いた。ほとんどの患者さんでは人工呼吸器がつけられ、半分以上が昇圧剤によって血圧が維持されている。残念ながら、原因は様々で外傷、脳挫傷、卒中などの内科疾患まで多様だが、確実に重体の患者さんをなんと894人もリクルートしている。調べる項目は、重体患者さんの経腸栄養を行うときのカロリー量で、基準値と、基準値の40−60%の低カロリーを比べている。タンパク量は一定にして、たんぱく質からのカロリーも含む全カロリーを厳密に計算し、患者さんの体重に合わせて投与している。このため、二重盲検法は使えないが、患者さんの選択は無作為化している。普通栄養など足りなければよしと思ってしまうが、重体患者での高カロリーに問題があるかもしれないと疑いを持ったのだろう、ここまで大変な治験を計画し、5年をかけて結果を得ている。さて結果はというと、28日、90日、180日で見たときの両グループの死亡率は全く差がない。また、回復したケースでは集中治療室滞在期間、入院期間とも変化なしという結果だ。摂取カロリーは半分に落としてもいいという結果になる。ただ、意地悪く言えば骨折り損のくたびれもうけだ。実際どちらでもいいとなると、わざわざ低栄養へと基準を変えるのは難しいだろう。しかし、40%の低カロリーまで下げみて差がなかったことで、さらに低い状態や、逆に高カロリーを調べてみようという研究が生まれる気がする。おそらく我が国の病院にこのような治験を行う余力はないだろう。しかし、標準プロトコルを変えようとするとここまでやる科学的治験が必要だ。驚くとともに、頭が下がった。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月22日:民主主義のルーツ(6月19日号Science掲載論文)

2015年6月22日
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私たちは、野生動物の群れには力で決まったボスが存在し群れの行動はボスに任せると思っている。ただよく考えてみると、野生動物も本当は一人のボスに全てを委ねるのは危険なはずだ。力が強くとも経験がなく、また将来を予測できる力がないボスに従うと、その群れは滅びる。人間社会でも、民主主義が衆愚政治に終る危険は何度も指摘されている。しかし現代を考えてみると、情報の多様化と価値の多極化が進んだ結果、多数決に基づく意思決定以外は制度として取り得ない状況になっている。生物的にもできるだけ多くの情報を集団の行動で決めた方が種の生き残りという目的にかなっているのかもしれない。今日紹介するプリンストン大学からの論文は、オリーブヒヒの群れの行動をGPSで追いかけ移動方向についての決定がどう行われるか調べた研究で、6月19日号のScienceに掲載された。タイトルは「Shared decision-making drives collective movement in wild baboons(野生ヒヒの集合的動きを決める共有された決断)」だ。この研究では、ケニアに生息するオリーブヒヒの群れのメンバー25匹に正確なGPSロガーを装着し、1日の行動を追跡して、それぞれのメンバーの移動軌跡を追跡している。ヒヒが次の方向を決めるとき、ボスが決めているわけではないことはすでに知られていたようだが、ではどう決めるのかよくわかっていなかった。実際25匹の移動軌跡を見ると、時によっては300mぐらい広がってしまっている場合があり、おそらくこれまでの方法では全て把握することは不可能だった。幸いGPSのおかげで現象論的には行動が把握できて、面白い結論を導いている。詳細は省いて幾つかの行動パターンに分けて説明しよう。まず全員が同じ方向で歩いている場合は結構多い。ただ、1日に何回かばらけて行動をする場合がある。この時が方向の決定に決断が必要な場合だが、まず個体間の意思があまり違っていない場合(実際には選ぶ方向の差が一定の限度内に収まる場合)、結局その中間の軌跡が選ばれる。問題は何匹かが支離滅裂の行動を示す場合で、この場合は自然発生的に各々の行動をメンバーが自由に選び、その数が最も増えた方向性が最終的に優勢になり、全く逆に動いていたメンバーも大勢に従うという結果だ。結論としては、妥協と多数決をうまく使い分けながら、群れ全体で決断するというシナリオだ。実際、ヒヒが常に声を出すのも、最終的な意思を確認し合うための行動かもしれない。もし音が拾えれば、さらに行動決定につながる因子を詳しく特定できたことだろう。しかしこれもそう難しくない。GPSはすごい道具で、めでたしめでたしの結果といえる。しかし、人間社会を見慣れた私が意地悪く考えると、この研究では黒幕としてのボスの可能性を考えていないのが気になる。危ない状況で、多くのメンバーに違う行動を取らせどこに行くか指示している影の黒幕がいれば、全く違った解釈が成立する気もする。この論文だけを読むとこんな下衆の勘ぐりも可能だが、本当はこれまでの観察からヒヒの世界はもっと民主的だとわかっているのかもしれない。ヒヒの群れにもボスはいる。とするとヒヒの世界のボスは、食事と生殖の順位だけを支配し、あとは皆に任せて責任のない気楽な生活を送っていることになる。羨ましい限りだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月21日:腸管の新しい幹細胞・・・直腸ガン三題(6月4日号Cell Stem Cell掲載論文)

2015年6月21日
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最新号のCell Stem CellとCellに大腸ガンに関係する論文が3報発表されていた。この中では、最初に紹介するコロンビア大学から発表されたCell Stem Cell論文、「Krt19+/Lgr5- cells are radioresistant cancer-initiating stem cells in the colon and intestine (Krt19+/Lgr5-細胞は放射線抵抗性の大腸、小腸の発がんの元になる幹細胞だ)」の重要度が高いように私には思える。ただ、それぞれまとめやすいので3報とも紹介する。腸管幹細胞の研究はHans Clevers のグループがR-spondin受容体Lgr5が幹細胞特異的に発現しているという発見から大きく進展した。全ての腸管上皮細胞がこの細胞由来であること、ガンもこの細胞から発生することが示され、最後に現慶応大学の佐藤さんが、一個のLgr5陽性細胞から試験管内で腸組織を再構成できることを示したことで、腸の幹細胞についての議論は終焉したように思えていた。ただ、現象論的に観察される放射線に抵抗性の幹細胞群の存在は、Hans Cleversたちの考えとは完全に合致しない。この問題を解くため、このグループはLgr5+細胞以外にも幹細胞が存在するのではと考え、分化が終わってから発現すると考えられてきたKrt19発現細胞をラベルして追跡してみたところ、幹細胞の存在するクリプトに全く存在しないKrt19陽性細胞から驚くことにLgr5+細胞が分化してくるのを観察した。すなわち、一度分化した細胞の中にも新しいタイプの幹細胞が存在し、この細胞からLgr5+細胞も分化してくることを証明した。次に放射線照射したマウスで調べると、Lgr5+細胞は照射後子孫を造れない一方、新しいKrt19+幹細胞は放射線照射後も子孫細胞を造れることを示している。更に、この幹細胞とLgr5+幹細胞は互いに転換可能であり、一つのセットとして腸管維持に働いていることを示した。最後にガンもLgr5+細胞からだけでなく、新しい幹細胞からも起こること、新しい幹細胞から発生したガンは全く違った性質を持っており、今後治療研究には両方のタイプのガンを調べる必要があることを示している。一見完全に見えるHans Cleversのシナリオでも、それを定式化する間に小さな問題が無視されており、そこを追求することで新しいWin-Winのシナリオが生まれるという話だ。ただ、この幹細胞の発見の今後の寄与度は大きいと思う。人のガンや幹細胞ではどうなのか、試験官の系で調べていくことが重要だろう。   一方、6月18日号のCellには大腸ガンについての論文が2報掲載されている。ともに新しい幹細胞については全く無視しているが、最初のスローンケッタリングガン研究所からの論文、「Apc restoration promotes cellular differentiation and reestablishes crypt homeostasis in colorectal cancer (Apc発現を復活させると大腸ガンの分化が促進されクリプトのホメオスターシスが再構築される)」では、Apc分子の発現を自由にオン/オフできるモデルマウスを作成して、Apc分子の機能を調べた論文だ。論文の中に、Apc,ras,p53と大腸ガン発がんに必須の変異が揃ったところでApc発現を回復させる実験が示されており、他のガン遺伝子が活性化していてもApcが回復するとガン性が完全に抑制されるという結果を示している。一見あたりまえの結果だが、ガンに関わる分子の中ではApcが最も上流に位置することを証明できており、治療法開発等にも役に立つのではと思う。あたりまえだと思って誰もやらないことを試み、あたりまえの結果を出すことは本当は重要だ。最後のテキサスセントジュード病院からの論文「Critical role for the DNA sensor AIM in stem cell proliferation and cancer (細胞質DNAセンサーAIM2は幹細胞の増殖とガン発生に必須の役割を持つ)」だ。AIM2は細胞内に侵入した細菌のDNAを感知するセンサーの役割を持ち、自然免疫に関わる分子として研究されてきた。DNAと結合するとASCアダプター分子がAIM2とcaspase1を結合させ、活性化されたcaspase1が細胞死を誘導したり炎症性サイトカインを誘導する。不思議なことに、このAIM2遺伝子は高率に直腸がんで変異しており、完全に欠失したガンでは極めて予後が悪いことが知られているが、そのメカニズムはよくわかっていなかった。このグループは発ガン剤投与で大腸ガンを誘導する実験系で、AIM2欠損の影響を調べている。その結果、これまで知られていた自然免疫とは全く異なるメカニズムでAIM2が直腸がんの発生に関わることを見出した。特にAIM2欠損マウスの幹細胞の増殖は5倍以上亢進しており、この増殖促進がWnt-βカテニン経路を介して起こっていることを突き止め、AIM2欠損が大腸ガンで高率に見られる説明を提供している。ただ、論文はその後血液やストローマ細胞、さらには腸内細菌叢にまで拡大してわかりにくい。おそらく、AIM2が増殖経路をどう抑えているのかの分子メカニズムを明らかにできなかったため、論文の価値を高めるため様々な内容を詰め込みすぎている。また、AIM2欠損で見られる遺伝子の不安定化についても説明ができていない。さらに、オーソドックスなガン遺伝子変異モデルとの関係もわからない。AIM2に関してはまだまだやることがありそうだ。   以上3報の論文を紹介したが、いずれも正常の幹細胞とガン細胞を並行して研究しており、やはりHansや佐藤さんの貢献は偉大だ。
カテゴリ:論文ウォッチ
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