環境によるガンの変化というと、エピジェネティックな要因に頭が行くが、ゲノム自体の多様化はあくまでもダーウィン進化の問題で、環境による選択圧が重要になる。今日紹介するカナダ・バンクーバーBC Centerからの論文はガン細胞集団に起こる多様化したゲノムの環境による選択を扱った研究で、6月14日号に発行予定のCellに掲載された。タイトルは「Interfaces of Malignant and Immunologic Clonal Dynamics in Ovarian Cancer(卵巣癌の悪性度と、免疫クローン動態の接点)」だ。
繰り返すが、この研究の目的はガンの遺伝的多様性を選択する環境要因を探っている。このため、さまざまな分泌因子を通してエピジェネティックな多様性を誘導する間質細胞ではなく、最初から選択圧としての免疫系に焦点を当てている。
ガンを進化させる選択圧を解析するために末期の卵巣癌患者さん38名から、原発巣や転移巣を200箇所以上集め、それぞれのサンプルに浸潤するリンパ球の種類や状態を組織学的および遺伝子発現から解析するとともに、、それぞれの場所のがん細胞の性質を全ゲノム解析を使って調べている。いうのは簡単だが、インフォーマティックスも含め大変大掛かりな研究だ。
まず組織上のリンパ球の浸潤パターンと、浸潤しているリンパ球の遺伝子発現を調べ、組織像と遺伝子発現が相関していることを確認する。わかりやすく単純化すると、リンパ球浸潤ががん細胞内部まで到達しているケースでは、キラー活性が強く、浸潤が少ない場合はキラー活性が弱い。一方、ガンの周りの間質に浸潤が限局している場合の活動性は両者の中間になっている。
ガンに対するリンパ球の活動性をガン進化の選択圧として考えると、組織学的浸潤パターンと、ゲノム解析から計算されるがん細胞の多様性が相関すると考えられるが、予想通りガン内部まで浸潤しているキラー活性が高い場合に、ガンの多様性が最も低下していることが明らかになった。すなわち、キラー細胞によりがん細胞が選択され多様性が低下している。不思議なことに、浸潤の少ないケースでも多様性はある程度低下することから、卵巣癌の場合、常に免疫反応が起こっていることがわかる。しかし、浸潤が間質に限局されている場合は、キラー活性は存在しても、それががん細胞の選択圧として機能しないことがわかった。はっきり言って、この結果がこの研究のメッセージで、後の結果は免疫がガンの選択圧として働いているという結論の延長と言える。
すなわちガンに対する免疫系の選択圧力は、ガンのネオ抗原の低下や、免疫を逃れるためのMHC 抗原のロス、さらには免疫反応を弱めるチェックポイント分子の上昇からも確認できる。結局、免疫系の圧力に対して、ガンの方もさまざまな方法で進化していることがこの研究の結論だ。このように確かに癌は選択圧から逃れようと進化するが、それでも免疫が強いほど予後が良いことも分かった。
結果は以上で、予後が改善したと言っても、治癒に至るほどの改善ではなく、ガンに対する免疫が成立しても、ガンのしたたかさのみが強調される研究だ。しかし、ガンも免疫も、ともにダーウィン進化の正当性を教えてくれる重要なシステムだが、それぞれの関係を進化の観点から調べることは観点でない。その意味で、最後に強調したいのは、この研究は200箇所の組織のゲノムと、遺伝子発現、さらに組織を調べるという大掛かりな研究でこの問題にチャレンジしている。まだまだ解析は不十分だが、おそらく集まったデータの中には多くの重要な発見があるように思っている。
カテゴリ:論文ウォッチ