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1月17日:食習慣と腸内細菌叢(1月14日号Nature掲載論文)

2016年1月17日
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腸内細菌叢に完全に依存して生きている生物は従来から数多く知られている。例えばシロアリから牛まで、特にセルロースの多い植物を食べて生きている動物は、セルロース分解酵素を持つ細菌が存在しないと生きていけない。したがってこれほど極端ではないにしても、食習慣に合わせて腸内細菌叢と様々な共生関係を成立させているのではと研究が進んでいる。   食習慣と腸内細菌叢の研究からわかってきたのは、西欧型の生活を送る人間と比べて、原始に近い生活を送っている人たちの腸内細菌叢がはるかに多様な事だ。この原因として、食べ物に含まれる腸内細菌が利用できる炭水化物、特に繊維の豊富な炭水化物が西欧型の食卓から減った事があると考えられ、腸内細菌叢と繊維の豊富な食物との関係は研究の焦点になっている。今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、腸内細菌が利用できる炭水化物(MAC)が食習慣から消える事が取り返しのつかない細菌叢の変化を招く事を実験的に証明した研究で1月14日号のNatureに掲載された。タイトルは「Diet-induced extinction in the gut microbiota compound over generation(食物による腸内細菌叢構成成分の喪失は世代を超えて続く)」だ。これまでの食物と腸内細菌叢の研究は一代限りの個体と細菌叢の関係に限られ、世代を超えて研究される事はなかったが、この研究では特定の食物が世代を重ねて習慣化する事で、腸内細菌叢がどう変化するかをマウスモデルを使って研究している。まず、西欧型の脂肪分が多く繊維分の少ない食事をマウスにとらせると、期待どおり細菌叢の多様性が大きく減る。すなわち、腸内細菌叢を構成する細菌の多くが繊維分の多い炭水化物に依存している事を示している。ただ変化した細菌叢も、繊維分の多い食事に戻すと、元に戻る。面白いのは西欧型の食事を何代にもわたって続ける実験で、繊維を必要とする細菌は世代が進むごとに減少する。そして、食習慣を通して一旦失われた細菌の種類は、食事を元に戻してももはや回復する事はない。元に戻す唯一の可能性は、失われた細菌そのものを腸内に移植する方法だけだ。すなわち、一旦食習慣によって失われた細菌叢の多様性は、食習慣を変えても取り戻せないという厳しい結果だ。腸内細菌叢を育てて健全にするプレバイオの可能性が否定され、もう一度細菌叢を移植するプロバイオの必要性を強調する研究で、衝撃は大きいと思う。ただ、現在行われているプロバイオは、乳酸菌などの一部の菌を使う方法に限られている。もしこの研究が正しく、また原始の腸内細菌叢が現代人のそれより優れているなら、その差を特定して、失われた全てを発達期に再構成するプロバイオが進むのではないかと思う。カプセルを使って多様な菌を移植する方法はすでに完成している。おそらくそんな介入研究の始まりを感じさせる面白い研究だと思う。
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