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7月31日:ユーイング肉腫発症メカニズム(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)

2015年7月31日
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腫瘍が遺伝子の変異を基盤に発症することはまず間違いないが、ゲノムに起こった変異が特定されても、なぜ腫瘍が発生するのかわからないケースも多い。聞きなれない方も多いと思うが、そんな腫瘍の一つがユーイング肉腫だ。間葉系幹細胞に起こる腫瘍ということで私もずっと興味を持っているが、EWSR1(ユーイング腫から遺伝子の名前が付けられている)とFlI1(他のETSファミリー遺伝子の場合もある)が転座によってキメラ遺伝子を形成することが原因変異として特定されている。また、マウスの線維芽細胞株にこの転座キメラ遺伝子を導入することで腫瘍が発症することから、このキメラ遺伝子に発がん性があることも確認されている。しかし、この遺伝子が発現するとなぜ異常増殖が始まるのかはよくわかっていない。特にこの腫瘍は、この転座遺伝子以外に明確な遺伝子変異がなく、それも研究を困難にしていた。今日紹介するフランス・キュリー研究所からの論文はこの問題解明へ大きな一歩となる研究でNature Geneticsオンライン版に掲載された。タイトルは「Chimeric EWSR1-FLI1 regulates the Ewing sarcoma susceptibility gene EGR2 via GGAA microsatellite (EWSR1-FLI1キメラ遺伝子はユーイング肉腫発症の感受性に関わるEGR2遺伝子をGGAAマイクロサテライトを介して調節する)」だ。ゲノム全体の変異を探索する研究から、EWSR1-FLI1遺伝子に加えて腫瘍発生の感受性を上昇させていると考えられる遺伝子部位がいくつか特定されていたが、この研究では細胞の増殖に関係ありそうな10番目の染色体にあるEGR2に狙いをつけている。この分子の発現をユーイング肉腫で調べると、発現が異常に亢進していることを発見した。この発現を抑えると、腫瘍の増殖は抑えられる。また、この分子を上流で制御している増殖因子のうち、FDF受容体がEGR2分子の発現に関わり、この腫瘍のドライバー遺伝子として働いていることを明らかにした。最後に、ではどうしてEGR2遺伝子の発現が上昇するのか、この領域のDNA配列を詳しく調べると、マイクロサテライトと呼ばれるGGAAの繰り返し配列が存在し、ユーウィング肉腫の患者さんでは、この中の配列が変化して2つのマイクロサテライトが結合して長いマイクロサテライト配列が新たに形成され、EWSR1-FLI1により誘導される遺伝子発現を大幅に亢進させ、発がんに至ることを突き止めている。これまで私は、EWSR1-FLI1キメラ遺伝子が発現すれば、多くの遺伝子の発現が上昇して、その結果腫瘍が発生するのかと単純に考えていた。しかしこの論文により、EWSR1-FLI1転座とともに、これに反応する側の遺伝子の変異が存在する必要があることが明確に示された。今後、同じようなマイクロサテライト変異が他の遺伝子領域に存在するか調べられ、他の治療可能性も探索されるだろう。長年興味を持ってこの病気についての論文を読んできたが、この論文のおかげでだいぶん整理がついた。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月30日:核酸代謝をガン治療の標的に(Natureオンライン版掲載論文)

2015年7月30日
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今書いている本で生命の始まる前の化学について考察する必要があり、有機物の代謝を勉強中だが、学生時代から代謝、特に代謝マップを見るのは苦手だった。基本的な代謝経路を含め、今でもほとんど頭に入っていないため、代謝経路に関わる論文を読むときはどうしても苦労する。それでも、医学部に入って最初のころ早石先生が核酸代謝とその異常について講義していたのを不思議と覚えている。今日紹介する英国オックスフォード大学からの論文はその核酸代謝の話だが、代謝嫌いの私が面白く読むことができた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「CDA directs metabolism of epigenetic nucleosides revealing a therapeutic window in cancer(シチジンデアミネースはエピジェネティックな修飾を受けた核酸代謝を調節し、ガン治療の一つの可能性を示す)」だ。この研究は素朴な疑問から発している。私たちの核酸、特にシチジンはメチル基やハイドロオキシメチル基で修飾されることで、遺伝子発現の調節に一役買っている。核酸は分解された後再利用されることがわかっているが、もし修飾された核酸がそのまま複製時に取り込まれたら、エピジェネティックな標識が乱れてしまうはずで、それを抑制する機構が必要となる。この研究はこの機構の解明を目指して行われ、代謝研究のテクニックを使って、修飾を受けたシチジンが分解され、その後2番目のリン酸を付加されるときに働く酵素がメチル化シチジンやハイドロオキシメチルシチジンには働けないことを突き止めた。この過程が壁になって、修飾されたシチジンがゲノムにとりこまれることが防がれている。実際の細胞でも、この防御が働いているかを調べる目的で細胞を高い濃度の修飾したシチジンと培養した所、ほとんどの細胞は期待通り正常に増殖した。すなわち修飾シチジンはとりこまないよう防御が働いていたが、幾つかのがん細胞で細胞死が認められるのに気がついた。なぜ防御が敗れたかを調べた結果、これらのガンではシチジンデアミネースという酵素の発現が上昇しており、これがシチジンのアミノ基を外して、メチル化シチジンをウリジンに、ハイドロオキシメチルシチジンをハイドロオキシメチルウリジンに転換してそのままゲノムにとりこませていることに気がついた。ウリジンは問題ないが、ハイドロオキシメチルウリジンはとりこまれると遺伝子が切断される。すなわち、デアミネースの上昇で他の核酸リサイクル経路が働いてしまって、本来存在していた防御が崩壊していることになる。様々な腫瘍でこのデアミネースが上昇していることがわかっているので、この現象を逆手にとって、デアミネースの高いガンを修飾シチジンで殺せるか調べると、正常組織には影響なく、ガンが縮小する。したがって、ガンのシチジンでアミナーゼの発現量は治療計画に結構重要な検査項目としてもっと注目すべきだという結論だ。質問も素朴で、最後も十分納得できる面白い代謝研究だった。
カテゴリ:論文ウォッチ

【お詫び】昨日(28日)18:30-20:00のニコニコ動画を通じてのAASJチャンネル「あなたのゲノムを知ることの意味第2回」セミナー(主催:(公財)神戸いきいき勤労財団)のライブ放送の音声エラーは、ミキサー(VR-3EX)の音声系のすべての系統が、突然に全く動作しなくなったことに因るものでした。ご不便をおかけしましたことを深くお詫びいたします。

2015年7月29日
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7月29日:Common variable immunodeficiency (分類不能な免疫不全症)の新しい原因:臨床研究から基礎研究へ(7月24日号Science掲載論文)

2015年7月29日
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Common variable immunodeficiency(CDI)という診断名がある。よく原因がわからないが、免疫不全と自己免疫病や、リンパ球増多症が同居する不思議な状態で、現役の時も分かったという感じがしなかった。特に免疫領域で阪口さんの制御性T細胞(Treg)が定着してからは、全体の反応バランスがブレーキとアクセルで微妙に調整されていると考えられるようになり、単純化して状態を把握することが難しくなった。さらにTregが発現して免疫のチェックポイントを調節するCTLA4のシグナルも一筋縄ではいかない。細胞内の小胞に蓄えられていて、刺激とともに急に表面に出る。とはいえ、CTLA4の機能を阻害したり、CTLA4の代わりになる物質が開発され、免疫を上げたり下げたりする目的で使われている。今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、CDIの一つの原因遺伝子を突き止めて、なぜこの変異がCDIを引き起こすか調べた研究で7月24日号のScienceに掲載された。タイトルは「Patient with LRBA deficiency show CTLA4 loss and immune dysregulation responsive to abatacept therapy (LRBA欠損の患者さんはCTLA4の発現が低下し、abataceptに反応する免疫異常を示す)」だ。タイトルにあるabataceptというのは、CTLA4の作用を真似する目的で開発されたCTLA4とヒト免疫グロブリンFc部分のキメラ蛋白で、免疫を抑える目的で現在リュウマチに利用されている。経緯は詳しく書かれていないが、おそらくゲノムを調べるうちCDIの患者さんの中にLBRA分子の突然変異がある症例が発見されていたのだろう。この研究では両方の染色体でこの分子が突然変異を起こしている患者さんを調べている。患者さんは特に自己免疫による炎症が強く、また肺の炎症で呼吸機能が強く低下している。この患者さんの治療の一環としてabataceptを投与したところ、大きな効果が見られ、炎症が治まり、呼吸機能も回復したことから、このグループはLRBA機能不全がCTLA4の発現異常を起こしているのではと考え、今回の研究につながっている。詳細は割愛して結論だけをまとめると、LRBAは小胞体で蓄えられるCTLA4と結合し、リソゾームに移動して分解させないようにし、リサイクルを促進する過程に関わるという結論だ。このため、この分子が欠損すると分解が進み、CTLA4のリサイクルがうまくいかず、免疫のチェックポイント機能が働かなくなるという結論だ。これまでスッキリしなかったCDIについて、ある程度頭の整理がついてきた気がする。私がまだ免疫学にタッチしていた頃にホットトピックスだった話が、CDIという複雑な病気の理解に総動員され、その結果患者さんを治療することができるようになったという話で、納得の論文だった。しかし、CDIをはじめ原因がよく分からない病気はゲノムから調べてみることの重要性を再認識した。
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7月28日:カメムシは場所に合わせて色の違う卵を産む能力がある(8月3日号Current Biology掲載論文)

2015年7月28日
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翻訳があるかどうかわからないが、Stuart Firesteinという異色の経歴を持つコロンビア大学の神経科学者が書いた「Ignorance: How it drives science (無視することがどう科学を動かすか)」という本がある。科学者が何かに焦点を当てることで、他の事象を無視することの問題を取り上げた面白い本だ。焦点を当てた事象とともに無視した事象も同時的に起こっているなら、どう全体を把握していけばいいのかは21世紀の課題の一つだろう。一つの方法は、一般の人がもっと科学に参加するという集合的手法を開発し、無視する領域を縮めることだ。もちろん科学者も常に先入観を捨ててしっかり観察をする必要がある。今日紹介するカナダからの論文はそんな典型で、カメムシの一種が白から黒までの卵を状況に応じて産むという意外な現象の観察記録でCurrent Biology8月3日号に掲載されている。おそらくこのグループは卵の殻の色の多様性に興味を持って研究していたのだろう。事実、鳥でも昆虫でも、卵の色の多様性があるのは誰もが知っている。しかし、これは食べ物や環境による多様性の一つと考えられ、わざわざ環境に合わせて産む卵の色を変える動物がいるなど誰も想像しなかった。この論文のハイライト、はカメムシの仲間マクリベントリスのメスが色素含有量の異なる卵を産むことができるという発見だ。一匹のメスをシャーレの中で産卵させる実験を行い、黒く塗ったシャーレでは場所を問わず黒い卵が、透明のシャーレでは、ヘリや蓋の裏側に産卵するときは白い卵になることを見つけた。すなわち、光とともに、場所の特徴によって産卵する卵の色を変える。野生の状況で調べると、葉の表に産卵すると黒い卵、裏側に産卵すると白い卵になっている。これらから、おそらく重力などを感じて、葉の表か裏を感知して、それに合わせて産む卵の色を変えていることが分かった。葉の表は直接日光に当たり強い紫外線を受けることから、紫外線から卵を守るためではないかと考え、紫外線照射をすると、確かに黒い卵の方が影響を受けにくい。最後に、この色素の性質を調べ、メラニンではなくイカのセピアメラニンに近いことを、日本の色素科学の専門家伊藤さんや若松さんの助けを借りて調べている。話はこれだけで、どのように色素が卵に付加されるのかなど、メカニズムの研究はまだ何もできていない。しかし、一匹のメスが、色の違う卵を意図的に産むことができるという発見だけで十分だろう。焦点を当てながらも、目配りのできる科学者も数多くいる。これに一般の人が加われば全く新しい可能性が開けることは、ギャラクシー・ズーで証明済みだ。すなわち、コンピュータでは分類の難しい天体写真を、25万人の天文ファンが参加することで分類が進んだという成功を生物学も真剣に学ぶべきだと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月27日:初期乳ガン補助療法としてのアロマターゼ阻害剤(7月24日The Lancetオンライン版掲載論文)。

2015年7月27日
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明らかに有効な治療法を、新しい治療法で置き換えることはなかなか難しい。同じぐらいの効果なら、わざわざ新薬を使う理由にならないし、治験ではわからなかった長期服用による副作用の心配もある。この状況が乳ガンの再発を抑えるための薬剤タモキシフェンとアロマターゼ阻害剤の間で起こった。エストロゲン受容体陽性の初期乳ガンの場合、手術と局所放射線療法の後、エストロゲン受容体を阻害する薬剤を投与し続けるのが普通になっている。最初この目的でタモキシフェンというエストロゲンとその受容体の結合を阻害する薬剤が使われてきた。多くの治験によりタモキシフェンが再発を抑えることは確認されている。その後、閉経後の乳ガン患者さんの治療として、アロマターゼ阻害剤がタモキシフェンに代わって使えることが示され、薬剤の利用が始まった。閉経後の女性は男性ホルモンを変化させて女性ホルモンを作る。アロマターゼ阻害剤はこの過程を阻害するため、基本的には女性ホルモンの量を減らす治療だが、エストロジェン受容体の機能を抑え、ガンの再発を防止するという点では同じだ。しかし、タモキシフェンの効果があまりにも優れていたので、これをアロマターゼ阻害剤に変えるというプロトコルに変えることは難しく、アメリカ臨床ガン協会も、まずタモキシフェンを使った後アロマターゼ阻害剤に変えるのがいいと提言している。ただ、基礎研究から考えると、タモキシフェンのようにエストロゲンと受容体を競合する阻害剤は、受容体の突然変異を誘発しやすく、薬剤耐性の出る可能性があると思う。今日紹介する英国からの論文はタモキシフェンとアロマターゼのどちらがガン再発防止効果が高いかを調べるため、これまでの治験を調べ直した研究でThe Lancet オンライン版に掲載されたタイトルは「Aromatase inhibitors versus tamoxifen in early brest cancer: patient-level metaanalysis of randomized trials (初期乳ガンに対するアロマターゼ阻害剤とタモキシフェンの比較:無作為化治験の患者レベルのメタアナリシス)」だ。この研究では9つの別々の治験(全員で35129人)から、患者データを全て抽出し、治療プロトコルとガン再発抑制効果と、生存率を調べている。様々なプロトコルが使われていて、比べるのは大変だったと思う。また結果も複雑でわかりにくい点もあるが、最終結果は明確で、最初からアロマターゼ阻害剤を使う方が、タモキシフェンだけ、あるいはタモキシフェンを使った後、アロマターゼ阻害剤に変えるより、再発を2−3割抑制できるというものだ。再発乳ガンのゲノム研究を見ていると、患者さんの多くがエストロゲン受容体自体に新たな突然変異を起こして少ないエストロゲンでも増殖ができるよう変化している。同じことがアロマターゼ阻害剤で起こらないとは言えないが、その後からタモキシフェンを使える可能性もあるのではないだろうか。だとすると、アロマターゼ阻害剤から始める方法に改めた方がよさそうに思える。もちろん、治療の副作用として骨折の起こる頻度はアロマターゼ阻害剤の方が高いことは覚悟する必要がある。しかし、学会のガイドラインまで見直す徹底性には頭がさがる。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月26日:慢性リンパ性白血病の徹底的研究(Natureオンライン版掲載論文)

2015年7月26日
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わが国では比較的患者数が少ないが、慢性リンパ性白血病(CLL)は人口構成が高齢化すると共に欧米諸国では増化傾向にある。問題は高齢の患者さんに使える治療法はどうしても限られる。このため、分子標的薬や免疫療法など、患者さんが十分耐えられる治療法の開発が待たれおり、公的研究助成も充実しているようだ。今日紹介するスペインの様々な機関が共同して発表した論文はCLLを徹底的に研究するという意気込みが表に出た研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Non-coding recurrent mutations in chronic lymphocytic leukemia(慢性リンパ性白血病に一定の頻度で見られるノンコーディング領域の突然変異)」だ。最初この論文を読み始めた時は、普通のガンのゲノム研究かなという印象だった。しかし読み進むと、あらゆる先進技術を駆使したガンの基礎研究であることがわかる。1年前まではある程度の患者数のエクソームを調べればトップジャーナルに掲載されていたが、この論文は、150例は全ゲノムを調べ、440例ではエクソームを調べるという膨大なガンゲノム研究になっている。もちろん数多く調べたからといってそう新しい結果が出るわけではない。発がんに関わると考えられるドライバー遺伝子のほとんどがこれまで指摘されたものだ。中でもNOTCH分子の変異が一番目立つ。少し意外だったのは、もともと突然変異が起こりやすくできているB細胞白血病のエクソームの変異が平均29/患者さんとそう多くないことだ。この論文でも突然変異に関わるAIDが発現していても、その効果は免疫グロブリンと一部の限られた遺伝子に集中しているようだ。このようなエクソームレベルの変異と予後も調べており、ドライバー遺伝子の変異が多いほど生存率が急速に低下することも10年以上の追跡結果で示している。論文では半分のケースで標的薬を使える可能性があると結論しているが、印象としてはゲノムがわかればわかるほどガンは多様化しており、治療が簡単ではないことも思い知る。ただこの論文のハイライトはタイトルにもある全ゲノムを調べることで明らかになってきた、エクソン以外の場所に見られた変異だろう。中でも2種類の変異が詳しく調べられている。一つはNOTCH遺伝子の変異で、スプライシングの異常を誘導する3’領域の突然変異の頻度が高い。これまでスプライシングに関わる分子の変異が白血病を誘導することが知られていたが(http://aasj.jp/news/watch/3416)、スプライシングを受ける側の遺伝子の頻度の高い突然変異が示されたのはこの論文が初めてではないだろうか。もう一つの変異はPAX5と呼ばれるB細胞分化に必須の分子のエンハンサーに見られる突然変異だ。話としてはこれだけになるが、驚くのは研究の徹底性だ。例えば、スプライシング異常により、分解を受けにくい短いNOTCH分子が作られていることを示すのは当然としても、PAX5エンハンサーに関しては、染色体のトポロジーを調べる方法でエンハンサーと相互作用をする遺伝子領域を特定し、クロマチン沈降法でその領域のヒストン修飾に関するマップを作っている。その上で、細胞株のエンハンサー部位をクリスパーを用いたゲノム編集法で操作し、この突然変異によりPAX5の発現が低下することまで示している。臨床経過との対応もきちっと調べており、NOTCHのノンコーディング領域の変異があると、コーディング領域の変異よりはるかに予後が悪いことも調べている。今あるあらゆる分子生物学的テクノロジーを集中させ、臨床データと対応させる包括的な研究が行われている。明確には述べられていないが、さらに集められた患者さんのデータは技術の進歩とともに進化できるようになっているのだろう。実際これだけの研究は臨床と基礎がしっかりタッグを組んでしか行えない。もちろん、国を挙げて協力関係があるからできるのだろうが、わが国で同じような協力関係が本当に可能で、ゲノム、エピゲノム、クロマチントポロジーまで最先端の解析を集中できるのだろうかと考えると心配になる。わが国でも新しく次世代ガンの研究助成が決まったという。本当にお金を配るだけでない、研究協力のオールジャパン体制がとれているのかぜひ見守っていきたい。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月25日:四つ足の蛇(7月24日号Science掲載論文)

2015年7月25日
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「パンダの親指」、「ニワトリの歯」と、余分にあったり無くなってしまった形態を材料に進化の面白さを一般の人に伝えたのは、ティーブン・J・グールドだが、彼なら飛びつくキャッチーなタイトルの論文が英国ポーツマス大学からScienceに発表された。「4本足の蛇」とタイトルがついた論文(実際のタイトルは「A four-legged snake from the early Creataceous of Gondwana(白亜紀初期のゴンドワナ大陸に生息した4本足の蛇)」。)で、ブラジルのクラト近郊にある白亜紀の生物の化石が原型のまま保存されている地層で発見された蛇の化石についての話だ。南米白亜紀の地層はこれまでも多くの新しい発見を生んでおり、爬虫類や哺乳類の進化に興味を持つ古生物学者はこの地層に狙いを定めで化石の発掘を続けている。蛇に関して言うと、アルゼンチンの地層からNajashやSimoliophiidaeと名付けられた後ろ足と仙椎がハッキリ残る化石が出土していた。次は当然4本足が全て残る化石を発見しようとおそらく発掘が続けられていたのだろう。と言っても、努力だけでは今回のような発見はできないだろう。幸運の女神が微笑みかけた研究者の興奮が伝わる論文だ。話は、初めて4本足を持った蛇とみられる化石が見つかったという結果に尽きる。それではそっけないので、少し詳しく紹介しよう。もちろん百聞は一見に如かずで、論文に示された図を見ることなので、ぜひ一度ウェッブサイトを開いてみることを勧める。さて写真からわかるのは、間違いなく脊椎が150以上ある蛇だ。なんと腸のあたりには、食べた動物の骨が残っており、脊椎動物を餌にしていたこともわかる。後ろ足の腸骨、腓骨は後ろ足のある蛇NajashやSimoliophiidaeと同じだ。現在の蛇と比べると、顎が細く全般的に未熟な形態をしている。そして、退化はしていても明らかに前足が存在している。素人の私が見ても、人間の腕の構成とほとんど変わるところがない。残念なのは、後ろ足と違ってどこからどのように突き出しているのかがハッキリしないし、実際明確には述べられていない。いずれにせよ、初めて四つ足の蛇の存在が確認された。様々な形態的特徴を元にすると、オフィディアと呼ばれる蛇の先祖が、まず顎の骨の関節を獲得した蛇型の頭部構造を獲得し、体で締め上げるための構造を獲得し、歩くのに邪魔になった四肢をダウンサイズし、脊椎の数を増やして体を伸ばした後、前足から失ったという系統図が描ける。最後に、南米に見られる蛇の多様性から、おそらくこの系統進化はアフリカと南米が一つの大陸として繋がっていたゴンドワナ大陸で起こったのではと仮説を提唱している。また、これまで蛇はひょっとしたら水生の動物に変わることで手足を失ったのではという仮説があったようだが、4本足の蛇が見つかったことで、陸上進化説の可能性が強まったようだ。  自然史博物館を訪れると子供達は大型の恐竜の化石に群がるのを目にする。しかし、中学生以上にはぜひ、今回のような発見の重要性を教えてあげたいと思う。21世紀は一般の人たちが科学にもっと進出する時代になると思っている。化石の発見から得られる興奮は、これを担う次世代を育むための重要な教材になると思う。おそらくグールドもそんな思いで多くの本を書いたのだろう。
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7月24日X染色体不活化(7月17日号Science掲載論文)

2015年7月24日
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ゲノムからあまり間違うことなく予想できることの筆頭は男女の区別だ。男性はXY、女性はXXが人間の性染色体で、この差が男女を決めている。ただこの方式には一つ問題がある。すなわち男性にはXが1本に対して、女性は2本という数の差だ。というのもXには普通の体細胞と同じ生命に必須の多くの遺伝子が存在する。もし何もしないとX染色体上の遺伝子の発現量は女性が2倍になる。多くの遺伝子は2倍の差があってもいいのだが、中には発現を一定に保つ必要のある遺伝子もある。私たち哺乳動物はこの課題に、女性の片方のX染色体をすべて不活性化することで答えている。さて一般の読者にはここからが勉強になるが、このX不活性化の主役がXistと呼ばれる17000塩基の長さのRNAで、これが不活性化されるほうの染色体から読み出されると、どんどん同じ染色体をカバーしてX染色体全体を閉じてしまう(ヘテロクロマチン化する)。このメカニズムは大変よく研究され、なぜ片方だけでXistが転写されるのか、どうして片方のX染色体だけが覆われるのかなど、理解の大きなフレームワークは出来上がっている。しかし、詳細となるとまだまだ分からないことが多く、まずXist-RNAと結合する分子を完全に特定することが必要になっていた。今日紹介するハーバード大学からの論文はこの分子リスト作成に成功したという研究で7月17日号のScienceに掲載された。この研究はXist-RNAとそれに結合している分子を結合させる方法に工夫をこらし、これまでより多くの分子を特異的に精製することが可能になった。全体では200近い分子とXistは相互作用をしていることがわかったが、今度はそれぞれのタンパク質にXistが結合しているか調べる逆の実験を行い、最終リストを作成している。この中にはもちろんこれまでXistと相互作用していることがわかっている分子はすべて含まれているが、多くはこれまで知られていなかった分子だ。詳細はすべて省くが、これらの分子が実際の不活化に関わっているかどうか、どの遺伝子が不活化ができなくなると発現するかを、細胞の遺伝子発現抑制実験を用いて調べ、X不活化にどのような分子過程が必要かを解明している。各過程のより詳細な分子過程を明らかにするにはさらに研究が必要だろうが、この論文ではその中でX染色体のトポロジーが不活化によりどう変化するかに焦点を当てて調べ、1)Xistがcohesinと呼ばれる染色体を束ねる分子を外す働きがあること、2)この結果不活化X染色体では6月3日に紹介した(http://aasj.jp/news/watch/3533)、TADと呼ばれる染色体のトポロジーが完全に壊れてしまっていることを明らかにしている。これまでの研究で、Xistが実際にどのようにX染色体全体に拡がり覆い尽くせるのかについて、トポロジーとの関係を調べる研究が進んでいたが、今回の研究からcohesinを染色体から外すことがこの過程の引き金になることがわかった。今、タンパク質へ翻訳されないRNAの機能がよくわかってきた。この分野の研究を調べてみると、生命誕生時のDNA,RNA,タンパク質の関係が見えてくるような気がして最近興奮している。これについては、生命誌研究館のホームページの「進化研究を覗く」コーナーに、ゲノムとはなにかとして書き始めている(http://www.brh.co.jp/communication/shinka/)。一般の人には難しすぎると思うが、大学院生以上の人はぜひ参考にしてほしい。
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7月23日:ラマン散乱顕微鏡を用いたブドウ糖のイメージング(Angewandte Chemieオンライン版掲載論文)

2015年7月23日
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ラマン散乱分光を利用した顕微鏡がある。熊大時代、教授会同僚の志賀さんから教えてもらったのが最初だが、自分で使ったことは全くない。JSTさきがけの研究総括をしていた時この技術をリプログラミング過程の研究に使うというメンバーがひとりいたが、技術の改良は別として、肝心のリプログラミング過程を観察して、細胞内分子の分布を調べるという本来の目的は果たせなかったと思う。こんなわけで、ラマン散乱が細胞内の様々な分子種を調べることを可能にするポテンシャルがあるのはわかっていても、普及にはまだまだ大きなブレークスルーが必要だというのが私の印象だ。この意味で、今日紹介するコロンビア大学からの論文で私のラマン散乱顕微鏡にたいする印象は少し良くなった。タイトルは「Vibrational imaging of glucose uptake activity in live cells and tissue by stimulated Raman Scattering (生きた細胞や組織で発振するグルコース摂取を誘導ラマン散乱でイメージする)」で、化学の専門誌Angewandte Chemieオンライン版に掲載された。タイトルにあるように、この研究の目的はブドウ糖の細胞内摂取を生きた細胞で調べることだ。しかし、酸素、水素、炭素だけからできているブドウ糖の細胞内分布を画像化するのが簡単でないのは良くわかる。とは言っても、すでに18F—FDGを標識したブドウ糖はPET検査に使われており、アイソトープラベルができるなら、なんとか蛍光ラベルのブドウ糖を作れるのではと考えるが、これが簡単ではなかったようだ。実際にはNBDGと呼ばれる蛍光標識した化合物がこの目的で開発されているが、水に溶けにくく、様々な分子と非特異的結合が高く、使い物にならなかったようだ。そこで著者たちはブドウ糖の水酸基の一つに標識した炭化水素を導入したブドウ糖アナログを開発した。ここに炭素間三重結合を持つアルキンを使って標識することで、ブドウ糖とほとんど変わらない標識アナログの作成に成功した。アルキンは細胞内の分子の散乱光が全く見られない波長に強いピークを持つ性質があり、これを用いると細胞内でこのアナログの分布が検出できるようになる。あとはこれを実際の細胞で確かめるだけだ。結果は上々で、HeLa細胞では外界のブドウ糖濃度に比例して細胞内に取り込まれる。この取り込みは、ブドウ糖トランスポーター依存性の取り込みで、インシュリンによって刺激される。さらに、試験管内の細胞だけでなく、皮下に植えた脳腫瘍細胞を周りの組織から区別できる。これはFDG-PET検査と同じだ。最後に、脳のスライス培養で調べると顆粒層や髄質に強い取り込みがあるのを観察できる。これらの結果から、ラマン散乱光顕微鏡とこの化合物を用いれば、これまで難しかったブドウ糖の細胞内動態が調べられると結論している。最近は細胞レベルの代謝研究が盛んで、一定の需要は出てくるように思う。同じ手法を使えば脂肪や、アミノ酸など他の分子も標識できるようになるだろう。ただ、この論文でも1フレームの撮影に30秒近くかかるのは問題だろう。多くの代謝反応は早い。今は細胞に取り込まれたかどうかだけが問題になっているが、実際には細胞内での詳しい分布がわからないと利用は限られる。とはいえ、初めてラマン散乱顕微鏡の使い道に納得した。
カテゴリ:論文ウォッチ
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