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6月18日:虫垂炎には手術か抗生物質か?(6月16日号アメリカ医師会雑誌掲載論文)

2015年6月18日
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私の年齢になると、虫垂炎にかかった友人を病院に見舞うということはほとんどないが、学生の頃は見舞いに行くといえばほとんど虫垂炎だった記憶がある。医学部に入ってからも虫垂炎の診断、鑑別診断、手術術式などは事細かに習ったような気がする。おそらく発症率が高く外科医になればすぐ出会う疾患であるため、解剖実習が医学部入門コースとして重視されるのと同じように、虫垂炎手術が外科医入門コースとして重視されたのだろう。私の学生時代から現在まで、急性虫垂炎には手術というのが医学の常識だった。しかし虫垂炎も細菌感染だから抗生物質で治療するという考えも根強く続いていた。今日紹介するフィンランドからの論文は「虫垂炎には手術か抗生物質か?」に科学的な答えを出そうと計画された治験結果で6月16日号のアメリカ医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Antibiotic therapy vs appendectomy for treatment of uncomplicated acute appendicitis. The APPAC randomized clinical trial (合併症を伴わない虫垂炎の治療は抗生物質か虫垂切除か?The APPAC無作為化臨床試験)」だ。医師をやめてからは虫垂炎のことを考えたことはほとんどなく、今この問題が議論されているのを知って正直驚いた。論文を読むと、抗生物質の利用が始まった1956年から虫垂炎は抗生物質だけで治療できるか調べる臨床研究が行われていた。中でも2006年から2011年にかけて3編の論文が発表されてはいたが、医療統計学から見た時完全ではなく、最終的な結論を得るため今回の治験が計画されたようだ。しかしフィンランドでも虫垂炎は手術と考える患者さんが多く、しかも急性疾患なので、無作為化して手術と抗生物質に振り分けるのは困難を極めたようだ。1379人の患者さんから初めて、治験の条件にかない、同意が得られた方は結局530人に減っていた。これを無作為に外科手術例273人、抗生物質例257人に割り振り、1年間経過を調べることで評価するとともに、治療に伴う副作用などをもう一つの評価基準として調べている。結果だが、当然のことながら外科手術は99.6%の成功率だ。フィンランドでは約5%の患者さんが腹腔鏡下の手術を受けている。一つ問題は2人の患者さんで、結局虫垂に炎症が見られず、ある意味で誤診による手術が行われたことになる。ほぼ安全完璧な手術グループを対照としたときの抗生物質治療グループだが、15例は抗生物質投与のための入院中に痛みが収まらず手術を受けている。このうちの7例は手術をして合併症が併発していることがわかっている。残りの患者さんの72%はその後何もなく1年を過ごしているが、38%は1年以内に再発し、結局虫垂摘出を行っている。ただ、抗生物質治療から始めた結果、病状が重くなり手術が困難になったわけではない。この結果を総合すると、まず抗生物質で始めてから、2回目から手術に切り替えても科学的に差はないが、患者さんが嫌がらなければ最初から手術すればよいという結論になる(これは私の解釈だが)。はっきり言って、どっちでもいいという結果だ。ただ少し気になったのは、今流行りの腸内細菌叢への抗生物質の影響があまり考えられていないことだ。特に虫垂炎は成長期に多い。外科手術でも抗生剤は使うが、使用量は内科治療と比べると少ない。せっかく苦労して集め理解を得られた患者さんのもっと長期の追跡をして欲しいと思う。しかし、どんなに些細なことでも、科学的な結果を得るためにはこれほどの規模の研究が必要になる。科学にはやはり金がかかる。
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