今日紹介するカナダ・マクギル大学からの論文は末梢血中の白血球の遺伝子発現を網羅的に調べ、夜勤シフトの遺伝子発現に対する影響を調べた研究で米国アカデミー紀要にオンライン掲載された。タイトルは「Simulated night shift work induces circadianmisalignment of the human peripheralblood mononuclear cell transcriptome (実験的に夜勤シフトを行うと、末梢血単球の遺伝子発現が概日リズムから外れる)」だ。
研究は8人のボランティアを朝10時就寝、夕方6時起床のリズムに変えて4日間生活させ、シフト前と、シフト4日目に4時間おきに採血、単球の遺伝子発現をマイクロアレーを用いて測定している。この夜勤シフトシミュレーションが実験的で、労働の現場でない点、あるいはアレーを用いた比較なので、RNAseqよりは不正確かなと思うが、これまでこの様な詳しい解析はほとんど行われてこなかった様だ。
結果だが、夜勤シフトは間違いなく遺伝子発現を変化させる。概日リズムを刻む遺伝子のうち約75%は、目や脳からの調節は効かず、昼勤務時のリズムをそのまま続けている。すなわち、頭と体が完全に分離している。原因か結果かはわからないが、サイクルがそのまま続く場合、ほとんどの遺伝子は発現が抑えられて、リズムの振幅が縮小する。
この論文を読んで初めて知ったが、転写調節に関わる遺伝子は夜に発現が高い概日リズムを持ち、逆に免疫など刺激への反応に関わる遺伝子は昼にピークを持つ様で、なるほどうまくできていると思う。従って、体の細胞のリズムが4日間では夜勤シフト後ほとんど変わらないというのは確かに問題だと思う。
もちろん、夜勤シフトでリズムそのものが変化する遺伝子も多くはないが特定されている。特に、リズムが逆転する遺伝子が24種類見つかっている。これらの遺伝子の機能を調べると、なんと7種類がNK細胞機能に関わる遺伝子であることがわかった。これまでの研究で概日リズムの乱れにより最も影響される細胞はNK細胞であることが知られており、この結果はこれと完全に一致している。
最後に、夜勤シフトの影響を強く受ける遺伝子(全体の3%ほど)のネットワークを解析して、発現が低下する遺伝子調節のハブになっているのがJUNで、逆にアップする方のハブがSTAT遺伝子であることを示している。この結果を生物学的な変化と対応させることは今後の重要なテーマになると思う。とはいえ、いずれの分子も勤務を変化させるから薬剤で抑えようという気になる分子ではない。
以上が結果の全てで、生活の変化でおこる体の変化を脳のレベルで調整することは、少なくとも1週間ぐらいでは難しいということだ。しかしこれがわかっても、労働環境を体のリズムに合わせられる社会の到来は、あるとしてもずっと先のことだろう。結局この仕事も、地球の裏側に1週間旅行するときの注意事項で終わってしまう。
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