これを補ってくれるのが私の場合ScienceNewsline(http://www.sciencenewsline.com)というウェッブサイトで、医学、生物学から物理学まで、各セクション1日40−50程度の論文が紹介されてくる。これに目を通すことで、ほとんど手に取ることのない極めて専門性の高い論文をキャッチすることができる。このおかげで、1日50−70編程度のタイトルに目を通し、5−10編をある程度詳しく読み、1編を紹介する仕事もだいたい3時間あれば十分で、自分のやりたいことにゆっくり取り組む時間は十分ある。面白いことに、このタイトルに目を通す時、特に惹きつけられるのは、いわゆる「ピンとこない」タイトルが多い。
今日紹介するマサチューセッツ工科大学がNature Materialに発表した論文のタイトル「Self-assembled RNA triple helix hydrogel scaffold for microRNA modulation in the tumor microenvironment (ガン周囲のマイクロRNAによるガン抑制のための自己集合性RNA3重鎖とハイドロゲル基質)」もその類だ。まずNature MaterialでもマイクロRNAの研究があるのかと目を留めるが、あとは日本語にしてもわかりにくい。ただ読み進むと、ガン生物学、細胞生物学、核酸科学、材料学などが統合されたしっかりした仕事であることがわかる。
マイクロRNAを使ってガンを制圧する試みは数多くあるが、分解されやすいRNAをどうガンに取り込ませるかが一番難しい課題になっている。この研究では、乳がんの増殖を抑制することがわかっているmiR205とそのアンチセンス鎖、そして腫瘍の増殖を助けるmiR-221を阻害する一本鎖RNAを混合する時に自発的に形成される3重鎖RNAを、まずデンドロマート呼ばれるマトリックスに吸着させ、さらにデキストランを加えた巨大複合体を形成させると、ほぼ100%の細胞に取り込まれて、計画した通りに細胞内で効果を発揮できることを示している。この研究では、材料科学だけでなく、こうして作った3重鎖が細胞内の処理機構に認識され、マイクロRNAができること。あるいは、細胞への取り込みが、デンドリマーが通常取り込まれるエンドサイトーシスではなく、RNAが吸着することでピノサイトーシスに変わることなど、しっかりとした細胞生物学的検討が行われている。広い範囲の分野をしっかりこなした力作だ。
最後にマウスに移植した乳がんモデルで、移植したガンの周りにこのゲルを挿入することで、乳がんの増殖が著明に抑制できると結論している。生存曲線を見ていると、RNAが組織からなくなると急にガンが再発するようで、完全に殺すのは難しそうだが、価格が安ければなかなか有望な治療になるように思える。ガンだけでなく、特に試験管内でマイクロRNAを使う仕事にとって、かなり有力な武器になるのではないだろうか。 しかし、まず読むことのないNature Materialに隠れたいい論文に出会えるのもScienceNewsLineのおかげだ。年初にあたって感謝したい。
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