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1月8日:自由意志とリベットの実験(12月14日号米国アカデミー紀要掲載論文)

2016年1月8日
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2004年の京都賞。思想・芸術部門はドイツのユルゲン・ハーバーマスが受賞した。京都賞では授賞式に合せて講演会やワークショップが行われる。このワークショップにハーバーマスから生命科学者も参加させて欲しいという要望があったらしく、選考委員長だった三島憲一さんから参加を依頼された。学生時代読んだ「イデオロギーとしての技術と科学」には感銘を受けていたので握手できるだけでも十分とお承けした。この本が印象深かったので、最初科学技術についてのテーマかなと思っていたが、後にハーバーマスが選んだタイトルが「自由と決定論—自由意思は幻想か?」で、その中でリベットの実験についても議論したいということで科学者の参加を希望したことがわかった。だとすると、脳科学者の出番で、自分の出る幕ではないと思ったが、もう後の祭り。「イデオロギーとしての生命科学」というタイトルでなんとか話をしたが、冷や汗をかいた。しかし、「自分の意思で行動しようと決心する前から脳の中では準備が始まっている」とするリベットの実験が、哲学の人にもこれほど真剣に捉えられていることは新鮮な驚きだった。今日紹介するドイツシャリテ医大からの論文はやはりリベットの実験を下敷きにした研究で、ドイツでこのテーマが重視されていることがわかる。タイトルは「The point of no return in vetoing self-initiated movements (自由意志で始めた行動を中断できる分岐点)」だ。
リベットの実験は、客観的記録として脳電位を測定する間に、被験者に手をあげさせ、手を動かそうと思いついた時にボタンを押してもらい、主観的行動の開始時点を決めるというプロトコルで行われる。行動を起こす決心をしてボタンを押した0.3秒前から脳で準備電位が記録できるという結果から、自由意志より先に脳が動くと大騒ぎになった。その後も、この実験自体は追試されてきたようで、実験自体は正しいと考えられている。
  この研究では自分の意思に先行しておこる準備電位が発生すると、もう行動まで後戻りできないのか、あるいは準備電位が発生した後も自分の意志でその行動を止められるかという実験を行っている。実験では、開始のシグナルの後、2−3秒待ってから好きな時にボタンを押してもらう。この時脳波を記録すると、ボタンを押すより0.5秒前から準備電位を記録することができる。次に、この時赤のランプを見るとボタンを押すのをやめるよう訓練する。そして、この赤のランプを、準備電位の記録とシンクロさせて点灯させるようにして、準備電位が始まって彼でもボタンを押す行動を止められるか調べている。準備電位を記録するということは、行動が決断されたことを示しており、もし準備電位が行動を完全に決めるなら赤ランプを見ても行動は止められないはずだ。一方、準備電位とシンクロした赤ランプを見てボタンを押すのを止めることができれば、準備電位は行動を完全に決めてはいないと結論できる。詳細は全て省くが、結果は準備電位が記録されてすぐに赤ランプが点灯すれば行動を止めることができるようだ。
  リベットの実験と同じで、様々な解釈ができる結果で、最初の実験から30年以上たった今もドイツでは喧々諤々議論されているのかもしれない。ただ、主観と客観の2元論の克服が21世紀の課題の一つだとすると、この実験系も捨てたものではない。
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