まだ京大医学研究科にいる時、Amgenが白斑治療の可能性について専門家の会議をしたいというので参加したことがある。白斑の治療を薬剤治療から細胞移植まで、あまりデータにこだわらず自分の意見を自由に語るフランクな会議だったが、当然色素幹細胞の増殖を調節する鍵となるサイトカイン、SCFの臨床利用についても議論になった。例えばサルに投与すると、顔が真っ黒になる程色素細胞への効果はあるが、結局肥満細胞を刺激しておこる強いアレルギー反応を抑えることが難しく、SCFをそのまま投与する治療はありえないという結論になったと思う。
このように、一つのサイトカインは様々な細胞に作用している。したがって、一部の細胞にだけ効果があるようなリガンドを探すのは簡単でない。これにチャレンジしたのが今日紹介するスタンフォード大学からの研究で、リガンドのアミノ酸配列を変えて、血液幹細胞に効果があるが、肥満細胞を刺激しないリガンドを開発する研究だ。あの会議から20年してこのような論文を見ると感慨が深い。
読んでみると「結果オーライ」という感はあるが、この目的のために受容体活性化に重要な働きをしているSCFの2量体形成部位のアミノ酸を変化させ、2量体形成能を低下させたSCFを設計している。次に、この変異SCF1量体の受容体への結合力を上昇させるため、酵母の中で自然に変異し、細胞表面に表現されるSCF分子をc-Kitの結合力で選択する方法で、結合力が1000倍上昇したSCFを開発した。これにより、自然に存在するSCF(多くは膜結合型)を抑えて細胞に選択的に結合し、弱く受容体を凝集するという性質を持ったリガンドが生まれた。これがこの研究のすべてと言っていいだろう。
このリガンドを細胞で調べると、2量体形成能が極めて弱いにもかかわらず下流のシグナル分子活性化能を持っている。この程度の2量体形成能でいいのか心配だが、下流シグナル活性化ができるならと、そのまま血液幹細胞と肥満細胞を用いた実験に移り、血液幹細胞の増殖は支持するが、肥満細胞の活性化が弱いことを示している。
最後に、放射線照射マウスへ投与する実験を行い、放射線障害に夜マウスの死亡を抑える一方、アナフィラキシーなど天然のSCFが持つ副作用がないことを示している。
論理的にはまだ詰め切れておらず雑な感じがする論文だが、マウスモデルではうまくいったという話だ。ただ、SCFは臨床応用ができていない大物サイトカインであるという点では、期待が持てる。慎重な副作用テストが必要だが、ヒトSCFでも同じ方法で幹細胞だけに聞くSCFが開発されることを期待する。
カテゴリ:論文ウォッチ