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6月3日:構造化という情報(5月21日号Cell掲載論文)

2015年6月3日
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TAD

今日は一般の方には理解が難しい話題を取り上げるが、私の誕生日ということで許していただく。発生やガンを考えるためには大事な話題だが、限られた字数で説明しきれるとは思えない。情報としてのゲノムを考えるためには重要な問題なので、JT生命誌研究館ホームページに連載している「進化研究を覗く」というサイトにもう少し詳しく書こうと思っている。

 さてゲノム情報というとA,T,C,Gの4塩基の配列でコードされる情報と考えがちだが、これ以外にもゲノムが構造化されることで、配列とは違う情報が発生していることについて今日は考えてみたい。論文紹介に進む前に、まずtopology associating domain (TAD)について普通は使わない図を使って紹介しておこう。私たちのゲノムは図に示すTADと呼ばれる構造化された区域が約2000集まってできている。図1に示すようにTADとTADの間には特殊な境界領域が存在し(赤の線で示している)、隣接するゲノム領域が影響し合わないよう3次元的に隔離していると考えられている。一つのTADの中には1〜複数の遺伝子とともに、その遺伝子発現を調節するエンハンサーが存在している。特殊な境界と構造化のおかげで原則として一つのTAD内エンハンサーは隣接するTADに影響できないように隔離されており、このおかげで重要な遺伝子が間違った時期や場所で発現できないようになっていると考えられている。といってもこの概念はゲノム各領域のトポロジカルな関係を調べるchromosome conformation capture法と呼ばれる方法から得られる結果から想定されている可能性に過ぎない。またTAD区域は固定的でなく、発生とともに変化するし、またTADを超える相互作用も存在することから、TAD構造とその境界領域が具体的に働いていることを機能的に示す研究が待たれていた。今日紹介するベルリン・マックスプランク分子遺伝学研究所からの論文はTAD間の境界が変異により壊れると隣接するTADに存在するエンハンサーの影響が及んできて発生異常が起こることを示した力作で5月21日号のCellに掲載された。タイトルは「Disruptions of topological chromatin domains cause pathogenic rewiring of gene-enhancer interactions (クロマチンのトポロジーが壊れると遺伝子とエンハンサーの相互作用が異常に再構成される)」だ。この研究ではまず、複雑な手指の発生異常(多指、融合指、短指など)を起こすゲノム変異が集中するEPH4遺伝子が存在する領域に焦点を絞り、遺伝子変異の性質とそれに起因する手指奇形の種類を相関させるところから始めている。(余談になるが、多指症は18世紀ベルリン科学アカデミーの会長になったMaupertuisが最も興味を持って研究した家族性発生異常で、何か因縁めいたものを感じる。) EPH4遺伝子の存在するTAD(TAD2とする)は3Mbの大きな領域で、Wnt6,Ihh両遺伝子を含む1MbほどのTAD(TAD1)とPax3遺伝子を含む0.5Mb程度のTAD(TAD3)に挟まれている。ヒトの異常を調べると短指症はTAD2,TAD3境界の欠失、指の融合はTAD1,TAD2境界での逆位、多指症がTAD1,TAD2境界の欠失で起こるという法則性を突き止めた。次に同じ欠失を遺伝子操作でマウスに再現するとヒトの異常とほぼ同じ奇形が発生しメカニズムを追求するためのモデルとして使えることが分かった(このモデル動物を作るだけでも大変だ)。このモデルを使って、手指発生時の遺伝子発現や、各領域内のトポロジカルな関係や相互作用を調べると、予想どおり境界が破壊されるとTAD2に存在するエンハンサーの影響が隣接するTAD内の遺伝子発現に影響する結果、普通は手指発生では発現の見られないWnt6, Ihh,Pax6が異所的に発現することを突き止めた。そして、Wnt6の異所的発現では指の融合、Ihhの異所的発現では多指が、そしてPax6が発現すると短指が発生することを見事に明らかにした。さらに研究では、TAD2内のどのエンハンサーがそれぞれの遺伝子発現に影響するか、それぞれ違う変異でどのようにTADが再構成されるかなど詳しく示されているが、詳しく説明する必要はないだろう。この研究で示された全ての結果は、TADが3次元的に複雑に絡み合ったゲノム内で、エンハンサーの働く区域を限定し、遺伝子発現の安定性を確保するための必須の構造であることを明確に示した。ゲノムは構造化され、構造自体が重要な塩基配列とは別の情報として発生や進化に関わっていることがはっきり理解できるエキサイティングな結果で、これまでのもやもやが吹っ飛んで、頭がすっきり整理できた気になる。正直言ってこのような理解の仕方ができるようになってきたのはほんの数年前からだ。TADを単位として考える重要性を本当に認識したのは、2013年に引退後、同時に同じ細胞で進む前腕及び手指を形成するための2種類のプログラムに、なぜ同じHoxDクラスターが使えるのかを示したスイスのDubouleたちの見事な研究に驚いた時で、たかだか2年前だ。ゲノム解析が進み、ゲノムワイドな手法が開発されることで、急速にこの分野の理解が進んでいることを実感している。構造も塩基配列と同じようにゲノムが表現する情報の一つなら、発生学は言うに及ばず、iPSやその応用でさえこのレベルの理解なしに可能なはずはない。このホームページは多くの若手の学徒にも読んでもらっているようだが、もしTADなど考えたことがないという人たちがいるなら、今からでも遅くない。是非ゲノムが構造化されていることを頭に入れて、発生や進化を考えていって欲しいと思う。

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