カテゴリ:論文ウォッチ
7月21日:耳鳴りの磁場治療(7月16日号JAMA Otholaringology Head-Neck Surgery掲載論文)
2015年7月21日
40歳を越えた頃から右耳の耳鳴りが始まった。以来30年近く付き合ってきたが、悩まされるかというとそれほどではない。もともと治らないと諦めているし、目眩などがなければ放置すればいいと思い込んでいる。また全く効用がないわけではない。仕事をしている時でも、コンサートを聴いている時でも、集中している時には忘れてしまっているが、気が散ったり、退屈していると突然聞こえるから、集中度を計ることができる。しかしもし簡単に治るならどうすると聞かれれば、治療によりけりと答えるだろう。昨日紹介した神経回路の話と同じで、耳鳴りは外界とは無関係の回路が形成されてしまっている不思議な現象だ。しかも脳イメージングの研究から、広い範囲の活動が見られる。薬を飲んだりして、他の副作用が出れば大変だと思ってしまう。これに対し、外から脳内に磁場を放射し治す方法(TMS)が開発されている。これまでなんどもTMSの有効性を示す論文が発表されている。しかし異論も多く、アメリカ耳鼻咽喉科学会では、持続性の耳鳴り患者にTMSを進めないほうがいいというガイドラインが出ている。今日紹介するポートランドにある国立耳鼻科リハビリテーション研究センターからの論文は、TMSの効果を2重盲検法で確認した研究で7月16日号AMA Otholaringology Head-Neck Surgeryに掲載された。タイトルは「Repetitive transcranial magnetic stimulation treatment for chronic tinnitus. A randomized clinical trial (慢性的耳鳴りの経頭蓋磁場刺激療法。無作為化臨床治験)」だ。手術や物理的刺激による治療は二重盲検無作為化治験は難しい。というのも、自分が偽薬群に入っているかどうか患者さんや治験者にすぐ気付かれる。この研究のハイライトは、磁場を当てる時に使う同じ形のコイルパッドを作って、音も同じように出る擬似治療機器を作成し、患者にも治験者にも気付かれないようにした徹底性だ。その上で、70人の患者さんを無作為に治療群と対照群にわけ、1日一回、10日間続けてTMS治療を続け、直後から耳なり機能インデックス(TFI)を用いて効果を評価している。最終的に十分な効果が認められるという結論だが、幾つか面白い点があるので、それを紹介しよう。まず、偽薬群も統計的には改善が見られている。おそらく、耳鳴りの強さがかなり自覚的なもので、治療への期待が出てしまうのだろう。次に面白いのは、磁場をかける時、耳鳴りが見られる側であろうと、反対側であろうと同じ効果が見られる点だ。これは耳鳴りが明らかに片方で聞こえていても、結構広い領域が活動していることと関係あるだろう。最後に、耳鳴りのひどい人ほど効果があることだ。原理はともかく、10日間の治療で、半年続く効果が得られ、時間が経つ方が改善の度合いが良く、特に副作用がないというなら、本当に悩んでいる人は受けてみる価値があるように思う。では私はどうかというと、もう少し待ちたい。何よりも、脳イメージングによるデータも見たい気がする。当分はこのまま耳鳴りと付き合っていくつもりだ。