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3月11日:私たちゲノム中に存在するネアンデルタール人遺伝子の影響(2月23日号Cell掲載論文)

2017年3月11日
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    ネアンデルタール人遺伝子が私たち現代人にも受け継がれていることを証明したのはドイツ・ライプチッヒ・マックスプランク研究所のペーボさんたちだ。その結果、私たちアジア人、ヨーロッパ人、そしてアメリカやオセアニア人のゲノムにはネアンデルタール人遺伝子断片が点在していて、全ゲノムの2%程度に達する。性的交流で子孫が残ると、その遺伝子は集団に受け継がれていくが、すべての部分が平等に受け継がれるわけではない。たとえば、生殖能力に悪い影響のある遺伝子は集団から消える。逆にネアンデルタール人から受け継いだ遺伝子がアジア・ヨーロッパ人を自己免疫病から守る遺伝子として広く維持されていることなどもわかっている(http://aasj.jp/news/watch/5948)。
   この様に、ネアンデルタール人の遺伝子は、私たち現代人のゲノム多様性に大きく貢献している。今日紹介するワシントン大学からの論文は、ネアンデルタール人ゲノムの影響を、これまでとは違った新しい観点から調べた研究で2月23日号のCellに掲載された。タイトルは「Impacts of Neanderthal-introgressed sequences on the landscape of human gene expression(現代人の遺伝子発現に対するネアンデルタール人から受け継いだ配列の影響)」だ。
   この研究の売りは、ネアンデルタールゲノムの影響を知るために、対立遺伝子特異的発現(ASE)が使えると着想したことに尽きる。特に実験を行ったわけではなく、既存のデータベースを新しい観点で調べ直した研究だ。ゲノムデータが揃うことで、questionとアイデアがあれば金のかからない研究が十分可能なことがよくわかる。
   この研究の売りになっている着想とは次の様なものだ。
10体以上のネアンデルタール人について全ゲノムが明らかになると、ネアンデルタール人にはあって、現代人ゲノムにはない一塩基レベルの遺伝子多型(SNP)のリストができる。このリストがあると、私たちのゲノム領域のどこにネアンデルタール人遺伝子が潜んでいるか明らかになる。
   このSNPで標識されたネアンデルタール遺伝子部分が片方の染色体だけにある場合、遺伝子発現調節のミスマッチが起こる可能性がある。普通は両方の染色体の遺伝子の発現は同じレベルに保たれているが、転写調節のミスマッチがあると、それぞれの染色体の遺伝子の発現レベルがアンバランスになる。これを対立遺伝子特異的発現(ASE)と呼んで、人類の多様性を研究する指標に利用している。このアンバランスをネアンデルタール人のSNPで標識された領域について調べたのがこの研究だ。
   ネアンデルタール人と現代人が別れてから四十万年以上になると、当然独自の遺伝子調節機構を発展させている。その遺伝子が性的交流で現代人ゲノムに入った場合、当然ミスマッチが起こる可能性が上がるというわけだ。
   研究では遺伝子型と各組織の遺伝子発現がセットになったデータベースを使って、ネアンデルタール由来遺伝子が片方の染色体だけに存在する領域について、各組織での発現にミスマッチがないか、ASEを調べている。
   結果は期待通りで、多くのネアンデルタール由来遺伝子で転写のミスマッチが起こっている。特に、脳と精巣では強く発現が抑制されているネアンデルタール由来遺伝子が多いことを示している。
   例を挙げると、神経細胞の増殖に関わるNTRK2受容体遺伝子は,ネアンデルタール人由来のものだけが小脳と脳幹で強く抑制されている。この遺伝子の突然変異は、うつ病、言葉の発達、肥満、アルツハイマー病、自閉症、ニコチン中毒など多くの病気と相関しており、重要な遺伝子だ。ミスマッチがあるということは、脳での遺伝子発現調節機構が、脳高次機能の発達に合わせて急速に進化した結果、現代人の遺伝子発現調節メカニズムが侵入してきたネアンデルタール人由来遺伝子にマッチしなかったことを示している。
   他にネアンデルタール人由来遺伝子が強く抑制される傾向が見られるのが精巣で、おそらくネアンデルタール由来遺伝子が発現すると生殖能力が落ちるのだろうと推論している。実際、精子の鞭毛の動きに関わるネアンデルタール人由来遺伝子は強く抑制されている。また、現代人ゲノムから完全に失われたネアンデルタールゲノム領域は精子発生や、機能に関わる領域が多い。
   この様に、ネアンデルタール人由来部分を調べることで、私たちの進化に必要だった条件が明らかになる。おそらくもっともっと面白い話が、着想次第で出てくるだろう。大量のデータが存在する今こそ、新しい想像力でこのデータを生かす若者が生まれることを期待する。
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