いずれにせよ、発生過程で積み重なった壮大な突然変異は、私たちの細胞が発生過程でどう作られてきたか、あるいは正常細胞ががん化する過程でどんな選択が行われるのかを知るための重要な記録になっている。この可能性を様々な組織細胞とがん細胞がサンプルとして得られる乳がん患者さんで調べたのがこの英国・サンガーセンターからの論文でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Somatic mutations reveal asymmetric cellular dynamics in the early human embryo (体細胞突然変異の解析によりヒト初期胚細胞動態の非対称性が明らかになる)」だ。
研究自体は単純なもので、乳がん患者さんの血液細胞のゲノムをまず通常のカバレージで解読する。これにより、発生のごく初期に起こった突然変異とその比率を決めることができる。実際には10%以上の細胞で見られる突然変異を600種類同定しているが、原理的には最初の1−3回ぐらいの分裂時に入った突然変異だけを相手にしている。
乳がん患者さんは手術を受けるので、その時、乳がん細胞、周りの正常細胞、リンパ節を採取する。血液で得られた突然変異が、最初の卵割で起こったものなら、他の正常組織でも同じように突然変異が分布しているはずだ。実際、この研究はほとんどの突然変異が血液だけでなく、他の組織にも同じように分布していることを示している。
一方、乳がん細胞では発生初期の突然変異が「有るorなし」がシャープに分かれ、ガンが成長後に起こったクローンであることを示している。
この研究のハイライトは、これら初期段階に起こった突然変異の分布から、1回の分裂あたり2.8突然変異が入ること、また突然変異の原因は一つでなく、様々な要因が存在すること、そして何よりも初期段階での突然変異は決して50−50で分布するのではなく、片方の細胞が2倍多くの体細胞に分布することを発見している。この原因としては、発生初期では2個の娘細胞の増殖能が違うこと、あるいは内部細胞塊への分布が違うなど、様々な原因が考えられるが、結論を出すのは難しいだろう。普通に考えれば、初期の細胞ほど分裂後の微小環境は異なっているはずだ。その意味では納得の結果だと言える。
話はこれだけだが、人間の初期卵割段階での突然変異の動態を示した点では重要な情報だと思う。今後、ここの細胞のゲノム解読の精度が上がれば、この手法を初期段階だけでなく、様々な幹細胞の動態解析に使えることが期待できる。これも着眼点の重要性を示す研究だと思う。
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