実は私が初めて彼女の研究について知ったのは彼女が2015年に出版した「How compassion made us human(いかに思いやりが私たちを人間にしたのか)」を読んでからで、現代社会が失いつつある人間の優しさ、信頼、そして道徳性の起源を200万年にも及ぶ人類史を遡りつつ解明しようとする、熱い心が伝わってくる本だった。おそらくまだ翻訳されていないと思うが、推薦したい一冊だ。
そのSpikinsさんが年一回発行されるオープンアクセスの雑誌Open Archeologyにまたまた意欲的な論文を発表したので紹介することにした。タイトルは「How do we explain autistic traits in European upper palaeolithic art(ヨーロッパの旧石器時代の美術に見られる自閉症的特徴をどう説明すればいいのか)」(Open Archaeology 4: 262-279, 2018 *https://doi.org/10.1515/opar-2018-0016)だ。
自閉症児の大半は社会性の問題から言葉の発達が遅れることはあっても、知能は正常だ。そして中には、私たち一般人が失った高い能力を持っている人たちが多い。例えば2014年のMuthらのメタアナリシスによると、Block designやFigure Disembeddingと呼ばれる視覚能力で調べたとき、自閉症児は明確に一般児より優れていることが報告されている(J.Autism Dev. Disord 44:3245, 2014)。そしてこの中には、一度見ただけで空間的イメージを明確に記憶し絵として再現できる特殊な能力がある。このような子供についてはDrakeらの多くの研究があるが、彼女がScientific Americanに書いた論文で紹介されている絵を見ると、様々な視覚認識能力が自閉症児では現れやすいことを理解することができる(Mind Scientific American Special edition, Spring 2017)。
この論文でSpikinsは自閉症児が示すlocal processing bias (部分的情報処理バイアス)とよばれる、全体にとらわれることなく細部を表現する能力に着目する。この能力は決して自閉症特異的ではなく、一般人にもこの能力は存在しているが、自閉症児では社会との付き合い方が違ている結果、より強く現れることを様々な文献から確認している。また、これまで自閉症児のlocal processing biasに基づく能力は、向精神薬で再現できるという考えを否定し、neurodiversityとして人類進化で獲得し維持されてきた、人類の発展にとって必須の遺伝子プールの結果であると結論している。
そして返す刀で、ではフランスショーべ洞窟で発見された世界最古の壁画や (https://www.flickr.com/photos/44919417@N04/7887319298 参照)、ドイツ・シュターデル洞窟で発見されたライオンマン(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%B3#/media/File:Lion_man_photo.jpg参照)のフィギャーのように、現代から見てもリアリズムの粋と言える作品は、誰が作成したのかと問う。
彼女にとって、答えは明白で、これらのリアリズム、local processing biasの強い作品は決して旧石器時代の人類の誰もが書いたわけではない。すなわち、特殊な能力を支える遺伝子プールを持っていた一部の人間のみ、描く能力と衝動を持っていたと考えている。これは言葉と大きく異なる。そして、この能力こそ、私たちが自閉症スペクトラムとして診断している人たちに間違いなく濃縮していると結論している。現在ネアンデルタール人の洞窟で見つかる絵画と、ショーべ洞窟の絵画を比べると、その違いは一般児と、Drakeが紹介している自閉症児と同じ程度の大きな差がある。ひょっとしたら、ネアンデルタール人のゲノムと現生人類のゲノム比較から、この差についてのヒントが見つかれば、大発見になること間違いない(と勝手に私が興奮している)。
いずれにせよ、自閉症児がもつ能力を理解しつつも、社会への適応性を理由に子供たちを排除したアスペルガーと異なり、自閉症児の持つ可能性をもっと発掘し、石器時代に人類が行ったように、社会を自閉症児の性質に合わせていくことが、新しい人類発展の鍵になるという彼女の主張にエールを送りたい。一度会って見たいと思う注目している研究者の一人だ。
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