今日紹介するスイス・ローザンヌにあるEPFLに在籍する日本人研究者春本さんの論文も、まさに進化の壮麗さを感じる話でNatureオンライン版に掲載されている。タイトルは「Male-killing toxin in a bacterial symbiont of Drosophila(ショウジョウバエの共生細菌に発現するオスだけ殺す毒素)」だ。
昆虫と共生するバクテリアについては我が国の産総研の深津さんたちのゾウムシとボルバッキアの研究は有名だが、それ以外にもこのブログで昨年紹介した最も小さいゲノムを持つStameraもやはり共生細菌だ(http://aasj.jp/news/watch/7730)。
今日紹介する研究の対象はS.poulsoniiと呼ばれるスピロプラズマの仲間で、ショウジョウバエのメスを介して伝達される共生細菌だ。この細菌が特に注目されるのは、この細菌が感染しているオスの幼虫が選択的に殺されることで、この作用を持つ分子については明らかになっていなかった。この研究では、この細菌をショウジョウバエの体液に注入して継体しているうちに、オスの幼虫の半数が生き残る細菌株を発見し、遺伝子の比較からこの細菌がオスを殺す性質の原因分子Spaidを特定し、オス殺しの機能が失われた変異では分子が途中で途切れると同時に、789番目のアミノ酸が置換していることを明らかにする。
次に確かにこの分子がオス殺しの原因物質であることを証明するため、この遺伝子を今度はショウジョウバエで発現させ、1)spaidがオスの幼虫を殺す分子であること、2)その活性には分子内のアンキリンリピートと脱ユビキチンドメインが必要なこと、3)発生が進むとSpaidが神経以外の細胞死を誘導することを明らかにしている。
最後はもちろん、この分子が細胞を殺すメカニズムの解明だが、この研究ではSpaidがオスのX染色体の遺伝子発現をメスのレベルと同等にするために働くMSLの機能を阻害することで、分裂時にDNAの分断化を促進すると考えている。具体的な分子間相互作用までは明らかではないが、Spaidが発現すると、OTU領域を介して核内に移行し、アンキリンリピートを介してMSL-1の機能を阻害し、分裂時にX染色体を断裂化することで細胞死を誘導するとしている。事実、SpaidはX染色上に結合しているMSL-1と局在が一致していること、そしてMSLが結合しているX染色体のみが断片化し、クロマチンブリッジの形成が見られることから、一種のアポトーシスが起こっている。もちろんメカニズムに関しては、さらに詳細を明らかにできるだろうが、分子構造が決まったことで、あとは時間の問題だろう。
話は面白いし、同じような構造のタンパク質で機能が異なる分子がボルバッキアにも認められることから、なぜこのような不思議なタンパク質が進化したのかも、今後研究が進むと思う。この研究ではあまり議論されていないが、もともと昆虫の子孫へ自分の子孫を伝搬させるためには、メスの卵子に乗っている必要がある。これを実現するため、ボルバッキアや以前紹介したStameraでは感染した卵子がより選択的に生殖できる戦略を取っている。一方スピロプラズマでは、用無しになったオスの個体に乗ってしまったスピロプラズマをホストのオスの幼虫ごと消滅させるという、一種のアポトーシスに通じる戦略を取っている。この辺りは、クリスパー並みに面白く、生命の営みに対するGrandeurを感じさせる。
ただ、この分子の荘厳さだけでなく、クロマチンを標的にする分子戦略はがんの新しい治療戦略にもつながるのではと思ってしまうのは、医者の悪い癖だ。
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