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7月9日:平均寿命・男女差のルーツ(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2015年7月9日
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我が国の平均寿命は2013年の調査で男性80・21、女性86・61と女性の方が6歳以上長生きだ。ただこれは我が国特有の現象ではなく、統計調査が行われているほぼ全ての国で見られる。このため、この傾向が歴史的に変わらなかったのかなど疑問に思ったことはなく、女性は生まれつき長生きだと思い込んでいた。今日紹介するUCLA・地域社会健康センターからの論文は、平均寿命の男女差をなんと200年にわたって調べ直した研究で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Twentieth century surge of excess adult male mortality(20世紀の成人男性の死亡率の過剰上昇)」だ。この研究では37カ国の年代別の死亡統計を集めたHuman Mortality Database (死亡率データベース)の中から、19世紀初頭からデータが利用可能な1763に及ぶ出生コホートを抽出し、各世代、各年齢での死亡率を比較した研究だ。戦争などの影響を除くために、40歳になってから80歳までの各年代で男女の死亡率を計算している。まず驚くのは、確かに女性の方が長生きである傾向は昔から見られるが、この差が20世紀に入って生まれた世代から急速に拡大している。少なくとも40歳を超えた時点で男女の余命がこれほど大きくなったのは20世紀特有の現象ということになる。各国別にこの差の経緯を調べると、フランス、スイスではこの傾向が早く始まり、北欧の国々では遅くから始まっている。さらに、英国では1930年代以降に生まれた世代でこの差がまた縮小している。そして最も驚くのは、この差のほとんどが心血管病によるもので、この要因を除くと男女差は19世紀に見られた差のレベルまで戻る。そして、この心血管病の差を生み出した要因の35%は喫煙の広がりによるものだと計算している。実際喫煙習慣が広がったのは市民が豊かになり始めた20世紀からで、それ以外はタバコを買えるのは金持ちに限られていたのを再認識する。この結果から、40歳以降の死亡率の男女差は確かに存在するが、豊かになり心血管病による死亡が男性で急上昇することがこの差の最も大きな要因となっていることがわかる。心血管病が増えた最も大きな原因は、個人が豊かになることで動物性脂肪摂取の増加したことが一番大きい。しかし、男女差の原因を作るもう一つの要因が、男性に多い喫煙で、喫煙率の低下している先進国ではこの差が減ると予測できる、と結論している。当たり前と思っていることを、エビデンスで正確に裏付ける気持ちの伝わる面白い論文だった。この論文を読んでいて「21世紀の資本論」で注目されているトマ・ピケさんの論文や本を思い出した。この本を書く前からピケさんは結構有名で、経済学は素人の私も友人に勧められてPicketty and Saezが2012年に発表した「Optimal labor income taxation(労働収入への最適な課税)」レポートを読んだほどだ。100年にわたる統計を掘り起こし、計算機という新しい道具で処理することでより科学的な指標で歴史を見直す手法だが、歴史に学ぶというアナール派の伝統を感じる。この論文も同じ延長にある。そして、個人の記録をできる限り残すことが、為政者や有識者の観点よりはるかに歴史にとって重要であることを再確認した。
カテゴリ:論文ウォッチ
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