カテゴリ:論文ウォッチ
7月2日:麻酔薬ケタミンがうつ病に効くメカニズム(6月30日号米国アカデミー紀要掲載論文)
2015年7月2日
今年1月8日号のNatureにRave drug tested against depression (うつ病に試された期待の薬剤)というタイトルのレポートが掲載された。内容は、Murroughらが2013年American Journal of Psychiatryに発表した、グルタミン酸受容体拮抗剤ケタミンが他の薬剤が効かないうつ病症状を改善するという画期的な論文により、ケタミンがうつ病治療の切り札として注目を集め、長期経過を確かめることなく特効薬として利用され始めている状況についてのレポートが出ていた。うつ病は我が国でも罹患率が高く、患者さんが自殺する危険といつも隣り合わせだ。ケタミン注射後24時間で症状が改善するなら、ケタミンの副作用には目をつぶって使ってみたいと思う気持ちはわかる。レポートでは、製薬会社も久々の大型新薬として開発にしのぎを削り始めたことも紹介されていた。ただ、即効性の麻薬として利用されるケタミンがなぜうつ病を長期間抑制できるのかなど、理解できない点も多い。今日紹介するエール大学からの論文はラットを用いてケタミンが下辺縁皮質神経細胞を興奮させることで、脳回路を変化させうつ病症状を抑制することを示すタイムリーな研究で6月30日号の米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Optogenetic stimulation of infralimbic PFC reproduces ketamine&s rapid and sustained antidepressant action (光遺伝学による下辺縁皮質の刺激はケタミンの即効性で長期間の作用を再現できる)」だ。この研究はうつ病に関わる下辺縁皮質領域(IF)がケタミンの効果の標的であると狙いをつけ、まずこの領域の神経細胞を抑制してケタミンの効果を調べると、期待通りラットうつ病モデルに対するケタミンの効果がなくなる。領域が特定できると様々な実験が可能で、ケタミンの効果が領域内の神経興奮と相関していることを確かめた後、最期にIF領域の神経を光遺伝学的に興奮させればうつ病を抑えられるかを検討している。すると、片方だけの刺激でも、両方の刺激でも、IF領域の細胞を興奮させると急速に症状は改善し、2週間以上にわたって抗うつ効果が続くことを確認している。さらに、昨日も紹介した神経接合に関わるスパインがケタミン投与で著明に増加することがこの効果に関わることも示している。すなわち、ケタミンによるグルタミン酸受容体の抑制は、結局IF領域の神経細胞興奮を誘導し、その結果神経軸索のスパインが増えることで、神経接合が亢進し、長期の抗うつ効果が発揮されるという結果だ。この結果を受けて、この部位の神経細胞をより選択的に興奮させる薬剤の探索が加速するだろう。重要な結果だと思う。しかし、そんな薬剤が開発されるには時間がかかるだろう。それまでは、自殺の危険性が高い場合に限って、ケタミンを患者さんに投与するのもいいのではないかと個人的には思っている。いずれにせよ、新薬開発にしのぎを削るだけでなく、ケタミンの長期的副作用などについても早期に結論を出して欲しいものだ。