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6月22日:民主主義のルーツ(6月19日号Science掲載論文)

2015年6月22日
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私たちは、野生動物の群れには力で決まったボスが存在し群れの行動はボスに任せると思っている。ただよく考えてみると、野生動物も本当は一人のボスに全てを委ねるのは危険なはずだ。力が強くとも経験がなく、また将来を予測できる力がないボスに従うと、その群れは滅びる。人間社会でも、民主主義が衆愚政治に終る危険は何度も指摘されている。しかし現代を考えてみると、情報の多様化と価値の多極化が進んだ結果、多数決に基づく意思決定以外は制度として取り得ない状況になっている。生物的にもできるだけ多くの情報を集団の行動で決めた方が種の生き残りという目的にかなっているのかもしれない。今日紹介するプリンストン大学からの論文は、オリーブヒヒの群れの行動をGPSで追いかけ移動方向についての決定がどう行われるか調べた研究で、6月19日号のScienceに掲載された。タイトルは「Shared decision-making drives collective movement in wild baboons(野生ヒヒの集合的動きを決める共有された決断)」だ。この研究では、ケニアに生息するオリーブヒヒの群れのメンバー25匹に正確なGPSロガーを装着し、1日の行動を追跡して、それぞれのメンバーの移動軌跡を追跡している。ヒヒが次の方向を決めるとき、ボスが決めているわけではないことはすでに知られていたようだが、ではどう決めるのかよくわかっていなかった。実際25匹の移動軌跡を見ると、時によっては300mぐらい広がってしまっている場合があり、おそらくこれまでの方法では全て把握することは不可能だった。幸いGPSのおかげで現象論的には行動が把握できて、面白い結論を導いている。詳細は省いて幾つかの行動パターンに分けて説明しよう。まず全員が同じ方向で歩いている場合は結構多い。ただ、1日に何回かばらけて行動をする場合がある。この時が方向の決定に決断が必要な場合だが、まず個体間の意思があまり違っていない場合(実際には選ぶ方向の差が一定の限度内に収まる場合)、結局その中間の軌跡が選ばれる。問題は何匹かが支離滅裂の行動を示す場合で、この場合は自然発生的に各々の行動をメンバーが自由に選び、その数が最も増えた方向性が最終的に優勢になり、全く逆に動いていたメンバーも大勢に従うという結果だ。結論としては、妥協と多数決をうまく使い分けながら、群れ全体で決断するというシナリオだ。実際、ヒヒが常に声を出すのも、最終的な意思を確認し合うための行動かもしれない。もし音が拾えれば、さらに行動決定につながる因子を詳しく特定できたことだろう。しかしこれもそう難しくない。GPSはすごい道具で、めでたしめでたしの結果といえる。しかし、人間社会を見慣れた私が意地悪く考えると、この研究では黒幕としてのボスの可能性を考えていないのが気になる。危ない状況で、多くのメンバーに違う行動を取らせどこに行くか指示している影の黒幕がいれば、全く違った解釈が成立する気もする。この論文だけを読むとこんな下衆の勘ぐりも可能だが、本当はこれまでの観察からヒヒの世界はもっと民主的だとわかっているのかもしれない。ヒヒの群れにもボスはいる。とするとヒヒの世界のボスは、食事と生殖の順位だけを支配し、あとは皆に任せて責任のない気楽な生活を送っていることになる。羨ましい限りだ。
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