カテゴリ:論文ウォッチ
8月20日:急速に進展するゲノム構造化に関する研究(8月13日号Cell掲載論文)
2015年8月20日
ゲノムはただの遺伝子の集まりではなく、構造化していることで働きが維持されている。このことを最もよく理解できるのが前後軸や指の数や形を決めるのに関わるHox遺伝子だろう。例えばHoxA1からHoxA13の発現を調べると、人間では頭からお尻までゲノム上に並んでいる順番に従って順序正しい発現が見られる。この順番は左右相称動物が現れて以来ほとんどの動物で維持されていることから、構造自体が重要であることがわかる(これについては現在生命誌研究館のホームページに書いてあるので参照してほしい:http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2015/post_000012.html)。一方最近Natureに発表されたタコのゲノムを見ると、Hox遺伝子は構造化されておらず、納得する。面白いことに同じ論文では、プロトカドヘリンと呼ばれる神経細胞のアイデンティティーを決めている分子をコードするゲノム領域がヒトやマウスと同じように構造化されて保存されていることを示しているが、この領域の解析を行った研究が上海交通大学から8月10日号のCellに発表された。タイトルは「CRISPR inversion of CTCF sites alters genome topology and enhancer/promoter function (クリスパーを使ってCTCF結合部位を反転させるとゲノムのトポロジーが変化し、エンハンサーとプロモーターの機能が変化する)」だ。遺伝子の並び方も構造化の重要な方法だが、遺伝子の発現を調節するエンハンサーとプロモーターの関係を決めるための大規模な構造化について現在急速に研究が進んでおり、このホームページでも6月3日に珍しく図入りで紹介した(http://aasj.jp/date/2015/06/03)。この構造化を決める分子の主役がCTCFとコヒーシンという二つの分子だが、この研究は、この分子が方向性を持って結合することでDNAの折りたたみの方向性を指示してエンハンサーとプロモーターの距離を決めることで転写を調節していることを明らかにした。この研究の責任著者のWuさんはManiatis研究室でこの遺伝子を研究してきた研究者のようだが、これまでの研究で、200近く存在するプロトカドヘリンのプロモーターの上流にあるCTCF結合部位と、それを調節するエンハンサーの近くに存在するCTCF結合部位の配列が逆さまに向き合っていることがわかっていた。プロトカドヘリンにはα、β,γの3種類が存在するが、エンハンサーとプロモーターのCTCF結合部位が逆向きに向き合っている場合だけ、プロモーターとエンハンサーが位置的に近くに引き寄せられることを示している。そこで、αカドヘリンを支配しているエンハンサー近くのCTCF結合部位を逆さまにしたところ、エンハンサーとプロモーターのトポロジカルな距離が遠くなり、転写の効率が低下する。同じルールがプロトカドヘリンだけでなく他の遺伝子にも当てはまるか調べるため、ゲノム全体のエンハンサーとプロモーターの関係についてデータベース解析を行うとともに、遠く離れたプロモーター、エンハンサーの関係が詳しく研究されているヘモグロビン遺伝子についてもCTCF結合部位をクリスパーで逆さまにするなど膨大な実験を行い、このCTCF+コヒーシン結合部位の方向性によりDNAの折りたたみの方向性が決まり、転写ユニットの幾何学的距離を決めていることを示している。詳細は全部省くが、膨大なデータをうまく整理しており、最終結論はシンプルで十分説得力がある。クリスパーを多用したゲノム編集、ゲノムのトポロジー解析、データベース解析など最新の技術を用いて重要な問題を解決する実力がうかがえる論文だった。現役時代にこれができただろうかと考えると、引退して良かったと思うほどだ。私にとっても、CTCFとコヒーシンの関係や意味、インシュレーターのメカニズムなど、ゲノムの構造化についての頭の整理を大きく進めることができた。Hoxもプロトカドヘリンもゲノムの構造化が最も明確な遺伝子だが、タコでHoxが構造化されず、プロトカドヘリンが構造化されている意味もよくわかった。異論はあるようだが、中国の生命科学の躍進を感じさせる論文だ。読んだ後この分野の我が国の現状について少し心配になるが、誰か知っている方がおられたら、ぜひこのページに書き込んでほしい。