カテゴリ:論文ウォッチ
7月22日:カニクイザルES細胞でキメラ胚を作る(7月2日号Cell Stem Cell掲載論文)
2015年7月22日
同じ胚生幹細胞(ES細胞)と名前が付いていても、マウスES細胞とヒトやサルのES細胞では分化のステージが異なっていることはなんども紹介してきた。マウスの場合胚盤胞と呼ばれる時期の内部細胞塊に対応する細胞だが、ヒトやサルではもう一段分化が進んだエピブラスト段階に相当する。このため、ヒトES細胞は増殖速度が遅く、また単一細胞から増殖させるのが難しい。当然、ヒトやサルES細胞をマウスと同じ内部細胞塊段階へと転換するための技術開発が行われ、このホームページでも何度か紹介した(http://aasj.jp/news/watch/664、http://aasj.jp/news/watch/1942、http://aasj.jp/news/watch/2160)。しかし、これらの方法で本当に内部細胞塊に相当するES細胞を培養できているかの最終証明には、細胞を胚盤胞以前の段階の胚に移植し、キメラができるかどうか、さらに生殖細胞へ分化して次世代を造るかどうか調べる必要がある。もちろんそんな実験をヒトで行うわけにはいかない。代わりに試験管内で同じように振る舞うサルES細胞を使うしかないが、このような実験をサルで行う技術はどこにでもあるものではない。今日紹介する昆明理工大学と中国科学技術院からの論文はサルES細胞を内部細胞塊段階へ誘導して桑実胚に移植することでキメラサルを造ることができることを示した研究で7月2日号のCell Stem Cellに掲載された。研究ではカニクイザルを用いてES細胞を樹立、その細胞を彼らがNHSMVと呼ぶ培地に移すと、内部細胞塊に似た段階へ誘導できることを示した上で、この細胞を桑実胚に移植してキメラを形成する条件を検討している。実際、試験管内で内部細胞塊様に戻せたからといって、簡単にキメラが作れるわけではない。著者らは、桑実胚の培養方法を工夫することで、キメラ率が7割近くに達する方法を開発した。この研究では妊娠100日目で胎児を調べているが、ES細胞由来の生殖細胞の存在を確認しており、この結果が本当ならES細胞由来の次世代がサルで生まれるのも時間の問題だろう。これまでナイーブ状態、基底状態を誘導できると主張されてきたサルES細胞培養条件が、確かに内部細胞塊に相当する細胞を維持できることの証明は極めて重要だ。当然ヒトのES細胞やリプログラム研究も進む。また、脳研究を筆頭に様々な分野で実験動物としてのサルの胚操作技術の必要性は高まるだろう。これはクリスパーなどのゲノム編集技術が進展しても、置き換えられるものではない。この研究の意義は大きく、実験動物としてのサルの完成という意味では中国は一歩先を行った。この論文は技術だけのそっけない論文だが、いつかはできると皆が思っていることを、やり遂げるのは実は簡単ではない。独創性のある研究という点ではまだまだでも、中国はこの点で最も力のある国になった様に思う。責任著者の一人、斉周は個人的にもよく知っているが、フランス留学組だ。この13億中国の力と伍していくには、我が国は独創的な研究者を育てるしか方法はないだろう。ハプスブルグ帝国没落後の20世紀初頭オーストリアに、芸術から科学(マーラー、シェーンベルグ、カフカ、ヴィトゲンシュタイン、ゲーデル、ノイマン、ボルツマン、フロイト、ランドシュタイナーなど挙げればきりがない)で世界をリードする多様な人材が輩出された例は目標となる。しかし、21世紀、これから人文科学と自然科学が統合に向かう時、文系と理系と分ける20世紀遺物的思想で大学から人文科学を駆逐しようとする狭い了見しかないわが政府の舵取りでは、没落の道しかないだろう。